AWC 死霊の都1     つきかげ


        
#3750/5495 長編
★タイトル (BYB     )  97/ 2/19  17:39  (186)
死霊の都1     つきかげ
★内容
「死霊の都」

 黄昏の薄闇が、そっと王宮を覆い始めていた。中原で最も東方に位置する小王
国トラキア、そこは草原の異教徒の度重なる侵略を受けるうちに、その影響を色
濃く受けるようになっている。
  廊下の片隅におかれた彫像の中には、異教徒の崇める獣の姿をした神がまざり、
壁を飾る色鮮やかなタペストリも、東方のものらしい。又、私の前を案内する侍
従も、東方系の顔立ちに、黒髪である。
  私は冒険者としては、すでに若くない。というより、老いたと言っていいだろ
う。その私をこの東方の辺境の地へ呼び寄せたのは、友情というよりも、ノスタ
ルジアかもしれなかった。
 旅そのものに対するノスタルジアというのも不思議だが、放浪の生活が長すぎ
たせいか、一つ所に留まれぬ性分になってしまったようだ。そのせいもあって、
かつての友の招きにのってしまったらしい。
 私の前をいく侍従が立ち止まると、厚い布に閉ざされた部屋を指し示した。
「こちらで、王はお待ちです」
 私は頷くと、部屋に踏み込む。心を落ち着かせる薫りのする香が焚かれている
らしく、紫色の煙と強い薫りに満たされた部屋だ。複雑な幾何学模様の織り込ま
れた絨毯の上に、巨大な男がいた。巨大といっても、横幅がの話だが。
「おう、おう、おう」
 男は、獣のうめきを思わす声で吠える。
(どう考えても、こいつが王というのは、なっとくいかねぇやな)
 と、私は声にださず、呟いた。トラキアの王にして、かつての友であるジーク、
いや、ジークフリート・ローゼンフェルト王が両手を広げ叫んだ。
「久しいなぁ、ケイン。よくぞ、余のために来てくれた」
  私はジークの抱擁をサイドステップでかわすと、上から下まで改めて観察した。
朱の洋袴に、濃紺の上着は、かなり上等の生地のようだ。まぁ、王様だから当然
だが。髪の毛は、銀色に変わり、頬の肉も昔にくらべ、弛みがめだつ。ただ、愛
らしいといってもいい、青い瞳だけはそのままだった。
「ますます太ったな、王よ」
「ジークと呼んでくれ、ケイン。昔のように。できれば、また旅にでたいのう、
ケイン。あのころみたいに」
「やめてくれ、あの無頼と殺戮、略奪と強姦の日々は思い出したくない」
「何、ちょっとした、やんちゃじゃないか。豊かな土壌ほど、雑草が茂るという
やつじゃよ」
 ジークはあい変わらずキラキラ輝く青い瞳で、夢見るように言った。
  私は、かってに腰をおろした。傍らにあったポットから、茶をそそぐ。バター
茶のようだ。
「で、わざわざ俺をトラウスから呼びつけたのは、何だ一体?」
「おう、おう」
  ジークは、吠えた。これが最近の口癖らしい。
「余の息子、第二王子シュラウトが行方不明なのじゃ。それを探し出してほしい」
「おまえの、息子?さぞできが、いいんだろうな」
「おう、おう」
 やたらと、喧しい王が言った。
「かつての余に、よく似ている。たのもしい息子よ」
「ふうむ」
  ということは、結構手強いということだ。ジークが王になった事を知って以来、
私のジークに対する評価は大きく変わった。ただの嘘つきの、いかれたやつと思
っていたが、それは自分を高貴の生まれと言っていた事から来たものだ。本当に
高貴の生まれであれば、話はちがう。
  そう考えて思い直すと、ジークはあらゆる悪虐非道のかぎりはつくしているが、
あまり嘘はついていない事になる。むしろ、嘘をつけない性格と言っていい。
  そのジークが頼もしいということは、それなりのものだろう。
「ま、俺が探してもしょうがないだろ。人使って探せよ。いっぱいいるだろ、家
来が」
「この事は、誰にもいっていない。余の息子は病気でふせっておることになって
いるのじゃ」
「なぜ」
「おう、ケイン、考えれば判るであろう。余の息子は第一王位継承者じゃよ。そ
の息子が護衛もつけず、一人で出ていったと知れれば、あっというまに暗殺者と
か余の政敵の手のものが、群がってくる」
「待てよ、おまえの息子は誰にも知られずに、おまえにだけ出ていくといって、
出ていったのか?誘拐じゃないのか、そもそも」
「おう、おう」
 ジークが叫ぶ。多少、哀調をおびてきた。
「余の前に現れて、旅に出るといったのじゃ。余がたった一人の時を狙って」
「おまえ、止めれなかったのか。歳をくったな」
  突然、魔法のようにジークの手刀が私の喉元に、出現した。私は手を払いのけ
る。
「やめろよ」
「のう、ケイン。余の早さは衰えたかの」
「いや」私はしぶしぶ、認めた。「変わっていない」
「いったであろう、余に似ていると」
  私は、立ち上がった。ジークに背を向ける。
「どこへ行く、ケイン」
「やめとけって、王様。おまえによく似た男がかつてのおまえのように、王国を
捨て旅に出た。おまえに責める権利は、無いと思うな。好きにさせとけよ」
「おう、おう」
  ジークは、殆ど泣き出しそうに叫んだ。
「とても哀しい事を、伝えねばならぬのじゃ、ケイン」
  私はあまりの悲痛な叫びに、足を止めた。
「何だよ、早く言えよ」
「おまえが、さっき飲んだバター茶な」
  私は自分の顔から、血が引いていく音を聞いた。
「毒をいれておいたのじゃよ」
  私は激しくせき込んだ。
「吐いてもむだじゃよ、短時間で吸収する毒じゃ」
  私はすばやく動き、ポットを手にとる。
「余が自から調合した。他人には、解毒剤は作れぬであろう」
  私は、覚悟を決めた。
「何日もつ」
「まあ、一週間じゃの。それから、内蔵の全てが溶け出す。全身の穴という穴か
ら血を吹き出し、死ぬことになる」
  ジークは、からからと笑った。
「なあに、解毒剤をのめば、二三日嘔吐と下痢だけで済むから」
  私は、自分の途方もない愚かさ加減を呪った。私は、この世でもっとも油断の
ならない男と話していたのに!
  ジークは昔と変わらぬ、天使の無邪気さを持った瞳で笑いかける。
「引き受けてくれるな」
「一週間で、この広い王国中を探せというのか。無理だ」
「なぁに、行った場所は判っておる」
  私は、ため息をついた。
「どこだ、それは」
「デルファイという街じゃよ」
  ふと、思った事を私は尋ねた。
「そういえば、さっき第一王位継承者といってたな、でも、第二王子なんだろ」
  その時、突然後ろから声をかけられた。
「あら、思ったよりいい男ね、お父様」
  私は、あわてて振り向く。そこに絶妙の肢体を持った、女性が立っていた。そ
の女性は、豊かな胸と腰の曲線がはっきりと判るような、身体に密着した黒い革
の服を身につけている。
  彼女の黒い瞳は妖艶で、憂いを含んでいた。その紅い唇に浮かぶ笑みは、挑発
的である。ケインは、背筋に熱いものが走るのを感じた。
「おう、おう」
  ジークが、吠える。
「我が息子、第一王子ジュリアスよ、ちょうどよいところに来た」
「おい」
  私は、首を振っていった。
「言い間違えたぞ、王子じゃない、王女だ」
「そうよ、お父様」
  女は、そっと微笑む。
「私はあなたの娘、ジュリアナ・トキオ・ローゼンフェルトよ」
「おう、おう」
  ジークは、哀しげに首をふる。
「余に娘は、おらんのじゃ」
「しかし、ジーク。あの胸はどう説明するんだ」
  ジュリアス王子とよばれるその女(?)は、胸ぐりの深い服を着ている。豊満
な胸は、隠しようがない。
「説明すると長いがの、股ぐらを触ってみれば、すぐ判る」
「下品な事、仰らないで、お父様」
  私は、悪い夢を見ている気分になった。
「私が説明しますわ、えっと」
「ケインだ」
「ケインさん。この国トラキアは、昔から政情が不安定な国です。特にお父様が
お祖父様に勘当されてから、お祖父様がそうとう年老いたころの混乱状態は、酷
いものでした」
「勘当?」
「私はお父様の后ではなく、お祖父様の后を母とし、生まれたの」
  あきれかえった、話である。
「なるほどな」
「私の立場は、常に微妙なものでした。そして最後には、私はお祖父様の政敵の
暗殺者の手におちてしまった。私の体は、濃硫酸を満たした水槽に突き落とされ
た」
 私は、ジュリアス王子を見直す。その肌には火傷の後はなく、新雪のように清
らかで白い。
「いったい」
「全身が焼けただれた私が死ななかったのは、ラブレスと言う医者のおかげ。た
またまこの小さな王国を通りかかったラブレスは、私の体を治療した。ある、奇
妙な方法でね」
  私は、首をふった。
「治療など、ありえまい」
「それがあるのよ。ある種の不定形生命体は、他の動物の四肢を模倣する性質を
持つ。それをギミック・スライムと呼んでいるわ。ふつうギミック・スライムは
動物の肉にとりつき、その肉を喰らいながら、自分の体をその肉と置き換えてい
く。ラブレスは、そのギミック・スライムを魔法によって制御する方法を見つけ
た。
  人間をギミック・スライムと共生関係に置き、義肢の変わりに使用できるよう
にした。私の体はギミック・スライムで出来ているわ」
「それは、判った。しかし、なぜ女に」
「私が、ラブレスに頼んだからよ。女にしてくれと」
  ジュリアス王子は、華やかといってもいい笑みを見せる。
「男にはうんざりしたのよ。こんな小さな国の小さな権力を奪い合って、くだら
ない殺し合いを繰り返している男どもにうんざりしたの」
「それでの、ケイン」
  ジークが、割って入った。
「こともあろうにジュリアスは、成人の儀式の最中に宣言しおった。男を捨てる
とな。おかげで、王位継承権を剥奪されたのじゃ」
  ジュリアス王子は、高らかに笑った。私も、つられて笑う。意外と似ているの
かもしれない、この親子は。
「その後、お祖父様が亡くなってすぐ、お父様が帰ってきたの。この抜け目無く、
したたかで残忍、逆らうものに容赦のない、この国の王にぴったりの太っちょが」
  ジュリアス王子は、肩をすくめる。
「そのころには、とっくに私はこの国からおさらばしてたのにね」
「なぜ、戻った」
「ほっとけないわ」ジュリアス王子は、ため息をつく。「弟のことですもの。そ
れに」
  私は、ジュリアス王子の漆黒の瞳の中に、怯えが隠されているのを感じた。
「あの子、シュラウトは、とんでもないことをしそうな気がするの」
「おう、おう」
  ジークが吠え、首を振る。
「余の息子じゃ、めったなことは無い。それでの、ケイン。このジュリアスがお
まえをデルファイへ案内する。よいの」
  私は一瞬、毒で死ぬほうを選ぼうかと思った。しかし、考え直し頷く。この奇
妙な王子につき合って見るのも、悪くないと思った為だ。





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