#3720/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/12/31 17:45 (199)
すべてがAIになる 11 永山
★内容
「聞こえるはずがないだろう。さっき言ったはずだ、忘れたのかい? このド
アには防音がしてあって、少々の物音なんて通さないんだよ。君らの部屋とは
造りが違う」
「防音材を設置したのは、この部屋に入ってから、ずっと?」
「ああ、そうだ」
「それではお尋ねします。これが本当に最後の質問になるかもしれません。水
曜日、僕と野瀬さんは四〇一の前に来て、部屋の中から返事がないことに騒い
でいました。そのとき、村木さんはこうおっしゃって部屋から出てきたんです。
『うるさいな、君達』とね。ここ、四〇二のドアは確かに閉まっていた。なの
に、どうしてあなたは僕達の声がうるさかったんでしょう?」
「……」
「考えられる可能性の一つは、あなたが第一発見者の登場を待ちかまえていた
場合。何の発見者か? 四〇一号室での殺人の発見者です。何故、密室状態の
四〇一で殺人があったと分かったのか。村木さんが何も見聞きしていないと主
張されるからには、残る回答はただ一つ。村木さんが殺した、これしかありま
せん」
言い切ってから、千堂は上島に囁く。
「ドア、閉まらないように持っておいて。絶対に閉めるな」
「分かってます」
笑顔でうなずく上島。
「……あのとき、別の用事があってドアを開けたら、たまたま君と野瀬君が騒
いでいるのが目に入った。それを注意したのだよ」
舌で唇を上下ともなめ、村木が反論を開始した。間髪入れず、否定する千堂。
「あり得ませんね。僕は記憶力だけはいい方でして……ただ、何事も肝心な点
に気づくのがちょっと遅いのが悔やまれますが。あのときの村木さんは、続け
てこうも言ってました。『さっきから何度もドアを叩いて』って。村木さんの
先ほどの抗弁は、認められません」
「……」
「そもそも、用事があった割には、随分と僕達にかまってくれましたね。普段
から噂に聞いていた村木さんとは印象が全然違うので、内心、驚いていたんで
すよ。その直後に遺体を発見したものだから、すっかり記憶の奥底に押し込め
てしまってましたが」
「その程度の証言で、私を殺人犯に仕立てるつもりかい?」
ひきつったような嘲笑を顔に浮かべ、村木はポーズを取る。相手の意見を求
めるかのように、片手を差し出す格好。
千堂は黙ってうなずいた。
「ほう、これは愉快だね」
「他にも状況証拠なら、いくらかあります。ロボットにあなたの指紋が残って
いるのは、事実なんですよね。村木さんを犯人と思わせるために必要な小細工
でしたから」
「それだけじゃ、どうにもならん。私の証言の方が正しいと認めさせるのに、
さほど苦労はいらない」
「警察の見解では、高倉さんの遺体は、移動させられた可能性が高いそうです。
あなたが犯人だとすれば、この部屋に高倉さんを呼んで、殺害したことでしょ
う。それから首を切断したとなると、いくら用心しても血痕が残ると思うんで
す。一週間前の事件では、宍戸さんだけが失血死したという状況に見えました
から、警察だって血痕の念入りな検査はしていない。改めて調べれば、きっと
見つかるはずだ、高倉先輩の血が」
「……」
唇をかみしめる村木。何か抜け道はないか、模索しているように、目が落ち
着きなく動いている。
千堂はその間隙を突いた。
「ロボットを宍戸さんに頼んで持ち出させたのは、村木さん本人がやるよりは
目立たないと考えたからですね?」
「な、何故、それを……」
村木は口走ってから、顔をしかめて押し黙る。
「勘が当たりましたか? 村木さんでも動揺するんですね。全ては警察に話し
たのと逆でしょ? 宍戸さんをうまく丸め込んでロボットを盗ませ、それを改
造して高倉先輩殺害の際に用いた。ロボット盗難の騒ぎを伝え聞いた宍戸さん
が、村木さんに説明を求めてくる。それも計画に入っていたんですかね。のこ
のことこの部屋にやってきた宍戸さんを殺害し、ご自分は気絶のふり。それま
で隠し通してきた頭部や凶器も公にさらせる」
「……私が二人を殺害したとして、その動機は何だね」
吐き捨てるように、村木が言った。
(そんな台詞を吐くのは、真犯人である証のようなものですよ)
心の中でつぶやきながら、千堂は説明を続ける。
「宍戸さんを殺したのは、罪を擦り付けるためでしょ。問題は高倉先輩です。
……見たところ、村木さんは禁煙主義者のようです。だから、あなたが警察に
語った嘘の話に倣って、高倉先輩のヘビースモーカーぶりが我慢ならなかった
んじゃないですか? 僕には理解できませんけど」
「はん! 外れもいいところだね!」
勝ち誇ったような高笑い。村木がすでに、己の犯行を認めているのは明らか
だ。認めた上で、千堂より優位に立とうとしているのかもしれない。
「プラナリアという扁形動物を知っているか? こいつは人間より遥かに便利
なシステムを身に着けている。XというプラナリアがYというプラナリアを食
すことによって、XはYの記憶を得るのだよ」
「それが……何だと言うんです」
わずかに恐れを感じながらも、千堂は聞き返した。ふと横を見れば、ドアを
持つ上島の手が、小刻みに震えている。
「分からないかね? いいだろう、説明してやる。私は人間に応用することを
考えたんだ。そして理論を完全に組み立てたのが、一ヶ月ほど前。それを試し
たくてね。対象者−−脳の提供者を求め、最初は火葬場や医科大に出向くこと
も考えたが、とてもまともに取り合ってもらえそうにない。それに、対象者の
脳は新鮮な方がいい。ならばいっそ、自分で対象者を作り出そうと考えるのは、
極めて自然だ。物色の結果、手近に最適な人物がいた。高倉守雄君は実に優秀
だ。私の得たい知識をたくさん有しているようだったし、おまけにテニスだの
恋愛だの喫煙だの、私が考えもしないような体験もしている。未知のことを知
るのは、わくわくするじゃないか」
「……信じられない」
村木の行為が信じられない。そういう意味で千堂はつぶやいた。だが、村木
は別の意味に受け取ったようだ。
「信じられない? 私の理論が信じられないと言うのか? レポートを見せて
やってもいいんだが、凡人には分かるまい。懇切丁寧に教えてやる時間もない
しねえ。だから、これだけを言えば充分だろう」
言葉を区切り、深呼吸をする村木。
千堂らが唖然として見守っていると、目の前の殺人犯は乾いた声で言った。
「十二月十一日。野瀬夕奈君の誕生日だ。去年のこの日、高倉君は彼女に飛行
船をモチーフにした置物を贈っている。電動でくるくると回る奴だな」
「……」
「彼女に直接会って、確かめるといい。私は高倉君の脳から直に、この情報を
得たのだよ」
また笑い始めた村木。
千堂は彼から目を外すことなく、上島に言った。
「愛ちゃん、限界だ。警察を頼むよ」
村木が後に警察で語ったところによると、彼が高倉殺しの翌日、千堂と野瀬
が四〇一号室前で騒いでいるのを聞きつけた、あの不用意な行動にもちゃんと
した理屈があった。
自室で高倉を殺害、頭部を切断後、遺体を四〇一に運び込んだ村木は、ロボ
ットを定位置にセットしてから、室内で触れた箇所を布で拭い、指紋を消す。
そして電灯を消し、廊下に出て、コントローラーによるロボット操縦を開始。
計画通りに密室を作り上げた。が、そのあとになって気づいたのである。迂闊
にも、内側のドアノブに、己の指紋を残してしまった事実に。
しかしもはやあとの祭り、再び鍵を開けることもかなわない。自分自身が第
一発見者になれば、部屋に飛び込んでノブに触ることで指紋をごまかせるが、
自分一人だけが発見者になる愚は避けねばならない。
しばし考えた末に、自室のドアの防音材を取り外し、高倉と相部屋の野瀬が
来るのを待ちかまえ、彼女が来たら部屋を出て一緒に室内に入ることを思い付
いた訳である。
「あのとき、四〇一の中からうめき声みたいな音がしたの、覚えていますか?」
「もちろん。高君の声じゃないのは間違いないのに、どうして声がしたのか、
気味悪かった」
千堂の問いかけに、野瀬が応じる。やっと普段の調子を取り戻しつつある彼
女は、今日が事件解決来、初めての登学である。
「あれも、僕らの注意を引き付けるための細工だったそうです」
「え? どういう意味が……」
「村木はどうしてもあの時点で、部屋を破らせたかったんです。だが、単に中
から返事がないだけでは、わざわざ合鍵を取りに行く状況にはならない可能性
が大きい。そこで窮余の一策、室内に残るロボットを少しだけ動かし、音を立
てた。それがうめき声のように聞こえたんです」
「そう……そのときに気づいていれば……」
肩を落とす野瀬に、もう一つ、嫌な質問をしなければならない。千堂は役目
を上島に譲った。
「あの……先輩。変なことを伺いますけど、先輩の誕生日、いつですか?」
「何? いきなりね。私の誕生日が事件に関係あった?」
不思議そうに目を丸くする野瀬。村木が高倉を殺害した本当の理由を、野瀬
は知らされていない。
「いえ、別に。何となく、知りたいなあって」
笑ってごまかす上島に、野瀬も笑みで答えた。
「変なの。十二月十一日。これがどうかした?」
「あ、そうですか。それで……思い出したくないかもしれませんが……去年の
誕生日に、高倉先輩から何をもらいました?」
「−−置物よ」
弱々しく微笑む野瀬。端から見ていて、千堂はずきりとした。
「真ん中にお城みたいな塔が建ってて、それを中心にメリーゴーランドみたい
な感じで、小さな飛行船がいくつも回るの」
「……どうも……ありがとうございます、教えていただいて」
重たい気持ちになりながら、千堂は礼を述べた。上島と目を合わせ、ため息
をつく。
「変だよ、二人とも」
事情を知らぬ野瀬が、また笑みを見せた。無理をしているように見受けられ
て仕方がなかった。
「今度の事件、小説にできないものですかね、ね?」
事件解決後、しばらく経って、上島が千堂にそんなことを言い出した。
「小説? 誰が書くんだい? 愛ちゃん?」
「まさか、私は無理ですよ。当然、千堂さんが書くんです」
「何でそういう話になるかなあ」
呆れて、開いた口がふさがらない千堂。
「千堂さんの記憶力、凄いんですもの」
「僕に文才なんてない。それに、身近な人達がたくさん関係してるのに、おい
それと小説にできる訳がないでしょ」
「もっちろん、仮名を使います。私や千堂さんも含めてね。内容もいくらかア
レンジして」
「……小説にするほど面白い話か? 嫌な思い出ばかりだよ、僕にとって」
「だから、面白くアレンジするんです。アレンジすればするほど、元の現実か
らは遠ざかって、誰も気づかなくなりますって」
「気楽だね、愛ちゃんは」
茶化すように言うのを、上島は意に介さぬ様子で、重ねて主張した。
「今すぐに書いてとは言いません。でも、そのときのためのメモ書きぐらいは、
お願いしたいです。いくら千堂さんの記憶力が凄くたって、限度はあるでしょ
う? 鮮明な内に文字にしておかないと」
「……もしも仮に事件の記録を書くとして、タイトルは何て付ける?」
「記録だったら、そのものずばりでいいですよ。『**殺人事件』って感じに。
問題は小説のとき。実はもう、考えてみたんです」
「へいへい。言ってみなさい」
相手のペースにはまるのを自覚しつつ、千堂は促した。上島はにこにこしな
がら、コピー用紙の片隅にさらさらと文字を書き記し、千堂に見せつける。
「『すべてがAIになる』? どういう意味だ?」
笑うばかりですぐには答えない上島に、千堂は言葉を継いだ。
「AIって人工知能のことかい? それとも愛ちゃん、君のこと?」
「残念でした、どちらも外れです」
「じゃあ、一体……」
「今度の事件、にわか探偵がたくさん出て来たでしょう? 私はもちろん、千
堂さん、野瀬さん、須川さん、都筑さん。ロボット盗難事件を含めたら、研究
棟にいる人のほとんどが、探偵をやったようなもの。だから、このタイトルな
んです」
「……僕の頭が悪いのか、君のタイトルの付け方が悪いのか、どちらかだな」
首を捻る千堂。
「ひどいです! 分かりそうなもんですよ、探偵のことを英語で何て言うか知
ってます?」
「ディテクティブ?」
「それもありますが、アイとも言うでしょう? プライベート・アイって。悪
に対して目を光らせるっていう意味で、目の『アイ』ですよ。みんながアイに
なるんだから、『すべてがアイになる』。お分かりになってもらえました?」
得意げな上島に、千堂は目を閉じ、うんうんとうなずいた。
「はいはい。よーく分かりましたです」
−−了