#3746/5495 長編
★タイトル (BYB ) 97/ 2/ 6 18:42 (189)
マリィゴールドA つきかげ
★内容
ダークはその薄暗い店に入ったとき、淀んだ空気に敵意が混じっているのを感
じた。まだ昼間ではあるが、意外と客は入っている。ゆったりした音楽の演奏が
流れ、客たちは囁くように話ていた。
明日香はまっすぐカウンターへ向かう。ダークは手ごろなテーブルの席に腰を
おろした。
(はぁ、地道な仕事は向いてへんわ)
ダークはそう想い、溜息をつく。とはいえ、彼女のやっていることといえば明
日香のあとをついていくだけで、聞き込みはすべて明日香がやっている。一体な
ぜ自分が明日香の相棒となったのか、理解に苦しむ。
明日香はカウンターの前のストゥールに腰を降ろした。バーテンは天使の仮面
を被った金髪の男である。
「はぁい、ラウール。素敵な仮面ね。どうしたの?」
明日香に話かけられたバーテンは、ギリシャ彫刻のように端正に造られたとて
も美しく、無表情な面の顔を明日香のほうへむけた。
「このあいだ寝た女が魔法をかけたらしくてね、浮気をすると顔の皮膚が腐れ落
ちてしまうんだ。魔法をとくいい方法がなくてね」
明日香はくすくす笑った。
「知り合いの魔導師に相談してみるわ。ラウールらしいわね」
ラウールは汚れをしらぬ天使の顔で肩を竦めた。
「で、何のようだい。うちにくるなんて久しぶりじゃないか」
「ミウ・ミウをさがしているの。このあたりで見たって聞いて」
「情報屋のかい。ああ、来たよ。相変わらず夢でみた神殿の話をしてたな」
「暁の星の神殿ね。そこへ行くのが彼女の夢だから。で、どこへ行くっていって
た?」
「さあ」ラウールはそっけなく言って、立ち去ろうとする。
「ラウール」
チンと涼しい音がした。カウンターの後ろのボトルが縦に割れ、琥珀色の液体
が馨しい匂いをさせながら床へこぼれてゆく。
「脅しは嫌いなの。いい?」
ラウールは慌てて割れたボトルを片づけて、床をふいた。そして小声で囁く。
「教えてほしいなら目立つなよ」
「いい子ね、ラウール。お話する気になった?」
ダークは注文したホットミルクを啜っている。隣のテーブルの男たちがこちら
を見つめていた。ドロウ族と人間の混血のような、薄黒い肌の男たちだ。ダーク
はその敵意のこもった視線を、無視し続けるのも限界がきたのを感じる。
「へい、兄さんたち、俺を口説きたいんか?ゆうとくけど俺は安くないで」
ダークは男たちに声をかける。ドワーフの細工らしい、銀の白鳥を形どった兜
をつけた片目の男が応える。
「よそものだな、あんた」
ダークはその悪意をこめた言い方に、思わず吹きだした。西の治安放棄地区で
は、よそものとはお客さんであり、身ぐるみ剥いでくいものにできるカモである。
(ここでは、歓迎されないんやな)
少なくとも自分の存在意義を悩むより、この連中と遊んだほうがよさそうだ。
「なにがおかしい」片目の男は戸惑ったようだ。
「いやいや、やっと遊んでくれる相手が見つかったんや。嬉しくもなるわ」
「遊ぶだと?」片目の男が立とうとする。それを隣のフードを被った男が、止め
た。
「止めとけ」
「なんだよ」
「そいつは、刑事だ」
片目の男は失笑する。
「は、それがどうした。ベリアルの野郎の配下の魔族の衛兵にくらべりゃ、人間
の刑事なんざ」
「そいつと一緒にここへ来たのは未来明日香だったぞ」
片目の男は死神の姿を見てしまった者のように表情をこわばらせ、腰を降ろす
今ダークを見る目には脅えがあった。
「はっ、びびってんじゃねぇよ」
もう一人の片腕の男が冷笑した。結構酔っている。ダークはその男の目に破滅
を望む、狂気の色を感じた。片腕の男は銀色の義手を振りながら、暗い目をして
呟く。
「面白い、やってやろうじゃねぇか。あのオカマ野郎は俺がぶち殺す」
その瞬間、店の中の空気が凍りついた。誰一人として口を開かず、身動きする
ものすらいない。その真冬の廃虚のように静まりかえった店の中で、ただ一人明
日香だけが歩いていた。
カウンターから離れた明日香は、海の底のように重たい空気の中をゆっくりと
片腕のドロウ族の男へ向かって歩いて行く。片腕の男は狼に見つめられた子羊の
ように、自分の前に近づいてくる美しい男を見つめていた。その目にはある殊の
陶酔すらある。
明日香は黒衣を纏った大天使のように、片腕の男の前に立った。そしてまるで
兄弟にむかってするように、無造作に片腕の男の胸元へ手をだす。明日香は片腕
の男の胸ぐらを掴むと、軽々と自分の頭より高く男を釣り上げた。
明日香はステージに立つ女優のように微笑み、血に飢えた獣のように暗い声で
言った。
「俺を怒らせるんじゃねぇ」
明日香のその言葉は大輪の華のように美しく輝く笑顔とあまりにそぐわなかっ
たため、まるで明日香の体の内側に潜む凶獣が呟いたように見えた。異臭が漂い
片腕の男が失禁したのが判る。
明日香は男を放り出す。片腕の男は、壊れた人形のように椅子へ崩れ落ちた。
明日香はダークのほうを向く。そしていつものハスキーな声でいった。
「行きましょう、相棒」
ダークはやれやれといった顔で立つと、片目の男に笑いかけた。
「また今度遊ぼな、じゃあね」
店の男たちは白い顔をして二人を見送った。店の蒼ざめた空気が彩りを取り戻
すのは、二人がでて行った3分後である。
明日香は無言で道を歩く。店を離れてしばらくしてから、ようやく口を開いた
「ごめんなさい、でしゃばってしまって」
ダークは苦笑する。
「謝ってばっかりやな、そんなのはどうでもいいけど、行き先はどこやの」
「キシオムバーグの館よ」
「そこに情報屋がいるんやね。そのキシオムなんとかいうのは、魔法使いなわけ
か?」
「ていうか、娼館なのよ。けっこう有名な」
「ふぅん」
「何?機嫌がいいわね」
「なんとなく、暴れられそうだから」
明日香は子供を見つめる母親のように笑う。
「そう、そうかもしれないわね」
ダークは自分のいる意味を理解しつつあった。さっきの店で判ったことは、お
そらく明日香が凄腕のデテクティブというよりは、とんでもないベルセルク(狂
戦士)らしいということである。自分が明日香の相棒になった意味はその荒事に
巻き込まれても、生き延びることができる人間という事らしい。そう思ったとた
ん、ダークはうきうきしてきた。
(楽しみやな、これは)
ダークは自分では気付いていなかったが、まるでこれから遊びに行く子供のよ
うにニコニコしていた。
明日香たちは街の南東部の奥まったところまで、来ている。あたりは迷路状で
薄暗い。路地は狭く細く、まるで迷宮のなかに迷い込んだようだ。ダークはあち
こちの暗がりの中からくる明白な殺気や、漂ってくる麻薬の香りを感じていた。
ダークは自分の体が危険に反応して、まるで電流が駆けめぐっているかのように
鋭敏になっているのに気付いている。
(楽しそうなところやな)
明日香は平和な街の西側にいるときと、全くかわりのない様子で歩いていた。
その薄汚い路地に迷い込んだ、黒衣の天使のように美しい美貌の下で何を考えて
いるのかは、判らなかったが。
明日香はふと立ち止まった。
「ここがキシオムバーグの館よ」
そこは巨大な城壁のような壁が続くところだった。高さ5メートル近くはある
だろうその壁は、娼館というよりは収容所の類をおもわせる。
明日香は小さな門を叩いた。衛兵のようなゴブリンが顔をみせる。小柄な体に
黒ずんだ肌をしており、革のアーマーをつけた体は強靭で敏捷そうだ。
「客か?」ゴブリンの問に明日香は小さく笑って答えた。
「ええ、そう」
「うちは会員制なのは知ってるな」
「紹介状はあるわよ」
そう言って、明日香は絵札のようなものをみせる。
「ベリアルの紋章か」
「この島の王の紹介じゃ不足?」
ゴブリンは溜息をついた。
「あの優男も出世したもんだわ。まぁいい、入んな」
ダークはその狭い戸口をくぐり壁の中へ入ったとたん、驚きの声をあげた。
「ここは!」
そこはまるでヨーロッパの貴族の庭園のようであった。幾何学的に配置された
木々や花々、美しく輝く緑の芝生、煌めく水をはね上げる噴水とその中に佇ずむ
美しい彫像たち。
陽光をうけ花々や白いテラスは輝き、遠くに見える屋敷は神々しささえある。
すべてが麻薬の幻覚の産物のように色鮮やかで、儚げで、美しかった。
「これは魔法なんか?」
ダークの問に明日香が答えた。
「ある程度は本物。でも半分以上はホログラフみたいなものよ」
そう言って明日香は色鮮やかな初夏の庭園を歩いてゆく。まるで貴族が自分の
庭を散歩しているような足どりだ。
ダークは感心しながら後に続く。色の見事さや、植物のみずみずしさはたしか
に本物以上にリアルすぎ、スーパーリアルの絵のように嘘っぽい。
「たかが娼館の庭やなんてなぁ」
ダークたちは屋敷の正面玄関の前についた。その豪勢で巨大な扉を明日香が押
す。その玄関ホールの有り様を見て、ダークは再び驚きの声をあげる。
そこは亜熱帯のジャングルを模して造られていた。まるで植物園の温室のよう
である。原色の強烈な色彩の花が咲き乱れ、蔦があらよるところで絡みあってい
た。明日香は平然と、その椰子の木の並ぶホールを歩いていく。天井はガラス張
りで日の光が燦々と降り注いでいる。ダークはあたりを見回しながら、明日香に
続いた。
あたりの空気はねっとりとして暖かく、甘い香りが満ちている。まるで妖艶な
女性の腕の中にいるように、思えた。
繁みの奥から、半裸の南国ふうの色鮮やかな衣装をつけた女性が現れた。その
女性は明日香に微笑みかける。
「未来明日香さんですね。お待ちしていました」
明日香は軽く頷いた。女性は明日香を手招く。
「支配人がお呼びです。こちらへ」
ダークは明日香の後に続く。そのダークの手を別の女性が横から掴んだ。
「お連れの方はこちらへ」
「なんやと」
「ダーク、ここはいわれた通りにして頂戴」明日香が振り向いてダークを見つめ
た。ダークは肩を竦める。
「しかたないか。どこへいくんや、ねぇちゃん」ダークは階段を昇り上のフロア
へいく明日香を見送りながら、手をひかれてジャングルの奥へと入っていった。
上のフロアはどちらかといえば平凡なつくりである。絵画や彫像、骨董品が並
べられたそのフロアは博物館の一室を思わせた。女性は扉の一つを開き、中へ明
日香を送り込む。
そこは小さな待合い室のような部屋であった。ワルキューレのような鎧を身に
つけた護衛が、明日香を出迎える。
「お召し物はここで脱いでいって下さい」
「あら、遊びにきたんじゃないのよ。支配人さんとお話があって」
「同じですわ」
護衛は腰の短剣に手をのばす。明日香はあははと笑った。
「脱ぐわよ。ちょっと待って」
明日香はコートを脱ぎ、露になった拳銃をホルスターごと外した。明日香は手
を広げる。護衛は短剣に手をかけたままこちらを見ていた。
「判った。疑り深いのね」
明日香はすべて脱ぎ去り全裸となった。その裸身はトランスセックス的な性を
超越した美しさがある。華奢な骨格はやはり女性的であり、体の線の柔らかさは
女性以上であった。
「さて、行こうか、ねぇちゃん」すべての武器をとりさった明日香は、開き直っ
たラフな口調で言った。護衛は短剣から手を離すと、奥の部屋へと明日香を案内
する。