#3697/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/12/31 16:41 (197)
コード館の殺人 10 永山
★内容
「仮面に布を被っていたので、顔や髪は見てません。相手は一言も喋らなかっ
たですし、体格も、私は必死だったから……ただ、あの腕力は男だと思いまし
た。いくら寝起きでアルコールが残っていたと言っても、女性にあそこまでや
られるなんて、考えにくいです」
「こういう男女差別なら、ま、歓迎しますわ」
神代が言った。女性は容疑圏外になるからという意味だろう。さっきまで私
を心配してくれた女性と同一人物とはとても思えない、憎まれ口の叩きようだ。
ふと板倉亮子を見れば、彼女は肩を落として震えている。広間での話が始ま
って以来、一言も発していない。
「失礼ですが、幸道さん、貴島さん。あなた方は体力に自信がおありですか」
「変な質問だな、戸井さん」
老人二人は見合ってから、にやにやと笑う。
「悲しいかな、体力はある方だよ。柔道の心得もあるしな。そちらの作家先生
なんぞ、捻るのはたやすい」
ずばりと言われてしまい、私は鼻白んだ。貴島も甲高い声で幸道氏に続く。
「私もだ。文武両道がモットーでな。仕事の合間、暇さえあれば、仲間と一緒
に柔道、剣道に打ち込んでおる。嫌疑が晴れんのは残念だが、隠しても仕方あ
るまい」
「む。もうここらで結構です。怪人物の衣装探しと行きましょう」
かなわないと思ったのか、刑事は首を振りながら言った。
全員でぞろぞろと探すのもかえって隙が生まれるだろうとの判断で、捜索は
私と戸井刑事、そして法川の三人で行うと決まった。他の者については、探す
部屋の当人が立ち会う以外は、広間でひとかたまりになっていてもらう。
「まず、手間を省くために、我々の部屋から行きましょう」
刑事の提案により、彼自身の部屋を真っ先に、次いで私、法川の順に室内を
調べることとなった。そのあと、錦野の部屋から見ようという認識で一致した。
最初の戸井刑事の部屋は、当然のごとく何も見つからず、続いて隣の部屋に
移る。
「ドア、開けっ放しじゃないか」
法川から非難されてしまった。怪人物に襲われたときのままにしてある。
「いや、犯行現場に手を着けてはまずいという、あれだよ」
私は適当に言い訳した。実際は、そこまで考えてなどいない。危機から脱し
て、皆に事態を知らせるのが精一杯だった。実道に預けた鍵は、返してもらっ
ていた。
「まあ、いいじゃないか。とにかく中を見よう」
軽く笑い声さえ立てながら、刑事が先頭を切って入る。室内の電灯が灯った。
「−−これは」
刑事が絶句する。法川が進み出た。戸井刑事の肩越しに私も覗き込む。
めまいを覚えた。
「錦野さん!」
叫びながら、ベッドに駆け寄る刑事。法川も続く。
私はその場に呆然と立ち尽くしながら、ベッドの上に仰向けに横たわる錦野
を見やった。
「−−死んでいる」
戸井刑事の断定する声が、やけに冷たく聞こえた。
「こいつはどういうことです、永峰さん?」
検死のため、貴島は私の部屋に行っている。戸井刑事もそちらに立ち会って
いた。
私はその他の者に囲まれて、説明できない事態の説明を求められていた。被
害者の立場から、一転して疑いの眼で見据えられ、身が縮む思いだ。
「冷静に考えると」
年長者を制し、場を取り仕切る法川がぽつりと始めた。
「君が寝ていた部屋に、遺体が出現するなんて不可能だ」
「待ってくれよ」
反論を試みる。気持ちがふわふわして、自信は全くないが、何も言わない訳
にはいかない。
「僕が襲われたのは、犯人が僕の部屋に遺体を置くためだったと考えられる。
僕を部屋から引きずり出し、鈴木さんの部屋に押し込んでから、錦野さんの遺
体を運び込んだんだ」
「それは無理だろう」
横手から、実道が口を挟んだ。すっかり、酔いも醒めているらしい。厳しい
口調だ。
「さっきの話を聞いた限りじゃ、遺体を運び込む時間はとてもないようだった
ぞ。もし犯人がそんな行動を取ったとしたら、少なくとも君自身や神代さん、
板倉さんが目撃したはずだ」
犯人が立ち去ったあと、その姿を私は二度と見なかった。神代や板倉に至っ
ては、全く見かけていないと言う。
「実道さんの言うことももっともだ。二階の廊下の絨毯を見たが、遺体を引き
ずったような跡はなかったよ。だから、君の部屋で犯行がなされたのは、ほぼ
間違いないと思う」
私を指差す法川。
「僕が犯人だと言うのか」
「いや、それは何とも言えない。信じたいけれどね、特別扱いしていい状況で
はない」
探偵は冷静である。私は肩を落とし、うつむいた。
「永峰さん。怪人物がいたという証明を、まず、してください」
板倉が初めて意見らしきものを口にした。
「証明……ですか」
「そうです。あなたが見たと言った怪人物の存在を証すのは、現時点で、あな
た一人の証言のみでしかありません。うがった見方をすれば、あなたが犯人で、
全てはでっち上げという線もあるでしょう」
「でっち上げにしては、ひどくまずい作り話と思うがのう」
幸道氏が納得できない意を表した。
「自分が犯人であると言っとるのに近いぞ、これでは。永峰さん、あんたが犯
人だとしたら、天才か大馬鹿のどちらかだの」
「……どちらでもありません」
そう言うのがやっとだ。
「証明はどうなったのかしら」
板倉でなく、神代がせっついてくる。私は右手首を曲げ、痣のできた自分の
左目を指差した。
「怪我させられました。目を殴られ、顔にも引っかき傷」
「そんなもの、自分一人でもやれる」
森田コックが断定口調で、あっさり切り捨ててくれる。じゃあ、試しにあん
た、やって見せてくれと言いたかったが、無意味だと思い直した。
「怪人物を、どなたか見ていませんか? それしか頼りようがないんです」
自分でも情けなくなるほど、元気さの消えた声だった。私の証言した服がど
こかでか見つかれば、また話も違ってくるのかもしれない。だが、未発見のま
まである。各人の部屋からは発見されなかった。
しばらく待ったが、都合のよい目撃者はいなかった。だが、屋敷内の誰かが
奇妙な扮装をし、私を襲ったのだ。そいつは恐らく殺人犯でもある。
誰かが嘘をついている。そいつを見つけてやろうと、私が脳細胞を活動させ
始めたとき、貴島と戸井刑事が戻って来た。
「大雑把にだが、検死の結果が出た」
刑事が言って、貴島を促す。老法医学者は、幾分押さえた調子で始めた。
「錦野さんは頚部圧迫による窒息死だな。絞殺だ。紐状の何かで首を絞められ
ておる」
「現場に凶器は残されていなかった」
刑事が言い添える。
「首に絞められた痕が残る他は、目立った外傷は見当たらなんだ。頚骨も骨折
はしていない。
死亡推定時刻は、午前一時から三時の間といったところ。着衣に大きな乱れ
はなく、また抵抗した痕跡に乏しい点から、殺害時、被害者は意識を失わされ
ておったのかもしれん。酩酊しておったか、熟睡しておったか……。まあ、こ
れは断定を避けさせてもらいたい。
死斑はまだ動く時間帯だからな。検死だけでは、犯行現場は特定できん。被
害者の体重を考えれば、よそで殺して運び込むのは、骨の折れる仕事だな。以
上のようなことしか分からん。全く、このような孤島で事件を起こしよって」
荒っぽくも悔しげな口調で締めくくると、貴島は幸道氏の横に座った。
次に戸井刑事が口を開く。
「錦野さんの部屋の鍵は、彼が身に着けていた。犯人はその鍵を使って、錦野
さんの部屋に施錠したのでしょう。
まだざっと見ただけだが、現場に犯人の遺留品らしき物はなかった。無論、
永峰さんの荷物は別としてだ。で、皆さんに伺いたい。午前一時から三時まで
の間に、錦野さんを見かけた人はいませんかね? 死亡推定時刻、つまりは犯
行時刻を少しでも絞り込みたいのです」
証言する者はなかった。
「では、錦野さんの部屋に出入りした人はいませんか? もしくは、彼の部屋
を出入りする人物を見かけた方でも結構」
この問いかけにも、応じる者はいない。真夜中の犯行だけに、目撃者を期待
する方が無理というものではないか。
「仕方ない。やり方を変えましょう。気の毒だが、このまま続けますぞ。犯行
時刻にアリバイのある方がいれば、申し出てほしい」
これも返答はない。三度目の空振りで、アウトだ。
だが……と、私はちらと思った。法川なら風見と一緒にいたかもしれない。
ただ、そうだったとしても言い出せないに違いないが。
「永峰さんもアリバイなしですか。いかんですなあ。じゃあ、犯行時刻、不審
人物を目撃した方ないしは妙な物音でも聞いた方は? ああっと、永峰さんは
言わなくて結構ですよ」
同じ話を繰り返し聞いている暇はないと言うことか。
「これもないですか。困ったな。科学捜査ができない上、証言までゼロでは、
お手上げだ。他の人に聞かれたくないのでしたら、あとで私に知らせてくださ
い。電話でもいい。
さあて、とりあえず最後だ。期待はしておりませんがね、錦野さん、それに
鈴木さんを殺す動機を持つ者に心当たりのある方はいませんかね? これもこ
の場で言いにくければ、あとで言ってきてくださいよ」
「動機なら、案外、刑事さんにあるんじゃないですか」
森田が恐れを知らぬ口を利いた。正式に捜査の指揮を預かるときに比べ、振
る舞いをセーブしていた戸井刑事だが、さすがに色をなす。
「どういう意味だ、そりゃあ」
「そのままでさぁ。たとえば、ここにいる中で錦野さんと一番親しいのは、戸
井さんじゃないかねえ」
「何を言う。俺は島に来て初めて、あの人と知り合ったんだ。趣味が合いこそ
すれ、恨むだの恨まれるだの、そんなことは一切なかった」
「さあ、それはどうでしょうか。確かに錦野さんは、この島によく来られてい
た。が、親しくしていたのは旦那様だけ。私は旦那様を信頼しておりますから、
疑いようもございませんよ」
使用人の言葉に、使用する側の幸道氏は、顔をくしゃくしゃに歪めて苦笑い
をしている。
「となると、他に錦野さんと親しくしていた人、つまりは戸井さんに目を向け
るのは必然と思いますが。釣果で差を付けられたのを恨みに持って……とかね」
「くだらん!」
「鈴木さんについては、さらに明白な動機がある。賭博が行われていたのを知
り、許し難く思ったあんたは、手始めに鈴木さんを殺して」
「馬鹿か、おまえ! 俺が使命感と正義感に駆られたとして、どうして相手の
命を奪う必要がある? 捕まえれば済むだろうが。どうなんだ、ええっ?」
「−−ふん。まともに聞くあんたこそ、馬鹿だ。からかってやっただけだよ」
「何だと、こら?」
「いいから、もう寝かせてくれ。朝が早いんだ」
森田は身体の向きを換え、使用人部屋に向かって歩き始める。
「おい、勝手なことをするなっ。捜査に協力せんと、公務執行妨害で」
「やってくれて結構。脅されたって何も喋るつもりはないから、あんたの得に
はならんがね。それどころか、誰が飯を作る? あんたの方が困るだけだ」
言い捨てると、森田は奥へと消えてしまった。
黙り込んだ刑事に、法川が聞く。
「戸井刑事。やられましたね。まあ、彼の言う通りです。彼が犯人だとしても、
食事に毒を盛って全員を一度に殺すなんて行動には出ないでしょうし、今は自
由にさせるべきだ」
「分かっとる、うむ、分かっておるんだ」
「じゃあ、他の人も同様に扱いますか」
「そうだな……」
しばし考える戸井刑事。顎に手を当てた格好で、目玉をぎょろつかせ、一人
一人の顔を見やる様子だ。
「よし、いいでしょう。皆さん、今のところは解散してくれて結構です。ただ
し、戸締まりだけは厳重にしてください。殺人が二つも起こっていることを、
忘れずに願います」
他の人達は(合鍵をもらっていなかった者は、幸道氏から受け取り)去って
行くが、私は残った。そうしなくても、足止めさせられるのは目に見えていた。
「永峰さん、あなたの部屋と荷物を改めて調べたい。分かりますな、この意味」
私は刑事に、黙ってうなずきを返した。
「僕もひそかを寝かしつけたら、すぐに向かいますよ」
「待ちましょう。先に寝かしつけてきてください」
法川の申し出を、刑事が断るはずもない。我々は四人揃って、二階へと向か
った。法川が風見を部屋に連れて行く合間に、私は刑事に尋ねた。
「遺体はどうしました? 錦野さんの遺体、まだ、部屋に?」
−−続く