AWC 「雪舞い」(2)         悠歩


        
#3613/5495 長編
★タイトル (RAD     )  96/12/24   0: 7  (177)
「雪舞い」(2)         悠歩
★内容


「ちきしょう、また舞雪に負けたかあ」
 本当に悔しそうに言いながら、努たちは教室に戻って来た。
「たく、アイツ、女のくせに給食の早食いも、ドッヂボールも、おれといい勝負し
やがるもんなあ」
 努は小学生としては、恵まれた体格をしている。
そして、とくに早食いと運動には自信を持っていた。
 一方、舞雪はごく平均的な体格をした女の子。
 それがどうして自分と互角以上に勝負出来るのか、努には納得し難いらしい。
「だからぼくはイヤだって言ったんだ」
 この台詞はもう四回目になる。
 仁史はベストに着いたボールの後を、神経質そうにハンカチで拭っている。
「ほら、落ちやしない。このベスト、いくらすると思ってるんだよ………。あ〜あ、
ママになんて言おう」
「あなたねぇ。男のくせに、しつこいよ」
 舞雪は、はっきり分かるように呆れ顔を作ってみせてやる。
「外で遊んで、そのくらいじゃ汚れたうちに入らないよ。田崎くんや鈴木くんの方
が、よっぽど汚れてるのに、あなたみたいに文句なんて言わないじゃない」
「このハンカチだって、安物じゃないんだよな………」
 舞雪を無視するように、仁史はひたすら汚れを気にし続ける。
「女の子の紗紀ちゃんだって、カーディガンにボールの跡が着いてるのに、あなた
みたいにくどくど言わないよ」
「ふん、木崎さんが何だって?」
 それまで舞雪を無視するような態度を取っていた仁史が、紗紀の名前を聞いた途
端、反応を示した。
「彼女となんか、一緒にしないでもらいたいね」
「あなた、なんてこと言うのよ」
 仁史は汚れを拭う手を止め、立ち上がった。そして真っ直ぐに紗紀の席に歩いて
行った。
「なに? どうかしたの………結城くん」
 驚いたように顔を見つめる紗紀を無視して、仁史はその机に手を入れ、コッペパ
ンの入ったビニール袋を取り出した。
「こいつ、またパンを持って帰るつもりだよ。まさか、家で食べるつもりか?」
「ちょっと、あなた」
 舞雪は黙って俯く紗紀に代わって、それを止めさせようと歩み寄って行く。けれ
どその間にも、仁史の行為は続く。
「はん、木崎さんは服が汚れても文句を言わないだって? そりゃあそうさ、見て
みろよ」
 そう言って、仁史は紗紀の腕を掴み上げた。
「いや、やめて」
「なんだ、女のくせに穴のあいた服なんて着てさ」
 仁史によって、高く上げられた紗紀のカーディガンの腕には、小さな穴が二つあ
いていた。
「おい、仁史。いい加減にしろよ」
 見かねた努が、強い口調で仁史の行為を否めた。
 努が恐いのか、やりすぎを自分で感じたのか、仁史は紗紀の手を離した。
 紗紀は机に顔を埋めるようにして泣いている。
「とにかくこんな安物の、しかも穴のあいたような服とぼくのブランド品の服とを、
一緒にしないで欲しい………」
 捨て台詞を言い終わらないうちに、仁史の身体は大きく後ろへ飛んで尻餅をつい
た。
「い、いてぇ………なにすんだよ」
「よくも、よくもそんな事が言えたわね。紗紀ちゃんに謝りなさいよ!」
 顔を上げる仁史の前に、舞雪が仁王立ちする。その唇は、怒りで震えていた。
「ふん、謝れだって。ふざけるな」
 舞雪を睨み返しながら、仁史は立ち上がった。
「この乱暴者め、お前こそ謝れよな。みろ、ズボンまで汚れただろ。これだって高
いんだからな、木崎の着てるモンなんかと違って」
「あなたって………」
 そう言うと、舞雪は仁史へと飛び掛かった。
「ちくしょう! こいつ」
 つかみ合ったまま、二人は倒れ込んだ。
「謝りなさいよ」
「うるさい、うるさい、うるさい」
 床を転がり時には舞雪が、時には仁史が上になる。
「おい、二人を止めろ」
 努の声に、それまで呆然と事の成り行きを見ていたクラスメイトたちが、一斉に
動き出し、二人を分けた。
「舞雪ちゃん、落ち着いて!」
「仁史、お前も言い過ぎだぞ!」
 友だちに抑えられながらも、舞雪はまだ興奮していた。
「結城くん、謝りなさい!」
「やめて、舞雪ちゃん。もう、いいの」
 それは紗紀の声だった。
 舞雪が声の方に振り返ると、そこにはぼろぼろと大粒の涙をこぼす紗紀がいた。
「わたしは平気。だって、本当にわたしの家って貧乏だから………言われても仕方
ないもん。だから、わたしのことで喧嘩なんかしないで」
 そう言うと、紗紀は両手で顔を覆って泣き出した。
「ごめん、ごめんなさい、紗紀ちゃん。わたし、無神経だった………お願い、泣か
ないで」
 紗紀の言葉で落ち着きを取り戻した舞雪は、紗紀の頭を抱いて一緒に泣き出した。
「こら、なんの騒ぎだ」
 いつの間にか、五時限目開始のチャイムが鳴っていたらしい。教室に先生が入っ
てきた。
「おい、田崎。何があったんだ?」
「いえ、別になにも」
「結城?」
「なんでもありません」
「ん、木崎は泣いているのか? 春野もか?」
「なんでも………ないです」
「ちょっと、紗紀ちゃんと昨日のドラマの話しをしてただけです」
「そうか、ならいいが………なにかあったのなら、ちゃんと先生に話すんだぞ」
 訝しげに言う先生に、舞雪たちは「はい」と答えた。
「よし、それじゃあ授業を始めるぞ。みんな席に着け」


「紗紀ちゃん、今日も病院に行くんでしょ?」
 授業も終わって、帰りの支度をしていた紗紀に舞雪は声を掛けた。
「うん」
「わたしもつき合うよ」
「ありがとう、舞雪ちゃん。直樹も喜ぶわ」
「よし、決まり。じゃあ、急ごう」
 二人は並んで教室を後にした。


「おい、仁史。ちょっと話しがあるんだ」
「なんだ、田崎くんか。説教するつもりなら、お断りだよ」
 舞雪と喧嘩をしてから、ずっと不機嫌な顔をしたままの仁史は、努に対してもそ
の怒りを隠すことなく言った。
「そんなんじゃねぇよ。ただ、お前も知っておいた方がいいと思ってよ」
 努は教室を見回した。まだ数人の生徒が残ってはいたが、努たちからは離れたと
ころにいる。
 他の者には聞こえないように、努は声をひそめて言った。
「あいつ、紗紀んちには親父さんがいないんだよ。それでな、お袋さんが働いてい
るんだ」
「知ってるよ、そんなこと」
 仁史は別段、驚いた様子もなく答えた。
「お前、知ってて紗紀にあんな事、言ったのかよ」
 努の表情が、やや険しくなる。
「おっと、説教なら聞かないって言ったはずだよ。ついでに言うと、なんで彼女の
家に父親がいないのかも、知ってるよ」
「おい」
 仁史の声が高くなったのに驚いて、努は周りに目を配った。いつの間にか教室に
は、二人の他に誰もいなくなっていた。
「自分の働いていた会社のお金を盗んで、警察に捕まったんだろ。それで取り調べ
の途中に、病気で死んだんだ」
「お前、どうしてそれを知ってるんだ………その事は、学校じゃおれと舞雪と、あ
とは先生くらいしか知らないはずなのに」
「田崎くんは、世間を知らなすぎるよ」
 仁史は、ふうとため息をついて見せた。
 何につけても、仁史は自分が相手より上にいるのだと言う事を態度に出したがる
ようだ。
「どこに引っ越したって、そう言う話しはちゃんと着いて来てしまうものなんだよ。
まあ、ぼくがその事を知っているのは、そうした世間の噂のせいばかりでもないん
だけどね」
「なんだよ、それは」
「木崎さん父親のいた会社ね。ぼくのパパの会社だったんだ」
「えっ」
 努が驚いたのは、仁史の思いもしなかった言葉だけではなかった。いつもにも増
して、冷たく醒めた目。
「おかげでね、会社も倒産しかけて、パパもママもぼくも、辛い思いをさせてもらっ
たよ」
 仁史の唇が歪んだ。どうやら笑みを浮かべたつもりらしい。
「じゃあお前は、その仕返しに紗紀にあんな事を言ったのか」
「それは違うよ。パパのがんばりで会社は前以上になったし、木崎さんの父親は死
んでしまったし、罪の償いは済んだって思ってるよ。んー、でもやっぱりあの頃を
思い出すと悔しくなるから、全く怨んでいないって言うのは嘘かな」
 仁史は立ち上がって、ランドセルを背負った。
「それじゃあ、ぼくはもう帰るから」
 教室を出ていく仁史の背中を見送ってから、努ははっとなる。仁史に話しをする
つもりだったのが、彼の話しを聞くばかりで自分がほとんど話しをしていない事に
気づく。
「ま、待てよ仁史」
 努は後を追って教室を出た。
「まだ何か用?」
 追いついた時には、仁史はもう下駄箱で靴を履きかえているところだった。
「お前、紗紀の親父さんが会社のお金を持ち出した訳は、知ってるのか?」
「さあね、聞いてないし、別に聞きたいとも思わない」
「あいつんちの弟、病気なんだよ。心臓の。手術しないと助からない………」
「ふうん。でもあの時のお金で、助かったわけだ。よかったじゃない」
 話しながらも、仁史は動きを止めなかった。靴を履き終えて、外へ向かう。
 努も素早く靴をはきかえ、仁史に並ぶ。
「確かに、その時はな。けど治った訳じゃない。まだ入院してるよ………近いうち
に、また大きな手術を受けなきゃならないらしい」
「だから?」
「だからって………とにかく紗紀んちは、その弟の入院費や手術代とかをお袋さん
が一人で稼いでるんだ、だからお前みたいに、何万円もするような服を着るわけに
もいかないだろ」
「あー、わかったよ」
 面倒くさそうに仁史は答える。
「一応、気に留めておくことにするから。じゃ、田崎くん、また明日」
 言いながら足を早めた仁史は、振り返ることなく、軽く右手を挙げた。
「ああ、じゃあ………な」
 仁史が納得したとは思えなかったが、これ以上話しをしても仕方ない。努はしば
らくの間、仁史の背中を見送っていた。





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