#3636/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/12/24 23:23 (137)
そばにいるだけで 番外編−2 寺島公香
★内容
「よほど変な風に思われたらしい」
髪に指を通す男の人。
(そ、そう思われて当然のこと、してるじゃないですか)
心の中でそう言って、純子は相手の顔を見続けた。
「さて、そろそろ本題の買い物をしないと」
男の人はコートのポケットに小箱を押し込むと、風に吹かれた柳の枝のよう
にゆらりと身を翻し、歩き始める。他の大勢の人達をまるで気にしないように、
すいすいと行く。
「ま、待ってくださいっ」
慌てて追いかける純子。すぐに相手は立ち止まった。
「何だい? 君も自分の買い物があるんじゃないのか」
追い付いて、純子は息を整える。そして、男の人を見上げて。
「名前、それに住所か電話番号を教えてください。立て替えていただいた分、
今は払えないけれど、あとできっと払います」
「−−驚いた」
口笛を吹くような形に口をすぼめる男の人。
「義理堅い、あるいは責任感の強い子供は決して珍しくないが、それをこうし
てはっきり言う子なんて、そんなに知らないな、僕は」
「と、とにかく、教えてください。そうじゃないと……気が済まないっ」
「どうしても?」
「……どうしてもです」
「それじゃ、お金はいいから、教えてもらいたいことがあるんだよ」
また歩き始めた。離れないよう、着いて行く。
純子は、突然の申し出に、うなずいていいものかどうか迷った。
「あの、それってどんなことですか」
「時間があればだけど、これからの買い物に付き合ってもらえるかな? 何を
買っていいのか、さっぱりでね」
男の表情にほんの少し、照れのようなものが浮かんだようだ。
「時間、あります!」
純子はいくらか楽になって、元気よく答える。
「それだけで、本当にいいんですか?」
「いいよ。何を贈るべきか、さっきから悩んで、頭が痛くなりそうでね」
「……恋人にあげるプレゼントですか」
思い切って聞いてみた。
「なるほど、そういう見方もある。季節が季節だしね」
ちょっと首をすくめ、とぼけた言い方をする男の人。それからサングラスの
位置を直し、付け加えた。
「でも、違う」
「そうなんですか? プレゼントはプレゼントなんですよね?」
「プレゼントだよ。渡す相手は、君より少し年下の女の子なんだ」
「女の子に?」
意外な言葉に、聞き返す声が高くなる。
「だからこそ、君に頼みたいと考えたんだけれどね。君は、小学生ぐらい?」
「はい。六年です」
「そうなのか。じゃあ、少し年下じゃない。かなり年下になる。七歳なんだ、
その女の子は」
「七歳……お子さんじゃないですよね」
「違うよ」
ふっと、漏れるような息と共に笑う男の人。
「この間、あることで知り合ったばかりなんだ。ちょうどクリスマスが来るか
ら、何かできないかと思ってね。平凡だが、プレゼントを贈ろうと決めた。で
も、何がいいのか分からない。さっきみたく、困っているのが明らかな場合は、
手を差し伸べるのも簡単なんだが」
自分のことを言われていると分かり、顔が赤くなるのを意識する純子。
(でも、やっぱり助けてくれてたんだ)
気遣いに、何だかうれしくなる。
「あの、その女の子と、どういう関係なんですか? それを教えてもらった方
が、何をあげたらいいのか決めやすいと思うんです」
「……個人的なことだからね。本当はいけないんだが、その子の名前を出さな
いということで、許してもらおう。その子はつい最近、両親を亡くして、他に
身寄りもない」
唐突な展開。純子は思わず、足を止めた。すぐ後ろを歩いていた化粧の濃い
女性が、細い眉を迷惑そうにしかめ、横をすり抜けていく。
「歩きながらじゃ、この話にふさわしくない。座ろう」
男の人が親指で示したのは、階段の踊り場にあるベンチ。幸い、空いている。
ワインレッドの背もたれが、蛍光灯の光を跳ね返していた。
「僕は縁あって、その子の両親が関わったある事件を調べ、解決したんだ……
一応ね」
「事件て、じゃあ、その子のご両親は殺さ−−」
「それはどうでもいいことだよ、今は」
純子の言葉に被せるように、相手は言った。
「要約すれば、年端も行かない内に両親を亡くした女の子が、どんな物をほし
がるのか、参考までに君の意見を聞きたいと思った。だめかな?」
「だめじゃないですけど……難しい」
髪を揺らす純子。
「どんな物を考えていたんですか?」
「ありきたりな発想しか出なくて、自分が情けないんだけどね。ぬいぐるみ、
人形、ままごとセット、もしくはプラスチック宝石のアクセサリー。そんなと
ころかな」
「私が一、二年の頃、誕生日やクリスマスにもらったのもそんな感じです」
「何が一番、うれしかったんだろう?」
しばし考える純子。意外と簡単には決めかねる。
「……人形かな。もらってからもだいぶ長い間、遊んでいたから」
「人形ね」
「ですけど、そのときそのとき、強くほしがってた物をもらえたから、もらっ
たときはどれもうれしかったような気がします。夢がかなって幸せな気分と言
ったらいいのかな……」
「それぐらいなら、僕にも分かるよ。ふん、なるほどね。そう、簡単に考えれ
ばよかったんだな、きっと」
何に納得したのか、一人うなずく男の人。
「どうしたんですか?」
「何がいいのか、思い付いた。だが、具体的にはまだなんだ」
「具体的には?」
意味を飲み込めず、首を傾げる純子。流れた髪をかき上げ、相手の言葉を待
った。
「多分ね、その子は独りぼっちになって寂しがっている。もちろん、お友達は
いるけど、そういう意味だけじゃなく、触れて温かい存在がね、必要だと思う」
「それって……お父さんやお母さんですか?」
「僕が思い描いたのも、それだよ。でも、その子にとって親代わりなんてのは、
あまりにも大きくて難しすぎるから、話を聞いてもらえる相手。そういう贈り
物を見つけに行こうと思う。当たっているかな?」
「−−当たってます、きっと」
純子が答えると、我が意を得たとばかりに男の人はうなずき、すっくと立ち
上がった。
「そうとなったら、早速、探しに行こう。君も来て、一緒に選んでくれる?」
「はいっ」
元気よく返事して、ベンチから飛び降りるように立ち上がった。
おもちゃ屋やアクセサリー店、その他様々な店をいくつか巡って、最終的に
決めたのは、三人(三頭?)家族の熊のぬいぐるみと、ドロップの缶一つ。
「ぬいぐるみを選んだのは、僕にも分かる」
ぬいぐるみの熊三頭の入った紙袋を手に、男の人は言った。
「だが、ドロップは何故?」
「見てください、これ」
と、声を高くして言い、ドロップの缶をかざしてみせる。その缶には赤、緑、
白といったカラフルなデザインがされている。
「色々なドロップが入ってるでしょう? 絶対、好き嫌いができます。いちご
味はいいけど、ハッカは嫌いとか。それをね、おみくじみたいに思うようにな
るの。缶を振って赤が出て来たら幸運、白は不運って」
「それで?」
「迷ったときや勇気がほしいとき、この缶を振って出たドロップが、その子を
導いてくれます、きっと」
言っている内に、恥ずかしさを感じた純子。いくら何でも子供っぽすぎて、
笑われるかも。
ところが。
「なるほど! それはいいね! ぬいぐるみに負けず劣らず、子供の力になっ
てくれそうだ。気がつかなかった」
男の人は感心することしきりだ。それも、わざとらしさはまるでなく、心底
そう感じているらしい。何故なら、ちらりと覗いたサングラスの向こうの目が、
真剣に笑っていたから。
「ドロップを渡すとき、それとなく使い方を教えてあげなくちゃね。いや、言
わなくても伝わるかな」
「ええ、伝わる」
そう応じた純子は、突然、思い出して、悲鳴の一つも上げそうになった。
「あっ、忘れてた! 自分の買い物」
−−つづく