#3711/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/12/31 17:19 (200)
すべてがAIになる 2 永山
★内容
「さっきの宮田君の話、聞いてなかったかい? 工学やってる者なら誰にでも
作れるんだ。コントローラーだけじゃなく、本体もね。わざわざ盗む必要はな
いんじゃないかな」
「理論は分かったが、単純すぎる」
都築の言葉を一刀両断にし、髪を掻き上げる須川。
「どこかおかしなことを言ったかい?」
「おかしくはないが、足りないんだよ。盗む理由は、その物が欲しいからとい
うだけじゃなく、他にも考えられるだろう。宮田君には失礼になるが、嫌がら
せの可能性を無視するのは納得できない」
「ふん……。宮田君、嫌がらせを受ける心当たり、あるかい?」
「ないですよ。冗談きついです」
「ほら」
都築は須川に視線を戻した。
「逆恨みってのもある。それに、自分は嫌がらせの可能性を議論したいんじゃ
ない。工学科の人間は除外できると決めつけるのは危険だと言いたいだけでね。
逆に、容疑の範囲をこの研究棟の利用者に限定するのも、論理に飛躍がある」
「……そんなこと言い出したら、きりがないぜ」
付き合いきれないといった様子で首を振った都築。
「極端な話をしようか。大学という場所は、基本的に市民にも開かれた空間だ
ぜ。そこら辺のおばさんがひょいと飛び込んできて、すっと持っていったとし
たら、真相は薮の中だ」
そのとき、上島が不意に千堂へと囁いてきた。
「薮の中って言うの? 霧の中だと思ってたのに」
「……薮でも霧でもいいんじゃないか。五里霧中って言うし」
呆れながら、小さな声で答える千堂。
「ごりむちゅうのむちゅうって、夢の中じゃなかったですか?」
「違う。霧の中」
耳を押さえるポーズを取った千堂は、話に集中しようと努める。ちょうど、
須川が応じるところだった。
「そこまで分かっているなら、軽はずみな意見はよしてくれないかな」
「−−なるほどね」
肩をすくめると、都築は黙ってしまった。
須川も口をつぐんだので、奇妙な沈黙が場を占める。
「えー、それでですが」
取り繕うように、蔭山が切り出した。
「何かを知っていても、みんながいるところでは発言しにくいという人もいる
でしょうから、そういう人はあとで僕のところに言いに来てください。誰から
聞いたかは、秘密にしますから」
皆を見回すように首を動かす蔭山。
「さて、このままいても誰も何も言ってくれそうにないので、解散としましょ
うか。来られなかった人達には、随時知らせておいてください」
まとまりのないまま、緊急召集の会議は終わった。上島と並んで階段に向か
う千堂は、無駄な時間を過ごしてしまったと感じていた。
「ねえ、誰が犯人だと思います?」
「……愛ちゃんのミステリ好きがまた出た」
見上げてくる上島に、千堂はため息をついた。
「悪いですか?」
「つまんない事件だよ。相手にしていると、また研究が遅れる」
「解決できないまま放っておかれると気になって、もっと遅れるかも……」
くぐもった声で、ぼそぼそと言う上島。
「脅かしているのかい?」
「そう。教授だって、一年目は色んなことに興味を持てっておっしゃってた」
「意味が違うよ……」
「いいからいいから。遅れた分は、頑張ればいいんです」
上島の陽気な声が、千堂の頭痛の元になっていた。話題を換えようと、千堂
は高倉と相談したあの話をする。
「部屋を移る?」
「そっ。煙草を吸う者同士、一緒にいれば楽なんだ。禁煙者だって禁煙者同士
の方が、何かと便利でしょ」
自分達の部屋、二一六号室に到着し、扉を開ける。
「別に」
素気なく答え、上島は椅子に座った。きしむ音がうるさい。
「何で? いい案だと思う」
「煙草を吸うのを我慢してくれれば、こちらには関係のないことでっす」
「それは……」
そうだなと納得してしまった千堂。
「座ったらどうです?」
「あ、ああ。だけど……。むむ、じゃあ、君は移る気はないの?」
「ないよー」
即答にがっくりし、ソファに腰を落とす。それでも千堂は希望をつないだ。
「それなら、野瀬さんが僕の代わりにこの部屋に来るのは、どう?」
「野瀬さん? ああ、高倉さんと相部屋なんだ。うーん。馴染みの顔と別れ別
れになるのは寂しいけど、悪くないですよね」
「そうか。だったら、野瀬さんに移ってもらえるかどうか、聞いてみなくちゃ」
電話に手を伸ばしかけた千堂は、途中でやめた。高倉も野瀬も、今は何かを
受講しているはずだということを思い出したのだ。
「次は自分が授業あるし……明日か」
「メール送ればいいのに」
「そんな失礼なことができるか。こういう話はきちんと向き合って」
「もう、変なところで律儀だなあ、千堂さん」
揶揄するように笑う上島を見て、千堂は内心、ため息をつきたい気分になる。
「事前の挨拶ってことで、出したらいいんじゃないですか」
「……そうします」
受け答えが面倒になって、承知する。
院生の各部屋にはワークステーションが設置されてはなく、メールを送るに
はそれ専用の部屋まで出向く必要がある。あるいは、パソコン通信の機器を揃
え、自分で使用料と電話代を払う気があれば、室内からでも可能だが……そん
な馬鹿をやっている人間はいない、多分。
「どうなってる?」
千堂は上島の後ろに立ち、パソコンの画面を覗いた。左端に、数字の羅列が
流れていく。
「メールは?」
「後回し。それで、結果は?」
「だめじゃない?」
「簡単に言うなよ。画面、止めて」
画面の動きを止めて、数値に見入る。
「……芳しくないな」
今、千堂が取り組んでいるのは、極めて簡単に言えば、人間の直感を機械に
やらせる研究だ。「この大きさの箱に、様々な形の小箱が何個詰められるか」
や「これらの板をどのように組み合わせれば十字架ができるか」といった問題
を、直感の力を借りて短時間で解決しようという訳だが……現時点では論理的
に解かせた方が早いようだ。
「早く、ワークステーションでやるようにしたいね」
「手伝ってくれよ。プログラムができないんだから」
「専門じゃないから」
「情報科学の人間が、何ちゅうことを」
いつものやり取りをしながら、部屋の使用状況を示した表を見る千堂。要す
るに、一種の時間割だ。
ワークステーションが使える場所を探す。一番広い部屋は授業で塞がってい
るようだから、別の棟まで行かなければならない。
「これだと、直接会う方が早い」
「身体がなまる〜」
茶化す口調の上島。
「そんなことあるか。自転車に乗って鍛えている」
「その言い方、トライアスロンかマウンテンサイクルをやってるみたいです」
「僕の勝手でしょ。排気ガスをまき散らす物には極力、載りたくないんだ」
千堂は移動手段として専ら自転車を使う。
「身体がなまるっていうのは、村木さんみたいな人のことを言うんだよ」
村木は院生ではなく、研究生の身分にある。生物学を修めてから、情報科学
も修了した変わり種と言えよう。彼自身の努力もあって、個室を持っている。
「あー、そんなこと言って」
「指差さないでくれる? あの人はいいんだよ。部屋が下宿だってさ」
村木が取り組んでいる研究そのものは、生物の記憶のメカニズムを人工知能
のそれに応用させようという、実現すればいたって有益な物である。
が、彼の部屋は「凄い」らしい。外界の音をシャットアウトするためか、ド
アや窓には防音材を施した部屋の中は、本棚が林立し、机の下の空間には布団
が敷きっ放し。電気ポットが二つあって、冷蔵庫の中はミネラルウォーターと
牛乳パック、そして簡単な固形物が詰まっている。出不精らしく、それらを買
いに行く姿もしくは他の用事で学内を歩く姿を見かけた者は、ほとんどいない
との風評まである。そしていつも部屋いっぱいに、コーヒーの香りが充満して
いるという。
いくらかオーバーな表現も混じっているようだが、村木の部屋をちらとしか
覗いたことのない千堂にとって、どれが事実でどれが事実でないのか、区別の
しようがない。
「文明の利器を駆使するオランウータン……って、先輩達もひどい敬称を着け
るものだね」
「突然変異のナマケモノっていうのも聞いたことある」
千堂と上島、二人してひどいことを言って、思わず吹き出してしまった。
「それよか、プログラムは」
上島は、笑いを必死でこらえている様子だ。
「そうだ、また手直ししないとな。しかし……時間が中途半端」
時計を見ると、次の講義開始まで三十分もない。
それでも気休めに、千堂は自分のパソコンを起ち上げると、プログラムリス
トを表示させ、眺めにかかった。
「さてと」
「暇なら、さっきのロボット盗難事件、考えたいな」
「一人でやれば」
椅子をきしませ顔を向けてきた上島へ、愛想なく言い返す。それがまずかっ
たのか、上島は独り言を始めた。
「何のために盗んだのか、これが最大の命題。付随して、誰が、どうやって、
いつ盗んだのか。どこに隠しているのか……こんなところかな」
「あの」
無視したかったが、気になったので、つい口出しする千堂。
「隠すと言ったけど、ロボットが五体満足かどうか、分からないんじゃない?」
「なーるほど。冴えてる、千堂さん。壊して、さっさと捨ててもいいんだ」
「いや、壊さなくても単に捨てるとか、逆に、分解して小さな部品にすれば、
隠すのはぐっと簡単になるでしょ」
「凄い。千堂さん、やる気あるんじゃない」
「まあね、嫌いな方じゃないから」
結局、画面に意識は向いていない。
「でも……分解するぐらいなら、持ち去らなくてもいいのに」
「それはそうだ。壊すのが目的だとしても、運び出す必要はない。犯人にとっ
て、制作室にそのロボットがあっては困る状況だったのかもしれない」
「超巨大ロボットを作るために、スペースが足りなかったとか?」
上島の突飛な意見に、千堂は吹いてしまった。
「そ、それだったら、問題のロボットはちょっと外に出しておくだけでいいで
しょ。そもそも、そんな巨大な物があるとすれば、それを人目から隠す方が大
変なんじゃないか」
「そうか……。あ! 材料が足りなくなった説!」
「何だって?」
聞き取れずに、顔をしかめた千堂。
「だから、犯人は何か機械を急いで作っていて、材料が足りなくなった。見回
すと、ロボットがある。お遊びで作っていると聞いていたから、まあいいだろ
うという気になって、そのロボットを分解し、必要な部品を使った。使わなか
った部分はそこらの材料に紛れ込ませた……どうかな?」
「面白いかも。材料が不足した状況になかったか、聞いてみるといいね」
口ではそう言いつつも、千堂の実際の見方は否定的であった。材料が足りな
くなったら、よほど特殊な物でない限り、保管庫のような場所から持って来て
もらえるのではないか。そのぐらいのシステムは確立されていないとおかしい。
無論、一人当たりの予算限度額というものもあるかもしれないが、他人の分を
盗んでまでというのは、ちょっと考えにくい。
「待てよ」
急に閃いた。
「何、千堂さん?」
「ロボットを誤って壊してしまったとは、考えられない? 犯人は修理するた
めに、一時的にロボットを隠した」
「……よさそうだけど、わざわざ隠さなくたって、素直に謝ればいいのに」
「プライドが高い奴なんでしょ、きっと。あるいは、宮田という人と仲が凄く
悪いのかもしれない」
「そう言われてみると、説得力あるような、ないような」
「もしこれだとすれば、ただ待っていればいいから楽だね。あるとき、ひょっ
こり、戻ってくるはずだから」
「直せなかったとしたら?」
予想外の質問だった。千堂は一瞬、真面目な顔を作り、それから笑いながら
答えた。
「どこかに捨てるでしょ」
「いい加減だなあ。えっと、他の可能性」
それからもしばらく考えたものの、授業開始の時間が来てしまった。
−−続