AWC ヴェーゼ 第5章  侵攻前夜 11   リーベルG


        
#3653/5495 長編
★タイトル (FJM     )  96/12/28  13:29  (159)
ヴェーゼ 第5章  侵攻前夜 11   リーベルG
★内容

                 11

「例のカーテンとやらを使ってはどうなんだ?」アンソーヤは意地の悪い笑いを浮
かべた。「ぼくには役に立たなかったけど、あの魔法使いには効き目があるかもし
れないぞ」
「配置が間に合わない。カーテンは地球の兵器を、アンストゥル・セヴァルティの
魔法から保護するために開発されたのだ。魔法使いそのものを封じ込めるには、ま
だ不向きだ」
「気が進まないな。せめて要求を訊くとか何とかしたらどうなんだ?」
「すでに彼らは敵意を隠そうともしていないのだぞ!」賢者の一人が怒鳴った。「
ネゴなどに応じるものか」
「先に手を出したのは、こっちじゃないか」アンソーヤは冷静に指摘した。「それ
にもとはといえば、シティ・ドレスデンを封鎖するなどという暴挙に出たのが原因
だろうが」
「今、そのような議論を始めるのは建設的とは言えない」さすがのアメンホープも
焦燥を隠しきれないようだった。「始めてしまった以上は、最後までやり遂げなく
てはならないのだ。君も封鎖に協力したではないか。あのとき、君がオットー・ク
ラウセンを始末していれば、こんなことにはならなかったのだ」
「それに、シティ・ベルリンは、ドレスデンとは比較にならないほど人口の多いシ
ティです」一人の女性が続けた。「ベルリンを封鎖することは、世界全体に対して
影響が大きすぎるし隠蔽することも困難です」
「何が言いたいんだ?」
「あの二人は、ASKウィルスに感染している可能性が高いはずです。二人がシテ
ィに入り込めば、ベルリンが疫病に襲われることになるのです。ベルリンとのコミ
ュニケーションを完全に遮断することなど不可能に近く、そうなったらシグを通じ
てASKウィルスが世界中のシティに出没することになりますよ。そうなったら、
あなただってあまり楽しくはないでしょうに」
「…………」
 短い沈黙が降りた。それを破ったのは、ジェイナスの報告だった。
「目標が、ベルリンから500メートルに接近しました」
「アンソーヤ君?」アメンホープが静かに問いかけた。
「わかったよ。やるよ」アンソーヤは肩をすくめた。「仕方がない」



 アンソーヤが霊体とはいえ、地上に出るのはずいぶん久しぶりのことだった。深
海を除いて、あらゆる場所は汚染物質に支配されている。生身の人間が分子フィル
ターなどの装備なしで地上に出れば、数分後に死に至る。
 その死の世界を、ドレスデンから逃亡した二人がゆっくりと歩いている。
 アンソーヤはシティ・ベルリンを背に、二人の正面に立ちふさがった。
「止まれ。公認一級魔法使いオットー・クラウセン」
 オットーは顔を上げた。体力を消耗して憔悴し切っているのが一目でわかる。そ
れでも両眼には、鋭い光が宿っており、知性が損なわれてはいないことを表してい
た。
「誰だ?」
「あんたを阻止するために来た」
「霊体か。ドレスデンで私を邪魔した魔法使いだな」オットーはつぶやいた。「今
まで、君のような力のある魔法使いに会ったことはなかった。名前は?」
「名乗れないことは知っているだろう?」
「知っているとも」オットーは微笑を浮かべた。「だが、私の命はもう長くはない
んだ。死にいく者になら教えても構うまい?」
「すまないが、やめておこう。長くないとは?」
「ここまで来るまでに魔力と体力を消耗し尽くしてしまった。ベルリンまでたどり
着く自信はあったんだが、君のせいでそれも不可能になったようだ」
「おとなしく戻ってくれないか?」アンソーヤは提案した。「殺したくない」
「そうはいかない」
 オットーが、呆けたように立ちつくしているケラーマンを見た。アンソーヤもそ
れにならった。ケラーマンは、ほとんど正気をなくしているようだった。大型の分
子フィルターを顔に貼り付けている。補助循環装置付きの高性能マスクである。市
民が携帯を義務づけられている簡易型ではない。どこから入手したんだろう、とア
ンソーヤは不思議に思った。
「そっちは?まだ生きてるのか?」
「生きてはいる」オットーは頷いた。「だが、もう死にかけている。私が少しずつ
魔力を与えてやらなければ、とっくに死んでいただろう」
「どうして、こんなところまで来たんだ?」
「ベルリンが、ドレスデンから一番近いシティだったからだよ」
「ベルリンで何をするつもりだったんだ?」
「ドレスデンに起こったことを、人々に伝えるつもりだった」
「伝えてどうするんだ」アンソーヤは苛立った声で訊いた。
「わからない」一級魔法使いは疲れたようなため息を洩らした。「わからないが、
何かが変わったかもしれない」
「何か、って何だよ」
「市民が信じている現実、確固たる世界、疑問を抱く必要のない平和……」夢見る
ように唱えながら、オットーは涙をこぼした。「市民を庇護すべき統合政府が、市
民を害する矛盾をだ」
「世界を変えるのは、あらゆる魔法使いの願い、か」
「教えてくれ。ドレスデンで何が起こったのだ?なぜ、ドレスデンの市民を封じ込
めなければならなかったのだ?この男の話では、奇妙な疫病が発生したそうだが」
「話すわけにはいかないんだ」
「そうか」オットーの口から乾いた笑いが洩れた。「まあいい。今さら知ってもど
うしようもない。私はすでに死者と言っても間違いではないほどなのだから」
「ならば、生者たるぼくに、ひとつ教えてくれないか」
「なんだね」
「あんたたちは、どうやってここまで来たんだ?あんたたちは、軍の探査網をすり
抜けた。しかも徒歩でだ。移動に魔法を使えば、ただちに波紋センサーに探知され
たはずだ」
「知りたいかね?」
「知りたいね」
「では、これは私の遺言だと思ってくれ」
「…………」
「誰かが我々に手を貸してくれたのだ。我々が地上に脱出した直後、大型のホバー
カーが接近し、我々を収容した。我々はすぐに薬物で眠らされてしまったので、そ
の後どうなったのかは知らない。そして、少し前にさっきの場所に降ろされたわけ
だ」
「手を貸しただって?」アンソーヤは疑わしげに首を横に振った。「一体誰が?」
「さあな。おそらく、統合政府に同調しない勢力か組織だとは思ったが、そんなこ
とはどうでもいい」オットーはちらりと楽しそうな笑みを見せた。「だが、軍の厳
重な警戒網を易々とくぐり抜けたとは愉快だったよ。それで、あんなに慌てて攻撃
してきたんだな」
「あの反撃は見事だったよ」アンソーヤも笑顔を返した。
「君にそう言ってもらえると嬉しいね」
「どうして、そのホバーカーは探知されなかったんだろう?」
「それは君が調べてくれたまえ。私にとってはどうでもいいことだから」
「それもそうだ。ありがとう。ぼくはともかく、あいつらは慌てるだろうな」
 オットーは「あいつら」というのが誰か、ということを訊こうとさえしなかった。
すでに力を使い果たしたように見える。
「頼みがあるんだが……」
「なんだ?」
「我々を楽にしてくれないか」オットーは迷いのない声で頼んだ。「遠からず、私
の力は尽きて、汚染物質を遮断することもできなくなるだろう。そうなったら、実
に苦痛に満ちた数分間を耐えなければならない。君なら、一瞬で我々を蒸発させる
ことだってできるだろう」
「ベルリンへ行かせてくれ、とは頼まないのか?」
「頼んだら行かせてくれるのかね?それに、正直なところ、私がベルリンのシール
ドを破壊して、シティに入れるかどうかも疑問だ。今の私では、二人分の結界を維
持するのがせいいっぱいなんだ」
「そのようだね」
 アンソーヤはうなずいた。話をしている間にも、二人は歩みを続けていたが、そ
の一歩一歩を踏み出すたびに、オットーの魔力が減衰していくのが感じられるのだ
った。
「どうして歩き続けるんだ?」
「生きている限りは歩き続けるさ。君だってそうするだろう」
「わかった。悪く思わないでくれ。オットー・クラウセン」
「一瞬で頼むよ」
 アンソーヤは呪文を唱えた。



「ご苦労だった、アンソーヤ君」
 霊体を戻したアンソーヤは、アメンホープの言葉に軽くうなずいただけだった。
「二人の死体は、すでに高熱焼却された。少なくとも、アスワン・クランクハイト
の蔓延はくい止められたわけだ」
「それにしても、二人を助けたという組織がいるという、魔法使いの言葉が気にな
るな」
「ジェイナス?」
「監視ネットワークへの侵入の痕跡はありませんでした」MIが報告した。「です
が、検査プログラムクラスそのものが改変されている可能性もないとはいえません
ので、全く別のリソースから、新たなプログラムを生成して、再度チェックをかけ
てみます。70分後には、チェックが終了する予定です」
「よろしい。それでは、それまでブレインストーミングで、意見を出しておくこと
としよう」
「統合政府に公然と反旗を翻している組織、勢力はただひとつ」
「テロ・ネットワーク、またの名をシンジケートですね」
「シンジケートが、例の二人を拾って、ベルリンの近くで降ろした」
「なぜ?」
「ベルリンに、アスワン・クランクハイトを蔓延させるためか?」
「蔓延させる理由は?」
「恐慌、騒乱、一時的な無政府状態」
「それらがシンジケートに何をもたらす?」
「彼らの唱える統合政府打倒への足がかりだ」
「マクベス」
「強大な魔法を持ったシンジケートの指導者ね」
「その魔法と、シンジケートの力を使えば、軍の監視ネットワークから、例のホバ
ーカーの情報を透明化することだって不可能とは言えない」
 アンソーヤは興味なさそうな顔で座っていたが、その個人名が出ると、誰にも聞
こえないような声でつぶやいた。
「マクベスね。一度会ってみたいもんだ」





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