#3620/5495 長編
★タイトル (RAD ) 96/12/24 0:11 (158)
「雪舞い」(8) 悠歩
★内容
「よう」
待合い室にいた努は、舞雪たちの姿を見つけると、手を挙げて合図をした。その
後ろには、不満そうな顔をして長椅子に腰掛けた仁史の姿があった。
「田崎くん、わざわざありがとう………あの、結城くんも」
紗紀は二人の男の子に、ぺこりと頭を下げた。
「ぼ、ぼくは自分の意志で来たんじゃない。田崎くんに、無理矢理連れてこられた
だけさ」
「あれ? そうだっけ?」
「そうだよ」
仁史はむきになって言う。
何があったのかは分からないが、昨日の仁史とは明らかに違っている。紗紀に対
して向けられる視線に、ほんの僅かではあるが、暖かさが感じられるような気がし
た。直樹のことが心配ではあったが、その仁史の変化を舞雪は嬉しく思った。
「ほんとうに、ありがとう」
もう一度、紗紀が頭を下げた。
「で、直樹くんの様子は?」
努が真剣な面持ちで尋ねた。
「いまは眠ってる、けど……」
「けど?」
聞き返す努に答えず、紗紀は辺りを気にしていた。
「ねえ、ちょっと外へ出ようよ」
紗紀は自分の不幸を周りの人に知られる事を、好まない子だ。心配して来てくれ
た友だちに対してはともかく、たまたまその場にいた他人の前で話す事に躊躇いを
感じているのだろう。それを察した舞雪は、みんなを外に誘った。
風はなかったが暖房の効いた病院から出ると、外の空気は実際よりも冷たく感じ
る。
四人は水の止まった噴水のある、中庭まで歩いた。噴水を取り囲むように置かれ
たベンチの一つに、舞雪と紗紀が腰掛け、努と仁史がその前に立つ。他には反対側
のベンチに、入院患者だろう。パジャマに上着を掛けた女の人が点滴をしたまま腰
掛け、集まってくる鳩に、何か餌をやっている。
「それで、直樹くん、良くないのか」
「うん」
短く答え、しばらくの間紗紀は黙り込んだ。
仁史はまるで興味がないかのように、足下を蹴ってみたり、意味もなく手を振り
回してみたりしている。しかしその表情から、紗紀の話しにしっかりと耳を傾けて
いるのを舞雪は見逃さなかった。
「はやく手術しないと、危ないって」
かすれるような紗紀の声。嗚咽を堪え、肩が震えていた。
その様子から、直樹がかなり悪い状態であることが想像出来た。
「じゃあ、手術が決まったのか」
紗紀はこれに、首を横に振って答えた。
「いまの体力じゃ、耐えられないって」
必死で息を整えたのだろう、先程より明瞭な声で紗紀は言った。
「そっか。なあ、おれらに出来ることがあれば言ってくれよ。なんでもするぜ。そ
うだろう、仁史?」
「ん、ああ」
「ありがとう。さっき、舞雪ちゃんも同じ事を言ってくれたけど、いまは………」
紗紀は微笑んだ。
紗紀がどれほど弟のことを愛し、心配しているか舞雪はよく知っていた。
それだけに、そんな健気な紗紀の姿に、舞雪の胸は苦しくなる。
「せっかくお見舞いに来たんだから、ちょっとだけでも直樹くんの顔を見て帰りた
いんだけど、いいかな」
「うん、わたしの方こそお願いするわ。直樹に会ってあげて」
四人は病院へ戻って行った。
「やだ、手術なんか絶対やだ」
病室からは、まだたいぶ離れた廊下にまで、その声は聞こえてきた。
続いて泣きぐずる声。直樹のものだった。
「ごめんなさい、わたし、先に行ってる」
直樹の泣き声を聞いた紗紀が、一人病室に急いだ。
紗紀に遅れて舞雪たちが病室に着くと、回診の時間だったのだろうか。お医者さ
んと看護婦さんが、なにやら直樹の身体を調べていた。
「あ、ほら直樹。舞雪ちゃんたちが来てくれたよ」
「こんにちは、直樹くん。こんばんは、かな」
「おっす、直樹くん。久しぶり」
「………」
直樹はすがるような目で、舞雪を見た。
「舞雪お姉ちゃん、ぼく、手術なんかいやだよう」
「だけどね、直樹。手術をしないと、病気が治らないのよ。直樹は早く病気を治し
て、舞雪ちゃんのお家に遊びに行きたいって言ってたでしょ」
お母さんになだめられ、直樹は二度三度としゃくりあげた。
「ぼくも紗紀お姉ちゃんといっしょに、舞雪お姉ちゃんのお家に行きたい」
「それなら、ちゃんと手術をしないと、ね」
「でも………死んじゃったら、遊びに行けないよ」
直樹の言葉に、舞雪も紗紀もお母さんも、努も仁史もお医者さんも看護婦さんも、
一瞬動きを止めた。
「聞いたんだもん、先生とお母さんがお話してるのを。手術でぼく、死んじゃうで
しょ」
「ち、違うわ、それは直樹の誤解よ」
「そうだよ、直樹くん」
狼狽えているお母さんを助けるように、お医者さんが言った。
「直樹くんが頑張れば、手術はうまく行くんだよ。だから、病気なんかに絶対負け
ないぞ、って気持ちでいればいいんだよ」
「ぼく、負けちゃうよ……だって、ぼくずっと病気なんだもん。紗紀お姉ちゃんも
舞雪お姉ちゃんは、ずっと元気なのに。ぼくは病気より弱いんだもん。だから、絶
対負けちゃうよ」
そう言って、直樹はまた泣き出してしまった。
そんな直樹に、いたたまれなくなったのだろう。紗紀が涙ながらに、しかしいつ
になく強く話し始めた。
「泣かないで。だいじょうぶよ、直樹。弱気にならないで。そんなことじゃ、本当
に病気に負けちゃうわ。強くなって………気持ちを強くもてば、絶対、手術は成功
するわ。そして元気になって、舞雪ちゃんや田崎くんや結城くんや………いっぱい
お友だちをつくって、みんなで遊びましょうよ」
「サンタさん」
「えっ」
「サンタさんにお願いすれば、手術、成功するよね」
突然直樹の言い出した言葉に、舞雪たちは互いの顔を見合わせた。
「ぼく、サンタさんにお願いする。手術がうまくいきますように、って。早く舞雪
お姉ちゃんたちと遊べますように、って。ぼく今年はプレゼントはいらないから…
……サンタさんに会いたい」
「いや、でもサンタクロースって忙しいから………一人の子どもとゆっくり話しを
する暇、ないんじゃないかな」
気を利かせたつもりなのだろう。努がそう言った。
「だいじょうぶだよ、サンタさんなら。子どもの味方だもん。先生の変そうとは、
違うから、すごいスピードで空を飛べるんだ。だから、少しの時間ぐらい、ぼくと
話しをしてくれるよ」
見るとお医者さんが困ったような顔をしていた。きっと去年は、このお医者さん
がサンタクロースに変そうしたのだろう。
四人はおし黙ったまま、歩いていた。
陽が暮れて、少し風が出てきた。
病院前の大通りに植えられた街路樹は、冬になると全て葉を落としてしまう。
風が落ち葉を巻き上げ、裸になって枝をすり抜けていく。
寒々しい光景だと舞雪は思う。
せめて病院の前くらい、冬でも葉の落ちない木を植えればいいのにと。
商店街のクリスマス用のディスプレイさえ、もの悲しく思えてしまう。
「じゃあ、また明日、学校で」
分かれ道で舞雪は、努たちに言った。
努と仁史の家はこのまま真っすぐ、舞雪と紗紀の家は左に折れて行く。
「送っていくよ」
努が言うと、仁史も面倒くさそうに「ぼくも」と言う。
「ありがとう、でもいいよ。ね、紗紀ちゃん」
紗紀は黙って頷いた。
「けど………」
「女の子同士の話しとかあるから。それとも、田崎くんは、興味有るのかな」
「ば、馬鹿言うなよ。じゃあ、おれたち帰るから、おまえらも気をつけて帰れよ」
舞雪がからかうと、努は耳まで紅くなっていた。
「ねえ、やっぱり今夜も泊まりにおいでよ」
努たちと別れ、しばらく歩いてから舞雪は言った。
紗紀のお母さんは、今夜は徹夜で直樹についている事になった。紗紀は家で一人
きりになってしまう。
だが紗紀は首を横に振った。
「ありがとう、でも今日は………わたし、帰ったら支度して、もう一度病院に行こ
うと思うの。お母さん、昨日も遅かったみたいだし、疲れているはずだから、わた
しが直樹についていようと思うの。きっとお母さんは、いいって言うだろうけど…
……そうしたら、お母さんと一緒に直樹につくの」
それを最後に、二人は話す言葉もなく歩いた。
言いたいこと、訊きたいことはある。
「わたしも一緒に、直樹くんについてあげようか」「直樹くんの手術、そんなに
危ないの」
けれど言えない。訊けない。
舞雪は本心から、直樹の事を心配しているつもりだった。だが、所詮は他人であ
る。訊いたからと言って、何か出来る訳ではない。
言ってしまったら、訊いてしまったら、それは単なる好奇心になってしまうよう
な気がした。
お互い無言のまま、分かれ道に差し掛かる。
「じゃあ……」
軽く手を挙げ、紗紀が別れを告げる。
「うん、また……」
舞雪はそう答える。
「また明日」とは言わなかった。
明日、紗紀は学校に来ないかも知れない。そして………
舞雪も学校には、行けないかも知れない。