#3712/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/12/31 17:22 (199)
すべてがAIになる 3 永山
★内容
翌水曜日、研究棟の一階で、千堂は探していた相手から、逆に背中へ声をか
けられた。
「野瀬さん、探しましたよ」
千堂がびっくりした顔を向けると、野瀬は微笑みながらうなずいた。
「高君から聞いてる。私の方はオーケーだよ」
「あ、そうでしたか。どうもすみません、話が遅れて……」
「いいっていいって。高君と私、高君と千堂君は、もう話がついてるんだから、
残るはそちらの方だけど」
小脇に抱えた二冊の書籍を持ち直しながら、頭を傾けて聞いてくる。
「愛ちゃん……上島に話したんですが、部屋を移動するのは面倒だって。それ
で、申し訳ないんですが、野瀬さんに部屋を動いてもらえないかと……」
「いいよ。高君とは二年目に入って、ちょっと飽きてきたから、気分転換にい
いね」
冗談ぽく言う野瀬に、千堂はほっとした。
「助かります。あ、それと、院協の方はどうなってるんでしょう? 高倉さん
が話をするって言ってましたが」
「大丈夫。もう話は着いたってさ。今日、午後から暇? できればそのときに
入れ替わりたいな」
「僕はいいですけど、上島が。あいつ、意外とこういうことにうるさいですし」
「今、部屋にいる?」
「僕、まだ来たばっかりで覗いてませんが、昨日、上島は泊まったはずですか
ら、いると思います」
天井を見上げつつ、そう答えた千堂。千堂自身は大学のすぐ近くに下宿して
いる身だから、部屋に泊まり込むなんて滅多にない。そもそも、院一回生の早
い内に泊まり込むのが珍しい。
「そうなんだ? 高君も昨夜は泊まりだったみたい。部屋に行ってないんだけ
ど、ひょっとしたらまだ寝てるかもね」
腕時計が示す時刻は、午前十一時に近かった。
「とにかく、千堂君達の部屋に行こう。物件を見せてもらわないと」
「不動産扱っているんじゃないんですから」
笑ってしまう。
エレベーターで上がり、小走りで二一六号室の前に駆けつける。ドアノブを
引っ張ると、簡単に開いた。
「不用心だな。鍵、かけろよ。ボタン押すだけなんだから」
と言いながら部屋に入ると、長い髪を乱れに乱れさせた上島が、ソファに横
になって眠っていた。小さな身体をさらに小さくして、丸くなっている。
「起きろ。野瀬さんが来てるんだぜ」
「ん……」
肩に手をかけられるや、上島は飛び起きた。上半身だけ起こし、野瀬へ頭を
下げる。
「どうも、おはようございます。このような格好で、失礼いたしております」
「まだ寝ぼけてるのか」
千堂は心配になって、相手の身体を揺すぶった。
「失礼なことを。起きてます、ちゃんと」
「じゃあ、さっさと立って、髪ぐらいきちんとしろ」
言われた通り立ち上がり、髪に櫛を通す上島。その有り様を、野瀬が面白お
かしそうに眺めやっていた。
「案外、きれいに片付いているね。これなら引っ越しも簡単そう」
「机の配置なんかはどうです? 嫌でしたら、上島に言って代わらせます」
「ううん、これでいいよ。二階にあるのが、何より気に入ってるし」
ぽつりと言った。野瀬と高倉の部屋は四階の四〇一号室だ。野瀬は高いとこ
ろが苦手なのかもしれない。
「部屋の入れ替え、今日の午後からやりたいんだけど、上島は?」
「え? ああ、大丈夫。−−お手伝いさせていただきますよ、先輩」
千堂の質問には鏡を向いたまま答え、野瀬へは笑顔で振り返った上島。
「じゃ、決まり。高君には、私から言っておくから……あ、千堂君、ついでに
小物を運んであげようか」
「ええ? そんな、悪いですよ。それより、高倉さんのところに行きます。僕
も物件をみたいですからね」
「そう?」
というやり取りがあったが、結局、千堂は本を何冊か持ち、野瀬には電気ス
タンドを運んでもらうことにした。
「すみません」
「気にしない気にしない」
四階の四〇一号室に着くと、両手の塞がっている野瀬は、肩でドアをノック
した。が、中なら反応はない。
「出かけてるのかな。それか、本当に眠っているか」
つぶやく野瀬の斜め後ろで、千堂は両手に持った本を床に置くと、ノブを掴
んだ。回そうとしても動かない。
「鍵がかかってますね」
言って、ノックする。先ほどより大きな音を立てたのだが、やはり部屋の中
から反応は返ってこない。
「いないみたい。困った、折角荷物を運んできたのに。悪いね」
「しょうがないですよ。ま、盗む奴なんていないでしょうから、ここに置いと
きましょう」
と、廊下の隅っこ、壁に寄せて本を置く千堂。
「盗む奴がいないなんて、言い切れないご時世だって。昨日あったロボット盗
難、忘れた?」
「あ、それがありましたね」
すっかり失念していた千堂は、思い出して、不安を抱いた。
その刹那のことだった。
「う、う」
短くて低いが、はっきりとした音−−うめき声?−−は、目の前のドアの向
こう側から聞こえた。間違いない。
「誰か……います」
野瀬と顔を見合わせた千堂は、固い口調で言った。
「高君の声だった?」
「さあ……」
「高君じゃないはずないと思うけど」
ノブを掴み、何度も引っ張る野瀬。さらには扉をがんがん叩いた。
「うるさいな、君達」
開いたのは、千堂達の真後ろ−−つまり、四〇一号室とは廊下を挟んで真向
かいの部屋のドアだった。白飯にごま粒をまぶしたようにぽつぽつと不精髭を
生やした男が、のっそりと顔を覗かせている。
「村木さん、すみません」
野瀬が謝るのを耳にして、千堂もようやく思い出した。研究生の村木の部屋
がここにあることを。
「何を騒いでるんだ? さっきから何度もドアを叩いて」
「それが」
珍しくも?部屋から出てきた村木に、野瀬は手短に説明する。
「高君−−高倉君が今やっと目覚めたのかもしれませんが、それにしては反応
がないんです。何かあったんじゃないかと思って」
「……なるほどな」
苛立った様子もなく、村木は頭を片手でかきむしりながら、何やら思案する
表情をなした。
「鍵は持ってないのだね?」
「はい。多分、高倉君が」
鍵を借り受けるシステムは、少々面倒である。朝、キャンパスに来た者は学
生手帳を示しながら、宍戸という保安係に自室の鍵の貸し出しを求める。その
際、保安室に該当する鍵があればそのまま手渡してくれるが、ない場合、換言
すれば相部屋のもう一人の者がすでに鍵を借りている場合は、部屋に直行する
しかない。普通、部屋は開いているはずだからだ。
夜半になるとさらに面倒になる。零時を持って、各棟の出入口には鍵がかけ
られ、外から入ることは不可能になる。万が一にも忘れ物をし、大学に取りに
戻ったのが零時過ぎだとしたら、保安の宍戸にどやされるのを覚悟で、頭を下
げに行かねばならない。
「仕方ない。保安で合鍵を借りよう。緊急事態だ」
落ち着いた声で言うと、きびすを返した村木。
「君達はそこにいてくれ。僕が借りてくるから」
「あ、それなら自分が行かないと、手帳が」
野瀬が動きかけるのへ、村木はさらに言った。
「いや、これでも信用はあるから。いざとなったら、宍戸さんにも立ち会って
もらう」
村木はエレベーターを使わずに、階段を駆け下りていった。
「村木さんて、案外、普通じゃないですか」
姿が見えなくなってから、千堂はぽつりと言った。
「う、うん。普段はもっと、変わってるんだけど、今ばかりは頼りになる感じ」
口ぶりは面白おかしい野瀬だが、その表情は真剣だ。トラブル発生という悪
い予感を抱いているのかもしれない。
千堂自身は特に意識していないのだが、話さなくなった野瀬に合わせて、口
をつぐんだ。少しばかり息苦しい時間が流れる。
五分も経った頃、村木が戻って来た。復路はさすがにエレベーターだ。保安
の宍戸を連れている。
「何があったんだい?」
部屋の前に、つんのめるように到着した宍戸が、痰の絡んだような声で聞い
てきた。
「分かりません。でも、何か起こってるみたいなんです」
早口で答える野瀬に、宍戸は切迫したものを感じたのだろうか、無言でうな
ずくと、手にした鍵を鍵穴に差し込んだ。
音がして、簡単に解錠された。ゆっくりと押し開ける宍戸。千堂は野瀬、村
木に混じって、ただ見守るだけ。
「これはぁ」
宍戸が入口に仁王立ちしたまま、絶句している。
「何か、何かあったんですか?」
背伸びして覗き込む格好の野瀬。千堂も同様に中の様子を見る。息を飲んだ。
さらに村木が割って入る。そして、冷静な響きの声で言った。
「……どう見ても、死んでいるね。……よくできた人形じゃなければ」
ソファに座る人体に、首から上はなかった。
「……閉めよう。鍵をかけて、誰も入れないように。その間に警察に通報する」
村木は宍戸に告げたが、保安係の者は躊躇の素振りを見せた。
「どうしたんです?」
「学長を通さんといかんのだよ」
「仕方ない。それでいいから、とにかくここの鍵をかけてください」
「そ、そうだな」
扉を引くと、差しっ放しだった鍵を回して、宍戸は施錠した。
「これでよしと。君達、また見張りを頼めるか?」
「え? あ、はい」
呆然とした体だった野瀬は、千堂と共にうなずいた。
午後から予定されていた院の講義は、全て中止となった。各自、己の研究に
没頭せよという、小学校の自習の時間めいたことを命じられた。大学から出る
のは自由だが、自分の名前と学籍番号を警察が用意したノートに記帳するよう
申し渡されている。
「七面倒くさい状況だな」
自分のパソコンで、やり飽きたトランプゲームをしながら、千堂はぼそっと
つぶやいた。
「どうして帰らないんです?」
遺体を見ていない上島は、どこか楽しそうに聞いてきた。
「面倒なら、さっさと帰ればいいのに」
「野瀬さんが事情を聞かれているんだ。せめてそれが終わるまでは、帰れない」
第一発見者は野瀬だけでなく、千堂や村木、保安の宍戸も同じだが、千堂達
三人は比較的簡単に解放された。野瀬だけ長引いているのは、現場が現場だか
らだろう。
「そういうものかな」
「そうだろう。それに、もし部屋の入れ替えが終わったあとにこの事件が起こ
っていたら、僕が同じ立場だったかもしれない」
「あ、自分も引っかかってるとこです、それ。引っ越しが事件に関係してるの
かしてないのか」
「関係ないでしょ」
千堂はゲームを放り出して、上島に言った。
「もし関係あるとしたら、部屋を入れ替わる話を知っている人は限られている。
その中に犯人がいるなんて」
「誰もそんなこと言っていません。引っ越しの話を知らないからこそ、事件を
起こした場合もあり得ます」
「ほう。具体的には?」
「……今は浮かばないけど」
口ごもる上島。感心しかけていた千堂は、思わず苦笑した。
「だいたい、殺されたのが誰なのか、分かっていないのが大問題」
上島の言った通り、被害者が誰なのか、特定はまだだった。頭部が発見され
ていないのだ。様々な鑑定をすれば、近い内に身元は判明するであろうが。
「てっきり、高倉先輩だと思ったんだがな」
「身体の感じ、どうだった? 高倉先輩に似てた?」
「分からん。首から上がないのって、不気味極まりないぜ。人間の肉体には違
いないのに、急に無機質になったような」
ゲームに没頭することで消し去っていた気味悪さが、再びいくらかこみ上げ
てきた。
−−続