AWC 「雪舞い」(7)         悠歩


        
#3619/5495 長編
★タイトル (RAD     )  96/12/24   0:11  (154)
「雪舞い」(7)         悠歩
★内容


「おはよう」
 ひときわ大きな声。
 教室中のみんなが、舞雪を振り返った。
「オッス、舞雪。紗紀もおはよう」
 最初に返事を返したのは努だった。続いて、ほかのみんなも次々と、舞雪たちに
返事を返す。
「どうでもいいけど」
 舞雪は努の前で足を止める。
「なんでわたしと紗紀ちゃんと、あいさつのしかたが違うのよ」
「ははっ、おれの中では舞雪は男子あつかいなんだよ」
「なによ、失礼なやつ」
 ぷうと、舞雪はふくれて見せた。
「ところでよ」
 努は声をひそめた。
「昨日のこと、おれなりに仁史と話をしたんだけど。すまん、駄目だった」
「そう………悪いね、田崎くん。気を使わせて」
「いや、それはいいんだけど。おまえ、知ってたか。紗紀の親父さんいた会社が、
仁史の親父さんの会社だったこと」
「うん、知ってた」
「そうか、そういう複雑な話となると……おれには、どうにも出来ない。すまん」
「ううん、ありがと。田崎くんには感謝してる」
 舞雪が横目で紗紀を見たとき。
「あっ」
 身体が不自然に沈み込んだ。
 舞雪は思わず手を伸ばすが、二人の距離はあまりにも遠かった。紗紀は顔から床
へ、倒れ込んでいく。
「………」
 目を閉じる舞雪。
 せめて、怪我だけはしないようにと祈りながら。
 二、三秒して目を開くと、床にぺたんとお尻を着いて座り込む紗紀の姿があった。
そしてその横には、紗紀の身体を支えるように仁史がいた。
「紗紀ちゃん、だいじょうぶ?」
 駆け寄った舞雪を見て、仁史は紗紀から手を放して自分の席に戻った。紗紀が転
びそうになったのは、ちょうど仁史の席の真横だった。
「ちょっと結城くん、あなた紗紀ちゃんになにをしたの!」
 興奮した舞雪は、声を荒げた。
 クラスメイトたちの視線が集まる。みんな、昨日のことを思い出したのだろう。
教室中に緊張が走った。
「ちがうの………」
 半ば放心したような紗紀が、ぼそりと言った。
「わたし………勝手に足がもつれて、転びそうに、なった…の。それを、結城くん
が、助けて、くれたの」
「そういうことだよ」
 妙に冷め切った仁史が言った。
「ご、ごめんなさい、結城くん。わたしったら、興奮しちゃって」
 舞雪は素直に謝った。
「べつに、気にしてないよ。たぶん木崎さん、ぼくの横を通るのに、へんに意識し
て緊張してたんじゃない? ロボットみたいな、不自然な歩き方してさ。『危なっ
かしいなあ』と思ってたら、案の定さ」
「あ、ありがとう、結城くん。わたし、ぼーっとして、お礼言うの、遅れちゃった」
「わたしからも、お礼を言うわ。ありがと、結城くん」
 二人は仁史に頭を下げた。
 その様子に、教室中の緊張が解け、各々がそれまでしていたお喋りなどに戻って
行った。
 仁史は二人には応えなかった。
 何も聞こえなかったかのように、読みかけていた本に目を戻した。
 まるっきり無視しているようでもあったが、照れているようにも見えた。
「あのさ、結城くん?」
 舞雪が言いかけたとき、ホームルーム開始のチャイムが鳴って、それと同時に先
生が教室に入って来た。
「おーい、みんな自分の席に着け」
 先生に促され、舞雪たちはそれぞれの席に着いた。
 自分の席に戻った舞雪は、ちらりと仁史の方を見た。気のせいか、仁史の顔がい
つもより優しくなっているように思えた。


「木崎はいるか?」
 珍しく昼休みに教室に来た先生は、紗紀を呼んだ。
 呼ばれて行った紗紀に先生が何か耳打ちをする。紗紀の顔色がみるみるうちに変
わっていく。
「なにか、あったの?」
 席に戻ってきた紗紀に声を掛けてみる。
「病院に、行かなくちゃ………直樹の容態が悪くなったって、電話があったの」
 今にも泣き出しそうな顔で、紗紀が答えた。
「あ、わたしがやっておくから、紗紀ちゃんは急いで病院に行って」
 食べかけの給食を片づけようとする紗紀を、舞雪は制した。
「ありがとう、舞雪ちゃん。じゃあ、わたし行くから」
 ランドセルを背負う時間も惜しんで、紗紀は教室を出ていった。


「なんかあったのかよ」
 本を読んでいた仁史に声を掛けてきたのは、努だった。
「なにかって、なんのこと」
 仁史は横目で努の顔を見ただけで、すぐに視線を本に戻した。
「いや、今朝、転びそうになった紗紀を助けただろう。どういう気持ちの変化が、
あったのかなあ、なんて思ってよ」
 ふふんと鼻を鳴らして、仁史は栞を挟んで本を閉じた。
「なんの変化もないね。自分の目の前で、人が怪我をするところを見るのは、気分
のいいものじゃないからさ。たとえ、それが木崎さんであってもね。それだけさ」
「ふーん」
 努はにやにやと口もとをほころばせて、仁史の顔を見た。
「な、なんだよ、田崎くん」
「べつに………仁史がたまたま助けたって、言うならそれでいいんだけどよ。なん
か、お前、変わったよな」
「なに言うんだよ」
「ん、なんとなくだけどさ。気のせいか、今日の仁史、いつもより優しい顔してる
ぜ」
「よしてくれよ」
 仁史は顔を紅くした。
 怒っているのか、照れているのか。
「男が男に優しい顔をしている、なんて言うのは、失礼じゃないか」
「そうか? 悪いことじゃないと思うけどな」
「おい、木崎はいるか?」
 教室の前の扉が開き先生が現れた。名前を呼ばれ、先生の元に歩み寄って来た紗
紀になにやら耳打ちをしている。
「どうしたんだろう」
「さあ、ぼくは興味ないけどね」
 そう言って仁史は再び本を開く。しかしさきほど栞を挟んだのとは、別のページ
が開かれていることを、努は見逃さなかった。
 話しが終わって、席に戻って行く紗紀の顔は、ひどく青ざめていた。そして、舞
雪と一言二言言葉を交わすと、ランドセルをつかんで教室を出ていた。
「おい、仁史。聞こえたか」
「ああ、直樹って………たしか、木崎さんの弟の名前だったよね」
「近いうちに手術をするって訊いてたけど。たいしたこと、なければいいけどな」
 仁史は答えなかった。努もそれ以上、なにも言わなかった。
 お互いが黙り込んだまま、時間が過ぎて行き、昼休みの終了を告げるチャイムが
鳴った。


「紗紀ちゃん、直樹くんは?」
 六人部屋の窓際のベッドは、周りを「コ」の字型にカーテンで囲まれていた。舞
雪は、それをそっと開けて中の様子を窺った。
「あら、舞雪ちゃん」
「来て、くれたんだ」
 紗紀と紗紀のお母さんが、同時に振り向いた。
 二人とも、ひどく疲れているように見えた。特にお母さんの顔は、昨日見た人と
は別人のようにやつれているように感じた。
「直樹は、さっき眠ったところ。とりあえず、いまは落ち着いたみたい」
「そう………よかった」
 しかし舞雪に見せた、お母さんの笑顔は弱々しかった。いまは落ち着いているが、
まだ安心出来ない状況なのだろう。
 直樹の小さな身体には、点滴やなにをするためか分からない管が、何本も繋がれ
ていた。何も訊かなくても、それを見ているだけで直樹の状態が油断できないもの
であることが、想像出来る。
「あの、もしなにか必要な物や、お手伝い出来ることがあったら、いつでも言って
下さい。わたしもお母さんも、協力しますから」
「ありがとう、舞雪ちゃん。とりあえずいまはなにもないけれど、きっとお願いす
ることもあると思うわ。お母さんによろしくね」
「はい、あの………それから」
 舞雪は少し口ごもってから、話しを続ける。
「あと、わたしの他にも、お見舞いに来た子がいるんです。みんなで病室に来ると、
他の患者さんにも、直樹くんにも迷惑だと思って、わたしが代表で来たんですけど」
「だれ、だれが来てくれたの」
 普段内気な紗紀は、舞雪以外のクラスメイトと話しをすることは少ない。だから
病院まで来てくれるような友だちの心当たりが、ないのだろう。
「田崎くんと、あと、あの………結城くん」
「えっ」
 思いもしない名前に、紗紀はひどく驚いたようだ。困惑しているようにも見える。
 ほんの一瞬、紗紀のお母さんも驚いたような表情を見せた。
「そうね、直樹は眠ったばかりだし、あまり大勢では他の患者さんたちにご迷惑だ
から。紗紀、直樹はわたしが見ているから、行ってらっしゃい」
「はい………」




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