AWC 虚美ぞ教えし  6   永山智也


        
#3509/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/10/20  20:54  (200)
虚美ぞ教えし  6   永山智也
★内容

 昼食のため、正午ちょうどにホテルのレストランに入った。ホテルの宿泊客
も、昼は別の場所で食事を取る者が多いのか、空いていた。やや窓寄りの、二
人用の席を選び、難しい名前のスパゲッティに海鮮サンドイッチ、それにスー
プとトマトサラダを頼んだ。
(どうしたものかな)
 これから選択すべき手段を求め、思考を重ねる。
 窓の向こうには、湖の深い青が広がっている。風はもう収まったのか、湖面
に立つ波はほとんどない。
(ホテルやペンションの人間に聞いて回っていては、大宮家に筒抜けになる。
いい顔されないのが、目に浮かぶよ。何かいい手は……住宅地に足を延ばして、
一年前の事件の関係者を捜してみるかな)
「菊池さん」
 女性の声に、菊池の思考は中断された。店内を振り返る。
「やあ。田原さんか」
 見上げると、田原の他にもう二人も揃っていた。田原以外の二人は、遠慮が
ちに距離を置いている。
「お一人で食事ですか? 進んでないみたいですね」
 いつの間にか、菊池のテーブルには料理が並んでいた。
「どんなに素晴らしい料理でも、一人で食べると味気なくなりがちだよ。とこ
ろで、この店は宿泊客じゃなくても利用できるんだね。知らなかった」
「ランチメニューは安いのもあるって聞いたから、入ってみたんです」
「もう食べ終わったところ?」
「いえ、まだです。ご一緒していいですか」
「僕はかまわないが、そちらの友達が」
 菊池が視線をやると、田原の友達二人はさほど嫌がる風でもなく、笑みをた
たえている。その内、痩せている方が一歩、踏み出して、口を開いた。
「あのぅ、昨日の朝は失礼しました」
「あ? ああ、自転車のときの。こちらこそ、無粋な格好で来てしまいまして。
何せ、ここまで立派なホテルだとは知らなくてね」
 レストランに入るのに厳格な服装制限がなかったのは、菊池にとって幸いだ
った。
「よく見たら、二枚目なんですね」
 まじまじと見つめてきたかと思ったら、痩せ気味の子はいきなり告げた。
「髪の毛、ちゃんとセットしたら、モデルが勤まりそう」
 さすがに菊池も面食らったが、鼻の頭をなでつつ、余裕があるように応じて
みせる。
「どうも。誉め言葉として受け取っておくよ。なるほど、そういう訳で一緒に
食事するのも悪くないと思ったのか」
「そんなことありません」
 相手は怒ったような口ぶりになる。
「顔だけで判断するような馬鹿じゃないもん。ちゃんと正美−−この子から話
を聞いた上で、いいと思ったんですから」
 痩せがちの子は、田原を指差しながら言った。いささか言い訳がましいが、
それなりにプライドがありそうな口調だ。青いノースリーブのワンピースが、
白い肌に映えている。どう見られているかを常に意識している。そんな質なの
かもしれない。
「重ねて光栄な言葉をもらえたものだね。とりあえず、自己紹介といこう。も
う知ってるだろうけど、僕は菊池内之介」
 痩せた子は竹森理恵、口数少ないぽっちゃりした子は小畑久美子と名乗った。
 それからボーイをつかまえ、席を移りたい旨を告げる。四人掛けの、湖がよ
く見渡せる席に当たった。
「あっ、髪が乱れちゃってる」
 窓ガラスに写った自分を見たのだろう、着席する寸前で、動きを止めた竹森。
「言ってくれればいいのに。直さなきゃ」
「気にしすぎよ」
 小畑がそう言うのに続いて、田原は微笑みながら言った。
「お手洗いならこの店の中にもあるけど、本格的な化粧室なら、外に出て、公
衆電話のある横を右に曲がったところよ」
「ん、ありがと。行って来る」
 竹森はいそいそと出て行き、ものの三分ほどで戻って来た。なかなかてきぱ
きと直したようで、ヘアスタイルはしっかり、まとめあげられている。
「お待たせしましたっ」
「元気いいね」
 隣の席に着く竹森を、苦笑いしながら見守る菊池。それから、視線を窓の外
へ移した。
「夜でも案外、きれいだったけど、やはり湖は青く見えるのがいいね」
 菊池はふと、つぶやいた。
「ほんとだ」
 田原達が同調する。
「君達も、昨日からここにいるんだろう? 改めて湖を見て、感心するもの?」
「ちょっとしたごたごたがあって、湖を眺める余裕なんてなかったんですよ」
 菊池の隣の席をいち早く陣取った竹森が答える。人見知りしない性格なのか、
すぐに打ち解けた話し方になっていた。
「でも、水が青く見えてる方が素敵なのは、本当だわ」
 田原が両手で頬杖を突き、ため息混じりに言う。その隣の小畑が小さな声で、
「元気出しなよ」
 と囁くのが分かった。
(何か変だな? 竹森さんの言う『ごたごた』を、無視するかのように……)
 菊池は、三人の食事が届くのを待ってから、話のついでに聞いてみた。
「何かあったみたいだ、田原さん?」
「分かります?」
 反応したのは竹森。いつ食べ物を飲み込んでいるのだろうかと不思議になる
ぐらい、よく喋る。
 田原を見れば、すでにあきらめているらしく、竹森が話すに任せた様子だ。
「正美ったら、ペンションのマネージャーと喧嘩しちゃって、かっか来ちゃっ
てるんです」
「喧嘩じゃないわよ」
 訂正する田原へ、菊池は尋ねた。
「じゃあ、田原さんはここに来たの、初めてじゃないんだね?」
「はい」
 ナイフとフォークを置いた田原。先ほどは菊池の食が進んでないと声をかけ
てきたのに、彼女自身も食欲があまりないようだ。
「一年前の夏休み、家族で一度来たことがあります。楽しいことは楽しいんだ
けど、もう家族で旅行っていう柄でもなかったから、半分、退屈してました。
二日目の昼には飽きて来ちゃって、一人で湖岸を散歩してたんです。そのとき、
たまたま会った人がとても……いい人で」
「いい人、ね」
 言葉の含むものを推し量りつつ、先を促す菊池。
「名前を水城拓弥と言って、大学一年生。この土地の生まれで、通ってる大学
は東京の方らしいんです。夏休みを利用して、実家に帰っていた水城さんは、
ペンションでアルバイトをしていたんです。昼間は外でボートの貸し出し、夜
はペンションの裏方さん。去年、私が泊まったのもペンションの方で、散歩の
ときに会ってから、帰るまでの三日間で、水城さんとよく話すようになって、
また会いたいって思うようになりました。水城さん、毎年ここでアルバイトす
る予定だと言ってたから、今年、また会えるかなって期待してたんです」
「その彼は、今年はバイトに来てなかった訳?」
「そうみたいです。見つけられないから、ペンションの人に聞いてみたら……
ひどいんです」
 思い出したくないのか、口元を押さえ、言い淀む田原。代わって、竹森が引
き継いだ。
「『水城? 知らないよ』って、言ったんだよね。その従業員の人、去年も水
城という人と一緒に働いてたはずなのに、知らんふりするんですって。それで、
ペンションの支配人みたいな人をつかまえて、聞いたら、『彼については、何
も話さぬよう口止めされております』だって。馬鹿丁寧な口調で、澄ました顔
してたわ。口止めされてる理由を尋ねても、何も答えてくれないから、喧嘩っ
ぽくになっちゃって」
 竹森の話に、思わず苦笑する。どうやら支配人と言い争ったのは田原でなく、
竹森の方らしい。
「何だか、おかしな話だね。結局、水城君の消息は分からずじまい?」
「そうなんです」
 再度、田原が答え始めた。
「アルバイトに来ていないんだったら、そう言ってくれてもいいと思うんです。
去年、水城さんと一緒にアルバイトしていた方も見かけたし、支配人の人も水
城さんを覚えているらしいのに……」
「ちょっと待ってよ」
 話の流れにストップをかける菊池。
「とにかく、食事を片付けながらにしようじゃない?」
 菊池の言葉に、三人も箸やフォークを手に取った。
「ペンションの従業員達が水城君について触れたがらない理由だけど、こう考
えたらどうだろう。あまり楽しくない想像になるけど、水城君は去年のバイト
の際、何か失敗をやらかした、とね」
「失敗……」
 田原のつぶやきに、菊池はうなずき返す。
「そう。お客さんに凄く迷惑をかけてしまうような、大失敗。そのため、水城
君は二度とここで使ってもらえなくなり、ペンションの人達も当時の失態を思
い出したくないから、彼について話したがらない」
「辻褄は合いそうですね」
 感心したような反応を見せたのは、竹森。
「正美、きっとこれだよ」
「うん……でも、仕事場の仲間だった人達が、揃って知らないって言うなんて、
あんまりだわ。どんな失敗か分からないけど、記憶から消しちゃってるのよ」
 田原の言葉を聞くまでもなく、菊池も今披露した自説には、いささか無理が
あるなと感じていた。
(ここにも、大宮家が絡んでいるようだなあ……。失敗をやらかしていようが
いまいが、たかがアルバイトの青年一人のために、かん口令じみた真似をした
のは何故だ?)
 そこまで考えてから、ふっと、菊池の脳裏に閃くものがあった。
(一年前の夏と言えば、女子高生が焼け死んだ事件があった頃と重なる。さっ
き、水城君はボート小屋でバイトしていた、と。そして、彼について話したが
らないペンション従業員……)
 ある直感が浮かんだ。当たってほしくない、嫌な直感だ。
「田原さん。一年前の夏、ここで痛ましい事件があったのは知っている?」
「ええ。高校生が自殺したっていう話ですよね? 私達家族が帰ったあとでし
たけど、ニュースで聞きました」
 話の飛び具合に対してか、田原はきょとんと目を丸くしている。
(あとになって、大学生が死んだことは知らないらしいな。それに、昨日、ホ
テルで人が死んだことも、同様に知らないようだ。こんな話を振っているのに、
何の反応もないんだから。ペンションの客にまで知らせる必要はないだろうけ
ど……釈然としない)
 腕組みする菊池へ、田原が尋ねる。
「そのこと、何か関係あるんですか。関係なさそうに思えるけど」
「いや、ちょっと思い出したものだから。その、水城君とは一年前に会ってか
らこっち、手紙なり電話なりでやり取りをしたかい?」
「ううん。とんでもないです」
 強く首を振る田原。心なしか、顔が赤くなったようだ。
「連絡先、聞かなかったのかい」
「あの人は大学生で、自分は高一だったから……遠慮しちゃったのかな、私。
それにまた来年、ここに来ればいいというのも頭にあったんです。約束した訳
じゃないけど、きっと会えると思っていたから……」
 語尾は聞き取れなかった。何も言わなかったのかもしれない。
 湿っぽくなった場を取り繕うように、竹森が声を張り上げた。
「私達のことよりも、菊池さんの話、聞きたいっ。でしょ?」
 田原と小畑に同意を求める。田原は黙ってこくりとうなずき、小畑は「うん
うん」と返事した。
 ありがたい、と菊池は思った。自分の思い付いた嫌な想像を、まだ話して聞
かせたくはなかった。
「肝心なこと、忘れてたけど、菊池さんのお仕事、何なんですか? 絵描きさ
んじゃないんでしょう?」
「絵は趣味の範囲。仕事ね……たいていのことはやるよ」
 一瞬、躊躇してから、菊池はさらりと答えた。
「どういう意味ですか?」
 小畑が聞いてきた。純粋に知りたいと言うより、むしろ、大人しくなった田
原の代わりを務めようとしている。そんな感じだ。
「今は無職なんだ」
「職業フリーターってやつですか?」
「フリーターは職業じゃないよ。定職がないって意味で、無職ね。強いて言え
ば、何でも屋ぐらいに受け取ってほしい」
「暮らしていけるんですかあ」
 小馬鹿にしたようなあきれたような、そんな響きが竹森の口調にはあった。
「楽とは言わないけど、何とかなってる。僕は運がいいらしくて、周りの人の
善意に助けてもらってる割合が大きいんだけど。その代わり、いつでも恩を返
せるよう、何でもこなせるようになろうと努めている訳。だから、なるべく色
色な仕事に手を出してきた」
「今まで、どんなお仕事をやってきたんですか?」
「バイトで比較的簡単にありつけそうな職を除けば……占い師、カメラマン、
コピーライター、探偵、通訳、司書、奇術師、プログラマー、教師、翻訳家−
−こんなところかな。まだあるけど」

−−続く




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