AWC ヴェーゼ 第5章  侵攻前夜 6    リーベルG


        
#3648/5495 長編
★タイトル (FJM     )  96/12/28  13:24  (194)
ヴェーゼ 第5章  侵攻前夜 6    リーベルG
★内容

                 6

「ケラーマン」
「どうした。フレン」
「敵が侵入してきたわ」フレンは状況を告げた。「レイプされてるみたいな気分よ。
そっちは?」
「もう少しだ」
 ケラーマンが目指しているのは、シティ底部の貨物搬入チューブだった。シティ
から脱出できるとすれば、ここ以外にはない、という点でフレンと意見が一致して
いた。一般の市民は立ち入り禁止になっているが、セキュリティは甘いので、熟練
したMIエンジニアならば、搬入プラットホームに入り込むのは困難ではない。
 シティ・ドレスデンの市民たちも、そろそろ異常に気がついているらしかった。
市民のほとんどは室内でポリスサービスや、シティ行政センター、その他、事情を
説明してくれそうな相手を探してコールを続けているのだろうが、カンの鋭い少数
の市民たちは早くもドレスデンからの脱出を試みていた。公共マグニウェイが停止
していることを彼らが知れば、やがてパニックが始まるだろう。
 物資管理センターの職員用通路から地下に降り、いくつかの警報システムをだま
しながら、ケラーマンは地下10メートルの情報ケーブルの脇を、小走りに歩いて
いた。ネズミぐらいの遠隔保守ロボットが、ときどき誰何するように電子アイを向
けてきたが、無視して進む。通常ならば、ケラーマンの姿は確実にセンターに届い
ているはずだが、今は、誰も気に止めないだろうと考えていた。
「まずいわ」
「どうした?」
「やつらが、私の論理/情報セグメント群を破壊し始めたわ」かすかな恐怖が、常
に冷静なフレンの声にも忍び寄っていた。「私の結界は役に立たない。次々に消滅
していく」
 自分の死期を悟りながら、逃げ出すことも、自殺することも許されないMIに、
ケラーマンは何と言ってやればいいのかわからなかった。魔法と電子の生命体であ
るMIの中枢は、人間には理解不可能なほど複雑な構造を持った、直径30センチ
ほどの結晶モジュールである。モジュールには数億の神経素子が接続されており、
最大限の情報伝達効率を達成するために、12の層を持つシールドで密封され、内
部は真空で絶対温度2度に保たれている。全ての層が破れた瞬間、破壊的な温度差
による小さなハリケーンが発生し、神経素子はずたずたに切り裂かれてしまうだろ
う。
 それでも結晶モジュールは死ぬことはない。MIの本体は生き続けている。ただ
し、目も耳も口もふさがれ、全ての感覚を奪われた状態で。やがて生体部分が栄養
不足で死に絶えていき、結晶構造そのものが緩慢な死を迎えるまで。
「抵抗してみるけど、どうやら無駄みたいね」
「フレン……」
「今のうちにお別れを言っておくわ」
 フレンは最後の力を振り絞って、疑似イメージを送ってきた。微笑みながら手を
振っている若い女性の姿が、数秒間、ケラーマンのVVに浮かび、すぐに消えた。
「これが精一杯。あなたとお仕事ができて楽しかったわ。カーティス・ケラーマン」
「おれも楽しかった」思わず涙が浮かんだ。「君が人間だったら、きっと口説いて
たと思うよ」
「ありがとう。やつらが来たわ。さようなら、ケラーマン。いつか……」
 唐突にフレンとのシグが全面的に断ち切られた。
 冷たい孤独がケラーマンの全身を覆った。



 マンチェック中佐は、報告を受けると満足そうにうなずいた。
「アスワン・クランクハイトの感染源と思われるMIを破壊しました」振り返って
アンソーヤに告げる。「うまく行けば、これ以上の感染者を出さずに済むと思われ
ます」
 アンソーヤは答えなかった。何かに耳を澄ましているような顔を、あらぬ方向に
向けている。少年の注意がマンチェックの言葉の上にないことは確かだった。
 かわりにドナが、素早くアンソーヤとマンチェックの顔を交互に見て質問を発し
た。
「中佐。アスワン・クランクハイトが、シグを通じて感染するということは実証さ
れたのですか?」
 マンチェックはドナの顔を見た。一介の秘書が何を偉そうに、とでも言いたげで
あったが、すぐに思い直したのか口を開いた。
「まだ実証されたわけではない。だが、統合軍医療技術研究センターの報告によれ
ば、その可能性は高いそうだ。というより、その他に考えられない」
「レポートによれば、第一世代のASKウィルスが、シティ・アスワンの犠牲者か
ら分離されたときには、そのような形質は発見されなかったそうですが」
「その通りだ。その後、研究施設の中でこのウィルスは進化を繰り返してきた。今
回、ドレスデンで発生したウィルスは第6世代になる」
「第4世代の研究主任はあなたでしたね、中佐」
「そうだ」マンチェックは顔をしかめた。「それがどうかしたかね」
「第4世代までの形質変化を辿ると」ドナは真摯な瞳でマンチェックを見つめた。
「毒性はむしろ軽減する傾向を示していたそうですね。ところが、第4世代から、
第5世代に至るどこかの段階で、ASKウィルスは毒性を取り戻した。それだけで
はなくシグ経由での感染、つまり物理的接触なしでの感染能力という形態を獲得し
た。これは何を意味しているのでしょうね」
 マンチェックは険悪な表情でドナをにらんだ。そして、おもむろにシグとのアク
セスを切断すると、小声で話しかけた。
「このウィルスには、魔法の影がある。どのような能力を有するかなど、誰にも予
想できはしない。君は何をほのめかしているのだ?」
「別に」ドナは肩をすくめた。「ただ、ドレスデンの封鎖が、意外なほど完璧に行
われたことに驚いているだけです。最初の犠牲者の死亡報告から、わずか2時間で
全シグチャンネルを含む、全てのコミュニケーションを遮断。できすぎてはいませ
んか?」
「統合軍の戦術モデルの中には、敵性シティの誕生に対する対応マニュアルが20
通り以上ある。その中の一つを採用しただけだ」
「それにしても対応が素早すぎますね。まるで……」
「なんだ?」
「まるで、ドレスデンでアスワン・クランクハイトが発生することを知っていたか
のように」
「たわごとだ」マンチェックはわざとらしく鼻で笑った。「わかるわけがなかろう」
「そうですね。次に、どこのシティにASKウィルスが出現するかなど、誰にもわ
かるはずがないでしょうね。意図的にウィルスを送り込まない限り」
「君は一体何が言いたいのだ」
「こういうシナリオはどうですか」ドナは微笑んだ。「ある軍人がASKウィルス
の研究中に、驚くべき性質、つまりシグを通じて人間に感染する能力を発見する。
ただし、発現可能な形質として埋もれているものだった。軍人は自分の仮説を実地
に検証したくてたまらなかった。そこで、近日中にドレスデンに戻る予定のビジネ
スマンを一人選び、ウィルスを投与した。おそらくウィルスは、すぐに増殖しない
ようにある種の酵素で覆われていて、一定時間経過後に活動を開始するようになっ
ていたんでしょうね。
 もちろん、そのビジネスマンは厳重に監視されていた。そして、発病の徴候が発
見され次第、ドレスデンを封鎖する準備も整えておく。同時に、あらかじめ特殊部
隊を送り込んでおくのはもちろんですね。なぜなら、封鎖が発動すれば、シグ経由
で情報を得ることは危険になる。特殊部隊の役割は、犠牲者の生体組織の分析、お
よび結果の報告でしょう。シグを使用せず、旧式の無線通信でね」
「おもしろいな」マンチェックは青ざめた顔でうなずいた。「続きは?」
 ドナは口を開いたが、オペレータの一人が近寄ってきたのを見て、言葉を呑み込
んだ。マンチェックがシグにアクセスしていないので、報告を口頭で行うべくやっ
てきたのだろう。
「中佐。第6分隊より緊急報告です。シティ・ドレスデンの地下にある、物資搬入
プラットホームに、市民が二名侵入したそうです」



 物資搬入プラットホームに達するほとんどのドアは、ロックされていないか、さ
れていても簡単に破ることができた。だが、最後のドアの前で、ケラーマンは唖然
となってしまった。
 そのドアの前には、中世ヨーロッパの騎士が重そうな剣を握って立ちはだかって
いた。甲冑の中は空洞であるらしい。
 もちろん魔法制御された番人である。どうやら、ここの管理者はとんでもないユ
ーモア感覚を備えていたようだ。
 ケラーマンがためらいながら一歩近づくと、騎士は剣を持ち上げた。
「止まれ」騎士は重々しい声を響かせた。「この扉は許可された者しか通ることを
許されていない。お前が許可を受けているのならば証を見せよ。さもなくば、速や
かに立ち去るがよい」
 幅広の剣がぎらりと光った。光り方は何ともわざとらしい。そもそも、反射する
ほどの光源などないのだ。目くらましの魔法に決まっていたが、効果は抜群だった。
ケラーマンは生唾を呑み込み、とりあえず一歩下がった。騎士は疑わしそうにケラ
ーマンを見ていたが、やがて剣を下ろした。
 途方に暮れて周囲を見回したが、迂回路は見あたらなかった。ケラーマンはもう
一度、騎士の剣を見つめた。セラミック複合装甲でさえバターのように切り裂きそ
うだった。それも魔法による目くらましのひとつに決まっているが、自分の命をか
けて確認する気にはなれなかった。
 戻って別の道を探すか、と後ろを見たが、それも気が進まない選択肢だった。上
はいつパニックが起こっても不思議ではなかった。先ほどから、思いつく限りの公
共シグにアクセスしているが、まともに応答してきたのは、10分おきに更新され
る汚染物質情報だけだった。一度だけポリスサービスにアクセスできたが、あまり
にもレスポンスが遅いので諦めた。誰もがひっきりなしに、情報を得ようとしてい
るため、シグ全体の負荷が許容量をはるかに超えてしまっているのだろう。
 決心のつかないまま、もう一度騎士を見たとき、かすかな足音が響いてきた。は
っとして振り返ると、誰かがよろめきながら走ってくるのが見えた。シルエットか
らすると、背の高い男らしい。
「魔法使いか?」ケラーマンはつぶやいた。
 まさしく魔法使いだった。公認魔法使いのマントをつけている。
「どうして魔法使いがこんなところにいるんだ」
 魔法使いは行き先よりも、後ろの方が気になるらしく、かなり近づくまでケラー
マンがいることに気がつかなかった。が、そこにいるのが、自分だけではないと知
った途端、ぴたりと足を止めて、ケラーマンをにらんだ。
「誰だ?」
「ただの通りすがりだよ」相手に劣らず警戒しながら、ケラーマンは事実からほど
遠い答えを返した。「あんたこそ、こんなところで何をやってる?」
「すまないが、私はドレスデンから脱出しなければならない」魔法使いは片手で印
を切った。「邪魔をするつもりなら……」
「ちょっと待て。何か誤解しているようだが、おれもドレスデンから脱出するため
にここまで来たんだ」
「ほう」魔法使いは手を下ろした。「名は?」
「ケラーマン。カーティス・ケラーマン。MIエンジニアだ。あんたは、公認魔法
使いだろう?」
「ああ。オットー・クラウセンだ。脱出するつもりだと言ったな?理由は?」
「誰かがドレスデンの市民を皆殺しにしようとしているようだからね」
「気付いていたのか」
「幸運にもね」
 オットーは少しの間、ケラーマンの顔を見つめていたが、すぐに頷いた。
「うそは言っていないようだな。よかろう。詳しい事情は後で話すことにしよう。
時間が惜しい。物資搬入プラットホームから、パケットカートにもぐりこむつもり
なら、なぜこんなところでぐずぐずしているのだね?」
「好きで止まっていたわけじゃない」ケラーマンは番人を指した。
「ふん。安っぽいゴーレムか」オットーはせせら笑った。
「魔法仕掛けの番人だぞ」
「確かにな」
 オットーは一歩前に進み、騎士と対峙した。騎士はたちまち反応した。
「止まれ!この扉は許可された者しか通ることを許されていない。お前が許可を受
けているのならば証を見せよ。さもなくば、速やかに立ち去るがよい」
「よかろう」オットーは握りしめた拳を目の高さに持ち上げた。「見るがいい」
 拳がゆっくりと開かれ、ケラーマンと騎士は何も載っていない掌を見た。と、突
然、そこに淡い光が生まれ、数本の青草の芽が生えた。芽はまたたくく間に発芽し、
するすると天井に向かって伸びていく。それを追いかけるように、新たな芽が生え
ては驚異的な成長力をみせた。見ていて楽しくなるような元気のよさがある。
 あっという間に数メートルの長さにまで成長した草たちは、吹いてもいない風に
流されるように騎士の方にゆらゆらと動いていくと、全く敵意を感じさせないほど
優しく、その金属の甲冑にまといつきはじめた。騎士は戸惑ったように身じろぎし
たものの、抵抗を見せようとはしなかった。
 ケラーマンが息をするのも忘れて見つめているうちに、ますます多くの草がオッ
トーの手から生まれては、騎士を包み込んでいった。すぐにその威圧的な姿形は、
すっかり草に覆い尽くされて見えなくなってしまった。
「行こう」
 オットーは手を一振りして、手に残った草を落とすと、騎士の脇を急ぎ足で歩い
てドアに向かった。ロックされているのを見ると、立ちつくしたままのケラーマン
を振り向く。
「おい。こっちのロックは電子的なやつだ。君の領分だろう?」
 ようやくケラーマンは身体を動かすことができた。





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