AWC コード館の殺人 5    永山


        
#3692/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/12/31  16:27  (200)
コード館の殺人 5    永山
★内容
「心配ない、さっき寝付いたよ。今は部屋で一人だ。施錠をしっかりしたから、
まずは安全だ」
「それはよかった。それで、事件の方なんだが」
「話を聞く前に、警察を呼ぶべきだ。戸井刑事?」
「それがだねえ」
 手軽な連絡方法がないと、戸井刑事の口から説明がなされた。
「それなら一刻も早く、船を出すべきだ。実道さんしか操縦できないのなら、
彼を送り出すしかない」
 法川の断定口調に、刑事が異を唱える。
「しかし、毒の混入方法が不明では、誰もが怪しいとせざるを得ない」
「それなら、実道さんに二人ほど着ければいいでしょう。見張りですよ」
「そうか。じゃあ、現場保存は皆さんに任せて、私が行こう。もう一人も、男
がいいな。現場にいなかった錦野さん、あなたにご一緒願いましょう」
「お、じ、自分が?」
 傍観者然としていた錦野は、慌てたように自らを指差した。彼が事件と本当
に無関係であれば、これまでの展開はまさに青天の霹靂であろう。何しろ、酔
って眠り込んでいた(と本人は言っている)ところを叩き起こされ、殺人があ
ったと知らされたのだから。
「頼みますよ。こう言っては何だが、私はあなたが気に入った」
「は、はあ。刑事さんに見込まれるとは、喜んでいいのか悲しむべきか……」
 情けない声を上げる錦野。ひょっとして、まだ夢見心地なのかもしれない。
「実道さん、酔いはどうですかな? 船を動かせますか?」
「ああ、どうにか、です。もうしばらく時間をください。船に燃料を補充しと
いた方がいいだろうし。今から入れてきますよ」
「それなら、私もお供しましょう」
 刑事は先に立ち上がり、実道を促した。彼を特に疑っているのではなく、各
人をなるべく一人にしたくないようだ。もちろん、コックやメイドは今現在、
一人のはずだが、島から脱出することはできないだろう。
 戸井刑事と実道が燃料補充に出向いた間、私達はいつまでも殺人現場にいる
必要もないだろうということで、食堂に移った。言うまでもないが、遊興室の
扉には鍵をかけ、出入りできないようにした。
 食堂で、私は法川にことのあらましを過不足なく伝えて聞かせた。
「妙な具合だ」
 探偵の第一声。私は大きくうなずいた。
「そうなんだ、誰が毒を入れたのか、さっぱり分からん」
「まずくすると、僕やひそかにまで疑いがかかるかもね」
「何だって?」
 思わぬ言葉に、私は素っ頓狂な声で反応してしまった。他の人達の視線を感
じつつ、法川を促す。
「鈴木と一緒にプレーしていた僕やひそかには、毒を入れるチャンスが他の人
よりはあったように見えるだろ?」
「それは……」
 肯定も否定もできない。法川は声なき笑みを見せて、続けた。
「ひそかは背が低いから、誰も気付かれないでグラスの中に何か放り込めるか
もしれないよねえ」
「の、法川っ」
「冗談さ。僕は、ひそかがそんなことするなんて、ありっこないと知っている。
もちろん、僕自身も人殺しなんてしない」
「真面目にやってくれ。何度居合わせても、殺人の起きた状況ってのは慣れな
いんだよ。いつ自分が襲われるかと想像するだけで、恐ろしい」
「情けない−−」
 法川がため息混じりに言ったそのとき、戸井刑事と実道が戻って来た。刑事
は眉間にしわを寄せ、実道は顔を紅潮させている。
「だ、誰か、船にいたずらをしませんでしたかっ?」
「は?」
 場にいる者は皆一様に、分からないとばかりに実道を見返した。
「船が壊されていた」
 答えたのは戸井刑事。それを引き継ぎ、実道が早口で捲し立てる。
「正確じゃないですよ、刑事さん。壊されていたのはドアのノブと無線機。エ
ンジンの方は、スパークプラグという部品が持ち去られた形跡がある。あれが
ないと、動かせません。どうしてくれるんですっ?」
 最後はヒステリックになってしまっている。
「犯人の仕業でしょ、結局」
 覚めた口調で、神代が言い切った。
「もしかしたら自殺の可能性もゼロではないと思っていたけれど、これで他殺
に確定したようね」
「その通りです」
 戸井刑事が重々しく言った。わざわざ追随する必要はないと思うのだが、警
察関係者としてのプライド故かもしれない。
「このような緊急事態なので、連絡が取れるようになるまで、私が事件の捜査
に当たることなる。皆さんの協力を期待します。だが、最初に……船が出せな
いとなった今、本土に戻る目当てはあるのですか?」
 戸井刑事の台詞にあったように、我々は船という足を失い、孤島に閉じ込め
られてしまった。この状況は、七則の1にある「事件の舞台は『閉鎖空間』」
という条件に見事に当てはまった。
「それは大丈夫だろう」
 幸道氏が強い口調で言った。
「皆さん、二泊三日の予定に合わせて、仕事の休みを取るなり、知人に話すな
りしているはず。その期日を過ぎても戻らないとなれば、騒ぎになって探しに
来てくれる。間違いない」
「それならばいい」
 ひとまず安心した様子の戸井刑事。彼は高らかに宣言した。
「私の使命は、犯人を逃さぬこと。そして、これ以上の犠牲者を出さないこと
です」
「これ以上って、刑事さん。あんた、まだ事件が続くとでも……」
 震える声で、錦野が言った。見た目は立派なこの建築士も、内心では怯えて
いるのかもしれない。そう思うと、私も気がいくらか楽になった。殺人事件に
遭遇した経験は、私の方が他の人達(戸井刑事や法川、それに法医学者の貴島
は除く)より多いに違いない。もっと落ち着かなくては。
「犯人の狙いは、まだ分かりません」
 錦野の問いかけに、刑事はいささか無責任に返答した。
「だが、仮に鈴木さん一人を殺すのが目的だったとしても、これからの状況次
第で、追い詰められた犯人が暴挙に出る危険がないとは言えない。ですから皆
さん、軽はずみな行動は自重するように」
「犯人を探すなら、簡単じゃないか」
 発言者の実道に、全員の視線が集まる。船を壊されたことで頭に来ているの
か、普段の彼らしくない、しかめっ面をしている。話し方も先程来、荒っぽい
ままだ。
「どうすればいいと?」
 試すように、刑事が問う。
「毒の入手経路。これですよ、これっ。青酸系の毒物なんて、一般人が手に入
れられる代物じゃない」
「なるほど。皆さんの職業は、と」
 手帳を開く戸井刑事。改めてメモしておこうという寸法らしい。
「無駄じゃないですか」
 希望を打ち砕く一言を、法川が口にした。
「何故だ?」
 色めき立つ実道は、少々、大人げなかった。彼と付き合い出してから割合に
長くなるが、こんな実道を見るのは初めてだ。
「戸井刑事、いいですか?」
「いいとも。ぜひ、聞きたいね」
 法川の断りに、刑事はオーケーを出す。
 我らが名探偵は椅子から立ち上がり、上座に進み出た。
「皆さんの仕事を頭の中で考えてみたところ、ほとんどの人が毒物入手可能だ
と思えたんですよ。たとえば実道さん、あなたもそうじゃないですか。生物学
の研究に青酸系の毒物を使わないと断言できます? 実際がどうなのかを聞い
てるんじゃありません。ここにいる素人の我々を、この場で納得させられるか
どうかです」
「う……それは無理だ。生物学と一口に言っても広範囲で、動物駆除の研究に
毒を試す場合がないとは言えない」
 苦々しげに、しかしやむなく答える実道。
「なるほど。それでは他の人はどうか、見ていきましょうか。薬剤師の板倉さ
ん。あなたについては、指摘するまでもありませんよね」
「そうね。仕方がないわ。薬と毒は本来、同じ根っこを持っている物だから」
「次は、幸道さん」
「わしか?」
 びっくりしたのか、幸道氏は椅子から腰を浮かす。が、すぐに座り直して、
高笑い。
「面白い! 何があるかな、若き探偵クン?」
「自決用の青酸カリですよ。終戦間近、多くの国民に配られたと聞きましたが、
どうです? 大事に保管しておけば、今でも充分、効果を発揮するはずです」
「ほほっ、いやはや、それがあったか。うむ、認めん訳にはいかんな」
「すると」
 と、貴島が口を開いた。
「私も同じ理屈で、可能性があるんだね?」
「そうなります。貴島さんの場合は、法医学者という立場から、何かできるん
じゃないかなとも思えるんですが、ま、それは置いておきましょう」
「参ったね、こりゃあ。意外と抜け目ない」
 洒落者のように、貴島は肩をすくめた。本当に法川を侮っているのか、ただ
の演技なのかは外見からだけでは判断できない。
「私はどうなのかしら」
 神代が勝ち気な調子で聞いてきた。
「僕の漠然としたイメージですが、ギャンブルが公認されている国は、『危な
い空気』もそれだけ漂っています。銃や毒の入手は、日本よりはるかに楽なん
じゃないですか。プロのディーラーとして活躍してきたあなたにとって、日本
はたまに帰ってくる国でしかないんでしょう」
「……無闇に外国暮らしを長くするもんじゃないみたいね」
 半ば呆れたような口ぶりで、神代は引き下がった。
「わ、私はどうだね」
 錦野は不安げな表情を、ずっと崩せないでいる。待たされたのが、逆にたま
らないプレッシャーとなったようだ。
「錦野さんだけは、ちょっと思い付きません。建築士と毒物……無関係のよう
ですね」
「そ、そうだろう。実際に、私は毒を手に入れられる立場にないんだから」
 法川の言葉に、ほっと安堵の息をもらした錦野。
「ですが、錦野さん。もしも、です。もしもあなたがどこかの建築会社ないし
は商社とつながりがあって、その企業が外国から住宅なり建築資材なりを輸入
しているのだとすれば、少しですが可能性が残りますよ。先ほど、神代さんに
対して言ったのと同じ理屈でね」
「そんなこじつけを言われても……」
 途方に暮れたように、錦野はうなだれた。ちょっとしたことで喜怒哀楽を露
にするタイプなのかもしれないと思う。
「さて、僕の知り合いに言及するのはやめておきますが、最後にもう一人、毒
を入手できたであろう人を挙げておきます。その名は、鈴木健吾さん」
「それ、間違いじゃ……?」
 法川へ、板倉が不思議そうに目を向けている。
「いえ、間違いじゃありませんよ。確かに鈴木さんは亡くなった。だからと言
って、毒の入手経路としての可能性を摘み取ってはいけない。彼が手に入れた
毒を、何らかの形で犯人が奪い、利用したとも考えられますから」
「ですが、鈴木さんが毒を手に入れる方法って」
「簡単ですよ。鈴木さんの仕事場には、毒が缶入りで置いてあるはずなんです。
鈴木さんはメッキ工場に勤めていると言っていた。メッキには、青酸ソーダと
いう薬物が必要でしてね。これは、青酸カリと並ぶ青酸系毒物です」
「そうなんですか……知らなかった」
 薬剤師も、メッキについての知識は乏しいようだ。
 そんなことを感じながら、戸井刑事を見やると、苦虫を噛み潰したような顔
をしている。
「立派な演説をありがとうと言いたいとこだが、おかげで、真相はますます霧
の中となりそうだ」
「他の点から眺めてみることですよ、戸井刑事」
「他のと言われたってな、何があるんだね、一体」
「こちらの観点こそ、実道さんの口から出ると思っていたのですが……」
 と、法川は実道を見やる素振り。だが、それでも実道自身には何のことだか
分からないようだ。唇を噛んで、必死に考えているようだが、一向に言葉は出
て来ない。
「船です。船を壊す機会があった人を検証してみたい」
「あ、そうか」
 俄然、張り切る実道。
「船を最後に離れたのは、ああっと、そうだ。刑事さんと錦野さんを乗せて、
釣りに行って帰ったとき。夕方だ。午後六時前でしたよね?」
 早口で同意を求める実道に対し、戸井刑事も錦野も黙ったまま肯定した。
「その頃には他の人も皆、この屋敷に戻っていた。そうでしたね?」
 刑事の確認に、異議を唱える者はない。
「そのあと、夕食の席には全員が揃っていたわ」
 板倉が先回りして言う。あとを引き継ぎ、法川が口を開いた。
「食事が始まったのが七時過ぎだったから、使えるのは約一時間。夕方六時か
ら七時まで、皆さん、何をしていたかおっしゃってください。コックとメイド
のお二人にも聞きたいから、呼んでもらえますか」

−−続く




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