AWC そばにいるだけで 番外編−1   寺島公香


        
#3635/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/12/24  23:21  (147)
そばにいるだけで 番外編−1   寺島公香
★内容
 −−もし現代にいるとすれば、あの人のような感じかもしれない−−。
 純子はそう思う。

           *           *

 冬だと言うのに暑いし、天気は曇りなのにまぶしかった。どうしてって、と
ある建物−−アミューズメントビル−−の中にいるから。
 この季節、そこかしこの店で耳にする定番の曲が数珠繋ぎにされ、ここにも
流れている。
 てっぺんに星を頂いたツリーがあっちに一本、こっちに一本。目を凝らせば
明らかに模造品と分かるが、装飾の派手さと高さがあるおかげで立派に見える。
(凄い数)
 エレベーターでそのフロアに降り立った純子は、壁際から離れられないでい
た。うっかり進み出ると、大人達の足早な動きに弾き飛ばされそう。
(聖夜直前の日曜だから、当たり前か)
 胸の前、両手で握り拳を作ると、気合いを入れて人の波に一歩を踏み出す。
 と言っても、何を買うのか決めていない。故にどこに向かうか定まっていな
いわけであり、おろおろしてしまう。できることならショーケースやディスプ
レイをじっくり、見て回りたいのだ。
 意に反し、流されるようにしてたどり着いたのは、アクセサリーや小物のコ
ーナーらしかった。右に安物のイヤリング、左にキーホールダーをそれぞれ鈴
なりにした回転台がある。
(男子に当たるかもしれないんだから、イヤリングは論外。キーホルダーはど
うかな)
 品物の一つに触れながら、頭を悩ませる。
 よく見ると、ぶら下がるキーホルダーには「あいちゃん」だの「うーくん」
だののニックネームが入っている。これでは特定の人にしか使えないから、よ
くない。
(他の……あ)
 目に留まったのは、天秤の形をした透明で小さな置物。さわってみて、冷た
さが伝わってくる。ガラス製だと知れた。三×四の升が三セットあって、その
各升に収まっている小物は、一つ一つ別の形をしている。魚や羊、水瓶……。
「十二星座だわ」
 意味が分かって、思わずつぶやく純子。
(いい感じだけど、星座じゃなあ。十二個、まとめて買ったら、どうかしら?)
 手にした小さな天秤にぶら下がる、無粋な値札に目をやる。その値を頭の中
で十二倍。
(だ、だめ。決められた額を超えちゃってる。クラスのクリスマス会なんだか
ら、きちんと額は守らなくちゃ。だいたい、今日は電車賃の他は、ぴったりの
お金しか持って来ていないんだから)
 そう結論を下したものの、目の前の小物はどれもよく細工されていて、未練
が残る。自分が欲しくなりそう。その想いが天秤を手にしたまま、他に何かな
いかと純子の身体の向きを換えさせた。
 星座の小物に意識が集まっていた純子は気づいていなかったが、すぐ隣には
男の人が立っていた。その腰の辺りに、純子の左手が当たって。
「きゃっ」
 運悪く、天秤の小物を持っていたのは、左手であった。
 騒がしいフロアに、ガラスの砕ける音はほとんど響かなかった。売り場の者
もまだ気づいていないらしい。だが、割ってしまったのは動かせない事実。
 手の平を両方とも口に当て、立ち尽くす。
「これは−−まずいことをしてしまったな」
 男の人の声だった。若いようだが、それでも年齢の想像しにくい声音である。
 三つほどに砕けた小物の前に、彼は片膝を立ててしゃがみ込むと、サングラ
スをした顔で純子を見上げてきた。
「これ、君が買うつもりだったのかい?」
 話しかけられた純子だが、反応できない。商品を落として壊してしまったシ
ョックもあったが、それに加えて、男の人に「怖そう」との印象を持ったから
だ。それも無理ない。男の格好は黒のサングラスに革のコート、体格はよく、
身長もなかなかのもの。
「君? −−」
 何か言いかけながら、男は立ち上がった。その動きに触発されたように、や
っと純子の口は動くようになった。
「あ、あの、ご、ごめんなさい。ぼうっとして。あ、あの、お店の人、呼んで
きますから、その、その割れたのを他の人がさわらないよう、見ていてくださ
い。危ないから。お、お願いします」
「かまわないが、その前に」
 と、男の人は純子を呼び止める。
「君はこれを買うつもりだったのかい?」
「え……いえ、いいなって思ってただけです。他のに目移りしているとき、う
っかりして」
「ああ、そう。じゃ、店の人を呼んできて」
 何のために呼び止められたのか分からず、首を傾げる。だが、今は早く、店
の人に知らせないと。純子はますます増えた人の流れをかき分け、店の人を見
つけた。事情を伝え、来てもらう。
「どちらでしょう?」
「そこです。……すみません」
 さっきの男の人が立っている足下を指差す。
 が、そこにガラス片はなかった。
 あれ?と思う間もなく、男の人が口を開く。
「あなた、売り場の方ですね」
「さようでございます」
 丁寧に応対しつつ、売り場の女性も不思議そうに目をしばたたかせている。
何故なら、彼女に話しかけてきた男性の手には、壊れた天秤の小物が乗ってい
たのだから。
「これを買います。割れ方が気に入ったので」
「え?」
 女性店員ともども、純子も声を上げる。
「あの、お客様。そちらはこちらのお客様が落とされて」
「分かっています。だが、その子はこれを買わないと言ったから、僕が買って
もいいでしょう」
「そ、それはかまいませんですが……」
 おかしな成り行きに、口調が変になる女性店員。
「ま、待ってください」
 今度は純子の番。男の人が顔を向けてきたのを見て、続けて話す。
「その、他にちゃんとした物が、そっちにあるんです。それは私が落としたん
だから、私が弁償しないと」
「聞いてなかったのかい?」
 へし口をして、つまらなさそうに言う男の人。
「僕は、この壊れた天秤が気に入ったんだ。壊れていない物を買って、自分の
手で落としたとしても、同じようには割れてくれないだろうね。僕が買う」
「そ、それじゃあ、あんまり」
 戸惑う純子を通り越して、男の人は店員へ言った。
「包んでください。お願いしたよ」
「は、はい」
 こちらも呆気に取られていたらしい女性店員は、さっさと始末を着けるのが
いいと考えたか、押し頂くように天秤のかけらを受け取ると、そそくさとショ
ーケースの向こうへと回った。
「な、何でこんな」
 申し訳なさで胸がいっぱいになって、聞かずにいられない。
 と、そのとき、相手の右手に目が行った。薬指と小指の間に、赤い筋。
「血が! 怪我してるっ」
 瞬間、浮かんだのは、ガラス片で切ったのではという思い。
 男の人は、手の裏表をしげしげと見回す。珍しい昆虫を、木の葉に見つけた
ような仕種だ。
「さっき、拾ったときにやったか」
「ごめんなさいっ」
 言いながら、ポケットを探る。ティッシュは出て来ず、指先にかかったのは
ハンカチだった。
「これ、使ってください」
 差し出す純子の手からそれを受け取ると、男の人は白い布を広げてから、途
中でやめた。
「ありがとう。でも、いらない。もう止まっているよ。放っておけば治る」
「で、ですけど、ガラスのかけらが傷口に入ったなんて……」
「まさか。心配性だね」
 純子の必死の様子がおかしいのか、男の人は右手拳を口元に当てる。その姿
勢のまま、ハンカチを左手で器用に折り畳むと、返してきた。
「あ、あの……本当にごめんなさい。私のせいで怪我させて、お金も……」
「いいんだよ。まさか君、弁償したかったんじゃないだろう?」
「そ、それはもちろん……。ですけど」
 見上げると、男の人は口元にかすかに笑みを浮かべている。分かりにくいけ
れど、純子にはそんな風に見えた。
「じゃ、ちょうどよかった。クリスマスプレゼントにかけるお金を、無駄に減
らすことにならずにすんで」
「そういうことじゃなくて、私……私が落としたんだから、責任を取らないと」
「さっきぶつかったのは、僕のせいでもある。そう考えればいい」
 男の人は、今度ははっきり笑った。白い歯が、少し覗いた。煙草なんて吸わ
ない人らしい。
「怪我をしたのだって、僕の不注意」
「でも」
 純子がまだ気にしている最中へ、先ほどの店員が戻って来て、手の平に乗る
サイズの小箱を男の人へ手渡した。赤と白を基本としたラッピングが施されて
いる。
「いくら?」
 お金のやり取りが済むと、店員は「ありがとうございました」と短く言い残
し、再び足早に去って行った。

−−つづく




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