AWC 「雪舞い」(12)        悠歩


        
#3624/5495 長編
★タイトル (RAD     )  96/12/24   0:13  (170)
「雪舞い」(12)        悠歩
★内容


 目的の場所は、まだ遠かった。
 山沿いを昇っていく道路を小学生の女の子が歩いて行くのには、無理があり過ぎ
る。
 身体は冷え切り、喉もかわいた。
 足に出来たマメが痛い。
 気持ちはもう決まったが、歩みは遅々として進まない。
 ぶろろろと、道路を歩き出して初めてのエンジン音が後ろから聞こえてきた。
 道路の端で立ち止まり、舞雪は車が過ぎていくのを待った。
 大きなトラックが、クラクションを二度鳴らして、舞雪の横を過ぎていく。
 舞雪が再び歩き始めようとしたとき、そのトラックが前方で停まった。
 ドアが開いて、運転手が降りてきた。
「よ、見付けたぞ。お嬢ちゃん」
 そう言いながら、運転手が近づいてきた。
「あ、おじさんは」
 それは駅前で会った、男の人だった。
「こんなとこまで歩いて来てたとは………たいしたモンだな。ま、とにかく乗れや」
「え、でも」
 舞雪は戸惑う。
 このままでは、家に引き戻されてしまいそうだと思った。
『逃げなきゃ』
 せっかく気持ちが決まったのに、こんなところで………
 しかし逃げようにも、逃げる場所がない。
「心配すんなって。村まで送ってやる」
「ほ、ほんと?」
「ああ、嘘は言わねぇ。だから安心して、乗れ」
 その言葉を信じることにした。
 舞雪は男の人の手を借りて、高いトラックの助手席に乗り込んだ。

 運転席の中は、暑いくらいに暖房が効いていた。
「ほら、こんなに冷たくなりやがって。風邪でもひいたら、どうするつもりだ」
 舞雪の手を握って、男の人は言った。
「ちょっと冷めちまったけど、これでも飲んで、暖まれ」
 そう言って、舞雪の手に缶コーヒーを握らせた。
「わっ、熱い」
 冷え切った手には、冷めた缶も熱く感じる。
 感覚の鈍くなった指で、不器用にタブを開けコーヒーを口にする。
 ミルクたっぷりの甘い味が広がる。ごくっと飲み干すと、暖かさが喉を通ってお
腹へ降りていくのが分かった。
「ねえ、おじさん」
 ハンドルを握る男の人に話し掛けた。
「あん、お兄さんって言って欲しいなあ」
「じゃあお兄さん」
 舞雪はくすっと笑った。
「なんだい、お嬢ちゃん」
「舞雪よ」
「そうか。なんだい、舞雪ちゃん」
「どうして、わたしを村まで送ってくれるの?」
「ああ………」
 男の人は横目で舞雪をちらっと見て、また前を見た。トラックがカーブを曲がる。
「わあっ」
 舞雪の身体は、男の人のほうに倒れる。
「気いつけなよ、カーブが多いからな」
「うん。ねえ、どうして」
「目、かな」
「えっ」
 左にトラックが曲がる。舞雪は今度は倒れそうになるのを堪えた。
「お嬢……舞雪ちゃんの目が、真剣だったからかな」
 男の人はルームミラーを通して、笑いかけた。カーブが多く、直接舞雪のほうを
見ることが出来ないからだろう。
「俺にも覚えが、あるからよ。子どもには子どもの事情ってものが、あるんだろ?
 大人には話せない」
「………」
「まあ、とにかく、子ども一人が歩いて行くには、無茶な距離だ。まさか自殺志願
の子どもか、とも思ったけど、そんな雰囲気でもなさそうだし」
「わたし、自殺なんかしません」
 舞雪は少し、むきになる。
「はは、だろ? けど、学校はまだ休みじゃないよな」
「それは………」
 言葉に詰まる。
「ああ、いい、いい。別に責めるつもりは、ねぇからさ。だけど………って、事は
親には内緒で来たって訳だ、な?」
 その言葉で舞雪はまた、お父さんとお母さんの顔を想い出してしまった。泣き出
したくなるのを必死に堪える。いまここで、泣くわけにはいかない。
「ま、なんにしても、親を心配させるのは感心出来ないな」
「ち、違うんです。村に行って、会わなければならない人がいるんです。えっと、
その、親戚がいて………」
「おいおい、村は廃村になってるんだぜ?」
「だ、だから…」
 全てを説明することは出来ない。
 説明したところで、信じてはもらえないだろう。
「まあいいさ。とにかく、村まで連れて行ってやる。訳も訊かない。ただ、いくら
なんでも廃村になった村に、子ども一人を置いていく訳には行かない。大人の責任、
ってヤツだ。分かるだろ?」
 舞雪はこくんと頷いた。
「舞雪ちゃんが、そこで用事を済ませるまで待って、また駅まで送ってやる。必要
なら、お母さんに連絡してやるよ」
「あの…ほんとに村に、知り合いがいるんです」
「ん? はは、もし本当にそうなら、舞雪ちゃんを村に送り届けて、俺は帰る。そ
れでいいな?」
「はい」
 舞雪は同意した。
 とりあえず承知するしかない。
 もう舞雪が駅に戻ることのないことは、分かっていたから。
 男の人は舞雪を送り届けて帰ることになるのは、分かっていたから。

 トラックは途中分岐点を、山の中に続く道へと進んで行った。そこを少し進むと、
舗装された道は終わり、砂利道になる。さらに砂利道を少し進み、トラックは止まっ
た。
「ここからは、歩くしかなさそうだな」
 道自体はまだ続いているのだが、その両側から伸び放題になっている木の枝がト
ラックの進行を阻んでいる。また道には背の高い草の枯れた株が、無数に生えてい
る。
「この分だと、村は相当荒れているぞ」
「ううん、だいじょうぶよ」
 舞雪が自信たっぷりに答えると、男の子の人は肩をすくめた。

 もう道と呼ぶには、あまりにも状態の悪い中を、二人は進んで行った。
 男の人は転ばないようにと、舞雪の手を掴んでくれている。
「歩いて、いるせいかな? さっきまであんなに寒かったのに………」
 独り言のように、男の人が呟いた。
 歩いているせいばかりではない。本当に暖かくなって来ている。
 実際、道を進むにつれて木にも草にも、緑色のものが見られるようになっていた。
 やがて道を塞いでいた木と草が消えて、視界が広がる。
「おい、え? ちょっと、うそだろう?」
 男の人が声を上げる。
 目の前にあるのは村。
 かやぶきの屋根の家々。
 煙突からのぼる煙。
 畑でクワを持つ人。
 篭を背負って歩く老人。
 大きくはないが、たしかに人の暮らす村がそこにあった。
「廃村、じゃなかったのか? けど??」
 男の人は混乱しているようだった。
「もし」
 気づくと、いつの間にか二人の前にお婆さんが立っていた。
 お婆さんは、舞雪の顔をじっと見ている。
「ああ、あっぱりそうだ。あんた、春野さんとこのお孫さんだね。たしか舞雪ちゃ
んだったかね」
「ええ、そうよ。お婆ちゃん、お久しぶり」
 舞雪は笑顔で答えた。
 そして男の人に言った。
「ね、わたしの言ったこと、嘘じゃなかったでしょ」
「あ、ああ」
 男の人はまだ納得いかないようではあったが、目の前にある以上信じるも信じな
いもない。実際に、そこにあるのだから。
「そうみたいだな。じゃあ、俺は帰るから」
「おじ………お兄さん、ありがとう」
「ああ」
 いま来た道を戻りながら、男の人は何度もこちらを振り返っては、首を捻ってい
た。
「さあ、行かなくちゃ」
 舞雪は男の人の姿が見えなくなるまで、見送ると歩き出した。いつの間にか、さ
きほどのお婆さんの姿は消えていた。

「ごめん下さあい。だれかいませんかあ」
 舞雪は大声を出して呼んでみる。
 村の高台にある小さなお寺。ここが舞雪の目的の場所だった。
「おやおや、この古寺に客人とは珍しい。どなたかな」
 奥から袈裟を着た、小柄なお爺さんが現れた。つるつるの頭に大きな鼻。昔話の
絵本に出てくる和尚さんそのままの、白くて長い髭。細い目は、笑っているように
見える。
「こんにちは、あの、和尚さんですか」
「ほほう、これはまた、ずいぶんと可愛らしいお客さんじゃな。如何にもわしが、
ここの住職じゃが………お嬢ちゃんは?」
「わたし、舞雪っていいます」
「舞雪? はて、初めて聞く名じゃが。それとも、この年寄りが忘れているだけか
な」
「いえ、わたし、和尚さんとお会いするのは初めてです。でも………」
 舞雪は下を向いた。そのまま、時が過ぎていく。
「でも、何かね」
 しばらく経って和尚さんが、舞雪を促すかのように言った。
「でも、きっとわたし、和尚さんが探していた子どもだと思います」
 意を決して、舞雪は言った。
「ほう、よいのか? そんなことを言って」
「はい、わたし、心を決めて来ました」
「ふむ、そうか………こんなところで、話しもなんじゃな。まま、上がりなさい」
「はい」
 舞雪は和尚さんに案内され、寺の奥へと入って行った。




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