AWC コード館の殺人 11   永山


        
#3698/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/12/31  16:44  (200)
コード館の殺人 11   永山
★内容
「写真を撮って、検死も終わってから、部屋の隅に移しましたよ。永峰さんは
鈴木さんの部屋を使うといい。錦野さんのところでもいいな。死んだ人の部屋
なんて、ぞっとしないだろうが、遺体が横にあるより、ましでしょう」
「そ、それはそうですがね」
 背筋に薄ら寒さを感じた。鈴木の部屋は、私が襲われ、押し込められた場所
でもあるのだ。
 法川が戻って来たので、三人で、犯行現場らしい私の部屋に入る。
「凶器を中心に、捜させてもらいますよ」
 いくらかのんびりした調子で言う刑事。自分は本当に疑われている訳ではな
いのだと、希望を持った。そうでも思い込まないと、どんどん滅入ってしまっ
て、会話もまともにできない。
 私が見ている中、荷物が開けられ、調査が始まった。紐状の物など、輪ゴム
一つ持って来ていないのだ。何も出て来るはずがない。
「……これは?」
 法川の手が止まった。戸井刑事が覗き込み、その上から私も目を凝らす。
 それは洗濯紐か何からしかった。ビニール製らしく、白に光沢があった。
「バッグの横のポケットに、乱暴に突っ込んであったぜ」
「知らない。そんな物、持って来てないよ!」
「ふん。太さは合いそうだな」
 戸井刑事が、毛布を掛けられた遺体に一瞥をくれる。
「これが凶器に間違いなさそうだ。しかし……永峰さんの物だという証拠がな
い。親しくしているから贔屓目で見ているせいも少しはあるが、あまりにもあ
からさますぎる。見つけてくださいと言わんばかりに、凶器を隠されても信じ
られん。探偵の意見は?」
「同感です。これは真犯人の工作と見るのが妥当でしょう。もちろん、我々の
ことを知り尽くした永峰が、裏の裏をかいた可能性も、頭の片隅で意識してお
いて損はないでしょうが」
「法川っ、そんなことを考えているのかい?」
「ヒステリックに叫ぶなって。その線も忘れていませんよという意志表示だよ。
こうしておかないと、僕の名探偵という看板に傷が付くかもしれない」
 冗談なのか本気なのか、今の私には判断できない。
「他にめぼしい物はないな。青酸系の毒物も見当たらない」
 刑事は言って、部屋そのものに異状がないかを調べにかかった。
「紐が出て来て、毒はない。……毒は使い切ったと見るべきですね」
「どこかに隠しているのかもしれん。青酸系毒物の半数致死量なんて、たかが
知れている。隠そうとすりゃどうにでもなってしまう、忌々しい」
「じゃあ、戸井刑事は、第三の殺人が起こると考えているんですか?」
 法川は意外そうな顔を作っていた。
「考えたくないが、今度の事件の犯人はこの短い間に、二人も殺している。と
びっきり不可解な方法でだ。その上、船を動かんようにしてるとなりゃあ、殺
しを重ねると考えざるを得ませんな。ああっ、くそ忌々しい」
「船を動かさないようにしたのは、最初に考えたように、警察の介入を防ぐた
めのようですね。戸井さんや貴島さんがいるのは、犯人にとって眼中にないら
しい。とにもかくにも、警察の介入を受けて、第二、第三の犯罪が行いにくく
なるよりは、この孤島で連続殺人を決行する道を選んだ」
「恐らく。そうだと認めなきゃいかんようだな。まあ、犯人が警察を甘く見て
るんなら、それを後悔させてやる。−−だめだ、犯人の遺留品らしき物、やは
り見つからん」
「永峰、まさかと思うけど、遺体と一緒に寝ていて、気づかなかったなんてこ
とはないだろうね」
「当たり前だよ」
 こんな状況であるが、私は鼻で笑いたくなった。
「酔っていたが、部屋に連れて来られて寝かされた際、ベッドには何もなかっ
た。間違いない」
「部屋に連れて来られたとは、どういう意味だい?」
 尋ねられて、私は夜中−−午前一時頃だろうか−−、神代や実道の肩を借り
て、この部屋まで来たことをざっと話して聞かせた。
「なるほど。かなり酔っていたんだな」
「だが、ベッドには何もなかったんだ」
「電話のベルで起こされ、さらにノックの音を聞いてドアまで駆け寄ったとき
も、何もなかっただろうね?」
「当たり前だ。遺体なんかがあったら、その時点で大騒ぎだ」
「ふむ。隠すスペースなんて、どこにもないし」
 室内をぐるりと見回す法川。どうやら、私が眠っている隙に犯人が遺体を運
び込んだと考えているらしい。
 だが、それは的外れではないか。私に気づかずに遺体を運び込めたのなら、
わざわざ騒ぎを引き起こす必然性がない。朝目覚めて、遺体を見つけた私が大
騒ぎする、これで充分ではないか。
 そのことを法川に告げると、彼もうんうんとうなずいた。
「それは分かっているんだ。だが、他の可能性が見つけられないからね……」
 意外と苦戦しているようだ。彼を頼りにしている私は、気が気でない。
「ここらで切り上げましょうや。次は錦野の部屋を見たい」
 刑事の言葉を合図に、我々三人は私の部屋をあとにし、二階の端にある錦野
の部屋に向かった。こちらもすでに開け放してある。
「殺人とは無関係に、荷物を盗む奴が現れやしませんか?」
 心配になって、刑事に尋ねる。
「殺人が起こっている状況下で、そんなことをして見つかれば、たとえ殺人を
犯してなくとも殺人犯扱いだ。それぐらい、誰もが分かっておるでしょう。そ
れに錦野殺しの場合、犯人の奴は部屋の鍵を自由に使える時間があったのだか
ら、盗みたい物があればそのときにやっているはずだ」
 彼の説明に、私は一応、納得した。
「じゃ、永峰さんは扉のとこで、見るだけにしてくださいよ。現時点では、容
疑者扱いしなくちゃならん。部屋に入って、妙な真似をされる余地はカットし
ておきたいんでね」
「分かりました」
 素直に従うとしよう。私は腕組みをして、出入口の木枠にもたれ掛かった。
高みの見物を決め込んだのではない。腕を組んでいないと、恐怖感から震えが
来そうだからだ。
 捜索は二十分強ほど続けられただろう。やがて刑事が疲れ切った声を発した。
「ない。何にもないっ」
 特に事件と結び付きそうな物は発見できなかった様子だ。
「おかしいな……」
 法川がぽつりと言った。右手の人差し指で、頬を掻いている。
「何が?」
「あるべき物がない。錦野さんは確か、手帳を持っていたはず。昨日の昼間、
車でここに来るとき、見かけたんです。安物のようだったけれど」
「言われてみれば、そんなこともあったような」
「戸井刑事、遺体を調べましたね? 手帳はなかったのですか?」
「ああ、なかった。あれば中身をチェックするから、印象に残るはずだが、何
も記憶にない」
「犯人が持ち去ったか……」
 法川の悔しげな口調。歯ぎしりが聞こえてきそうだった。

 大きな手がかりは得られず、有効な対策も思い付かず、短い眠りに就いた。
 やはり鈴木の部屋を使うのには抵抗を感じたので、法川と相談した結果、私
は法川が使っていた部屋に入った。法川自身は、風見と相部屋になることで話
が着いたのだ。
 眠れるかどうか怪しく思っていたのだが、明け方にはさすがにうとうとした。
目覚めると、第三の惨劇が起こっていた……というようなことはなかったよう
だ。なかなか防音が行き届いた屋敷であるが、事件が起こっていれば、いくら
何でもこんなに静かであるはずがない。
 それとも起きるのが早すぎたか? 私は腕時計を見た。午前七時四十分。早
いと言うほどではない。それにしても寝不足のはずなのに、目覚めと同時に意
識も覚醒したような気がする。気持ちが張りつめているのだろうか。
 持って来た衣服に着替え、身なりを整えてから部屋の外に出る。最初に法川
達の部屋を訪れた。こんこんと軽くノックするが、返事がない。
「お邪魔して悪いが、そろそろ出て来ないかね」
 まだ起きていないのかと考え、小さく抑えた声で呼びかけながら、私はドア
をやんわりと叩いた。
 やがて錠が外され、警戒するような風情でドアが開く。中から出て来た人物
は、私の顔を見るなり、「やあ」と笑った。
「そろそろ皆さんが起き出す頃だろう。君も探偵として」
 私は室内を覗くような真似はせず、法川に意見した。
「ああ、分かったよ。ちゃんと起きる」
 ぶっきらぼうに答えると、彼は上着を肩に引っかけてから、ドアを閉めた。
 私はそれから下に降りた。朝食の準備が進んでいるらしく、厨房の方から音
が聞こえる。
 広間に目を移せば、すでに幸道氏と貴島がおり、難しい顔をしてぽつりぽつ
りと言葉を交わしている。
「おはようございます」
「おお、永峰さん。どうでしたかな、ぐっすり眠られたかな」
 こちらを向き、幸道氏が話しかけてきた。この人は私が犯人だとは、露ほど
も疑っていないようだ。それとも人生のキャリアというやつで、疑惑を覆い隠
しているのだろうか。
「眠れはしましたが、どうやら浅い眠りだったようです。鍵をかけているとは
言っても、不安に感じてしまって」
「大丈夫かね? わしらはもう、早く起きるのが習慣になっておるから、どう
ということないが」
 そう言う幸道氏の隣で、貴島もうんうんと同意している。
「平気です。他の皆さんは?」
「戸井さんは早かったな。職業意識かのう」
「目が充血しておった。もしかすると、夜通し起きていたかもしれんな」
 人生の先輩二人は、笑いながら言っている。事件の渦中にいるのに、余裕が
あるように思えて仕方がない。
「戸井さんはどこでしょう?」
「今の内に風呂に入って、身体を目覚めさせると言っておったぞ。まあ、確か
に、今なら犯人に襲われる心配はないだろうから、安心だ」
「なるほど」
 妙なことに感心したそこへ、戸井刑事が現れた。髪を乾かす時間も惜しんだ
のか、タオルを海賊ルック風に頭に巻き付けている。首から下はワイシャツに
ズボンだから、おかしいと言えばおかしな格好だ。
「お、永峰さん。起きましたな」
「戸井さんは元気ですねえ」
「殺しが起きたんだ、刑事の自分が頑張らないで、どうしろと言うんだね」
 戸井刑事は笑顔のまま、怒ったような口調で言う。
「それはそうですが……」
「で、どうです、この格好?」
「はあ?」
 言われても、すぐには分からない。
「嫌だな、永峰さん。あんたが言ってたんだよ、怪人物の格好」
「あ。ああ……」
「さっき鏡を見ていて、思い付いたんだ。こんな格好だったか?」
「仮面がないですけど、まあ、雰囲気は」
 どう見ても、風呂上がりの中年男性である。恐怖心が沸きさえしない。
「体格について、思い出す点は」
「……残念ながら、何も」
 刑事の努力に申し訳なく思いつつ、首を横に振った。
「そうですか……仕方ない」
 落胆した様子で、刑事は肩を落とし、すごすごと二階へ向かう。身なりを整
えてくるつもりなのだろう。
「刑事はあんたを疑っておらんようだな」
 貴島が意外そうに口を尖らせる。私は苦笑を浮かべて応じた。
「ありがたいことに、今のところは、そのようです。でも、これから先、有力
容疑者が浮かばなかったら、どうなることか。あの、貴島さんは私を……?」
「何とも言えんねえ。ま、幸道が昨晩言った理論も、分からんでもない」
 貴島は幸道氏をちらりと見た。
「あんたが犯人にしては、あまりにもふざけておる。それについては幸道と同
意見だな」
「そうだろ」
 満足げな幸道氏とともに、私はほっとしてうなずいた。
 だが、貴島はなかなか辛辣だった。
「ただし、あんたが犯人でないかとなると、まだ安心できん。ふざけた犯人と
いうのもおるからな。どうじゃな?」
 わざとらしい老人言葉になって、私をじっと見据えてくる。
 幸道氏は何が面白いのだろうか、声を上げて笑った。
 老人二人の様子にげんなりして、私は両手を挙げた。
「あなた方には、かないません」
 そこへ戸井刑事が戻って来た。改めて気合いが入ったらしく、聞かれもしな
いのに、「今日一日かけてでも、犯人を挙げんと面目が立たん」とつぶやく。
刑事のその宣言を合図としたかのように、みんなが三々五々、降りてきた。
「朝食はいついただけるのかしら?」
 神代が言った。髪にほんの少し、寝癖ができているが、肌の色つやはよい。
彼女が普段過ごす外国は、日本よりは犯罪異数が多いであろう。だからきっと、
殺人事件にも慣れているのかもしれない。
「七時半からを予定しておったが、皆さんが揃うまで待とうと思ってな。八時
十分頃になるかの」
 腕時計を見ながら、幸道氏が気さくな調子で答える。どうやら神代仁美を気
に入ったようだ。

−−続く




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