AWC 「魔術師」4回


        
#3549/5495 長編
★タイトル (ZWN     )  96/11/19  22: 2  (193)
「魔術師」4回
★内容

 寝室から誠治のうめき声が聞こえてきた。そのうめき声を聞い
た5人は肩が上下にピクッと動いた。そして、慎治が恐る恐る、
誠治の後に続いて寝室へと消えていった。
 慎治も誠治と同じようにうめき声をあげた。そして、リビング
ルームに残っている4人は、寝室へと行こうとはしなかった。伊
集院はそんな4人を残して、勇敢なる2人がいる寝室へと向かっ
た。
 2人は寝室の入り口の直ぐ側で、足の力がなくなったように座
り込んでいた。そして、体は振れなくてもわかるほど震えていて、
声すら出ないようだった。 
 「さっきの手紙は、この事を示していたんだよ」
 伊集院は2人の肩に触れながら言った。2人はそれでも我を忘
れたかのように、ただ、震えていた。伊集院はそんな2人を寝室
から出すとリビングにいた4人とその2人に1階のロビーに行く
よう言った。
 そして、伊集院は念入りに寝室を調べたあと部屋を出て、カギ
をかけた。
 「どうしたの、皆、青ざめちゃって・・・」
 和巳が外で待っていたらしく、伊集院に尋ねた。
 「菊子さんが、死んでいたんだ」
 伊集院は隠していたことを打ち明けた。和巳は一瞬動揺したが、
すぐに我を取り戻して、
 「本当?」
 と、伊集院に尋ね返した。
 「部屋の前に置いてあった手紙の内容通りに死んでいたんだ」
 伊集院はそう言うと、和巳の背中に手を回し、ロビーへと歩い
ていった。和巳は伊集院の腕に寄りかかるように歩いていた。

 ロビーにはさっきの6人が沈黙した状態で座っていた。天井を
見上げている人や頭に手を添えている人など、いろいろな動作を
していた。
 隼人は、菊子がどうなっていたのか見なかった。だから、人一
倍不安でしょうがなかったようで、髪の毛を金田一耕助のように
かき毟っていた。そして、時折、片手を目の辺りに手を持ってい
って、目頭を押さえていた。 
 伊集院は和巳を連れて、ロビーの玄関側の椅子に座った。
 「見なかった皆さんに、あの部屋で何が起こっていたのかをま
ず、説明しておきましょう」
 伊集院はそう言って、菊子の部屋で起こったおぞましい出来事
を詳しく話した。伊集院が話し終わったときの皆の表情はさっき
よりも暗くなった。特に、隼人の表情変化は大きかった。
 支えられていたものがなくなったように、悲しみのどん底に落
ちていた。
 「その赤い服の人物は何処へ行ったのかね?」
 幸夫が伊集院に尋ねる。
 伊集院は自分が見たことを説明した。
 「そっ、そんなことがあるか。本当に見たのかね、その人物を」
 隼人が落ち着かない口調で反論する。
 「僕もそう思いたいですよ。だけど、僕は見たんですよ、この
目で。自分の目が嘘をつくとは思えないんですよ、利根田さん。」
 伊集院はそう言った。伊集院が話している間、周りでは誰も喋
っていなく、ただ、伊集院の声だけが響き渡っていた。そのほか
に聞こえてくる音は、耳鳴りと窓から入ってくる風、鳥の鳴き声
だけであった。
 「ここにおられる方の中で、検死などをできる方はいらっしゃ
いますか?」
 伊集院は大胆なことを聞いた。
 「私の妻なら、できると思いますが・・・。応じてくれるかど
うか・・・」
 そう答えたのは幸夫であった。幸夫の話によると、妻の陽子は、
昔、ほんの少しの間だが検視官をやっていたという。伊集院はそ
れを聞くと、まず、幸夫に承諾をとり、陽子の部屋へと向かった。
 伊集院が頼み込むこと10数分。陽子は、伊集院の熱意に負け
たらしく、検死をすることを決意した。隼人の妻こと、利根田菊
子の検死に立ち会ったのは、伊集院に陽子、幸夫に時夫の4人だ
けだった。和巳は立ち会いたいと言っていたが、伊集院が諦めさ
せた。
 陽子の検死の光景を伊集院は側で、じっくりと見ていた。時折、
吐き気が生じることが何度もあったがそういう気持ちを抑えなが
ら、最後まで見届けた。陽子はてきぱきと死斑を調べたり、出血
個所を調べたりと、1人で忙しそうにしていた。時夫と幸夫は、
付添人と言う形で、陽子の行動を見つめていた。
 一連の動作が全て終わったのは菊子の部屋に入ってから30分
後のことであった。陽子は「ふぅ〜」と言って、菊子の死体の側
から立ち上がった。そして、伊集院達に「外へ出ましょうか」と
言うと、リビングの方へと歩いていった。
 「どうでした?」
 伊集院が尋ねる。
 「死因は出血死と見ていいと思いますね。時間ですが、当てに
はならないと思いますが、朝方の3〜5時の間だと思います」
 陽子は穏やかな口調で答える。
 「どうしましょうか・・・。菊子さんを・・・」
 時夫はほかの3人に尋ねる。
 「一応、布団でも掛けておきましょうか?」
 幸夫がそう言うと、陽子は小さく立てに首を動かした。
 幸夫は寝室に入っていき、布団を掛けて戻ってきた。
 「これからどうしますのです?」
 陽子が伊集院に尋ねた。
 「まぁ、とりあえずは、このことを皆さんに報告しないとなら
ないでしょうね、時夫さん」
 伊集院は時夫の方を向いて言う。
 「そうですね、助けもまだ、来ないことですし・・・」
 時夫は腕を組んでいった。
 4人は菊子の部屋を出て、1つ1つ部屋をまわって、皆をロビ
ーに集めた。部屋には全員がいた。伊集院は赤のマントを羽織っ
た人物がこの中にいるのではないかと思っていた。しかし、全員
がいるということは・・・。などと、色々なことを考えていた。
 そして、全員が揃った所で、再度事件について、伊集院が説明
した。
 


               6

 説明がし終わったとき、先ほどと同じように誰一人として言葉
を交わさなかった。一人一人、何かを考えているといった表情で
ある。説明した本人も、話しながら色々と考えていた。
 日は傾き始めていて、ロビーには西日が窓から入ってきていた。
烏の鳴き声がこだまして、淀んだ室内に響き渡る。なおも、誰一
人として、声を発しなかった。
 時夫は席を立って、暖炉の近くへと歩み寄っていった。すると、
ロビーのシャンデリアに明かりが点された。時夫は明かりをとも
し終わると、自分が座っていた席へと戻ってきた。
 「いったん、お開きにしませんか。こう考えていたって、助け
が来るわけでもないし、事件が解決するわけでもないのですから」
 時夫はそう言った。伊集院もそれはそうだと思っている。行動
に移さなければ、結果が生まれないからである。
 「そうだな」
 幸助はそう言うと家族三人をつれて部屋へと帰っていった。幸
助が部屋へと帰っていくのをきっかけに、次々と自分たちの部屋
へと帰っていった。
 伊集院も部屋へと帰っていった。部屋に着くと伊集院は椅子に
座って、今までに自分が見てきたことを紙に書き出した。そして、
時間の経過ごとに出来事を書いていく。誰がやったのか、そして、
あの人物が誰なのか、その部分だけが空白だった。 
 和巳は伊集院に気づかれないように部屋へと入ってきた。そし
て、ベッドの端っこに腰を下ろし、静かに伊集院の背中を見つめ
ていた。
 伊集院は考えているとき、髪の毛をかきむしる癖がある。かの
有名な金田一耕助がこれを見ていたら「これはこれは・・・」と、
声でもかけてくれるくらい似ているのである。その仕種が・・・。
 「翔君?何考えてるの、そんなに」
 「あっ、和巳か・・・。いつからいたんだ、全然気づかなかっ
たけど。何考えているかって、さっき死んでいた菊子さんのこと
だよ。誰があんなことをやったのか、そして、僕が部屋に入った
ときにいた、赤い服の人物が誰であったかってね」
 「赤い服の人物?」
 「あぁ、つり橋が壊されただろう、あの時、向こう岸にいたん
だよ、その赤い服を着た人物らしきものが。で、その時にはあま
り気にしていなかったけど、菊子さんの部屋に入ったとき、窓の
所にそいつが居たんだ。それで、僕が追いかけていくと窓から外
へ降りた。それで、すぐに下を見たんだけどもうその時には居な
かった。赤い服も何もかもが・・・。まるで魔術師のように消え
てしまっていた」
 「あの手紙通りだったのよね、菊子さんの死に方。誰がやった
んだろう、壁画と同じように殺すなんて・・・」
 二人の間に長い沈黙が、窓からは真っ赤な夕日の光が降り注ぐ。
まるで、あの残酷な光景を思い出すかのように・・・。
 夕食の時間が近づいてきた。伊集院はいつの間にか寝ていたら
しく、あの後のことが何一つ記憶に残っていない。ただ、一日が
過ぎたわけではないことだけは確かだった。
 和巳の姿が無くなっていた。伊集院はベッドから起き上がると、
備え付けの洗面所へと歩いていった。頭を直し、寝ぼけ眼を冷た
い水で洗った。冷たいと言うよりも、気持ち良いという感想の方
が伊集院の中では強かった。
 置き時計は7時を示す、少し前であった。伊集院は少しばかり
早いと思ったが、部屋を出て食堂へと向かった。
 階段を降りていくと、ロビーには隼人と誠治、陽子の三人がい
た。伊集院はその三人の中に入るべく、ロビーへと歩いていった。
 「お集まりの所をすみません。何を話しているのですか?」
 伊集院はそう言いながらソファーに座った。
 「いえね、伊集院さん。誠治さんの小説について、話し合って
いたんですよ。何が良かったとか、あの人はどうなったのかって」
 「そうでしたか。お邪魔してすみません。邪魔じゃなければ私
もいれていただけませんか?」
 「いいですとも」
 誠治がそう言いながら二人の顔を見た。二人とも縦に頷いて、
伊集院を見た。
 「最新刊の森の涙、あれは今までの中で何かが違うと感じた作
品でしたね」
 陽子がいきなりそう言った。伊集院にはどのような作品なのか
全く分からなかったが、一応話に付き合う形で聞いていた。
 「あれですか、あれは今までのとは作風を変えましてね、魔術
師みたいな犯人と、森という怪しい空間を中心にしたんですよ。
 さっぱりとして、読みごたえのある所が読者の中での感想です
が、いかがなものでしょうか・・・」
 「その通りですよ。全くと言ってもいいほど、あっさりしてい
て・・・」
 その二人は、永遠とそんな話をしていた。隼人は、その話を聞
いていても、まだ、菊子のことが頭の中に残っているらしく、ど
ことなく上の空といった感じだった。
 夕食の時間らしく、食堂から紀子がこちらに歩いてきた。紀子
は夕食の準備が出来たことを告げると、階段を上っていった。伊
集院たちは、言われた通りに食堂へと向かった。
 食堂に皆が集まったのはそれから10分後のことである。食事
中は、必要最低限の会話しかなかったが、食事が終わるとさっき
のロビーのような雑談が始まった。
 伊集院はその雑談を逃げ出すかのように食堂を出て、部屋へと
戻ってきた。話が嫌いなわけではないのだが、自分の興味のない
話は好きではないのである。  
 そして伊集院は、いち早く眠りにつくことにした。
               




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