#3718/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/12/31 17:40 (199)
すべてがAIになる 9 永山
★内容
「村木さん? いらっしゃいます?」
「……いないみたいですね」
千堂が言った。
(村木さんが出かけているときに出くわすなんて、珍しいと言うか、運が悪い
と言うか)
そんなことを思いながら、千堂は野瀬に聞いた。
「帰りますか? それとも待ちます?」
「私は時間、大丈夫だけど、千堂君達はどうなの? 無理してるんじゃない?」
「そんなことありませんよ。な、愛ちゃん?」
「どうして私に振るんですか」
怒ったように唇を尖らせた上島に、千堂は軽い調子で答える。
「僕は、愛ちゃんが飛び回るのを、監視しているだけだから」
「私は鵜飼いの鵜ですかっ、もう」
「鵜匠の鵜は、空を飛ばずに獲物を運んでくれるんじゃなかったっけ。君はた
だ、飛び回るだけ」
「じゃあ、さっさと紐を切ってください。飼い主がいなくて結構ですから」
上島が言い返すのへ、野瀬の笑い声が重なった。下を向いてくすくすと、実
におかしそうに笑っている。
「仲いいんだ、ほんとに」
「誰がですか」
「いいから。夕御飯、食べに行こうか。例のファミリーレストランでよかった
ら、おごってあげる」
「……」
互いの目を見て、千堂と上島は休戦した。お言葉に甘えてごちそうになるこ
とで、一致したのである。
食事を終えて大学に戻るなり、千堂らは三たび、コンピュータ演習室へ足を
運んだ。
「あららら。まだ読んでくれていないです」
上島は大げさに言って、眉をしかめた。
「送ってから二時間以上経っているのに、おかしいですよ」
「確かにそうだけど、とにかく、もう一度部屋に行ってみよう」
即座に断を下すと、千堂は真っ先に村木の部屋を目指した。女性二人もあと
に続く。四〇二号室は、先刻と変わらず、中から光がこぼれている。
「ごめんください」
野瀬が、これ以上ないほど丁寧な口調で言ったが、中から返事はない。
「電話してみようか」
不安げな野瀬が、思い付いたように言った。
「それ、いいですね。部屋まで戻って、かけてみます」
すぐに答えて、二階へ駆け降りる千堂。鍵を開けるのもまどろっこしく、電
話機に飛び付いた。最初にシャープ、次に0を押してから部屋番号を続ければ、
その部屋につながる。
が、向こうの送受器が取り上げられる気配は、一向にない。呼出し音を十度
数えたところで、千堂は手元の送受器を戻した。
「これは……」
独りごちて、部屋を飛び出した千堂。嫌な予感がわき起こってくる。四階を
目指して、普段ならエレベータを使うところを、走った。
「どうでした?」
四階に着くと、上島がのんきな声で聞いてきた。
「やばいかもしれない」
つぶやくや、千堂はドアノブに手をかける。力を込めて回そうとするが、手
応えは固い。
「ちょ、ちょっと」
がちゃがちゃと音を立てる千堂に、上島は焦りの色を見せている。部屋の主
を怒らせかねないのを危惧しているのだろう。
「鍵が」
ドアを見上げて途方に暮れる。
「何を慌てているの? 電話、どうだったって?」
野瀬の声に、千堂は振り返って説明。
「電話、出ないんですよっ。眠っているとしたって、おかしい」
「何かの用事で、出かけているんじゃないですか」
上島の言葉は、希望的観測のようにも聞こえた。いくら推理小説好きで探偵
趣味のある彼女とて、続けて二つも異変が起きるはずないと信じているのかも
しれない。
そんな上島の意見を、野瀬が否定した。
「でも、村木さんは無駄を嫌う性格だとも聞いたことある。長い時間、部屋を
空けるのなら、電灯を消して行くと思う……」
「それじゃあ」
「二回訪ねて、二回ともたまたま短い外出中だったという可能性も残っている
けど、ほとんど外に出ないはずの村木さんが」
「−−宍戸さんを呼んで来ます。間違いだったら、それでいい」
千堂は再度、階下に向かった。
そして十数分後。千堂達はまたも遺体の発見者となった。
千堂と上島は大学で待ち合わせすると、その足でマンションを目指した。野
瀬の入っているマンションである。
「元気になったかな」
「そんなすぐに立ち直れるはずないですよ。あんなの見せられたら」
二人で野瀬の心配をしながら、マンション前まで迷うこともなく到着した。
七面倒なチェックシステムはなく、すんなり入れた。エレベーターに乗り、そ
して降りた。
玄関前に立ち、チャイムだかブザーだかのボタンを押すと、しばらくして声
が返って来た。
「はい。どちら様ですか」
「野瀬先輩ですか? こんにちは、上島です」
上島がインターフォンを通して、室内に呼びかける。
「上島さん?」
「千堂さんも一緒です。お加減、どうかと思いまして……邪魔になるようでし
たら帰ります」
「そんなことない。今、出るから」
音声が途切れた。待っていると、玄関の扉が開き、室内着にカーディガン様
の服を羽織った野瀬が姿を見せる。全体に、黒っぽい系統。
「わざわざありがとう」
「いえ……顔色、よくないですね……」
「そ、そう?」
上島に言われ、野瀬は手を頬に当てた。その手の指先より少し上、目の下に
隈ができている。
「とにかく、上がって」
上島と千堂は、お邪魔します、失礼しますとそれぞれ言って、中に入った。
キッチンのすぐ横の間のテーブルに、三人で着く。
「あの、お土産、じゃなくて、お見舞いです、これ」
こんな場での言い間違いにさすがに恥ずかしくなったか、赤面しながら上島
は手にした箱を差し出した。
「入るかどうか分かりませんけど、ケーキ……」
「そんな気を遣わなくていいのに。でも、ありがと。朝から何も食べてなくて、
これなら入るかも。お茶、入れようか」
腰を浮かした野瀬を、千堂と上島は手を挙げて押しとどめた。
「そんなっ、いいです。休んでてください。お茶なら私達で入れます」
上島の行動は早かった。初めての床に靴下が滑るのか、ふらふらしながらも
キッチンへ向かう。
「先輩、元気出してください」
残った千堂は、何を口にすべきか困ったあげく、ありきたりの声をかけた。
「ん、ま、ぼちぼち」
言って、小さく息をつく野瀬。
(元気出せったって、無理だよ、やっぱり)
千堂は、我ながら馬鹿な慰めの言葉を出したものだと、少し後悔した。
(付き合ってた相手の頭部と、あんな風に対面するなんて)
四〇二号室のドアを開け、中に入ってみると、それはいきなりあった。テー
ブルに載ったビニール袋から半分だけ、まさしく顔を覗かせていたのは、高倉
の頭部。腐敗は進んでいるのだろうが、まだ見られる形を保っていた。
室内には、二人の人間がいた。一人は村木、もう一人は保安の宍戸であった。
そう、あのとき、保安室まで鍵を借りに行った千堂は、宍戸の不在を不思議に
感じながらも四〇二号室まで引き返し、棟内にいた学生何人かの力を借りて、
部屋のドアを破ったのである。
二人の内、宍戸は死亡していたが、村木は息があった。後頭部を強打した結
果、意識を失っていたらしく、即刻、救急車で運ばれていった。
宍戸の死因は、頚動脈を切られたことによる失血死と見られる。凶器は現場
に落ちていた登山ナイフとされ、これは宍戸自身の持ち物であると判明した。
その他に注目すべきは、盗まれたロボットの一部−−改造のため不要となっ
た部分−−が、部屋の片隅に置いてあった事実が挙げられる。
「これでいいのかな」
自信なさげにつぶやきながら、カップやら皿やらを載せたトレイを運んでき
た上島。
「ありがとう……あら? 上島さん達の分は?」
「お見舞いに来て、そんなことできませんよ」
「私一人じゃ、食べにくい」
野瀬がまるで懇願するように言うので、千堂達も紅茶だけもらうことにした。
ケーキの端っこを一口だけ食べたところで、野瀬が聞いてきた。
「事件のこと……何か分かったのかしら」
「はあ。いくらか教えてもらいましたけど」
千堂は昨夜、駆けつけた刑事に知っている事実を全て、さっさと伝えた。特
にロボットの件を隠していると、立場が悪くなると考えたからという理由もあ
るし、何よりも、刑事らの顔が、いかにも「またおまえ達が第一発見者か?
怪しい」と言っているように感じたからだ。
それと引き替えという訳でもないだろうが、今朝早く、担当の刑事から電話
で大まかなところを知らせてもらっていた。
「食べている途中なのに、話してかまわないですか?」
「平気だと思う」
野瀬が強く言ったので、千堂は警察から教えてもらった話を始めた。野瀬は
当夜、高倉の頭部を目の当たりにするなり、倒れてしまったから、ほとんど何
も知らないのに等しい。
「−−それで、村木さんから事情を聞けたそうです。病院のベッドの上でだそ
うですけど」
頭に包帯を巻いた村木が語ったところによると、彼は火曜日、宍戸からロボ
ットの改造を頼まれたという。ロボットの盗難騒ぎを知らされていなかった村
木は、宍戸の『高専に通う甥っ子が遊びで作ったんだが、大層すぎる。もっと
小さくしてもらえたらうれしいんだが』との言葉を鵜呑みにした。
「工学の学生なり院生に頼まないのを、不自然に思わなかったんでしょうか」
上島が質問を挟む。
「何でも、宍戸が『村木さんの腕を見込んで、お願いしているんだ』と言った
そうだよ。言い方は悪くなるけど、大学で村木さんと一番親しいのは宍戸だっ
たろ。さすがの村木さんも断り切れなかったとか」
そう答えて紅茶を一口飲み、また続ける。
機械の扱いにも通じている村木は、四〇二号室にある道具のみで、改造をや
ってのけた。ロボットの出来映えに、宍戸はいたく感心していたという。
その後、殺人事件を経てざわついているところへ、村木は蔭山からメールを
もらった。昨日、千堂らの話を聞いた蔭山はすぐに、村木にロボットが発見さ
れたことを伝えていたのだ。
「他言無用って言ってたのに、蔭山先輩も口が軽いんだから」
「事件の夜、棟内にいた人たちには知らせておこうと考えたみたいだよ」
不満そうな上島に、軽く苦笑いをして答える千堂。
盗まれたロボットの改造された物が四〇一号室で見つかったという内容に、
村木は愕然とした。ロボット盗難の話自体が初耳だったが、それ以上に、改造
されたロボットが現場を密室にするのに用いられたらしいという話に、村木は
宍戸に会いに行った。どういうことなのか説明してくれ、と。
しかし時間が早く、まだ仕事が残っていることを理由に、宍戸は村木を追い
返した。あとで四〇二へ行くから、そのとき話し合おうと約束して。
「その時点で村木さん、警察に知らせなかったのは、何故なのかしら……」
震えるように言ったのは、野瀬。真実を知るのが怖くもあり、また知りたく
てたまらないという気持ちも強いようである。
「自分が犯人にされるんじゃないかと、恐かったそうです。だからとにもかく
にも、宍戸と話を着けてからだと考えたんでしょうね」
村木の話では、宍戸がやって来たのは午後六時頃。ビニール袋を右手にぶら
下げ、薄ら笑いを浮かべていたそうだ。袋からは、木製の柄が飛び出していた。
−−何です、それ?
−−これかね? お土産だよ。君もこうなりたくなかったら、何も喋らない
ことだ。
宍戸はナイフをちらつかせると同時に、袋の口を開け、高倉の頭部を見せつ
けた。木の柄は、のこぎりの物だ。
悲鳴を上げそうになるのをぐっとこらえ、村木は訳を聞いた。何故、高倉を
殺したのか。何故、ロボットを自分に改造させたのか、等々。
−−高倉はマナーがなっとらん。鍵を借りにくるとき、必ず、吸い殻を捨て
ていく。毎回、必ずだ。一度だけ注意したら、はいはいとうなずいておったが、
翌日にはまた捨てて行きよった。大学院生ともあろう人間が、一度の注意で守
れんとはどういうことだ、情けない。大学に来る資格はないと思ったから、殺
してやった。あんたも内心、喜んでいるだろう? 自分の部屋の前にマナー知
らずの男がいて、困っていたんじゃないかね。
−−続