#3693/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/12/31 16:30 (198)
コード館の殺人 6 永山
★内容
すぐさま実道が動き、コックの森田とメイドの江梨を連れて来た。
彼らに事情を話し、解答を求める。
「その時間なら、当然、食事の準備をしていましたよ」
痩せ気味の貧相な顔に、少しの鼻髭を蓄えた森田は、つまらなさそうに返答
した。まあ、言われてみればその通りである。
「とても船着き場に行って帰る時間なんて、ありません」
「そうかな? 往復におよそ十分、細工に五分かかったとして、十五分の空白
を作れば事足りる。悪いけど、働き通しだったという証明をしてくれない?」
「富子さんが証人だ。彼女も手伝ってくれていた。なあ?」
法川の追及に、怒ったように答える森田。江梨富子も同調する。
「ええ、そうですとも。私達はずっと、お夕飯の支度をしておりました」
「すみません、もう一人、証人がほしいのです。一時間丸ごとじゃなくてもい
い。いるでしょう?」
法川の口ぶりから推測すると、彼はすでにコックとメイドは容疑圏外に置い
ているらしかった。
「……そうだ、戸井さんと錦野さんだ」
はたと思い出した様子の森田は、手を打って二人を指差した。
「あの方達が、釣った魚を厨房まで持って来たんだ」
「事実ですか、刑事?」
法川は戸井刑事と錦野の二人に尋ねた。刑事が頭をかきながら答える。失念
していたのを恥じているように見受けられなくもない。
「ああ、間違いない。六時十分ぐらいだったと思う」
「そうですか。これで、江梨さんが船に細工するのは、ほぼ不可能でしょう。
食事が始まってからは九時までずっと、僕達の世話をしてくれたんですから。
事件発生は九時二十分頃でしたが、毒物を何らかの形でセットして酒の用意を
済ませ、それから船着き場までを往復していたのではせわしなさ過ぎる。
だが、森田さんは違う。七時以降は一人切りでしたね?」
「ああ、そうだ。七時からは明日の仕込みをやって、あなた方が食べ終わった
あとは片づけをやっていたが、証人はいない。たまに富子さんと顔を合わせた
ぐらいで、結果として残った仕事が全てだ。だがな、素人目には分からないだ
ろうが、自分はほとんどの時間を費やして、仕事してたんだよ」
「……」
「そもそも、船をどうこうするなんて馬鹿げた真似、やってない。やる意味が
ない」
「僕は信じますよ」
あっさりと言った法川に、不快げにしていた森田ばかりでなく、戸井刑事ら
も怪訝な顔をした。
「ただそれは、あなたが犯人だとして、酒に毒を入れるような方法を採るとは
考えにくいという意味です。船を壊せた人物という条件に当てはまるのは、紛
れもない事実ですから、あなたの名前を消す訳にいかない」
「何と言われたって、やってないものはやってない。自分から言いたいことは、
これだけだ。もういいだろう?」
森田は結局、不機嫌なまま食堂を去った。彼に付き従う江梨。どうやらこの
二人、なかなかに親しい間柄のようだ。
「お待たせしました。皆さんの行動を伺いましょう。公平を期すため、僕から
話すのが筋でしょうね」
立っているのがつらくなってきたのか、テーブルに腕をつき、楽な姿勢を取
る法川。
「僕がひそかや永峰、板倉さんと浜辺に出ていたのはご承知の通りです。屋敷
に引き上げてきたのは、午後六時になるかならないか。それから着替え等で時
間を取って、ひそか達と一緒に、一階の広間に降りてきたのは午後六時二十分
頃だったでしょう。何人かの方がおられたから、証言してくださるはずです。
それから、食事が七時になると確認した僕ら−−僕とひそかは、二階に戻りま
した。僕の部屋で七時まで話し込んでいたのです」
「二階に上がったのだから、外には出ていないという論法か」
刑事は納得したようだ。
「ええ。ですが、一階の広間に常に誰かがいたかどうか、僕は知りません。い
てくれないと、こっそり一階に降りたという可能性が残ってしまいます。ひそ
かの証言だけで信用してもらえるのなら、それでいいんですが」
法川はそう言うが、今はその風見ひそか自身、部屋で眠っているのだ。どう
にもならない。
「広間は二階から降り、外に出るには必ず通らねばならない重要な場所。広間
を出入りした人の動きをまとめるのがよさそうだ」
刑事の提案によって、各人の言葉を付き合わせ、簡単な表の作成に取りかか
った。
「私と貴島は、ずっと広間で話をしておったぞ」
幸道氏が真っ先に申告した。これが事実だとすると、ありがたい。人の動き
を掴む上で、重宝する。
「貴島さん、本当ですか?」
「ああ。ゲームに負けて、かっか来ておったからな。その反省会だよ。言うま
でもないが、冷静に語り合っていた。つまり、人の動きを見逃すようなことは
一切なかったと、ここに言い切ろう」
自信満々に、胸をどんと叩いた貴島。彼ら二人ならば、少々老いさらばえよ
うとも、簡単には惚けないだろう。そんな意を強くした。
「では、あなた方が広間で見かけた人物を言ってください。なるべく時間も思
い出してもらいたいのですが」
時間までは正確なところは出なかったが、幸道氏ら二人の証言と、各人の親
告とはことごとく一致した。これにより、まずは法川と風見のアリバイが確定
したことになる。
「神代さんは一旦外に出て、しばらくしてから戻って来たな」
貴島が言った。神代は「そうよ」と軽くうなずき、続けて口を開く。
「私、島に寄せていただいてからずっと屋根の下にいたので、ゲームのあと、
気分転換に散歩に出たの。ゲームを終えて遊興室を出たのが六時五分頃だった
から、それ以降、六時半までぐらいかしら。夕涼みになって気持ちよかったけ
れど、まさかこんな事件が起こるなんてね」
「要するに、誰とも会わなかった?」
確認を取る法川。
「そうよ、残念ながらね。六時半から七時までは、自分の部屋にいたわ。これ
は、幸道さん達が証明してくれるでしょ」
「そうとも。神代さんは二階に上がって、食事の直前まで降りて来なんだ」
幸道氏が威勢よく請け負った。
この通りだとすると、神代にはチャンスがあったことになる。
が、ここで別の声が上がった。
「ああーっと、私、見かけましたよ。神代さんが散歩されているのを」
錦野だった。事件発生から来る緊張感からようやく解放されたのか、晴れや
かな顔をしている。
「……本当に?」
神代は微妙な表情を見せている。喜びと驚きが同居している感じだ。
「ええ、証言しますよ。私、釣りから帰ったあと、自分の部屋で煙草を吸って
時間を潰していたんですが、窓からふっと見えたんですな、神代さんの姿が。
あれはそう、六時十五分から六時二十分まででした。腕時計をちらちら見てい
たんで、覚えてるんですよ」
「ほう。では、神代さんにも船の細工は無理だとなりますな」
腕組みしていた戸井刑事は、思い出したかのようにメモを取った。
「念のため、お聞きしますが」
法川が口を開く。
「腕時計の時刻は正確ですか、錦野さん?」
「デジタルの安物だが、ちゃんと合わせてる」
少し気を悪くしたのか、憮然たる態度で左腕を突き出す錦野。その手首の腕
時計を覗き込んだ法川は、「確かに」とつぶやいた。
「納得してもらえただろう?」
「もう一つだけ。何故、あなたは腕時計を見ていたんです? 普通、気にしな
いと思うんですよね。しょっちゅう時刻を気にするのは、何か訳でも?」
「大した理由なんてないよ。単に、時間を潰したい、早く食事にありつきたい
と考えていたから、ついつい時計を見る回数が増えた。そういうことってある
もんだ、うん」
己の返事に満足した風に、錦野は首を小刻みに縦に振った。
「分かりました。では、神代さんに聞きますが、錦野さんの言った時刻に、間
違いなく庭にいましたか?」
「−−ええ、いたけれど」
何を今さらと不満ありげに小首を傾げる神代。
「それなら、錦野さんのアリバイも証明できた訳ですね。釣りから戻り、厨房
に寄って、自室に入ったと。言うまでもなく、六時二十分までですが。それ以
降、錦野さんはどちらに?」
「六時半までは部屋にいたなあ。灰皿に吸殻の山を築いたよ。それから下に降
りて、やっぱり散歩に出た」
「幸道さんと貴島さんにお尋ねしますが、六時半頃、錦野さんが降りてくる姿
を見かけましたか?」
「ああ、彼が降りて来て、外に出たのは間違いない。時刻はしかと分からんが」
幸道氏の言葉に、貴島もうなずいて同意を示す。
「そうですか。錦野さん、散歩の途中、どなたかと出会うようなことは?」
「いや、なかった。散歩と言っても、庭の隅にあった岩に腰掛けて、ぼんやり
と空やら海やらを眺めていただけだしねえ。その気になったら、船着き場まで
往復できたろう。やっちゃいないが」
「なるほどね。板倉さんはいかがです?」
「私は海から戻って、ほとんどずっとお風呂をいただいていましたから……」
いくらか気恥ずかしそうに始めた板倉。
「上がったのは六時……四十分頃だったでしょうか。すぐ自室に行って、髪の
手入れをしていたら、七時が来て」
「浴室は、広間よりも玄関寄りにありますね。幸道さん達に気付かれずに、外
に出ようと思えば出られる」
「私は外に出てなんかいません。船のエンジンのプラグがどうこうって、何の
ことだかさっぱり」
「釈明は結構です。今は可能性だけを議論しているのですから、興奮しなくて
いいですよ」
法川は優しい口調になって、板倉をなだめた。彼女も落ち着いたのか、意外
と素直に引き下がった。
「実道さんは、どこで何をしていました?」
「お? 僕にも聞くのか!」
大声を上げて目をむく実道。法川は当然とばかり、うなずいた。
「自分の船を壊すはずがない。そうじゃないか」
「念のためです。お願いします」
「ふん。答えてもいいけれどねえ、無意味だよ。だって、もしも仮に、仮にだ
よ。僕が船に細工をしたいのなら、釣りを終えて船着き場に戻って、戸井さん
と錦野さんを降ろしてから、時間の余裕があった。そのときにすればいい。何
も六時から七時までの間にやらなくたっていい」
「ははあ、なるほど。これは見逃していました」
法川が言ったが、本心からかどうかは皆目見当つかない。
「だけど、折角ですから行動を聞いておきましょう。七時まで、何を?」
「二階の部屋にいましたよ。証人なら父と貴島さんがいる」
「その通りだよ。上がったまま、食事時まで降りてこなかったのを覚えておる」
すかさず幸道氏が言った。
「身内の証言だけではだめですので、貴島さんにも伺っておきましょう」
「あ? ああ、もちろん、幸道さんの言葉に嘘はない」
「それはよかった。じゃ、次は永峰。君だ」
法川は私を指差した。
「私はありがたいことに、しっかりしたアリバイがあるよ。ねえ、戸井刑事」
「ああ、そうなる。彼は私とずっと一緒にいたんだよ」
刑事は強い調子で言い切った。
「お二人で、何をしていたんです?」
尋ねてきたのは法川ではない。錦野だ。
「作家なんて因果な商売でして」
私は自嘲を敢えて浮かべながら、答え始める。
「バカンスの折も、作品の構想を練ってしまう質なんですよ。推理作家として
は、刑事から面白い話を聞き出してやろうとか、警察機構の仕組みを教えても
らおうとか、色々利用することを常に考えている訳です」
「では、推理小説についての雑談をしていたと」
「そうです」
「これについては、私が請け負いますぞ」
力強く断言する戸井刑事。
「船に細工できるかどうか、これで全員の動きが分かった訳です」
主導権が法川に戻る。
「皆さんの申告全てを信じると、船着き場まで往復できるチャンスがあったの
は、コックの森田さんに加え、実道さんと錦野さん、板倉さんの合計四人とな
りますね」
「僕じゃないのは明らかだ」
船の持ち主の実道は、憤慨気味に主張する。続けて他の二人からも声が上が
りそうなのを、法川と戸井刑事が手で制した。刑事はさらに一喝。
「静かに! 可能性を議論してるだけだ。何度言ったら分かる、全く」
「し、しかし、四人の中に犯人がいると言われては」
実道の抗弁に、法川が応じた。
「そんなことは言っていませんよ。あくまで、参考にしているだけです」
「何ですって?」
驚きを露にしたのは実道一人でない。戸井刑事までもが、声を大にして法川
に聞き返した。
澄ました顔で始める法川。いかにも探偵然としていた。
−−続く