#3652/5495 長編
★タイトル (FJM ) 96/12/28 13:28 (188)
ヴェーゼ 第5章 侵攻前夜 10 リーベルG
★内容
10
地上監視衛星が二人を発見したのは、ほとんど偶然といってよいほどだった。こ
の衛星が指令されていたのは、ドレスデンを中心とした半径50キロまでの円の内
部の走査だけだったからである。当然探知できるはずの目標を、あっけなくロスト
したことに苛立った戦術MIは、長い時間ためらった挙げ句に、独断で走査範囲を
シティ・ベルリンの近辺にまで拡大した。
同僚のMIからの揶揄や嘲笑を浴びながらも、衛星の探査装置は、数度にわたっ
て広い範囲を走査した。そのいずれの走査にも、二人の逃亡者は探知されなかった
ため、MIは自責の念に駆られてしまった。
ついにコントロールセンターからの問い合わせを受けたMIは、半ばやけくそで
最後の走査を行った。ただし、今度はドレスデンではなく、ベルリンの周辺に能力
を集中させたのだ。唐突に二人の像が浮かび上がったとき、MIはベートーベンの
第9でも歌い出したくなった。
ただちに命令が発せられた。通常、シティにはポリスサービス以上の武力は存在
しないし、ポリスはシティの外に出動するような装備を有していない。そこで、4
0キロほど離れた平地で演習待機中の第9師団に出動命令が下された。
ひとつだけ厄介な問題があった。ドレスデン封鎖作戦は、軍部でもごく限られた
人間のみに知らされた作戦だったため、緊急発進した部隊に標的の正体を告げるわ
けにはいかなかったのだ。それどころか、兵士たちに二人の顔を見せることさえ、
禁じられていた。同じ理由で、衛星兵器を使用するわけにもいかない。衛星兵器ほ
ど隠密性に欠ける兵器はないからである。
従って作戦は、高速戦闘ヘリボーンで急行し、対地攻撃オプションのどれかの有
効射程距離に達した瞬間に、二人を抹殺させるという形になった。
統合軍第9師団第26陸戦機動中隊から、2機編隊のワルキューレ多機能空中機
動歩兵が発進したのは、衛星が逃亡者たちを発見した5分後だった。ワルキューレ
の乗員はパイロットとMIのコ・パイロットで構成されている。
----標的をこちらの光学で捕捉。距離14.8キロ。
----サテライト3との相互参照も一致しています。
1番機のパイロットのVVに、標的と地形が出現した。
「よし、カチューシャを起こせ」パイロットは、地上施設攻撃用兵器を選んだ。「
コントロール。こちらストーム1だ」
----こちらコントロール。
「兵器使用許可をくれ」
----よろしい。ストーム1。使用を許可する。兵器使用限定全て解除。
「10キロでロックオン。2秒で発射する」
----距離10キロでロックオン。2秒遅延で発射了解。
「ストーム2は兵器使用可能状態のまま待機。命令あるまで兵器を使用するな」
----了解。兵器使用可能状態で待機する。とっととぶっとばして帰ろうぜ。
1番機のパイロットはヘルメットの中でにやりと笑った。
「距離11からカウントダウンをはじめろ」
----距離11.0、10.8……
パイロットは、半径1キロをきれいに蒸発させる威力を持った兵器のトリガーを
VVの正面に見ながら、距離が次第に減っていくのを待った。
----10.4、10.2、10.0。ターゲット、ロックしました。
「発射」
発射命令を送ると、兵器システムは命令通り2秒間待機したあと、カチューシャ
対地攻撃ミサイルを切り離した。ミサイルは自らの意志を持った猛禽のように急降
下すると、複雑な軌道を描きながら、地上1、2メートルを目標に向かって疾走し
ていった。
----命中まで3秒、2秒……
パイロットは命中の報告を待った。だが、しかるべき時間が過ぎ、さらに数秒が
経過してもMIは目標の消滅を告げなかった。
「どうした?」
----反応なし。反応なし。
「何だと?」
----ストーム1、兵器使用結果を報告せよ。
コントロールからも要求がきた。
----カチューシャ対地上攻撃オプションは、目標までの距離1.43秒で消滅。
「迎撃されたのか?」
----目標からの反撃は確認されていません。
「どういうことだ?」
----不明です。
「目標までの距離は?」
----7キロ。
「コントロール。1キロまで接近して、再度攻撃をかける。許可を」
コントロールが応答するまで、若干のタイムラグがあった。
----よろしい、ストーム1。1キロまで接近して、攻撃を行え。
「ストーム1了解。ストーム2。NOE飛行で急速接近。近距離攻撃オプションを
用意。規定通り、親機の右手後方につけ」
----ストーム2了解。
2機のワルキューレは、地表すれすれの高度まで降下すると、目標に向かった。
MIが報告する距離のカウントが、たちまち小さくなっていく。
----5キロ……4キロ……3キロ……2キロ……
「両翼ガンポッド照準。1キロで射撃開始する」
第9師団の移動戦術管制指揮車両内で、オペレータは目標に迫るワルキューレを
注視していた。地上監視衛星から送られてくる映像である。ただし、目標の姿形な
どは故意に補正されていた。
ワルキューレのMIによる、距離のカウントダウンが続き、やがてパイロットの
言葉が届いた。
『両翼ガンポッド照準。1キロで射撃開始する』
それが最後となった。
唐突に、10以上のセンサーが異常値を記録した後、同時に沈黙した。
「なにごとだ!」
「波紋センサーが!」
「魔法だ。ものすごい魔法です!」
「センサー回復しません」
「ワルキューレが!」
映像をモニタしていた全員が言葉を失った。
極低空飛行していたワルキューレが、ぐらりと揺れた。墜落する、と誰もが思っ
た途端、機体が変形をはじめた。
金属とセラミックスの胴体がぶくぶくと膨らみ、主翼は溶けたガラスのようにだ
らりと垂れて地面に接触した。プレキシガラスのキャノピーの奥から、巨大な眼球
と牙をむき出しにした口蓋が突き出す。イオン効果エンジンからの低温排気は、赤
い血煙に変わっていた。
速度が急激に落ち、ワルキューレだったものの塊は、失速して地面に激突した。
慣性により数百メートルを転がり、ようやく停止したとき、そこにあったのは、得
体の知れない巨大生物のずたずたになった死体だった。おびただしい血と体液が、
沸騰しているように湯気を上げながら流れ続けている。
その隣に、2番機も落下した。こちらの機体も変貌している。できそこないの翼
と無数の触手と濁った眼球が、およそ生物学的な配置など考慮されずに生えていた。
1番機とちがって、機体尾部のスタビレータとテイルローターがそのまま残ってい
る。
「ま、魔法だ」オペレータの一人が呆然とつぶやいた。「目標は魔法使いなんだ」
可能ならば、いつまでも茫然としていたかっただろうが、軍人という職業と、実
戦中であるという状況が、彼らにそれを許さなかった。
「総員、レベル1の戦闘配置」指揮を執っていた少佐が命じた。「空中機動歩兵全
部隊のスクランブル用意。地上機動部隊はただちに発進、空輸にてストーム隊の墜
落地点に急行せよ。長距離自走車両は、現地点で砲撃準備。目標への攻撃可能なオ
プションを報告せよ。司令官と情報士官は?」
----第1指揮車両におられます。
「指揮権をそちらに移せ。こちらはバックアップに回る。統合参謀司令部との直接
回線を開け。コンタクトしたら、最優先でリンクを維持。師団付きの魔法使いはど
こにいるんだ?」
「ガレック公認三級魔法使いは、シティ・ベルリンで休暇中です」
「くそ。すぐに呼び出せ。ここに来させろ。参謀本部のくそったれどもが。何が、
非武装のテロリスト2名だ」
少佐は、優秀な軍人のたいていがそうであるように、魔法使いという職業をうさ
んくさく思ってはいたが、その力を軽視してはいなかった。全師団に対して戦闘配
置を命じたのはそのためである。これまで、一級魔法使いと正面から戦うはめにな
った部隊は皆無だった。つまり、ノウハウが皆無の状態で戦闘状態に入ることを余
儀なくされたわけで、これはまともな戦術意識を持った指揮官ならば嫌悪すべき状
況だ。その状況を少しでも有利なものにするためには、全兵力の投入という手段が
必要となる。
少佐の命令は、当然の選択であったし、別の佐官が同じ状況に置かれたとしても
同じ命令を発したことだろう。だが、あくまで結果だけから言うならば、第9師団
が兵力の20パーセントを失う結果になったのは、この命令が原因であった。
少佐にとって幸運だったのは、指揮権はすぐに師団統括司令官と戦略情報士官に
移り、そのどちらも少佐の命令を修正しようとしなかったことだろう。でなければ
軍法会議は間違いのないところだった。
「君の力が必要だ、アンソーヤ君」
アメンホープが低い声で言った。ドレスデンから脱出した二人が発見されてから
60分が経過していた。
アンソーヤは座ったまま、問いかけるように顔を動かした。
「ジェイナス。経過を説明してくれ」
会見室の中央に、映像が浮かび上がった。地上の風景である。だが、実写でない
ことはすぐにわかった。
「これは、地上監視衛星その他の映像ソースからの合成映像です」ジェイナスの無
機質な声が説明をはじめた。「場所はシティ・ベルリンから南南西に5.2キロの
地点です」
荒涼とした平原の中央に、のろのろと進む黒い点が見える。アンソーヤがそれに
気付いたとき映像がズームされ、二人の人間の姿となった。一人は公認魔法使いの
マントをつけている。
「すでにドレスデンから脱出した二人は、公認一級魔法使いのオットー・クラウセ
ンと、ドレスデンのVRサービス企業フルークマーク・メディアラボでMIエンジ
ニアの職についているカーティス・ケラーマンと判明しています。この二人は、誤
差0.02パーセントで、それぞれの特徴と一致しています」
「どうやって、こんな近くまで探知されずに接近できたんだ?」アンソーヤは訊い
た。
「不明です」
「魔法でシールドを張ったのか?」
「それならば、衛星の波紋センサーに探知されるはずです」
「……まあ、いい。それで?」
「ただちにこの2名の抹消が決定され、最寄りの第9師団に攻撃命令が発せられま
した」
「で?」
「これが一連の戦闘の結果です」
戦闘シーンが映し出された。ワルキューレ多機能空中機動歩兵の奇怪な変貌には
じまり、第9師団の総力をあげた攻撃である。
「結論から言うならば、攻撃は失敗に終わりました」ジェイナスは無感情に説明を
続けた。「投入された攻撃部隊が、片っ端から魔法で変化させられてしまったので
す。遠距離から発射されたミサイルは、空中で駝鳥に変化して地面で潰れました。
空輸され、地上から接近を試みたバトルタンク群は、乗員ごとカバや牛に変化して、
たちまち汚染物質で死滅しました。
兵力の損耗が20パーセントに達するまで、10分を要しませんでした。現在、
第9師団は攻撃を中断して後退。別命あるまで待機中です」
「たいしたもんだ」アンソーヤは手を叩いた。「さすが、一級魔法使いだ。なかな
かユーモアのセンスがあるね。そういえば、師団付きの魔法使いは?」
「遠くからオットーの力を見た途端、出撃を拒否しました。現在、命令違反および
敵前逃亡で拘留中です」
「無理もないな」
「君の力が必要なのだ」アメンホープが繰り返した。「二人はゆっくりと歩きなが
ら、シティ・ベルリンのシールド外縁部まで1キロに迫っている」
「彼らの目的は?」
「わからない」
「ま、救助を求めているのでないことは確かだね。それで、ぼくに何をしろと言う
んだ?」
「彼らを止めてもらいたい。シティ・ベルリンに何かをする前に」
「何をするつもりなんだろうね」