#3625/5495 長編
★タイトル (RAD ) 96/12/24 0:14 (196)
「雪舞い」(13) 悠歩
★内容
「失礼します」
「ふむ」
障子がが開き、若いお坊さんがお茶を持って部屋に入って来た。
『小坊主さんかな』
舞雪は思った。
『でも、小坊主と呼ぶには歳をとりすぎて居るのかな』
「お茶をお持ちしました」
若いお坊さんは、和尚さんと舞雪の前にお茶をおき、丁寧に頭を下げると部屋を
出ていった。
「いいだきます」
舞雪は熱いお茶を、ずずっと音を立てて飲む。和尚さんはしばらくの間、そんな
舞雪をじっと見ていた。
「さて」
和尚さんが話しを始めた。
「おまえさんがここへ来ることは、分かっていた。だいぶ前から、懐かしい匂いが
ぷんぷんとしておったからな」
「え、わたし、そんなに匂います?」
驚いて舞雪は、自分の身体の匂いを嗅いでみる。
「ははは、いやいや、そうじゃない」
そんな舞雪を、和尚さんは大きな声で笑った。
「おまえさんには、分かるまいが。わしはな、他になんの取り柄もない年寄りじゃ
が、そういうことにだけは、長けておるんじゃよ。さて」
姿勢を正し、舞雪の顔をじっと見据えた。
「改めて訊く。よいのじゃな、山に帰っても」
「はい」
「うむ、それを訊いて安心した。これでまた、この辺りも昔の豊かさを取り戻せる
じゃろう。しかし、なんでまた山に戻る決心をした? かりそめの父母とは、うま
くいかなんだか」
「いいえ」
「本当の、父母のことが知りたくなったか」
「いいえ。たしかにそれは気になるけれど、いまのお父さんとお母さんが、わたし
の本当のお父さんとお母さんだと思っています」
「ふむ、そうか。が、しかし、それならばなぜ山に帰る気になったのじ? 人とし
て過ごしたおまえさんは、まだ父母に甘えていたい年頃じゃろうに」
「あの、そのことなんですけど………和尚さんに、お願いがあるんです」
舞雪は両手を卓の上につき、半立ちになった。
その勢いに驚いた和尚さんは、思わず身をひく。
「これこれ、行儀の悪い」
「あ、ごめんなさい」
和尚さんに注意され、慌てて正座をしなおす。
「この年寄りに、なにを頼みたいのだね」
「はい、あの、和尚さんに、サンタクロースになって欲しいんです」
「さんたくろうす。たしかバテレンの祭りに現れる、老人の名前じゃったかな」
眉の間にしわを寄せ、考え込むように和尚さんは言う。
当然、舞雪は自分に対して訊いているのだろうと思って、それに答えかける。
「はい、クリスマスの日に………」
「キリシタンの祭りの夜、子どもたちに贈り物をしてまわる、老人のことで御座い
ますよ」
その声に驚いて振り向くと、さっき出て行ったはずの若いお坊さんが、舞雪の後
ろに座っていた。
「あ、どうして………いつの間に」
舞雪の問いに、お坊さんは一つ笑みを返すだけだった。
「はてさて、これは驚いた。おまえさんは、この坊主にキリシタンの祭りを祝えと
言うのかね」
さもおかしそうに笑いながら、和尚さんは言った。
それにしても、『バテレン』だの『キリシタン』だのと時代劇でしか聞かないよ
うな言葉だと舞雪は思った。そんな言葉を使う人を見るのは初めてだ。
「お友だちを助けたいんです」
「ん、それはどういうことかね」
舞雪は、紗紀や直樹のことを詳しく説明した。
「きっとサンタクロースと会えば、直樹くん、手術を受ける元気が出ると思うんで
す。直樹くんの手術さえ成功すれば、紗紀ちゃんたちみんな幸せになれると思うん
です」
「おまえさんという、友だちを失ってもかね?」
その質問に、舞雪は俯いて考え込んでしまう。しかし考えてみても、なにも思い
つかない。ここに来ることだって、舞雪なりに散々考えた結果なのだ。これに賭け
る以外、ないのだと思う。
「わたしってばかだから、他に考えつかないんだもん。和尚さんにサンタクロース
になってもらっても、手術が成功するかなんて、ほんとは分からない。でも、でも、
それだけなんです。わたしが紗紀ちゃんにしてあげられることは。だったら、それ
をやるしかないと思ったんだもん」
舞雪は泣き出してしまった。
人前で泣くことは、恥ずかしいと思う。
けれど涙は止まらない。
自分でも泣きすぎると思った。
昨日から泣きっぱなしだったような気がする。
自分らしくはないけれど、センチになりすぎているのかも知れない。
「さて、どうしたものかのう」
和尚さんは腕組みをした。
「願いを訊いてやって、よろしいんじゃありませんか」
若いお坊さんが言ってくれた。
ハヤテ
「ほう、疾風よ。お主まで、このわしにバテレンの恰好をしろと言うのか?」
疾風と言うのが、若いお坊さんの名前らしい。
「いいと思いますよ。和尚さま、結構お似合いになりそうですし。それにそれが舞
雪さんが山に戻る条件だと言うのなら、叶えてやるのもやぶさかでないのでは」
「和尚さん、お願い」
舞雪は両手を合わせ、祈るようにお願いした。
「よかろう。疾風までそう言うのなら。舞雪よ、おぬしにも当然協力してもらうぞ。
おぬしに、山を任せられる力があるかどうか、見たいしのう」
「もちろん、喜んで」
舞雪は嬉しくて、大きな声でそう答えた。
「紗紀、あなた今日は帰ってお休みなさい」
病室の入り口で、紗紀を迎えたお母さんは言った。
「え、でも、お母さんだって、夕べから全然眠ってないでしょ」
「ううん、昼間少しうとうとしたからだいじょうぶよ。それより、子どもが二晩も
病院に泊まるなんて、よくないわ。ね、だから」
「う、うん」
紗紀は少しの間だけ考えて、答えた。
「それじゃ、お母さんには悪いけど………舞雪ちゃんのお家によってから、帰るね」
「舞雪ちゃん、どうかしたの?」
「うん、今日、学校をお休みしてたの」
「まあ」
「舞雪ちゃんが、お休みしたの、初めてなのよ。だから心配で、お見舞いに行って
みようと思うの」
「そうね、そうしたほうがいいわ。でも、お家のかたのご迷惑にならないようにね」
お母さんも本当に心配そうに言ってくれた。
「うん、分かってる」
そう答えて、紗紀は病院を後にした。
舞雪の家の近くに差し掛かった時、紗紀は反対側から歩いてくる二人の男の子と
出逢った。努と仁史だった。
「よ、よう。紗紀」
紗紀に気づいた努が手を挙げた。
「あ、田崎くんと結城くん………もしかして、舞雪ちゃんのお見舞いの帰り?」
「ああ、これから直樹くんの見舞いに行こうかと思ってたんだけど、もう面会時間、
終わっちまうかな、悪い」
「ううん、それはいいの。わたしもこれから、舞雪ちゃんのお見舞いに行こうと思
うんだけど、舞雪ちゃんのようす、どうだった?」
「そ、そのことなんだけどさ」
なにか努は言いにくそうにしていた。
「ねえ、どうしたの? 舞雪ちゃんの具合、そんなに悪いの」
「うん、その、なんて言うか」
「春野さんちに行くの、止めたほうがいいよ。たぶんご迷惑だろうから」
努に代わって、仁史が答える。
「ば、ばか。余計なことを」
その仁史の胸を、努が軽く叩く。
「だけどさ」
「これ以上、紗紀に余計な心配をかけさせる………あ」
そう言いかけて、努は口をふさいだ。
「どう言うこと? 舞雪ちゃん、そんなに悪いの?」
二人のようすに、紗紀はしても不安になる。
舞雪になにかあったら、どうしよう。
直樹のことだけでも、心に大きな負担を抱いていた紗紀は、心配のあまり目眩を
感じた。それをぐっと堪え、努たちの返事を待つ。
「ちっ、しょうがねぇ………」
重い口を開く努。
「舞雪のやつ、今朝から姿が見えないらしいんだ」
「え、それって」
「詳しくは分かんねぇけど、家出らしい。書き置きがあったらしいから。ただ、お
ばさんたちも、原因が分かんねぇらしくてよ。目ぇ、真っ赤に腫らしてた。おじさ
んが、いろいろ探しまわってて、連絡を待ってるみたいで俺らが行ったときも、お
じさんか舞雪かもと思ったんだろうな。慌てて玄関に出て来たよ」
「だから、いま行っても、おばさんをがっかりさせるだけだよ」
そう仁史が捕捉した。
「いちおう、俺らも心当たりを探してみようかと思うんだ」
「わたしも、探すわ」
「言うと、思ったんだよなあ」
困ったような顔をして、努は頭を掻いた。
「だって舞雪ちゃんは、わたしの大切なお友だちだもの。だから、わたしも探す」
「けど、紗紀は直樹くんのことだってあるだろう。こう言っちゃなんだけど……い
つ、病院から、紗紀んちに連絡が来るかも知れないし」
「それは………そうだけど」
努に言われて、紗紀は自分がどうしていいのか分からなくなってしまう。紗紀に
とって、舞雪と直樹のどちらが大事かなどと決められない。どちらも同じように気
がかりだった。
「でも………」
「それに、俺なんかがたまにするみたいに、たまたま学校をサボりたい気分だった
のかも知れない。そのうち、ふらっと帰ってくるかも知れないし。家に帰りづらく
て、紗紀んとこに来るかも知れないだろ?」
「え、ええ」
そうしてくれたら、どんなにいいだろうと紗紀は思った。
「な、だから紗紀は家に帰れよ。なんか分かったら、必ず連絡するからさ」
「分かったわ。でも約束よ、舞雪ちゃんのことがなにか分かったら、絶対、電話ちょ
うだいね」
「ああ、約束する」
努たちと別れると、紗紀はとても寂しく、悲しい気持ちになった。
どうして舞雪は自分になにも言わないでいなくなってしまったのだろう。紗紀が
思っているほど、舞雪は自分を友だちだと思ってくれていなかったのだろうか。
それとも、誰にも言えないほどの悩みを持っていたのだろうか。そんな悩みを持
ちながら、自分のようにめそめそせず、いつもあんなに明るく振る舞っていたのだ
ろうか。
もしかすると、どこかで事故に遭って倒れているのかも知れない。それとも悪い
人に誘拐されてしまったのかも。いまもどこかで苦しんでいるかも知れない。辛く
て恐い思いをしながら、助けが来るのを待っているかも知れない。紗紀の名を呼ん
でいるかも知れない。
そう思うと、じっとしていられない。
紗紀は駆け出す。
けれど、しばらく走って足を止めた。
「どこ、どこに行けばいいの」
大切な友だち………そう思っていたのに、どこに行けばいいのか分からない。
そんな自分が悔しかった。
努に言われたように、直樹のことも気になった。
舞雪を探している間に、直樹になにかあったら、そう思うと恐かった。
けれど家で連絡を待っている間に、舞雪になにかあったら、そう思うと恐かった。
「わたし、なんにも出来ない………」
いつもそうだ。
なにもせず、なにも出来ず、ただ恐がるだけ。ただ泣くだけ。
そんな自分が嫌いだった。
そんな自分が情けなかった。
恐くて、悲しくて、立っていられない。
紗紀はその場に、膝をついて座り込んでしまった。
そして身体を震わせて泣いた。
そんな自分が、大っ嫌いだと思いながら泣いた。