AWC 虚美ぞ教えし  5   永山智也


        
#3508/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/10/20  20:51  (200)
虚美ぞ教えし  5   永山智也
★内容
「どうして? 動機がないわ」
「つまらぬ探偵仕事にふと嫌気がさして、ターゲットを殺害したのかもしれま
せんよ」
 せめてもの慰めに、皮肉を込める菊池。
(日本人相手だと、気疲れが多いような感じがする……)
 対して、真理子はくすりと微笑んだ。相変わらず、芝居がかっている。初対
面時の日本人女性らしさはどこへやら、今朝の彼女は派手さばかりが前面に押
し出されている印象だ。
「もしそうだとしたら、あなたは天才か大馬鹿者ね」
「−−僕が犯人なら、自らを追い込むような証言はしない、ですね?」
 先回りをする菊池。これがやりたくて、話の流れをわざとこちらの方へ持っ
ていったのだ。
「そういうこと」
「分かりました。結局、依頼はどうなるんです? 睦吉が何を狙っていたのか、
分からずじまいのままですが」
「もういいわ」
 あっさり言い放つ真理子。
「あなたはお役御免。報酬は約束通り差し上げるから、安心してちょうだい」
「ありがたいんですが、それよりも僕はここが気に入りました」
 どういう意味という視線を向けてくる真理子。菊池は部屋に一つの大きな窓
から、外を眺めた。雲の小さい固まりがそこここに浮かぶ青空の下、風が木々
の枝葉を揺らすのが分かった。
「一週間、ホテルに部屋を取っていただいたんでしたね? できるのであれば、
期限いっぱい、滞在したいのですが」
「そんなこと。別にかまわないわ」
 真理子はおかしそうに笑い始めた。今度ばかりは、本当におかしがっている
ようだ。背をわずかに丸め、手で口元を押さえている。
「感謝します」
 菊池は頭を下げ、ドアに向かった。
 廊下に出ると、彼は首だけ突き出すようにして、辞去の挨拶をした。
「また何かの機会に、お目にかかれるかもしれません。そのときはまたよろし
く頼みます」

「すっきりしない」
 菊池はホテルに直接帰らず、中村について管理小屋に寄っていた。人出は、
平日のせいか、昨日よりは少なくなっている。
「頭の中に霞がかかるなんて、久しぶりだよ」
「思いの外、バカンスを楽しめる運びになったのに、何が気にかかっている?」
「さあね。細かい点がいくつかある。例えば、あっさりしすぎってこと」
「大宮家が手を引いたのが早すぎるって訳か」
「そう。睦吉が死んだからって、それでおしまいってのは納得できない。何を
根拠に、睦吉に仲間はいないと判断したんだろうね」
 菊池の問いかけに、中村はまず、グラスを渡した。例によって麦茶だ。自ら
もそれを一口飲んでから、応じる。
「睦吉一人しか、怪しい奴はいなかった……というのでは弱いだろうな」
「もちろん。実際に動くのが睦吉で、裏で報告を待つ誰かがいるかもしれない。
まだある。仮に睦吉が一人で動いていたとしよう。それでも危険は残るんだ。
これまでにもう、あいつが何らかの材料−−大宮家にとって不利なネタを掴ん
でいれば、どうなるんだ」
「警察は睦吉の荷物を改めなかったのか?」
「いや、当然、調べただろうね。だけど、大宮家の言うことをすんなり聞いた
ぐらいだから、何も出て来なかったんだろう。睦吉にしたって、苦労して手に
入れた物を持ち歩く必要があったと思えない」
「では、睦吉は自宅に何かを持っているかもしれない……」
「あり得るだろ? 少なくとも、考慮してしかるべきだ。なのに、真理子さん
は全く心配していない様子だった」
「聡明なあの人が、そんな簡単な点を見落とすはずないな」
 うなずく中村。が、すぐに頭を振った。
「いや、決めつけてはいかん。誰でもうっかりするときはある。睦吉に何も掴
まれていない自信があったとすれば、真理子さんの態度も不思議じゃない。菊
池、それだけの理由で深読みするようじゃ、初手から甘いぜ」
「わざわざ特別に、水を買うのも気になるんだ」
「節水という、ちゃんとした理由があるじゃないか。それにそのことと睦吉と、
何の関係があるんだって?」
「分からないよ。分かっていれば、悩みはしない。不自然な点がいくつかある
のに、それがちっともまとまらない。だから、すっきりしないんだ」
「面倒な性分だな」
「中村。僕がここに残ると決めたのは、まだもやもやが取れないからだ。隠さ
れた真相なんてものがあるのなら、知りたいんだよ」
 強い調子で言い切ると、菊池はそれまで口を着けていなかったコップの中身
を、一気に干した。
 中村はやれやれと、ため息をついた。
「全くもって、面倒な性分な奴だぜ。俺がおまえの立場なら、報酬をもらっ
て、さっさと引き返すね。すっきりしなけりゃ、早くここを離れることだ」
「君の考えはよく分かった。だが、僕が知りたいのは、そんな話じゃあない
よ。君はここ、長いんだったね?」
「十年ほどだ」
「ここL高原で、これまでに何か、特記すべき事件や事故は起こっていないの
かい? 大宮家に関わっているいないは別にして、だよ」
「聞いてどうする?」
「僕がすっきりするための、参考になるかもしれない。ならないかもしれない
けど」
 おどけて答えた菊池。
 中村は苦笑いをしながら、話を始めた。
「特別な出来事なあ……。人造湖建設の件は置くとすれば、めぼしい物はせい
ぜい一つか二つ」
「いいから聞かせてくれ」
「ちょうど一年になるかな」
 座り直した中村は、語るべき話をまとめるかのように上目遣いをした。
「断っておくが、第三者の俺としちゃあ、関係者の名前なんかは記憶にない。
覚えているのは、事件のことだけだ。−−大宮のやってるペンション、知って
いるだろう? あそこに宿泊していた客が自殺したんだ。L高原が一大観光地
になってから、初めての事件と言えるな」
「まさか、大宮家の介入で、他殺の可能性があるのに、自殺の結論に丸め込ん
だなんてことはないだろうね」
「知る限りじゃ、そういう経緯はなかったみたいだぜ。もっとも、自殺か殺人
なのか、警察内でも意見が割れたという噂はあったがね」
「そう言えば、どんな死に方だったんだい? ぱっと思い付くのは、湖で溺死
だけど」
「違うんだ。焼身自殺さ」
「焼け死んでいたのか!」
 思わず声を上げる菊池。いささか驚いた。湖に面した観光地で、炎で命を落
とすのは、まるでそぐわない。
「しかも、死んだのは女子高生だ。そう言や、ちょうど今日が命日じゃなかっ
たかな。それはともかく、普通なら、入水の方がまだきれいなイメージがある
から、そちらを選びそうなもんだろ」
「あ、ああ……。自殺するような理由はあったのかい?」
「遺書はなかったんだ。だが、警察のその後の捜査で判明した事実があった。
その子は、レイプされたショックで自殺したとされた」
「何て言うか……壮絶だな」
 唾を飲み込む。
「それに、言い尽くしがたい違和感がある。レイプされたショックで自殺を考
えるというところまでは、まだ理解できる。だが、よりにもよって焼身を自殺
の手段に選ぶなんて」
「俺が出した結論じゃない。警察が言ってるんだ」
「承知してるよ。とにかく、警察のその後の捜査とやらについて、聞かせてく
れないか」
「そのつもりだ。捜査と言ったって、警察の手柄で事件が解決したんじゃない。
勝手にレイプ犯が名乗り出たのさ。名乗り出たとは正確じゃないんだが……つ
まりだ、女子高生を襲った男の方も自殺したんだよ」
「……罪の意識に耐えかねて?」
「そういうお決まりの筋書きになっているようだ。男は地元出身で、東京かど
こかの大学の学生だった。当時、夏休みだったそいつは帰省しており、ペンシ
ョンでアルバイトをしていたんだっけかな」
「その学生が自殺した女子高生を襲った証拠は、見つかっているの?」
 中村は首をひねりながら、菊池の質問に答える。
「女子高生の遺体は焼けちまってるんだから、襲われたかどうかなんて、確か
められるはずもない。物的には、男が残した遺書だけ。しかもその遺書は、ワ
ープロ文書ときてる」
「学生の筆跡は、全くなしか」
「そういう風に聞いてるぜ。学生の携帯ワープロに残っていたから、その男が
書いたものに違いないという単純な論法だな。まあ、情況証拠とも呼べないよ
うな目撃証言は、いくつかあったみたいだな。ペンションでバイトしていた学
生が、女子高生に声をかけていたとか、言い寄っていたとか」
「……詳しいな」
 気になってきたので、菊池はその点を質すことにした。
「名前は覚えていないのに、状況はよく知ってるじゃないか」
「一時は大騒ぎだったからなあ。犯人とされた学生の親が、簡単には引っ込ま
なかったのさ。当然だな。だが−−お待ちかねの大宮家、登場だ」
「何だって?」
「大宮家が金を出して、話を収めたんだよ。観光地のイメージを守るために、
かなり強引にね。学生の親というのが、大宮開発と少なからず付き合いのある
仕事−−言ってしまえば建築関係をしていて、仕事の注文を得るためには、金
を受け取って引き下がるしかなかったんだな、恐らく」
「ちょっと待て。じゃあ、その親御さん達が、大宮を恨んでいる−−」
「筋違いだろ」
 菊池の見解を、言葉の途中で一蹴する中村。
「恨むぐらいなら金を突き返して、信じた通りに最後までやればいい。よしん
ば、仕事の上下関係を大宮が持ち出したのを恨んでいるとしても、睦吉を雇っ
て内情を探ろうなんて、まだるっこしい手順を踏む必要はないと思うね。大宮
開発の、決してきれいと言えないやり方を、身を持って経験しているのだから」
「僕もその意見に賛成するよ。しかし……君がドライになったのには、驚いた」
「昔と違うって?」
 自嘲気味になる中村。ずれていない眼鏡を、意味もなくいじりながら、彼は
続ける。
「変わりもする。大宮に使われるようになって長いせいだな、きっと」
「今の君なら、充分に探偵が勤まるね。今度の楽な仕事を、よくぞ譲ってくれ
たものだ」
「皮肉か、それとも冗談か? 後者なら、全然面白くない。俺だって結果がこ
うなると分かってりゃ、やったかもしれんがな。近頃の俺は覗き屋根性が強く
てな、どうも信頼されていないようだ。忠実な水門番の地位は、辛うじて失わ
ずに済んでいるものの」
「そして僕は、忠実な探偵の役を、一時的に演じた訳だ」
「−−これからは忠実でなくなるんだな」
 今更ながら、けしかけるように言った中村。菊池は最初からそのつもりだっ
たので、静かにうなずいた。
「トラブルはそれぐらいかい? 一つか二つと言ったが」
「女子高生の自殺と、学生の自殺とで二つだ」
「なるほどね。あと一つ、女子高生が焼け死んだとき、灯油か何かを使ったん
だろう? どこで手に入れたのか、想像つかない。旅行先で買うとは思えない」
「ボートの燃料さ」
 中村は簡単に答えた。
「岸辺に、ボートの貸し出し小屋があるだろう? やはり大宮がやっているん
だが、あそこにはエンジンボートも置いてあって、燃料が保管されている。そ
れを盗み出したのさ」
「……いいことを聞いた。納得できない点が増えたんだからね」
「不自然な状況だって言いたいんだろ? わざわざ燃料を盗んで、焼身自殺を
図るなんて」
「それもあるし、女子高生はボート小屋に燃料があると知っていたのかい? 
ショックを受けて自殺を考えた子が、たまたま押し入ったボート小屋に燃料を
見つけ、焼身自殺を思いつく? 非常に奇妙な状況だね。そうそう、着火の道
具の問題もあるな。煙草でも吸わない限り、女子高生がライターかマッチを持
っているとは考えにくい。花火でもやろうとしていたのかな?」
「……そういう話は聞いていないな」
 火を起こす道具については死角になっていたらしく、中村は小さくうなずき
ながら答えた。
「だが、小屋にあったと言われたら、それまでだぜ」
「不自然さの傍証にはなる。小屋の戸締まりはどうなっていたんだろう? 仕
事柄、君は詳しいんじゃないか?」
「普段は鍵をかけてあるが、一年前の事件の日は、たまたま、かけ忘れていた
ことにされたっけな」
「……帰りたくなってきたね」
 辟易して、口元を歪める菊池。勝手に動き回れば、大宮家から妨害が入るか
もしれない。そんなことを予想して、気が滅入る。
「じゃ、帰れば?」
「ご冗談を」
 中村の素気ない応答を、菊池は軽く受け流す。
「僕にとったら、頭の中をすっきりさせる方が大事だよ」

−−続く




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