#3548/5495 長編
★タイトル (ZWN ) 96/11/19 22: 0 (194)
「魔術師」5回
★内容
7
夜が訪れた。私にとって、今日ほど格好な日はなかった。「恨
みを返す」。こんな素晴らしい日が、いいまでにあったのだろう
か。心の中で何回も自分に問う。問うた所で答えは同じ「無かっ
た」の一言である。私は、そんな思いを胸にしまい、一歩一歩あ
る場所へ向かって歩いていく。
誰もいない、正確に言えば、誰も起きてはいない廊下を、足音
を立てずに歩いていく。窓から入ってくる月明かりが、時々私を
照らしている。それでも、時々後ろを振り返り、誰もいないこと
を確認する。
手には手袋を、頭には帽子を、顔にはマスクを付けている。声
さえ出さなければ、私が女か男か区別することが出来ないはずで
あると、私は考えている。
「丁度いいときにあの事件が起きた。これを使って復讐するの
が、一番怪しまれないはずだ。後は、証拠を残さずに、慎重にや
れば・・・」
私は何回も言葉に出していった。それは、自分に勇気づけるた
めの儀式のようなものでもあった。
自分の部屋から出てきてから10分ほど経っていた。昼間なら
ばこんなに時間はかからないのだが、夜ということと、慎重にな
っていたせいからか、こんなに時間が経ってしまったのだろうと、
私は考えた。
ポケットの中からカギの束を、音を立てないように出した。ど
れだけ音を立てずに取り出そうとしても、少しの音は出てしまう
ものである。取り出したカギをかぎ穴に、気づかれないように入
れ、音を立てずに回し、カギを外した。
私はドアを開け、部屋の中に入っていった。部屋の中は廊下と
変わらないくらいの暗さである。そのお陰で、何処で寝ているの
か、何処に何があるのかが分からなかった。窓からの月明かりが、
カーテンか何かのせいで、部屋の中に入ってこなかった。
私は部屋の中に入ると、ドアにカギをかけた。外からの邪魔者
を部屋の中に入れないためである。そして、自分の獲物を探すた
めに一歩一歩歩いていった。
20歩ほど歩いただろうか、私はやっとのことで獲物を発見し
た。獲物は深い眠りについているのだろうか、いびきをかきなが
ら寝ている。私が側に居ても気づかないほどである。
カギの入っていたポケットとは反対側のポケットから、やや太
いロープを出し、獲物の首下を通した。そのような動作を行って
も起きるような気配は感じられず、自分の思う通りの作業が短時
間で出来た。
私は獲物を殺す前に部屋のセッティングをした。他の部屋から
持ってきた「壁画」を壁にかけ、自分の持っていた白い紙を雑に
切り文を書く。赤いインクのペンで白い紙を染めていく。
その作業が終わると、私はしばしの休憩をとった。時間は午前
3時を少しまわった頃。処刑をする前の一服を窓の外を見ながら
していた。すると、何処の部屋だかは分からないが、一ケ所だけ
明かりが点っていた。私は、急いでカーテンを閉め処刑台へと急
いだ。
「さらば、我が餌食よ」
私はそう呟いて、ロープに力を入れた。獲物は目を「カッ」と
見開いて、のど元へと手を伸ばした。声も出ず、ただ、手足をば
たばたとさせている。のど元には、無数のかき傷が見える。私は
最後の最後まで力を入れ、獲物の全身の力が無くなるので首を閉
めた。獲物の抵抗していた手足が、力尽きてベッドへと落ちる。
私はそれを確認すると、ロープから手を離した。
屍となった獲物を、化粧台としてセッティングした場所へと運
ぶ。そして、タオルに包んであったナイフで屍の体に無数の刺し
傷をつくった。まだ死んだばかりで、血が私へとかかってくる。
生温かく、ベトベトしている。私は「壁画」を見ながら、屍を芸
術作品へと仕上げていく。
3時半。私は最後の仕上げをすると、部屋にあるシャワー室で
返り血を浴びた体を洗った。着替えの服も持ってきている。血を
洗い流した私は、静かに部屋を出て、カギをかけた。そして、誰
にも見つからずに部屋へと戻り、軽い睡眠に入った。
屍となった獲物の部屋に赤いマントをまとった人物がドアを開
けずに入ってきた。そのものは壁にかかっている絵を取り外し、
また、部屋から消えていった。
8
朝が来た。これは日本の中なら当たり前のことである。白夜な
どと呼ばれるものもあるが、ここ日本では絶対に見られない。
いつも通りの鳥の声に太陽の強い光、涼しい風、おいしい空気
と、体をリラックスさせるものがここには色々詰まっていた。
伊集院は昨日の夜、熟睡することが出来なかった。夜中、何度
となく起きて全く寝た気がしなかった。伊集院のとなりには、い
つの間にか和巳が来ていて、可愛い寝顔で寝ている。
置き時計に目をやると午前10時を示していた。
「大分寝たなぁー」
と、寝た気になれないのに言って、ベッドを出た。
和は隣でぐっすりと寝ていて、伊集院が居なくなったのにも
気づいていなかった。伊集院はタオルと着替えをもって部屋を出
た。目指すは風呂場である。自分の部屋にもあるのだが、せっか
く大きな浴槽があるのならと部屋では入らず、1階にある風呂場
へと出向くのである。
風呂場は湯気で何も見えなくなっていた。ドアを開けると中か
らは、暖かい空気が流れてくる。廊下では誰にも合わなかったが
風呂場には誰かがいるようである。伊集院は服を脱ぎ中へと入っ
ていく。案の定、中には誠治がいた。浴槽の中で頭にタオルをの
せていた。伊集院は体を流すと浴槽の中へと入っていき、誠治の
となりに座った。
「これはこれは、お早いですね」
「えぇ、なかなかいい案が出ないものでして、頭の中をリフレ
ッシュするために、こうしてつかっているのですよ」
「そうですか、締め切りが近いんですか?」
伊集院と誠治がそう話初めてから、何分が経ったかは分からな
かったが、突然外から大声をあげて風呂場に入ってきたものがい
た。その声は、慎治のようであった。伊集院は浴槽の中から外に
いる人物に話しかけた。
「どうしたんですか?」
「伊集院さんですか?慎治です。いや、父の姿が見られないの
です。部屋にはカギがかかっていて、外からどれだけ呼んでも返
事がないんですよ。それで、時夫さんに合いカギを借りようと思
って部屋に尋ねたのですが、時夫さんも部屋にいないんです」
伊集院と誠一は、慎治の話を聞くと急いで浴槽を出た。そして
置いてあったタオルで体をふき、服に着替えて風呂場を出た。外
では慎治が立っていて、二人に事の説明を詳しくした。
話を聞いた伊集院は、急いで自分の部屋へと帰っていった。
伊集院は部屋につくと、寝ていた和巳を起こし、時夫の部屋に
走っていった。時夫の部屋の前につくと、そこには誠治と慎治が
いた。
その他にはまだ、誰も起きていないのか、起きてはいるが部屋
から出ていないのか分からないが、4人は誰にも合わずにここま
できた。
廊下は静まり返っていた。しんとしていて、この家の中には、
誰もいないのではないかと思わせるほどの静けさである。
「どうするんだ?」
誠治が伊集院に聞く。
「ドアを蹴り破るしかないんじゃありませんか?」
伊集院は和巳の顔を見ながら答えた。
「おじさんの部屋のカギなら確か、食堂にあるはずよ」
和美が伊集院の期待にこたえた。
「本当ですか、その話」
慎治が後ろから言う。
「えぇ、とりあえず、見に行ってみません。カギがあるかない
かを」
和巳がそう言うと、ほかの3人は、首を立てに動かし、和美の
あとについていった。
伊集院はその間に、何が起こったのかを整理していた。時夫は
どうなったのか、そして、幸助は何処へ行ったのか、部屋で寝て
いるのかなど、色々なことが浮かんでは消えていった。
そう考えているうちに、目的地である食堂へとついた。伊集院
は考えるのをやめ、今ある現実へと視点を変えた。
和巳は食堂に入っていくと、色々な所をくまなく探していた。
食器棚を調べたり、壁掛けの中を探したりと、一人でせっせと探
していた。その間伊集院は、さっきの妄想の世界へと旅立ってい
た。残りの二人は何か話していたが、伊集院の耳には入っていな
い。
和巳が3人のもとへ帰ってきたのは20分ほど経ってからだっ
た。手には一つのカギを持っていた。息は少し切れていて、額に
少し汗をかいていた。
「あったわよ」
「ありがとう。和巳さん。伊集院さん、部屋に行きましょう」
誠治が言う。伊集院はその声にも反応しなかった。
「伊集院さん?聞いています。カギがありましたよ」
「はっ、ありましたか、分かりました、部屋へ急ぎましょう」
伊集院はそう言うと、時夫の部屋へと歩いていった。
3人はその後をついて歩き出した。和巳はカギをポケットにし
まうと、まず前を歩く伊集院のとなりに走っていった。誠治と慎
治は先ほどの話の続きをし始めていた。
陽も大分高くなっていた。外は昨日に引き続き晴れ晴れとして
いて、眩しいほどの太陽光線が降り注がれている。鳥たちがこの
大空を気持ち良さそうに羽ばたいていく。大きな羽をピンと伸ば
し、風を受け止めている。小さい羽根を持つ鳥達は、その羽根を
精一杯伸ばし風に乗っていた。青々と茂る樹々達は、たまに吹く
風に揺らされながら暖かい日の光を体で受け止めていた。
この家の廊下にもそんな陽の光が窓から入ってくる。日の光に
ホコリが当たり、白い線を描き出していた。
4人は時夫の部屋まで静かに歩いていった。他の誰にも気づか
れないような足音しか出さないようにして。
時夫の部屋まであと少しと言う所で伊集院は前に一度見たこと
のある紙があるのに気づいた。その紙は、食堂へ行くときには見
なかったもので誰かが置いたものだと言うことは分かっていた。
伊集院はその紙を拾い、裏返してみた。
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偽物が 赤い服着た偽物が 己の恨み晴らすため
人を殺しに旅立った 我は本物 赤服の魔術師が
偽物処刑に旅立った 時の流れは終わりを告げ
助けのいらぬ幸せも 何処かと奥に消えていく
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伊集院はその紙を捨てると、時夫の部屋へと走り出した。3人
はその跡を必死についてきた。3人は何があったのかまだ気づい
ていなかった。
「時夫さん。時夫さん」
伊集院はドアを「ドンドン」と叩きながら言った。そして、反
応がないことを確かめるとスペアキーを使ってドアを開けた。
「誰も中には入らないで下さい」
伊集院はそういうと、自分だけ中に入り部屋のドアを閉めた。
伊集院は部屋に入るとまず、寝室を見た。乱れているとは言え
ないが、誰かが寝ていた形跡があった。そして、その場所に触れ
ると、いくらか温もりがあった。
「どこに行ったんだ時夫さんは?」
伊集院はそう言うと次の部屋を空けた。そこには想像もするこ
とのできないものがあった。
体全体の力が抜けていて、首は右斜め下に傾いていた。そして
十字架に張りつけられたように壁に付けられていた。それだけで
はなく、口からは赤い血を流し出していて、左肩から右腹部に渡
って大きな切り傷があり、そこから大量の血が流れ出していた。