AWC ヴォールの紅玉(37)       青木無常


        
#3493/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  96/10/ 6  18:50  (200)
ヴォールの紅玉(37)       青木無常
★内容
 シャダーイルにひきつれられて魔怪と化したデュバルが出現する、まさにその瞬間
に顕現した現象である。
 が――今度にかぎっては、亀裂が破れてその内部から魔怪があらわれることなく、
虚空にうがたれた異様な紋様はうすれるようにしてみるみる消えていくのであった。
 ダルガ、とシェラは口の内部だけでつぶやく。
 すると、呼応するようにして、さきほどとはかなり離れた空間の一点に、再度、あ
り得ざる亀裂がびしりとはしりぬけた。
 そしてまたもや――まるで一瞬のみ天空を引き裂いて消える稲妻のように、きざま
れた亀裂はゆっくりとうすれて消えた。
 デュバルの魔力が作用したのか、この世界の裏側へと死闘の場は移された、という
ことらしい。
 そして悪夢のような闘争をくりひろげながら“場”は、この世界への接点をかすめ
ながら移動をつづけているのだろう。
「ダルガ!」
 叫んでシェラは反射的に走りかけ――アリユスとレブラスとの死闘が現に眼前で展
開されていることを思い出して、われにかえった。
“風の槍”を肉の魔怪にむけてとぎれめなく放ちながらアリユスは、ちらりと横目で
シェラを見る。
 背後でおこっている怪現象にはアリユスもどうやら気づいていたらしい。
 肩ごしにシェラに向けて視線で小さくうなずいてみせるや、そちらの方角でおこっ
ているできごとにはいっさい興味をなくした、とでもいいたげに背をむけ、切断され
てもだえる妖魔をにらみつける。
 その背にむけてうなずきかえし――シェラは移動していく虚空の亀裂を追って走り
出した。

「おお!」
 頭ごしにもちあげられて投げつけられたシャダーイルの巨体が、ず、ずんと重い地
響きをひびかせながら洞窟を震撼させた。
 ぐふ、とうめきながら上体を起こしかけたところへ、上空から投下弾のようにマラ
クの赤い巨体が降ってきた。
 肩口に、重い頭突きの衝撃がきざみこまれる。
 黒い巨魔の肉体が反動でふるえながら大きくバウンドし、大の字になった。
 は、は、は、は、と哄笑しながらマラクは立ちあがり、大きくひろげた手のひらを
ツノの渦まくシャダーイルの顔面にがしりと食いこませた。
 みちみちと、妖魔の頭蓋が音を立ててきしみはじめる。
 黒い喉が苦鳴らしきうめきを低くひびかせた。
 笑いながらマラクは残る三本の腕で巨体をおさえこみ、くわえこんだ頭蓋を圧搾す
る手のひらにいっそうの力をこめた。
 その哄笑が、徐々に、とだえていった。
 とだえさせたのは、力だった。
 合計四本の腕を駆使しておさえこまれた形のシャダーイルの上体が、壮絶なふるえ
とともに圧搾する力にまっこうから抗して、もちあがりはじめたのである。
「シャ……ダーイル!」
 上からおさえこむ形のマラクの声に、苦悶がきざまれた。
 頭蓋を圧搾されたまま、黒い巨魔の口もとに笑いがうかぶ。
 ぶつかりあう力と力の均衡が、じりじりとおし戻されはじめた。
 両者の表皮から、どす黒い汗が滝のようにしたたり落ちる。
 かみしめた奥歯の底にうめきをおしころし、筋肉が生きた山のようにもりあがった。
 四本の腕を駆使して上からおさえこむ有利にもかかわらず、マラクの圧力は黒い巨
魔の、機械のように着実な膂力にもちあげられて――
 そしてついに、赤い妖魔のみごとに均整のとれた巨大な女体は、バーベルのように
シャダーイルの頭上にさしあげられた。
 ごお、と吼えた黒い妖魔の口から青いしぶきが衝撃となって捕縛するマラクの手の
ひらに打ちかかる。
 思わずはずした瞬間に――投げられていた。
 湖にむけて。
 だぷ、と重い水をわって赤い巨体が沈み――
 起きなおるよりはやく、黒い巨体の襲撃を受けた。
 軽々と宙に舞ったシャダーイルの巨体が起きあがりかけたマラクの肉体を水中にお
し戻し、両者はもつれあったまま青い水の底になだれこむ。
 巨大な質量におし戻されて荒れ騒ぐ水面が岸まで重い波をはねあげた。
 その水をわって、肉体と肉体が真正面からぶつかりあった。
 肩を腕を、全身をぶつけあい、そのたびに重い水がどろどろとのたうった。
 打ちかかり、たおれこみ、おり重なって水の底に沈み、腕をとり、脚をからめ、吼
え猛り、なぐりあった。
 気づくのに時間がかかったとしても無理はなかっただろう。
「マラク!」
 肩関節を逆にとって背中側からおさえつけた形をとったシャダーイルが、ふと周囲
を見まわして驚愕の声音で赤い妖魔の名を呼んだ。
 苦鳴をあげつつ、黒い巨魔の呼び声のただならぬひびきをききとり、マラクも薄目
をあけて四囲に視線をはしらせ――
 違和感を驚愕にかえる。
 二匹の妖魔はそうして、熱狂し没入しはてていたはずの互いとの闘争をもいつの間
にか忘れはてて左右にわかれ――呆然と周囲に視線をめぐらせた。
「水が――」
 惚けたような口調でつぶやくマラクの言葉を受けて、シャダーイルも驚愕を全身に
たたえたまま無言でうなずいてみせた。
 地の底の祭壇をかこんで満々とたたえられていたはずの青い湖が――潮がひくよう
にしてその水位を、みるみる下げていく。
 重い“ヴォールの血”をたたえた湖がいま、枯れようとしているのであった。

    31 夢現界の死闘

 重い永遠の苦しみを体現するうめき声が混沌の地を蹴りつける。
 骨白の刃が風となってダルガの頬をかすめ過ぎた。
 裂かれた皮膚から、つ、とうきあがった血の筋がしたたる。
 ひきずりこまれるようなめまいの感覚とともに、気づいたら四囲をかこんでいた異
様な魔界は、ときにふみしめる大地をさえ喪失させてつねに流動しながら渦まいてい
た。
 避ける動作ひとつ、ままならない。
 死はつねにかたわらによりそっていた。
「これはもう、剣の勝負じゃないぜ、デュバル……」
 うごめく足場を必死でかためながらダルガは、狂気の炎を血走らせた対手にむける
でもなく、つぶやくようにしてそういった。
 対するデュバルは、熱気を吐息にのせて吐き出しながらのびあがるようにして針山
と化した全身を大きくひろげ、異様な声音で吼えた。
 哄笑をしぼり出すようにしてわめきあげながら歓喜にゆがむ顔は、泣いているよう
にも見えた。
 血の涙を流しているせいだった。
「これぞ、おれの望んでいた闘争だ!」
 泣きながら叫んだ。
「おれは最強だ! だれにも負けない!」
 吼え猛り、ふいに何のまえぶれもなく弾丸と化して突進してきた。
 剣をふるいつつ、ゆらめく地を蹴りつけて体をかわす。
 白い刃がかけてはじけ飛び、すぐに青白い燐光とともにより強力な刃が生え出てき
た。
 おお、とむき出したデュバルの歯は、半分以上が牙と化していた。
 血のよだれをたらしながら、にい、と笑う。
 そこでふいにダルガは気づいた。
 胴を斬りつけたときに飛び散るのは、青黒い妖魔の血液だ。
 が、その双眸から滂沱と流している血の涙は――赤い。
「あそこだけ、人間か」
 つぶやき――
「デュバル!」
 叫んで、瞠目しつつ渾身の力をこめて一撃を打ちこんだ。
 おお、と叫んでデュバルは、その一撃を真正面から受けとめた。
 剣の鋭利な先端が、胸から背中につきぬける。
 ぐふ、と妖魔の口の端から青黒い血がはじけた。
 そのまま、その唇が笑いの形にゆがむ。
「剣をとったぞ」
 言葉どおり、剣は妖魔の肉体にかみこまれたように、押しても引いてもびくともし
なくなっていた。
「決着だ“闇の炎”」
 ふん、とダルガは真正面から炎と燃える妖魔の瞳をにらみつけた。
「これが決着か、デュバル」
 あきれたような口調で、そういった。
 いぶかしげに見かえす妖魔に、嘲笑を投げかけた。
「人間だったころのおまえなら、デュバル、おれの突きに対するにこんなぶざまな受
け方はしなかったぞ」
 ぎ、と、妖魔の唇が憎悪にゆがんだ。
 かまわず、ダルガはつづける。
「いまのおまえは斬られても支障がないことをたのみに、ただやみくもに斬りかかっ
てくるだけだ。嘆かわしいな。あの背筋を凍らせるような突きは、妖魔と化したおま
えには無用のものか。血を吐く思いで会得した技は、すべて妖魔と化して無用の長物
とするためのものだったのか。デュバル――これが、おまえの望んでいた、決着とや
らだったのか」
「そうだ!」
 と、妖魔は――全身を痙攣するようにはげしくふるわせながらわめき放った。
「これが決着なのだ! おれが最強なのだ!」
 吐きかける言葉とともに、炎のような熱気が噴きかかってきた。
「そうかよ……」
 うめくように口にしてダルガは、剣の柄から手をはなし――デュバルの、針山のよ
うな肉体を蹴りつけた。
「おお?」
 ふいをつかれた形で宙に飛ばされたデュバルの肉体が、どさりとうごめく地に落ち
る。
「おまえはもう、剣士じゃないんだな!」
 狂おしく叫びながらダルガは、ころがるデュバルを追ってはしった。
 一瞬の静止をとらえて、かみこまれたままの剣の柄を上から思いきりふみしめた。
 ずず、と、肉をつらぬくような不気味な感触とともに刃は、デュバルの背後の地面
に深く突きたてられる。
 ぐおお、とわめきながら妖魔は、刃と化した右腕をふった。
 ダルガはふわりと飛んで後方にすさる。
 ゆらめく足場によろめきながら何とか体勢をととのえ――刃をぬいて起きあがりか
けるデュバルに向けて、両手をひろげた。
 いぶかしげにながめやる妖魔に、いった。
「お手上げだ。おまえの勝ちだ。殺せよ」
「おれの勝ちか」
 デュバルは、狂的な笑顔を顔面にはりつけて問いかえした。
 ああ、と、うつろな表情でダルガはうなずいてみせた。
「おまえの勝ちだ」
 そうか、とデュバルは牙をむき出しにして笑った。
 笑いながら、鉤爪のはえた足をぐいと一歩、ふみだした。
「おれの勝ちか」
 いいながら、横隔膜を大きく上下させてあいかわらずうめきつづけていた。
 つきせぬ苦痛と不快に、たえきれぬようにあげる苦鳴であった。
「おれの内臓は生きながら腐れていくのだそうだ」
 そして、そういった。
 眉宇をよせて見かえすダルガに、滂沱と血の涙を流しつづけながらデュバルはつづ
けた。
「地獄の苦痛が、おまえに裂かれた腹から絶え間なくおれをさいなみつづけているの
だ」
 くいしばった牙をむき出した。
「おまえを殺せば、おれの復讐はおわる」
 ずず、と、また一歩をふみだした。
「おわるのだ!」
 癇癪を起こしたようにして、叫んだ。
 そして、憎悪を噴き出させつつダルガの目をつらぬくようににらみつけた。
「なぜ、剣を捨てる!」
 ダルガはますます眉宇のしわを深める。
「捨ててはいない」
 小さくいった。
 かぶせるように、
「捨てた!」
 とデュバルは叫んだ。
「おまえは、おれと刃をまじえるのを、拒否したのだ!」
 言葉に、ダルガはむっとしたように唇をへの字にゆがめた。
「それは、おまえがすでに人間ではないからだ」
 腕を組みながら、傲然とそう告げた。
「好きなように斬りつけられる。そしていくら斬っても、おまえは死なない。――刃
をまじえても、意味がない」
「立ちあえ!」
 化物はもう一度、叫んだ。
 二年の歳月を経て、ふたたび対峙を果たしたあの、邂逅の時のように。
 胸に突きたてられた剣を、ずずずとぬいた。
 ぬいて、ダルガの眼前に放りだした。
「剣をとれ! とって、おれと闘え!」
 血を吐くように、吼えた。
 ダルガは――そんなデュバルの様子を真正面からにらみすえていたが、やがて組ん
だ腕をますます深くして胸をそらし、




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