AWC コード館の殺人 7    永山


        
#3694/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/12/31  16:33  (200)
コード館の殺人 7    永山
★内容
「考えてもみてください。船に細工をした者と、鈴木さんを毒殺した者とが同
一人物である確証は、何もないんですよ。船に細工した者イコール殺人犯との
仮説を無条件で認めるのであれば、先ほど名前を挙げた四人に犯人がいると考
えるのが妥当でしょうが、それは論理の省略になる」
「論理ではそうかもしれないが、常識から言って、殺人犯が我々を島に閉じこ
めるために、船に細工したと考えるべき。そうじゃないかな」
 実道が異議を唱えた。
「では、お尋ねします。実道さん、あなたの考えが正しいとして、殺人犯は何
のために僕達を島に閉じこめるんですか?」
「え、それは……決まってるじゃないか。犯人にとって殺したい奴が、鈴木の
他にもいるに違いない」
「答になっていません。現実に死んでいるのは、鈴木さん一人です。たとえ犯
人が連続殺人を目論んでいるにしても、こんな閉塞状況下で次々と人を殺して
いっては、不利なことだらけです。容疑者の数が減るから、真相を見破られる
危険性が高くなる。警戒心を強めた相手を殺すのも大変でしょうね。皆殺しを
するのならともかく」
「じゃ、じゃあ……そうだ、警察の介入がない。科学捜査の目から逃れられる
のは、犯人にとって大きいでしょう。今回、たまたま、刑事の戸井さんや法医
学者の貴島さんがいたが」
 実道が苦しげに言った。必死に考えた末に、やっと見つけたようだ。
 だが、法川は首を横に振る。
「それもおかしいですね。永久に島に残る訳じゃない。いつか必ず、戻れるん
ですから。つまり、いつか必ず、捜査のメスが入るってことですよ」
「しかし……」
「もし犯人の狙いがそこにあったとしても、おかしな点は残るんです。島にい
るメンバーに刑事や法医学者がいると事前に知っていたら、犯人は殺人を決行
しなかったと考えられますよね。戸井刑事を刑事だと知らなかった人は? 貴
島さん、神代さん、錦野さん、板倉さん、幸道さんに実道さんの六人。まあ、
メイドとコックを加えてもいいでしょう。一方、貴島さんが法医学者と知らな
かった人は? 僕、ひそか、永峰、戸井刑事。実道さんはご存知でしたか?」
「ええ。父の知り合いとして、昔からよく家に来られていたから」
「神代さんは?」
「私は存じませんでしたわ」
 短く答えるディーラー。
「板倉さん、あなたはどうです?」
「はい。過去にお訪ねしたとき、お会いしましたから」
 貴島へ小さく頭を下げる板倉。貴島も黙礼を返していた。
「では、錦野さん、どうでしょうか?」
「私も存じ上げていたよ。顔を合わせるのは、今回で確か三度目だ。そうでし
たね、貴島さん?」
「三度目かどうかの自信はないが、お会いするのは今日が初めてでないのは間
違いないですな」
 貴島から証言を得て、ほっとため息をつく錦野。
「どうも。よく分かりました。戸井刑事の存在も貴島医師の存在も知らなかっ
た人は、神代さんただ一人。ですが、先ほどの錦野さんの証言により、彼女に
船の細工はできなかった。殺人犯と船に細工した者が同一人物ならば、条件に
当てはまる人はいなくなってしまう。以上により、殺人犯と船に細工をした者
とを等号で結ぶのは、無理です。少なくとも今のままでは」
 法川の論理に、実道は「うむ」とうなったきり、何も言わなくなった。
 代わりに顔色を変えたのが神代だった。
「ちょっと。黙って聞いていたら、殺人犯にされてしまいそうね」
「そんなつもりはありません」
 しれっとして答える法川。
「今回の事件の犯人が、外界と遮断された舞台での殺人−−推理小説で言うと
ころの『孤島物』を画策しているのであれば、招待客の中に刑事や法医学者が
いることを知らなかったはずだと言っただけですよ。前提条件が大切。殺人が
起こったらすぐにでも本土に船で戻ることになるだろうと、殺人犯が計算して
いたのだとすれば、客の中に刑事がいようが法医学者がいようが、関係ありま
せん。つまり、神代さん以外の人も殺人犯である可能性は、以前として残って
いる」
「……なるほどね」
 目元で笑う神代。
「分かっていただけましたか」
「ええ、よく分かったわ。全員が容疑者だということの他に、もう一つね」
 神代は、今度は口元で笑った。法川に微笑みかけている。
「もう一つとは」
「犯人が警戒すべきは、刑事や法医学者の他にもう一人、法川統という名探偵
もいるのだということよ」
 彼女の言い種に、法川は苦笑いを返した。
「いかに刑事や名探偵、法医学者が揃っていても、今夜中に犯人を見つけ出す
のは、無理ではないかな」
 不意に立ち上がった幸道氏が、演説するかのごとく始めた。
「先ほどから見ておると、毒の入手経路や船着き場に行けたか否かといった条
件面から攻めているようだが、犯人特定には至っておらん。その上、まだ解け
ぬ問題があるではないか。犯人が鈴木君を殺した理由と、毒殺した方法が分か
っていない。これらを明確にせんことには、どうやっても犯人を捕らえられん。
そうじゃないかね」
「動機は置くとして、毒殺の方法に関しては、その通りです」
 戸井刑事が答えた。非難されていると感じたのであろう、無念そうに拳を作
り、微かに震わせている。
「君にも名案は浮かんでいないようだしな」
「ええ、残念ながら」
 話を振られた法川は、謎が解けていないことを案外、すんなり認めた。
「実は、僕もひそかの様子が気になってきたんです。このまま全員が疑心暗鬼
のままにらみ合うよりは、解散して、部屋に戻りたいですね」
「それもそうか……」
 顎に手を当て、考える様子の刑事。やがて言った。
「ひとまず、この場は解散とします。皆さん、眠るときは部屋の鍵を忘れずに
かけてください。命に関わるかもしれませんからな。それと現場である遊興室
は立入禁止です。私の許可なく入った者は最重要容疑者と見なしますから、そ
のつもりで」
 遊興室に鍵をかけたことは先に記したが、その鍵も戸井刑事が預かることに
なった。
 「嫌な夜になりそうだ」「飲み直したいもんだな」などと言いながら、各人
が散っていったところで、刑事は私や法川をつかまえた。
「これからもう一度、現場を見て検証したいと思う。一緒に来て、立ち会って
もらえんか」
「ひそかの様子を見てからなら」
 と、法川は条件付きで承諾した。刑事もそれでいいと、すぐに法川を二階に
やらせた。
 私の方は何ら問題ない。戸井刑事のあとについて、遊興室に入った。
 遺体は未だに、絶命したときのまま、動かさずに置いてある。
「警察に連絡できなくなったからな。せめて部屋の隅に移動させるべきか」
「かもしれませんね。地下室でもあれば、そちらに安置するのがいいんでしょ
うけど」
 同意しながら、ふと思い浮かんだことを言ってみた。
「地下室なあ。ふん、何だかありそうな気がする。幸道さん親子か錦野さんに
尋ねてみるか」
 戸井刑事は遺体を前に腕組みをした。
「再現するには、全員いた方がよいのだが、致し方ない。永峰さん、あなたが
覚えている範囲でいいから、ちょっとやってみてくれないか」
「事件の再現をですか? 私も別の台でプレーしてましたからねえ。鈴木さん
の台には意識が集中していなかった」
「それもそうか」
「法川に聞けば、きっと何か覚えているでしょう。何しろ、一緒にプレーして
いた男が死んだんですから」
 法川の名を出したところで、当人が姿を現した。
「意外に早いなあ」
「お姫さまはぐっすりさ。心配の必要なかった」
 肩をすくめる法川。それでも表情に、どこかうれしそうな色が残っている。
きっと、短い会話を交わしたか、おやすみのキスをしたかのいずれかであろう。
いい気なものである。
「事件の再現を考えていたんだが」
「分かりました。やってみましょう」
 意図を飲み込めたらしい法川は、ただちに行動に移った。気分を出すためか、
キューを持って、かなり手早く動き回る。最後はグラスを手に、酒を飲んだ途
端にへたり込み、苦しみ始める演技までやった。
「雰囲気、出ていないよ、これは」
 再現の演技を終えた彼は、ほんの少し、汗をかいていた。
「実際はもっと、隣の台の人ともたまに話をしていたし、見物の人とも話して
いた。それに隣の台のプレーヤーとぶつかりそうになる場合もしばしばあった
んだよ」
「ああ、そうだっけね。そちらの台に球が飛び込むかと思ったときさえあった
もんな」
 神代がミスしたのも、そのせいかもしれない。そんなことを思いながら、私
は法川の言葉を補った。
「問題はグラスの動きです」
 真面目くさった言い方の戸井刑事。
「どうだったのか、思い出してくれませんかねえ」
「細かい動きまで、覚えているはずがないですよ」
 お手上げのポーズをする名探偵。滅多にしない格好だからか、かわいらしく
見えてしまう。
「常に鈴木さんの身近な位置にあったのだけは、間違いありませんけどね」
「それじゃあ、毒を入れるチャンスが全くなかった状況になってしまう」
 頭を抱える戸井刑事。と、彼は急に顔を上げた。
「そうだ! 乾杯をしたんじゃないか?」
「乾杯って、グラスとグラスをこつんとぶつける……」
 思わず、当たり前のことを聞き返してしまう。
「ううん、どうだった? 覚えていないな」
「戸井さんの考えていることは分かりました。乾杯のときに、相手のグラスに
毒を入れたと言うんでしょう?」
 法川の言葉に、刑事は我が意を得たとばかりに首肯した。
 それを受け、思い出す風に顔をしかめる法川。
「部屋にいた人達でグラスを持っていたのは、鈴木さんの他は、幸道さんと貴
島さんだけ……いや、もう一人、実道さんもあとから来て飲んでたな。幸道さ
んと貴島さんは椅子に座ったままだったから、鈴木さんとグラスを会わせる機
会はない。残るは実道さんと乾杯したかどうかだけど……僕がプレー中に乾杯
していたとしたら、お手上げ。永峰、覚えているかい?」
「どうだったかな。−−だめだ、はっきりしない」
 人が死ぬ場面を目の当たりにしたせいだろう、私の記憶はかなりあやふやに
なっている。いつまで経っても、慣れるものでない。
「実道なら条件は満たしているな。彼が犯人だとして、動機があるんだろうか。
永峰さん、何か知ってますかな?」
「動機って、実道に鈴木さんを殺すような理由があるかってこと? 知りませ
んよ。鈴木さんとは今回、初めて顔を合わせたんだから」
「話として小耳に挟むようなこともなかったと?」
 刑事の追及は執拗だ。だが、知らないものは知らない。
 なお、これまで読んでこられた諸氏には説明不要であろうが、私は事件の記
述者(ワトソン役)として、考えを余すところなく書き記している。これは十
戒の9にある「ワトソン役は考えを披露すべきである」との項目に倣ったもの
である。知っていたら知っていると、正直に打ち明けると誓おう。
「どうでしたかねえ……ひょっとしたら聞いたのかもしれませんけど、今とな
ってはどうにも。こうなると分かっていたら、しかと記憶していたんですが」
「困ったな。他の人に聞いてみるか」
 頭や首筋をかく戸井刑事。いらいらしている証だ。
 結局、毒の混入方法は分からないままに引き上げた。
 できれば他の人達に、個別に話を聞きたかったが、殺人事件発生という異常
事態に誰もが疲れているようだったので、今夜のところはとりやめとした。
 その代わりと言うのも変だが、亡くなった鈴木の部屋を調べてみようと決ま
った。プライバシーに関わるが、動機を知る手がかりがあるかもしれないと、
戸井刑事の判断による捜索だ。
 一度、遊興室に出向き、鈴木の服を探って、鍵を見つける。返す刀で、鈴木
の部屋に向かった。
「まだ荷物、ほとんどほどいていないね」
 法川の言う通りで、紺のスポーツバッグがベッド脇に置かれ、口を開けてい
るだけで、中身は一切出されていないように見える。
「ギャンブルやってたんだから、当然だろ」
 吐き捨てる刑事。賭博なんかしやがるからこんな目に遭うんだという響きが、
感じられなくもない。
「さあて、日記でも持ち歩いていて、毎日欠かさず付けてくれてりゃ万々歳な
んだが、そんなことはあるまい。手帳でも見つかれば」
 と、バッグに手を突っ込み、探しにかかる。すでに鈴木が身に着けていた物
については調べが行われたが、ビリヤードをするため軽装だったせいか、左手
首の腕時計の他、財布やハンカチが出て来たぐらいで、手帳・メモの類は見つ
かっていない。
「着替えはともかく、歯ブラシを用意とは、被害者は几帳面だったようですな。
あとは……こりゃ、何だ。携帯ラジカセか?」
「MDのコンパクトプレーヤーですよ」

−−続く




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