#3649/5495 長編
★タイトル (FJM ) 96/12/28 13:24 (176)
ヴェーゼ 第5章 侵攻前夜 7 リーベルG
★内容
7
「ドナ。君でも間違うことがあるんだね」報告を耳にしたアンソーヤは意地悪そう
な笑みを浮かべた。「君はドレスデンの封鎖が完璧だと言ったが、どうやらそうじ
ゃなさそうだね」
顔こそドナに向いていたが、マンチェック中佐に言われたのであることは明らか
だった。マンチェックは真っ赤になった。この生意気なガキめ!と思ったにちがい
ないが、アンソーヤを怒鳴りつけたりしないだけの分別は残していた。
「物資搬入プラットホームを見逃していたわけではありません」何とか軍人らしい
口調を保ちながら答える。「現に侵入と同時に探知しました。それにプラットフォ
ームの機能はすでに停止されています」
「パケットカートは手動でも動かせるんだろ」
「カートは全て撤去されています」マンチェックは勝ち誇ったように答えた。「そ
もそも、こちらの作戦実行部隊はプラットホームからシティに入り込んだのです」
「不良パケットの射出口は、手動で操作できますよ」ドナがデータベースから得た
情報を口にした。 ・・
「確かに。だが、それがどうした。射出口は地上へつながっているんだぞ!」
「なるほど。地上へね」アンソーヤはからかうように頷いた。
「地上へ、です」マンチェックは強調した。「プラットホームや、周辺の倉庫に防
護服がないことは確認済みです。万が一、何らかの方法で防護服を手に入れたとし
ても、ドレスデンから半径20キロ以内は、軌道ステーションによる常時監視が行
われているし、地上爆撃飛行部隊もスクランブル態勢で待機しています」
「つまり絶対に脱出できはしない、と言いたいんだね?」
「絶対に脱出はできません」マンチェックは断言した。
「くそ!」ケラーマンは怒りにまかせて壁を蹴りつけた。「くそ、くそ、くそ!」
「誰かがここから脱出するかもしれないことぐらい、奴らはとっくに予想していた
んだな」オットーは無表情だった。「カートは完全に撤去されている」
「奴らって誰なんだよ?」
「君だってもう、見当がついているんじゃないかね?」
「軍か?」
「他には考えられない」オットーはちらりと後ろを振り向いた。「テロリストや、
民間の武装組織にしては、装備が良すぎる」
「訊くのを忘れていたが、あんたはどうして脱出しようと思ったんだ?」
「魔法で外部と連絡しようとしたのだが妨害された。相手はものすごい力を持った
魔法使いだったな。殺すつもりはなかったのか、やり損ねたのかどうかは知らない
が、とにかく私は何とか死なずにすんだ。その直後、誰かが私の波紋を追跡してき
ているのを感じたのだ。君の方は?」
ケラーマンは、残っているカートを探して、奥の方へ入っていった。オットーは
話しながらも、追跡者の影が気になるのか、しきりに後ろを振り向いている。
「会社のユーザの一人が変死したのが発端だった。おれは調査を命じられて……」
備品倉庫まで探したが、カートは残っていなかった。誰が撤去したにせよ、やる
べき事をきちんとわきまえていたらしい。
「その奇病のせいかもしれないな」ケラーマンが簡単に話を終えると、オットーは
考え込んだ。
「ドレスデンの封鎖か?」ケラーマンは肩をすくめた。「はっ!」
「違うというのか?」
「いや。そのせいに決まってるじゃないか」
「とはいえ、治療を試みもしないで、いきなり全ての通信を断ち切るほどのことと
は思えないな」
「軍のバイオ兵器が洩れたんだろう。そうでなきゃ、ドレスデンを使って最終テス
トをやったとかな。どっちにしても、他のシティの市民に知られちゃまずいだろう
ね」
「なるほど」オットーは頷いた。「まあ、詮索は後回しにしよう。カート以外に、
ここから出る方法は?」
ケラーマンはシグにアクセスしようとしたが、すぐに顔をしかめた。
「くそ、ゴーストがものすごい。シティのサービスはほとんど死んでるんだ」
「何ともならんのかね?」
「ん……ちょっと待て。データベースへのポインタが残ってるな……」
ケラーマンは即席のデータベースドライバを練り上げると、急いでアクセスして
みた。通常のデータベースサービスは死んでいたが、MIエンジニアであれば、自
分でサービスドライバを立ち上げることは、それほど困難ではない。
大急ぎで物資搬入プラットホーム施設のデータを検索する。通常サービスならば
1秒で終わる作業が、ADの時代の役所の窓口業務に匹敵するほど複雑になってい
た。ケラーマンは、「4人の子を連れた男女同士が婚姻登録をするぐらい」の手間
がかかる、とつぶやいた。
「よし。あった。不良パケット廃棄ポートだ。手動で操作できる」にやりと笑った
ケラーマンだったが、しかし、1秒後には顔を曇らせた。「ダメだ。こいつは使え
ない」
「なぜだね?」
「出口は地上に開いているんだ」
「地上か……」
「不良パケットは、高熱自己焼却ユニットと連結されて、地上に射出されるように
なっているらしい。まてよ、近くに防護服があれば……」
「無駄だろうな」オットーがつぶやいたが、聞こえたのか聞こえなかったのか、ケ
ラーマンは反応せずにシグを探っていた。
「くそ。ダメだ。防護服のロッカーは全部空だ。緊急用のロッカーまで破壊されて
いるのがある。やっぱり廃棄ポートは使えない。別の脱出方法を探そう」
「他に何があるというのだね?」オットーは静かに訊いた。「このプラットホーム
以外に脱出できる場所などないぞ。シティの公共輸送機関は、全て制圧されている
に決まっている。そうでなければ……伏せろ!」
突然、魔法使いに突き倒されて、ケラーマンは叫び声を上げて、プラットホーム
の耐熱コーディングされた床に転がった。その頭上を、数条の白い光が切り裂き、
オゾンの臭いが鼻をついた。
ケラーマンはすぐにそれが、出力を細く絞った粒子ビームであることに気付いた。
おそらく人間の身体に損傷を与えられるぎりぎりの出力になっているのだろう。
「私を追ってきた奴らだ」オットーは伏せたまま囁いた。「どうやら、あいつらも
プラットホームを破壊したくはないらしいな」
「だからって何か違いがあるとは思えないぞ」ケラーマンはうなった。「多少、出
力が弱くても、人間を殺すことぐらいはできるだろう」
オットーは答えずに、自分の髪の毛を数本引き抜いた。
「おい?」
「めくらましをばらまく」オットーは囁いた。「ちゃんと熱もあるから赤外線にも
反応するし、ゆっくり動くようにしておく。私が合図したら、廃棄ポートに向かっ
て走れ。ポートの操作は?」
「できると思うよ。だけど、地上に出てどうしようってんだ?自殺するのか?」
「そうじゃない。簡易マスクは持っているな?」
「まあね」
全ての市民は、簡易マスクの携帯を義務づけられている。だが防護能力は低い。
目的は、避難センターか防護服にたどり着くまでの短い時間だけ、汚染物質をフィ
ルタリングすることにあるからだ。
「ポートに乗ったらマスクをつけるんだ」
オットーはそれ以上説明しようとせず、素早く呪文を唱えた。そして掌を息を吹
きかける。髪の毛が吹き飛ばされていった。
ボン!という派手な音とともに、二人から10メートルほど離れた場所で、何か
が立ち上がった。続いて、別の場所でも同様に影が動く。
粒子ビームが薄闇を切り裂いた。
「今だ!走れ!」
ケラーマンは飛び上がると、廃棄ポートの方向に懸命に走った。すぐ後ろに、オ
ットーの足音が響く。
オットーを追跡してきたのは、6、7人の兵士らしい。数十にも及ぶビームが、
プラットホーム内を飛び交ったが、ケラーマンたちに向けられたものはひとつもな
かった。オットーがばらまいためくらましが、それらを引きつけているのだ。
廃棄ポートまでは、20メートルもなかった。ポートエリアのドアはロックされ
ていなかったので、ケラーマンはドアを蹴りあけると中に飛び込んだ。
オットーが走ってくる。じれったくなるほど、その走りは遅い。ケラーマンは、
飛び出して手を引っ張ってやった方がいいのではないか、と焦れた。
そのとき、一条の粒子ビームがオットーを貫いた。
「魔法使い!」
ケラーマンは叫んだが、オットーはよろめきながらも走り続け、ポートエリアに
飛び込んできた。ケラーマンは素早くドアを閉じるとロックをかけた。
オットーはコンソールの横に倒れ込んだ。
ケラーマンはオットーに駆け寄ると、身体を調べた。粒子ビームが、右肺を貫い
ている。息をするたびに、すきま風のような音が聞こえる。高熱が組織を灼いてい
るため出血はないが、逆にそれがオットーの身体に文字通りの風穴を作っていた。
驚いたことに、オットーは苦痛に顔を歪めながらも、身体を起こそうとした。
「お、おい!」
「大丈夫だ」そう言った顔は、少しも大丈夫そうではない。「早くポートに入れ」
「そんなこと言っても……」
「いいから早く」
ドアが激しく叩きつけられるような音を発した。追っ手が到着したのだろう。ケ
ラーマンは、コンソールにとびつくと、3つあるポートのうち1つを選んで、手動
で開いた。タイマーのスイッチを入れ、射出時間を60秒後にセットする。
振り返ると、オットーがよろよろと立ち上がっているところだった。魔法で痛覚
を弱めたにちがいない。ケラーマンは肩を貸すと、ポートの中に入った。内部パネ
ルを操作して厚いエアロックを閉じる。
「マスクを……」オットーがうめいた。
ケラーマンはリストウォッチを外すと、マスクモードにセットした。高分子フィ
ルターの膜が吐き出され展開する。顔に近づけると、静電気でぴったりと貼り付い
た。
「あんたのは……」
「私は大丈夫だ」苦しそうに息をしながらオットーは答えた。「外に放り出された
ら、すぐに私とくっつくんだ。シールドを張る」
エアロックの向こう側で、何かが破壊されるような音が響いた。ポートエリアに
追っ手が侵入したのだ。
「それからどうするんだ?」
「一番近いシティ・ベルリンまで歩く」
ケラーマンは目を剥いた。
「ベルリン!?100キロ以上あるぞ!」
「それしかない」
ポート内に短いサイレンが響いた。
「射出されるぞ」
ケラーマンがそう言った途端、二人の身体は射出口に向かって吸い込まれていっ
た。
時を置かずして報告を受けたマンチェックは激怒した。
「ただちに捜索を開始しろ。発見したら速やかに抹消するのだ!」
命令は前半部分だけが実行された。地上に落ちたピン一本を識別できるはずの、
軌道ステーションの地上偵察システムは、二人の人間という大きな標的の影すら捉
えることができなかった。混乱した戦術MIは、規定された半径20キロの索敵範
囲を50キロにまで拡大し、全体を128回も細かく調べた。
----熱源探査、波紋探査、動的映像分析、磁気拡散誤差分析の全てに反応がありま
せん。
戦術MIは困惑を見せた。
「中佐」アンソーヤは立ちつくしているマンチェックに声をかけた。「ぼくたちは
そろそろ失礼するよ。ここにいてもやることはないだろうしね」
マンチェックは気もそぞろに頷いただけだった。彼にしてみれば、これ以上アン
ソーヤに構っている暇はなかったし、自分の責任になるであろう失態の目撃者は、
少しでも少ない方がよかった。
「何としても見つけだすんだ!」マンチェックは怒鳴った。