AWC 虚美ぞ教えし  7   永山智也


        
#3510/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/10/20  20:57  (200)
虚美ぞ教えし  7   永山智也
★内容
「ほ、本当ですか?」
 竹森や小畑だけでなく、落ち込んだ様子だった田原までもが、驚きの表情を
露にした。
「信じられないって? やりたいこと、できることを手がけていったら、こう
なっただけ」
「−−だったら」
 田原が、思い詰めた風情から、口を開いた。その顔を見返す菊池。
「水城さんがどこにいるのか、捜してください」
「探偵の腕を買ってくれるのかい? どの程度の能力なのか分からないのに」
 応じながら、話がおかしな方向に行っていると自覚する菊池。
(まずいなあ。馬鹿正直すぎたか)
「無理でしょうか?」
 身を乗り出さんばかりの田原を、小畑が心配そうに見上げる。
「お忙しいとか、お金がかかるとか……」
「日本では探偵という正式な資格はないんだ。だから料金はいいとしよう。そ
れよりも日数の問題があるんじゃないかな。君達、いつまでここにとどまるん
だろう?」
「あ−−明後日までです。明後日の昼ぐらいまで」
「およそ二日か。ここにいる間に見つけるのは、さすがに難しそうだけど、そ
れでもいいのなら」
「かまいませんっ。お願いします」
「そうと決まったら、水城君について分かっていること全部を聞かないとね。
住所や電話番号は無理みたいだから、まず大学名が知りたい。それから彼の写
真があれば助かる」
 一年前の事件に絡んでいるかもしれない。さらには、今度の依頼に関しての
大宮家の少し不自然な態度に、何らかの形で結び付いているかもしれない。そ
んな期待を込め、菊池は情報収集に取りかかった。

 ひとまず田原達三人と別れて、菊池は一年前の事件の情報をさらに得るため、
行動を開始した。と言っても、分かっているのは、水城拓弥という名前と、彼
の通う大学名だけ。田原は、水城の写真までは持っていなかった。
 水城が現在、どこでどうしているかを知るためには、彼が一年前の事件に関
係していようがそうでなかろうが、大学に問い合わせるのが早いだろう。当然、
菊池も真っ先に試してみた。
 しかし……ホテルの公衆電話から大学の教務課へかけた電話で、得られた収
穫はなかった。
「プライバシー保護のため、個人の情報は明かせません」
 この一点張りだった。
(話にならん。次は、この辺りの水城姓をリストアップして、一つずつ当たっ
てみよう)
 恐らく気の長い作業になるだろうと覚悟して始めた菊池だったが、結果は逆
になった。水城という姓の家は、L高原一帯の町にはなかった。ゼロである。
(おかしいな。水城君が自殺した学生だと仮定すれば、水城の名前があるはず
なのに。建築関係の仕事をしていたのなら、載せないはずないし。……待てよ。
事件後、居づらくなって、転居したのかもしれない)
 電話帳の表紙を見やる菊池。当たり前ではあるが、最新の物だった。一年前
に水城という家があったとしても、引っ越したのであれば、今の電話帳に載っ
ていなくて当然であろう。
(こうなったら、事件の方から探っていくしかない。水城君でなかったらそれ
でよし、なんだけど)
 大宮家から、一年前の事件を話題にするなとかん口令めいたものが敷かれて
いるのだとすれば、ホテルやペンションの従業員は無論のこと、この一帯の住
人に聞き込んだところで、有益な話は聞けない可能性が大きい。それどころか、
いつ大宮家に知れてしまうか、その心配を常に強いられるだけだ。
 そこで思い付いたのが、当然のごとく、新聞などによる記録を頼ること。ホ
テル一階の公衆電話に備えてある、電話帳に当たった。
「と、と……図書館」
 声に出しながら、ページを繰る。
 L高原一帯に、図書館は一件だけのようだ。よく分からないが、記されてい
る住所は、少し道を下らなければならない場所らしい。
(行けない距離じゃない。とりあえず、最低限の足場は見つけた。図書館には、
新聞のストックがあるはずだ。−−あとは、インターネットカフェみたいな場
所があれば、そこから検索できるかもしれない)
 そちらの可能性を当てにして、再び電話帳を繰る菊池。しかし、今度のお目
当ての記載はなかった。
(電機店の店頭にあるやつを、長時間、いじる訳にもいかないだろうし……。
近くの学校に行って、コンピュータを使わせてもらう……なんて、無理だろう
な。ホテルにはパソコンがあるだろうけど、大宮家に知られたくないからそれ
も却下。残るは、マスコミ関係に直接)
 こちらも空振りに終わった。地元新聞社という風な物が、この辺りには存在
してないらしい。
(図書館だけか、結局は。しかし、距離があるなあ。タクシー代、手持ちの分
で足りるかね? 中村は仕事があるから、そうそう頼る訳にいかないし)
 そこまで頭で考えて、急に笑いたくなった菊池。実際、自分の馬鹿さ加減に
吹き出してしまいそうだ。
(わざわざ図書館で調べなくても、中村が新聞を残しているかもしれないじゃ
ないか。もし残していなくたって、水城という名前を出せば、思い出すかも)
 手近にある情報源を利用しない手はない。情報がまだあるかどうかは不明だ
が、幸い、中村は信用できる旧友だ。L高原において、気兼ねなく話してくれ
る唯一人の地元の人間と言っても、決して大げさでないだろう。
 菊池は、図書館の電話番号と住所を記した手帳を仕舞うと、再び管理小屋を
目指した。

 八月半ばを迎え、観光客は再び増え始めたようだ。ホテルへ続く道を行くと、
学生らしきグループや家族と、何度もすれ違う。その誰もが、陽気な表情をた
たえており、楽しげだ。
 だが、少なくとも一人、菊池の足取りは重かった。
 中村は一年も前の古新聞を置いてはいなかったが、水城という名前を菊池が
口にすると、この水門番は暗い顔をしてうなずいたのだ。悪い予感が当たって
しまった。
(こんな結果に行き着く場合も見越して、引き受けたとは言え……あの子にど
う伝えたらいい?)
 事務的態度に徹し、事実を淡々と告げるべきかもしれない。菊池は水城に会
ったことはないのだし、水城に対する田原の気持ちの正確なところも知らない。
どんなきれいな言葉で包もうと事実は変わらないし、彼女を慰める適切な言葉
を持ってもいない。
 客観的な『事実』も、すでに入手していた。図書館までタクシーで行き、関
係する記事をコピーしてきたのだ。事件について、女子高生が焼死体で見つか
ってから、水城が自殺体として発見されるまでが、地元紙だけでなく、全国紙
にも割と大きな扱いで掲載されていた。女子高生の命日については、中村にも
記憶違いがあったらしく、実際に彼女が死んだ日付は昨日だと分かった。
 事件の様相が残酷で、女子高生の死が絡んでいるせいか、当時、未成年者だ
った水城も実名報道されていた。
(外見は誠実そうだな)
 水城の小さな顔写真を見て、菊池は思った。水城がレイプ犯ではないと信じ
たい気持ちから起こった、一種の気休めである。
 自殺−−とされている−−の方法は、毒物の嚥下だった。ペンションの裏、
やや離れた雑木林の中で、木の幹にもたれ掛かって死んでいる水城が発見され
ていた。女子高生の焼死から数えて、二十一日目。実際の死はその前日だった
らしい。毒物については、何の記載もなかった。
 被害者とされる女子高生の方は、遺体の発見時は「有山礼子」と、実名が明
かされていたが、事件の全貌が形作られる内に、伏せられたようだ。
(田原さんに伝えるのは、水城君が無実である状況を固めてからの方がいいか
もしれない)
 菊池は水城の無実を信じることにした。それだけ、不自然さが目に付くのだ。
 時計で時刻を確認する菊池。およそ三時四十分。夕食のとき、田原にそれま
での成果を伝える約束になっているのだ。
(夕食の時間と言ったら、だいたい七時ぐらいか。残り三時間と少しで、水城
君の濡れ衣を晴らすのは……難しいに違いない)
 心の中の声を落とす。
 だが、次の瞬間には、気を取り直すべく、強く首を振った。
(水城君のことを聞いたら、彼女はきっと、真相を明らかにしてくれと言うは
ずだ。僕自身、このままにはしておけない。少しでも早く、真相にたどり着く
ために動くべきだ)
 自らを鼓舞して、菊池は、アスファルトを踏み締める足に力を込めた。
(彼の親御さんに会いたいが……探し出すだけで、時間を食うのは間違いない。
畜生、大宮家は知ってるんだろうけど、聞く訳にいかないし、黙って教えてく
れるとは考えにくいや。
 ああ、何か、取っ掛かりがないか? 不自然さは自殺の件に限らず、いくら
でもある。だが、大宮の人達に有無も言わせない、決定的な手がかりが見当た
らないんだ)
 ペンションの前を通り過ぎる。気分的に、顔を背けてしまった。田原達と顔
を合わせるのは、今は嫌だった。
 その内、ホテルの玄関が見えてきた。
「お。やあ、お待ちしていましたよ」
 ほとんどずっと、斜め下を見つめながら歩いていた菊池は、馴れ馴れしい声
に顔を上げた。
「刑事さん」
 昨日の夜、散々、菊池を詰問した二人の刑事の内、年長の方が仁王立ちして
いた。いくらか髭が伸びており、服装は昨日と変わっていないようだ。
「睦吉の件、まだ片付いていないですか? 事故死となったんでしょう」
「残務処理のようなもので」
 刑事は答えてから、不思議そうに目を細めた。
「菊池さぁん? 今、睦吉と呼び捨てにしましたね?」
「ええ、確かに」
 内心、しまったと思いつつ、平静を装う。
「見ず知らずの人とは言え、亡くなった方を呼び捨てにするとは、お若いのに
偉く傲岸不遜ですな」
「決して、そんなつもりはありませんでした。変な話に聞こえるでしょうが、
僕は外国での生活が長いのです」
「何か関係が?」
 刑事は、訝しそうな視線を保ち続けている。
「普通、英語圏ではミスターを付けます。日本語にすれば、『〜氏』という意
味となり、改まった感じがします。困ったことに、英語には日本語の『〜さん』
に相当する単語がない。ミスターでは範囲が広すぎる。僕はそのことを強く意
識してまして、つい、日本語を話す際にも『さん』付けを忘れてしまうんです」
「……ふむ」
 刑事は、納得できたようなできていないような、中途半端な表情でうなずい
た。無理もない。菊池自身、とっさに出た言い訳なので、よく分からないまま
理屈をこねていたのだから。
「それよりも刑事さん、呼び止めるからには、僕に何か用があったんじゃあな
いですか」
 虚を衝いて、話をすり替える。
「そうだった。昨晩、あなたから伺った話で、確認したい点が出てきたもので
してねえ。先に聞いておきましょうか。嘘は言ってないですね?」
「はい」
 隠している点はいくらかありますけど。頭の中ではそう言い足す菊池だった。
「いったい、何を確認したいんです?」
「睦吉がレストランで食べた料理について……菊池さん、あなた、こう言って
おられた。『睦吉氏はブロッコリーを残した』って」
「言いましたよ。他にパセリとチェリーも」
「パセリなんかはどうでもいい。睦吉は確かに、ブロッコリーを食べていなか
ったんだね?」
 刑事の語勢がきつくなった。
「ええ。皿にまるまる残っているのを、僕は見ました」
「勘違いしてるんじゃないか?」
「僕はもうろくしていませんし、視力も悪くない」
「おかしいな」
 首を捻る刑事。
「何が? 教えてください」
「……睦吉氏の遺体を解剖した結果、胃の中に未消化の食べ物があった。時間
的に、あなたが証言した食事の時刻と合う。だが、ブロッコリーまで見つかっ
たんですよっ、全く」
「本当に? ……そのブロッコリーの消化され具合も、午後四時から五時の間
に食べた物と見なされる程度なんですね?」
「ああ。だから混乱してんだ」
 粗野な言葉を吐く刑事。いい加減、丁寧口調を続けるのに肩が凝って、疲れ
てきたらしい。
「可能性は……少なくとも二つありますね」
「−−何ですか。捜査の真似事ですか」
「はい、真似事です。お困りのようだから、意見を述べさせてもらおうかなと」
「面白い。聞きましょうか」
 刑事は案外、簡単に乗ってきた。
(大宮家からの圧力で、捜査が中途半端なまま終わりそうなので、心労が溜ま
ってるんだな、きっと)
 菊池はそんな想像をしながら、これ幸いとばかり、意見を口にすることにし
た。道路沿いにぽつんぽつんと置かれている木製のベンチが一つ、空いていた
ので、そちらに移動してから、おもむろに始める。

−−続く




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