AWC ヴェーゼ 第5章  侵攻前夜 9    リーベルG


        
#3651/5495 長編
★タイトル (FJM     )  96/12/28  13:27  (196)
ヴェーゼ 第5章  侵攻前夜 9    リーベルG
★内容

                 9

 アンソーヤにとっては多忙な日々が続いていた。シティ・ドレスデンの封鎖に協
力させられた翌日、<ユガ>の賢者たちとの会見を要請されたのだ。名目は要請だ
が、実質は命令と呼んでも間違いではない。もっとも、要請であろうと命令であろ
うと、地球上でアンソーヤに対して何らかの強制力を持っているのは、組織、個人
を含めて<ユガ>ぐらいしかないのだが。
 <ユガ>の賢者たちにとって、レヴュー9への移住を成功させるためにも、アン
ソーヤの魔法の力は必要不可欠なものである。ところが、アンソーヤは賢者たちを
必ずしも必要とはしていない。アンソーヤはアンソーヤでなくてはならないが、<
ユガ>は、どんな個人が13個の椅子に座っていても成り立つだろうから。賢者た
ちはそれを知っている。アンソーヤもまた、その関係については熟知しているが、
彼らが忌々しく思うことに、彼らが知っている、ということをアンソーヤも知って
いる。
 この傲慢な少年が、それでも一応は<ユガ>の権威を認めるポーズを取っている
のは、アンソーヤ自身では、<ヴェーゼ>再現のための莫大な研究費用や、最高級
の研究施設と、優秀なスタッフを揃えることができないからにすぎない。
 いや、アンソーヤがその気になれば、できないことはなかっただろう。だが、仮
にアンソーヤが<ユガ>を無視して、独自の力を求めたとすれば、<ユガ>が阻止
行動に出ることは火を見るよりも明らかである。そして、アンソーヤの魔法の力を
持ってすれば、統合軍全軍を相手にまわして戦っても、勝利を得ることができるだ
ろう。アンソーヤが、その魅惑的な誘惑に身を委ねそうになったことは一度ではな
い。
 アンソーヤが、その都度、それを思いとどまってきたのは、これまで<ユガ>と
の利害関係が、おおむね一致していたため、あえてそれをぶち壊す意味を見いだせ
なかったからである。より正確に言うなら、この少年は面倒くさがり屋の一面をも
持っていて、<ユガ>を排除した後の混乱状態から、秩序を取り戻すまでの責任が
自分にかかってくることを想像しただけで、身の毛がよだつほどだった。
 ドナはそうした事情を知る数少ない人間の一人であり、アンソーヤを<ヴェーゼ>
の研究だけに集中できるように、可能な限りの手を打っていた。ドナ自身も、どち
らかと言えば命令を受けるよりも、与えることの方が多い立場にいたが、中にはど
うしても避けられない命令を受ける場合もある。シティ・ドレスデンの封鎖協力も
その一つだったが、<ユガ>との会見もドナには拒否権のない命令だった。
「この忙しいのに」アンソーヤはぶつぶつ言いながら歩いていた。「あの老人たち
は一体、何の用があるって言うんだろう」
 <ユガ>の一三賢者の大部分は、老人と呼んでは失礼にあたる年代だったが、ド
ナはあえて訂正しなかった。
「アキレス・プランの進行状況は?」
「戦術的要素は、ほぼ確定しています。侵攻開始は5月13日。昨日、ムーンゲイ
トから最後の偵察小隊が帰還しました」
「聞いた」アンソーヤは楽しそうにうなずいた。「二個小隊が全滅したそうだな。
誰かの魔法で」
「ええ。別の小隊がとぎれとぎれの通信で知ったところによると、リエ・ナガセと
思われる人物と接触したらしいとのことです」ドナは言葉を切ってアンソーヤを見
た。「彼女がやったのだと思われますか?」
「どうだろうな。リエの受けた訓練と実戦参加経験、戦闘能力から考えると、あの
程度の小隊なら魔法を使うまでもないような気もするしね。それに、リエがそこま
で魔法を使いこなしているとは、正直考えたくない」
「彼女も、早急に新世界に移住しなければ、人類に未来がないことぐらいわかって
いるはずです。敵対行動は取らないのでは?」
「それはアキレス・プランの内容次第だな」
 二人は、四人の兵士が警備しているドアの前で足を止めた。
 アンソーヤはドアを開けるように合図すると、ドナを振り返った。ここから先は
アンソーヤ一人しか入れないのだ。
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
「お願いですから自制して下さいね」ドナは無駄と知りつつ言わずにはいられなか
った。「腹の立つことがあっても、喧嘩腰で怒鳴り返したりしないで……」
「わかったわかった」アンソーヤは閉口して手を振った。「いつも同じことばかり
言わないでくれ」
 逃げるように室内に入っていったアンソーヤの背中を、ドナは心配そうに見つめ
た。すぐにドアがスライドし、ドナの視界を閉ざす。ドナはため息をつくと、用意
されている椅子に座って、アンソーヤが戻ってくるのを待ちながら、雑務を片づけ
はじめた。



 室内に一歩踏み込んだ途端、アンソーヤは表現しようのない違和感に襲われて、
思わず足を止めた。
 いつもの会見室である。半円形のテーブルに賢者たちが座っており、彼らの顔の
輪郭がかろうじて浮かび上がる程度に照明が落とされている。数本のスポット照明
が、アンソーヤが座ることになっている椅子を照らしていた。
 違和感の原因がつかめないまま、アンソーヤは椅子に座ると足を組んだ。
「来たよ」
「ご苦労だった、アンソーヤ君」最年長の賢者、アメンホープが言った。「急に呼
び出してすまなかった」
「あんたでも謝罪することがあるってことを知って嬉しいよ、賢者アメンホープ」
 アンソーヤは自分でも生意気だな、と思えるような言葉を投げつけた。ポーズで
はあったが、ひとつには違和感を感じている理由を探し出すためでもある。
 アメンホープは息使いひとつ乱すことなく続けた。
「今日来てもらったのは、いわずとしれたレヴュー9、アンストゥル・セヴァルテ
ィのことだ」
「だろうね」
「移住計画があることは知っているな?」
「正式には伝達してもらっていないけどね」アンソーヤは視線を動かさずに、室内
のあちこちを調べながら答えた。「それに、ぼくが入手した情報だと、統合軍によ
る侵攻作戦だそうだけど」
「我々としても、武力衝突はなるべくなら避けたいと思っている」
「よく言うよ」
 そのとき、アンソーヤはあることに気付いた。取るに足らないことではあったし、
これが違和感の原因だとは思わなかったが。
「ところで、人数が一人足りないようだけど、もう一人はどうしたんだ?」アンソ
ーヤは、記憶の中から足りない賢者の顔を思い浮かべた。「確か、若い女性がいた
と思うんだが……」
「キム・ジョンスは、少し都合が悪くて参加できなかったの」
 答えたのは女性の一人だった。レイクシップという名前だったな、とアンソーヤ
は思いだした。何となく、単に都合がつかない以上の理由があるような気もした。
が、これ以上追求しても仕方がない。
「まあいいや。それで?」
「アキレス・プランは、5月13日午前零時に開始される。君はどうしたいかね、
アンソーヤ君」
「どうするとは?」
「またアンスティに行きたいかね?」
「そうだね。行きたいね。リエ・ナガセを捕まえなければならないから」
 一人の賢者がわざとらしい笑い声をあげた。
「まだ<ヴェーゼ>などにこだわっているのかね?」
「こだわって何が悪い?」
「レヴュー9には、あいまいで頼りにならない魔法の力などではなく、科学の力で
侵攻する」はからずも侵攻作戦を肯定したことにも気付かず、男は誇らしげに告げ
た。「もはやアンシアンの魔法など、恐れるに足らんのだよ」
「へえ、そうかい?」アンソーヤは嘲笑した。「それが本気だとしたら、気の毒に
思うだけだね。<ユガ>に妄想癖のあるやつがいるとは知らなかった」
 意外なことに、アンソーヤの言葉を迎えたのは、怒りではなくある種の優越感だ
った。
「ジェイナス」アメンホープがMIに呼びかけた。「この部屋の、魔法封じを全て
解除しろ」
 シグに接続していないアンソーヤには、答えは聞こえなかったが、魔法封じの呪
文の効力が消滅していくのはわかった。もともと、その程度の魔法封じなど、あっ
てもなくてもアンソーヤの魔法を封じることなどできそうになかったのだが、賢者
たちが信じていたことだけは確かだった。
「Cシステムを活性化しろ」アメンホープは続けて命じた。
 命令が実行されたことは間違いなかったが、アンソーヤは特に何も変化を感じな
かった。
「何の真似だい?」
「ちょっとしたデモンストレーションだよ、アンソーヤ」さっきの男が、獲物をい
たぶる肉食獣のような声で言った。
「何でもいい、魔法を使ってみたまえ」アメンホープが勧めた。
 相手の意図がわからないまま、アンソーヤは手首をひねった。空中に細い炎でサ
インを描く遊びをやってやろうと思ったのだ。
 炎は生まれなかった。煙すら立ちのぼろうとはしなかった。
 アンソーヤは不安な心を抑えつつ、適当な呪文を唱えてみた。だが、魔力を持つ
はずの単語は、発せられると同時に霧のように消えてしまった。身体の奥には、魔
法がしっかり存在しているのに、それを魔法的現象として練り上げることができな
いのだ。事実上、魔法が無効化されたといえる。
「なるほど」乾いた声でアンソーヤはつぶやいた。「噂の耐魔法シールドが完成し
ていたんだな」
「そのとおりだ」男が悦にいった声を出した。
「ジェイナス。システムの説明をホロで表示」
 室内の中央に、ホロ画像エリアが生まれ、一人の男が映し出された。まだ若く、
白衣を着ているところから、どこかのラボの研究員だと思われた。右下にインポー
ズされた名前は、T・ヒカワとある。
「このシステムは、カーテンと呼ばれている耐魔法シールド、バージョン1.10です」
ヒカワは説明をはじめた。「最低2基の発生装置で挟んだ空間に、コントロールさ
れた電場、磁場、重力波を段階的に変化させながら発生させることによって、特定
の方向性を持った別の場、すなわちベクトルポテンシャルを生み出すことができま
す。このとき、陽子崩壊によってクォークとレプトンが遊離されます。この12種
類の粒子を選択的に誘導すると、それらは魔法の力と相互干渉し、両者は対消滅す
ることになります。この過程に要する時間は、2ナノセコンドから3ナノセコンド
です。おそらく次のバージョンでは……」
「もういい」うんざりしたようにアメンホープが言うと、ホロ画像は消え失せた。
「そういうことだアンソーヤ君」
「感想はどうだね?」さっきの男がバカにしたような声で訊いた。
 賢者たちの視線が集中した。アンソーヤはいつもの薄笑いを消してはいたものの
それほど狼狽した様子はない。静かな声で訊き返す。
「もう少し、強い魔力を使ってみてもいいかな?」
「いいともいいとも」男は鷹揚にうなずいた。「やってみたまえ」
 その瞬間、アンソーヤの身体は白熱する光球と化した。
 賢者たちの何人かが、思わず声をあげて目を覆った。
「ばかな!」例の男はわめいた。「魔法が現象化しておるぞ!」
 光り輝くエネルギー体と化したアンソーヤの身体は、ゆっくりとその形を変貌さ
せつつあった。上部から二本の太い線が伸び、大きく広がっていく。やがて、それ
は二枚の輝く翼となった。
 システム警報が、シグ内と室内の両方に、けたたましく鳴り響いた。
 賢者たちは立ち上がることもできず、驚愕の視線をアンソーヤに固定させている。
 会見室の天井の四隅にセットされていた、人間の頭部ほどの大きさの円筒形のユ
ニットの一つが、内部から重力崩壊を起こしたようにぐしゃりと潰れた。続いて、
対角線上にあるユニットが、同じように潰れる。
 警報は狂ったように退避を促している。
「やめてくれ、アンソーヤ!」例の賢者が必死の形相で叫んだ。「頼む、もうやめ
てくれ。私が悪かった!」
 残る二つのユニットが同時に潰れた。
 同時に、新星のような輝きも消え失せた。
 アンソーヤは何事もなかったかのように、もとどおり椅子に座っている。何人か
の賢者は、思わず少年の背中に視線を走らせたが、もちろん翼の跡など残っていな
い。
「まだまだ改良が必要のようだね」アンソーヤは鼻で笑った。「他に用事がなけれ
ば、失礼させてもらっていいかな?そうそう、レヴュー9への侵攻計画だけど、も
ちろん、ぼくも参加させてもらうよ。あっちで研究施設を作りたいんだ。さしあた
って、例のガーディアックなんかがよさそうだ。構わないだろうね、賢者アメンホ
ープ?」
「異存はない」多少なりとも動揺から立ち直っているように見えるのは、この老人
だけだった。「ただし、君には軍の指揮権を与えるわけにはいかないが」
「そっちの邪魔はしないよ。先発隊がある程度の橋頭堡を築き上げるまでは、後方
でおとなしく控えているつもりだから。作戦スケジュールは連絡してくれるんだろ
うね?」
「正式決定次第、転送する」
「じゃ、そういうことで」アンソーヤは立ち上がった。「楽しかったよ」
 アメンホープはそれに答えて何か言いかけて、言葉を途切れさせた。シグから緊
急連絡を受けているのだろう。アンソーヤは気にも止めずに背中を向けた。
「待ってくれ、アンソーヤ君」
「まだ何かあるのか?」
「ドレスデンで、二人の市民がシティから逃走した件だが……」
「それが何か?」うんざりしたような声でアンソーヤは訊いた。
「シティ・ベルリンのシールド最外縁から5キロの地点で発見されたそうだ。生き
ている。今、緊急発進した部隊が接近しつつある」





前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 リーベルGの作品 リーベルGのホームページ
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE