#3752/5495 長編
★タイトル (BYB ) 97/ 2/19 18:29 (187)
死霊の都3 つきかげ
★内容
私の目が、点になる。ジュリがさも面白そうに、私の顔をのぞき込む。
「麻薬といっても、色々あるわ。戦場で鎮痛剤として重宝されているマハの葉、
魔導師が、精神の深部を探索する時に使うといわれるブラックロータス、貴族が
よく嗜むケシの実鞘、これも戦場で使われる、恐怖や不安を取り除くというクラ
ックやスピードといった類の精神高揚剤。
デルファイが、どの麻薬による幻覚なのかは判らないけど、ひとつの街という
固定的なイメージを持たせるような麻薬なんて、聞いたことが無い」
ツバキが、頷く。
「麻薬の専門家に聞くのが、一番早いだろうと判断した」
私は、心の中でジーク王をさんざん罵った。
「しかし、それなら、もっと平和的な方法もあるだろう」
「冗談、時間がないわ、私たちには。あの糞デブの王は、あと一週間シュラウト
の不在を隠すのが精一杯」
私は、頷いた。そして、歩き出す。
「ちょっと、どこ行くのよ」
「朝まで時間がある。黒狐団が、しかけやすい場所に行こう。その為に手を出し
たんだろ」
ジュリとツバキは頷くと、私の後に続いた。
私たちは、ローズフラウの街の深部に入り込んで行く。この街は、トラキアの
街らしく、雑多な宗教が共存している。街角におかれた、神への贄も、獣の頭や、
鳥の死体といった奇妙なものが多い。
壁に蒼ざめた神が、生け贄の処女の腸を引き裂く壁画の描かれた、路地を歩く。
そこ、ここに、異教徒の目印らしい記号や、呪文を組み合わせた札が貼られてい
る。
地面には汚物や、血の後が残っていた。時おり、怒号や悲鳴が聞こえる。又、
気のふれたような、笑い声も。道端にうくまるおそらく麻薬が病に体を侵され
た男や女が、うさんくさげな目で、私たちを見送った。私はともかくとして、い
ったいジュリやツバキはどう見えるだろうか。
ジュリもツバキも全く平然として、この剣呑な裏通りを歩く。ジュリはむしろ
楽しんでいるようだ。
ポン引きらしい男や、フッカーらしい女が佇んでいるが、私たちには声をかけ
ない。黒衣の妖艶な笑みをうかべた美貌の女と、白衣の冴えた瞳をした真冬の夜
のような冷たい美しさを持った女。この二人の悪魔と天使のような組み合わせは、
彼らの理解の外にあるのか、黒狐団が狙っているという情報がすでに回っている
のか。
おそらく、回答は後者のほうらしい。私は、監視の視線を、感じていた。やが
てそれは、殺気に高まる。
「来たようだな」
ジュリが、ごちそうを前にしたネコ科の肉食獣のように、にんまりと笑う。
「そうね」
道の先には、憤怒の顔をした神が、交合している姿を彫った壁がある。その前
に、灰色のマントを纏った男たちがあらわれた。
「ここは、まかすぞ」
私は、ジュリに囁きかける。ジュリは頷くと、ツバキにいった。
「後ろにあと、三人いるわね」
「ああ。前を私がやろう。後ろはまかせる」
ジュリは、頷く。前方の三人の男たちは、全くの無表情だ。しかし、殺気は彼
らの体から陽炎のようにたち上っている。隠す気は、全くなさそうだ。
「はぁーい」
ジュリが、陽気に手を振った。男たちは、それに答えるように、マントの前を
開く。私は、路地に入りこみ、身を隠した。
マントの下に隠されていたのは、オーラ製らしい火砲だ。火砲とは、陶器の筒
に火薬と金属片を仕込んだものを発射する武器で、男たちの手にしているものは
口径20ミリの16連弾倉が付けられたものである。
マントの下に男たちがつけている黒衣は、着膨れて見えた。おそらく、鎖帷子
を下に付けているのだろう。
ツバキが両手をあげる。そして、叫んだ。
「降参だよ。そんな物騒なもの、ここで撃つなよ。話あおう」
その時、ツバキの足下に木の筒が落ちた。10センチほどの長さの筒だ。ツバ
キは、それを蹴飛ばす。
その筒は、蹴られた衝撃で先端についた雷管に火が付き、火花をあげながら飛
んでいく。筒は、男たちに判断する間を与えず、突然破裂した。真昼のような光
があたりを包み、落雷のような音響が、男たちを襲う。
その破裂と同時に、ジュリは後ろに飛んでいた。同じような、筒を放る。ジュ
リの投げた筒は、光ではなく黒煙を発した。後ろの路地が、刺激性の臭いを持つ
煙に包まれる。
ツバキは、筒の発した光の中を走っていた。男たちはもろに光を目に受け、動
きが止まっている。ツバキは10メートル程の距離を一瞬で駆け抜けた。
一番手前の男が、閃光と衝撃音のショックから立ち直った時、目の前にツバキ
を見る。ツバキは地を蹴った。ツバキの胴回し回転蹴りが、男を襲う。
重い鋼鉄の具足を付けた足が、男の側頭へ叩き付けられる。おそらく、メイス
で殴られた以上の衝撃があったはずだ。男は、横へ一回転して、地面に倒れる。
気絶したらしく、痙攣していた。
残りの男たちは、あわただしく火砲を捨て、剣を抜く。火砲は炸裂すると、半
径2メートル以内にいる人間を戦闘不能へ追い込む。至近距離では、射手も危険
である為使えない。
ツバキは立ち上がると、剣を青眼に構えた男にむかって、鋼鉄の籠手をつけた
腕を叩き付ける。あっさり剣は、折れた。ツバキの右足が跳ね上がり、男の側頭
を襲う。
ツバキの足が走り抜け、男の首は、がくんと横に倒れる。首の骨が折れたよう
だ。男は、どさりと前に沈む。
最後に残った男は、上段から斬りつけてきた。ツバキはすっと後ろを向く。そ
のまま、一回転して裏拳を切り下ろされる長剣に併せた。
青い火花が跳び、長剣はあっさり折れる。裏拳の勢いは止まらず、そのままの
速度で鋼鉄の籠手で覆われた拳が、男の顔面にあたった。
赤い果実を地面に落としたように、男の頭が炸裂する。男の体は後ろへ一回転
して、地面に落ちた。血が赤い花が開くように、地面を彩る。
ツバキが3人を片づけるのに要した時間は、ほんの一瞬だった。
一方、ジュリのほうは、手首の鞘に隠していたらしい、推刀を取り出す。推刀
は刃渡り15センチ程の、針のように細い刀身の剣だ。刀身は、そのまま金属の
糸につながっている。
路地に隠れていた3人の男が、姿を現す。男たちは、火砲を手にしているが、
煙に目と喉を刺激され、発射する余裕がない。
ジュリは、手にした金属の糸を、鞭のように振った。推刀が凶風と化し、男た
ちに襲いかかる。死の風となり走り抜けた推刀は、ジュリの手に戻った。
ようやく涙と咳の収まった男たちの顔に、朱の線が走る。丁度、目の真上あた
りだ。その線のあたりから、ゆっくり男たちの顔がずれていく。
カランと三人の男たちの頭が、地面に落ちた。白いプティングを盛った鉢のよ
うな頭が三つ、転がる。目から上を失った死体が、崩れおちた。
ジュリは、ごちそうを食べ終えたネコのように、舌なめずりする。推刀を皮で
拭い、刃についた脂を落としているジュリに、私は声をかけた。
「おまえたちは、都市傭兵か」
「そうよ、今頃気がついたの」
傭兵は大ざっぱに分けると、二種類いる。いわゆる、野戦の為の傭兵。これは、
一般的な戦争を、職場にする者たちのこと。都市傭兵とは、主として平和な時に
活躍する傭兵である。
彼らは、要人の暗殺、誘拐のスペシャリストであると同時にその逆、つまり要
人警護、誘拐された要人の奪回のスペシャリストであった。確かに都市傭兵であ
れば、女性のほうが有利な場合もあり、女性でもなりやすい。
ジーク王の筋書きが、大体読めてきた。あのデブは、ジュリたちだけで、シュ
ラウト王子を見つけられると踏んでいる。おそらくシュラウト王子は、麻薬に魅
せられて、黒狐団といった類の犯罪結社に軟禁されているのだろう。
であれば、ジュリたちが助け出すのは、簡単なことだ。問題はその先だ。ジュ
リがただの傭兵であれば、問題ないだろう。しかし、ジュリはシュラウト王子の
兄である。シュラウト王子がジーク王の元に戻ることを拒否すれば、どう動くか
信用できない。そこで、私をジュリたちに張り付け、最後にシュラウト王子を自
分の元につれてこさせようという肝らしい。
ジュリが、私を信頼しないはずだ。ジュリにとって、私は敵にまわるかもしれ
ない、ジーク王の手先と映っているのだろう。
ジュリが、ツバキに声をかける。
「ひとりは、残しといた?」
「ああ、一人だけ気絶させた」
「おっけー、ずらかりましょう」
ツバキが気絶している男を担ぐと、私たちはその場から逃げ出した。
私たちは、とある廃屋へ男を放りだした。ジュリが皮のブーツで男の顔を踏み
にじる。苦痛の為呻き声をあげながら、男は気づいた。
まだ朦朧としている男の頭を、ツバキが抱えると何かを飲ませる。男は意識が
はっきりしてきたらしく、異教の神の名で、私たちに呪いの言葉を投げつけた。
「はいはい、いい子にしてね」
ジュリは、少女のように優しく微笑むと、男の視線の前に立つ。男の体は、後
ろからツバキが押さえつけている。
「拷問か?無駄だ。おれは、何もいわん」
「あら、どうかしら。あなたが痛覚を無くす麻薬を飲んでいると思って、感覚を
鋭敏にするキハの実の抽出物を飲んでもらったわ。あんまし、頑張らないほうが、
いいわよ」
男の顔から不敵な笑みが消え、不安げな顔になる。ツバキは、男の手を押さえ、
指を握った。
「じゃ、一本目」
悲鳴が、上がる。人差し指の骨が、折られた。
「待て、待ってくれ」
男の言葉を無視し、ジュリはにこにこしながらいった。
「次、二本目」
さらに酷い、悲鳴が上がった。中指の骨が、折られた。ツバキは全くの無表情
だが、ジュリは天使の笑みを見せる。
「判った、何でもいう」
「そうぉ、でもせっかくだし、もう一本いっとくね」
動物の悲鳴に近い声で、男は叫んだ。薬指の骨が折られた。
「頼む、やめてくれ」
「いい子ね。天国にいけるわよ。その前に、ママの質問に答えてちょうだい。黒
狐団のアジトはどこにあるの」
「郊外にある、マダム・セリーヌの屋敷だ」
「マダム・セリーヌですって。トラキアの貴族じゃない」
「彼女が、トラキアの黒狐団を仕切っている」
ジュリは甘い菓子をたっぷり食べ終えた少女のように、にんまり笑う。そして、
ツバキに目で合図した。ツバキは男の首を捻り、男の頸椎を破壊する。
「朝まで、間があるわね」
ツバキが頷く。
「マダム・セリーヌの屋敷へ行きましょう。今夜が多分、最後のチャンスよ」
セリーヌの屋敷は、鬱蒼とした樹木に覆われた、白い瀟洒な作りの屋敷である。
高い塀と、木々の為、屋敷の姿は外からは見えない。
私たちは、塀を乗り越え、屋敷の庭へ入る。
ジュリが、ツバキに声をかける。
「どう思う。ツバキ」
「見張りは、6人が3交代てとこだな。今、二人一組で、半刻おきに見回ってい
る感じだ。番犬の類はいないようだな」
「私も、同じ意見ね。じゃ、あれをやろうかしら」
ツバキは頷くと、足を組み、手に印を結ぶ。
「何を」
私の問いかけに、ジュリが答える。
「ツバキの右耳のあたりを、見てごらんなさい」
ツバキの右耳から、胡麻粒のように小さな羽虫が、数十匹出てきている。やが
て、その虫たちは、飛び去っていった。
「あれは?」
「夢見虫とよばれているわ。あの虫たちは、人の耳か頭の中へ入り込む。そして、
脳の神経を刺激し、夢を見せるの。あの虫たちは、蜘蛛のようにお尻から糸を出
して飛んでいく。その糸は、ツバキの脳の中にいる、親虫と繋がっているわ」
ツバキは、完全にトランス状態らしく、反応はない。
「ツバキは自分の脳の中の親虫を通じて、夢見虫を操り、夢見虫の取り付いた人
に、望む夢を見せることができる」
たしかによく見ていると、ツバキの耳から透明な細い糸が、出ている。
「まぁ、起きている人間なら、二三人に夢を見させるのがいいところかしら。眠
っている状態の人間相手なら、楽勝よ。半刻ほど、待ちましょう。そうすれば、
ツバキが見張りの人間を、夢の中へ取り込むから」