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★タイトル (FJM ) 96/12/28 13:32 (151)
ヴェーゼ 第5章 侵攻前夜 14 リーベルG
★内容
14
「やれやれ」スカルバーユは首を振った。「シンジケートも、とうとう無差別テロ
に走るようになったか。統合軍も、佐官クラスにシンジケートの浸透を許すとはね」
「世も末って感じかしら?」
「だが、これがドナとどうつながってくるんだ?」
「それなんだけどね」チコは楽しそうに身を乗り出した。「マンチェックとドナが
奇妙につながっているのがわかったわ。ドナの方は身分データを完全に変えていた
けど」
「よくわからんな」
「ここのところは、マンチェックのデータからではどうしようもなかったの。探る
なら、別の方向からやらないとね」
「ドナか、それともシンジケートの最高幹部の一人エーデルマンか。どちらも、あ
まり深入りしたくはないな。特にドナの方は」
「無理もないわねえ」チコはにやにや笑った。
「うるさい」スカルバーユは力なく怒鳴った。「やむを得ない。エーデルマンの方
が、まだましだな。ドナよりは、まだ素性がはっきりしてるからな」
「シンジケートの人間が、素性もくそもあるもんですか」
「君の方から呼び出してくるとは、思いもよらなかったよ」
同じパークエリアの、同じベンチだった。エーデルマンは、前と同じようにアイ
スクリームを手にしている。
「あまり時間がない。用件ならば手短に頼む」
「ひとつ訊きたいことがありまして」
「言ってみたまえ」
「ASKウィルスをアスワンとドレスデンに蔓延させたのは、シンジケートの仕業
ですか?」
「そうだ」
あまりにもあっさりと肯定されたため、スカルバーユは少し拍子抜けした。
「なぜです?」
「君の知ったことではあるまい」
スカルバーユは頷いた。テロリストの行動哲学などに関心はなかった。
「マンチェック中佐を買収したのですか?」
「いや。向こうから接触してきた。金になると思ったのだろうな。我々にしても、
都合がよかった」
「ドナは、これにどう関係してくるんですか?」
「ドレスデンにASKウィルスを蔓延させる計画を指揮していたのは、マンチェッ
クだ。ドナはその実行部隊のリーダーだったのだよ」
「ドナが?」驚きのあまり声が高くなった。「まさか」
「信じられないかね?だが、事実なのだ。私が命じたのだから」
「なぜ、ドナに?」
「一つは、ドナの忠誠心を確かめるためだ。何の罪もない市民を死に至らしめるよ
うな任務は、心から統合政府を憎んでいなければ不可能だ。もし、何かの理由で拒
否するか、失敗するかしたら、ただちに抹消するつもりだった」
「だが、ドナは見事に任務に成功した」
「成功しすぎたのだ」
「どういうことです?」
「我々が作り出したASKウィルスは、毒性も感染力も強かったが、その分、短命
だった。それにシグを通した感染能力など、考えてもいなかった。ドレスデンでは
市民の3分の2を殺傷した時点で、ウィルスは死に絶えるはずだった。細かく設定
した時限爆弾因子を組み込むように命じたのだ。全滅させては、かえって政府側の
隠蔽工作を容易にさせてしまうからな。毒性も適度に弱めてあるはずだった。兵器
は破壊力に比例して使いにくくなってしまう」
「その改良を実行したのがドナ?」
「いや。マンチェックだ。だが、ドナならば、知識も機会もあっただろう」
「つまりこういうわけですか。シンジケートは、ドレスデン市民の3分の2を殺す
目的でASKウィルスを蔓延させた。ところが、ウィルスは予想していたよりも、
はるかに強力な毒性を持っていた。結果としてドレスデンは封鎖され、シンジケー
トは、それを統合政府攻撃の材料として利用することはできなくなってしまった」
「そのとおり」
「結果的に、ドナはシンジケートの利に反する行動を取ったといえますね」
「そうとは断定できないから、困っておるのだ」エーデルマンの言葉に、思いもよ
らない強い感情が走り、すぐに消えた。「全てはマンチェックのミスであるかもし
れないし、ASKウィルスの突然変異にすぎないのかもしれない。私は、マンチェ
ックから詳しい事情を訊く機会を待っていたのだが、その前に奴は自殺してしまっ
た」
「そして、依然としてドナの真の意図は不明というわけですな」
「不明だ。変異した世代のウィルスを調べようにも、すでに時限爆弾が作動して、
ドレスデンのウィルスは消滅している。手がかりはなくなってしまった」
「頼りはおれだけというわけですか?」
「頼りは君だけだ。何としてもドナの正体を突き止めてもらおう。こちらの行動が
気付かれないうちにな」
すでにばれていますよ、などと告げたら、八つ裂きにされそうだな。スカルバー
ユは内心ぞっとしながらも、神妙な顔で頷いた。
「全力を尽くしていますよ」
「時間だ。私は行かなければならない」
「お手数をおかけして申しわけありませんな」
エーデルマンは頷くと、ゆっくりと立ち去っていった。スカルバーユは、それを
見届けると呼びかけた。
「どういうことだと思う?」
「今の話だけ聞いてると」チコが答えた。「ドナ・マドウという女性が、とてつも
なく冷酷非情な人間に思えるわね。あっさりとシティ一つの市民を殺すなんて」
「だが、セーラに対するドナを見ていると、とてもそんな人間には見えない」
「誰だって、肉親は特別扱いするものよ」
「それはそうかもしれないが」
「どうするの?逃げ出す?」
「ドナはおれが逃げたら、地の果てまでも追いかけてきて殺すと言った」スカルバ
ーユは苦笑した。「それを試すつもりはないよ」
「もう、あたしたちがやれることはあまり残っていないわよ。洗えるデータは、す
り切れるまで洗ってしまったし、セーラの線はまだまだ時間がかかりそうだし」
「もう一つだけ、やってみる価値のあることが残っている」
「なに?」
「ドナ・マドウの人格シミュレーションを構築するんだ。わかっている情報を、す
べてぶちこんで」
「そんなもの造ってどうするのよ?」
「正体を教えてもらうんだよ。本人に」
「正確には本人の影にでしょ」
「どっちだっていい」
「あのね、スカル」チコは絶望的な仕草で首を振っていた。「人格シミュレーショ
ンなんて、所詮シミュレーションでしかないのよ。わかってると思うけど、どんな
に精巧に作り上げたとしても、本人じゃないわ。だいたい、作り手たるあたしたち
が知らない情報を、どうやったらシミュレーションが教えてくれるのよ?」
「何パターンか作ってから、それぞれに対して取るべき行動を質問してみればいい
だろう。結果をすり合わせすれば、近い答えが出てくるかもしれない」
「矛盾してるわよ」
「どこが?」
「本物のドナが、あんたに自分の正体をばらすと思う?」
「思わないな」
「シミュレーションが限りなく本物に近づけば、あんたに正体をばらすような行動
パターンを隠そうとする傾向が現れるはずよ。かといって、基準を甘くすれば、正
しい行動とは言えなくなる。矛盾してるじゃないの」
「お前は正しい、チコ。だけど、それを解決する方法がひとつあるんだ」
「へえ?聞きたいわね」
「セーラに質問させるのさ」
「はあ?」
「正確に言うと、セーラのシミュレーションにだ」
「…………」
「ドナは、セーラに嘘は言わないような気がするんだ」
「何を言ってるのよ」チコは気でも狂ったか、と言わんばかりだった。「現に、ド
ナは移民局に勤めているなんて言うことで、嘘をついてるじゃないの」
「ドナは表向きは移民局の職員なんだぞ。嘘はついていない。ドナがセーラに、自
分の真の姿を知らせていないのは、単にセーラが何の疑問も抱いていないから、つ
まり、質問をしていないからだよ。もし、セーラがドナに隠された素顔があるので
はないか、と疑いを抱いて、正面から質問をぶつければ、ドナは正直に答えるんじ
ゃないのかな」
「そんなばかな」
「ドナが聖者のように正直者で、良心に恥じるような嘘などついたことがない、と
は言わない。彼女がその気になれば、傷ついた子供だって平気で見捨てていけるぐ
らいの、強靱すぎる心を持っているというのはわかったからな。だけど、セーラに
は、セーラにだけは、ドナは普通の優しい姉として接するような気がするんだ。た
とえ何が起ころうとも」
「ばかばかしいったらありゃしない!」チコはわめいた。「どうしたら、そんな風
に都合良く考えられるのよ。言っておきますけどねえ、優秀な人格シミュレーショ
ンを作るのに、どれぐらいの手間と費用がかかるのか知ってるんでしょうね?パッ
ケージはほとんど企業秘密だし、必要となるツールやオブジェクトだけで、ゼロが
いくつ並ぶと思う?」
「だが、どこかのラボに出すのでなければ、それができるのは、お前ぐらいだよな、
チコ?」
チコはスカルバーユを睨みつけ、渋々頷いた。
「まあね。裏の世界じゃ、あたしとあんたぐらいね」
「期待してるぜ」
「……でも、あたしの手持ちのリソースじゃ、手もつけられないわよ」チコは、ま
だ迷いを浮かべながら言った。「セーラの方は謎もないし、比較的簡単だけど。ド
ナの方は、正確を期すためには8から16パターンが必要となるし、相互干渉を防
ぐために独立したセグメントがいるわ」
「費用をクライアントに請求してみるよ」スカルバーユは、ベンチから立ち上がっ
た。「とりあえず手持ちでクラス構築から始めてくれ」