AWC ヴォールの紅玉(35)       青木無常


        
#3491/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  96/10/ 6  18:43  (200)
ヴォールの紅玉(35)       青木無常
★内容
 首わきから腿近くまで――切断面はささくれ、焼け焦げたように黒く炭化していた。
 人間であれば、とっくに死んでいるだろう惨状であった。
 ガレンヴァールの呪力の凄絶さを物語っている。
 同時に、そのガレンヴァールの攻撃をいともあっさりと防いでしまったシャダーイ
ルの底知れなさをも想起させた。
「あの男はどこにいる」
 憎悪にみちた視線が、二人に問いかけた。
「あ……地下へ……」
 迫力に圧されて思わず、といったていでシェラが答える。
 アリユスが補足した。
「シャダーイルがつれていったわ。あちらにある竪穴の中よ」
「祭壇か」
 マラクの言葉に、アリユスとシェラは思わず顔を見あわせていた。
 気づかぬげに赤い妖魔は、ぎりぎりと音を立てて歯がみした。
「シャダーイルめ。あれはわが獲物だ。手出しは許さぬぞ」
 炎のただよってきそうな口調で、吐き捨てた。
「あら残念ね」
 思わずアリユスは口にしていた。
「ガレンヴァールの攻撃はぜんぶ、シャダーイルに敗れたわ。その上、彼、肩を砕か
れて半死半生よ」
 侮蔑の意図があったわけではないが――ぎろりと、獰悪な視線がアリユスの頭上か
ら下った。
 憎悪がそのまま、ハンマーの一撃と化して下ってきそうな凝視であった。
 殺されるか、と思ったが――ながい凝視の後ふいに、妖魔はぷいと顔をそむけて歩
きだした。
 血痕のつづいている方向へと。
 ふたりは顔を見あわせ、ため息をつきながらしかたなく妖魔の後について歩きだし
た。

    29 地底の湖

 道は曲がりくねりながら徐々に降下していた。
 ほどもなく下方の暗黒からうめき声がひびきはじめる。
 デュバルのそれかと二人は想像したが、ちがっていた。
 ふいに、眼前が青くひらけた。
 屋外に出たのかと一瞬錯覚したほど――広大な空間だった。
 円錐状に天上はすぼまり、上限は見えない。
 ただ青い燐光が雪のように音もなく無限に降り下ってくるばかりだった。
 そして、対岸の見えない広大な湖がそこにひろがっていた。
 青い、粘液質の湖であった。
 シャダーイルの手のひらからしたたっていた粘液と、おなじ種類の液体であるよう
だ。
 その巨大な青い湖の中心に、小さな島があった。
 岩でできた一本の柱が、そこにそびえていた。
 長大な――樹木を思わせる岩柱であった。
 その、ちょうど中間あたりに、まるまると太った小柄な短躯が捕縛されてつりさげ
られている。
 うめき声は、そこから聞こえていた。
 小島の、岩柱の根もとで“ガレンヴァールの息子たち”が途方にくれたようにちょ
こまかとうごめきながら頭上を見あげていたが、どうすることもできないでいるよう
だった。
 そしてシャダーイルは島の端に、黒い小山のようにうっそりと腰をおろしていた。
 静かな視線を、侵入してきたマラクと二人の人間たちに向けている。
「シャダーイル!」
 わめきながらマラクは、憤然とした足どりでその広大な空間に歩をふみだした。
 ゼリーのように重くたゆたう湖のなかへ無造作にふみこみ、足をいちいちぬくよう
にしてもどかしげに進んだ。
「わたしの獲物を好き放題にしてくれたようだね、シャダーイル!」
 残された肩をいからせて、わめく。
 ツノある黒い巨魔は、無機的な青白い視線を接近するマラクにすえたまま、微動だ
にしない。
「おのれ、シャダーイル!」
 わめきながらマラクは湖を横断し、黒い巨魔と正対した。
 ぎろりと、青白い双眸がマラクをにらみあげる。
「おれと戦うか、マラク」
 淡々とした口調で、そういった。
 にらみ降ろしたままマラクは、身じろぎひとつせず憤然とした様子で口をつぐんで
いた。
 が、音高く舌打ちをしてぷい、とそっぽを向いた。
「おぼえていろ、シャダーイル」
 どうきいても負け惜しみにしかきこえないようなセリフを、口にした。
 腹立ちまぎれにか、ちょこまかとうごめく小妖物をかたっぱしから蹴りつけはじめ
た。
 そんなマラクからは興味を失ったように、シャダーイルは岸にたたずむ二人の女に
視線を向けなおした。
 にたりと、獣の口の端に笑いをうかべる。
「めざす場所はひとつだな」
 そういった。
 かなりの距離をへだてているにもかかわらず、声ははっきりと二人の耳にとどけら
れた。
「つづきをはじめるか?」
「ダルガはどこですか?」
 かぶせるように、シェラがきいた。
 血痕は、下降の途中でとぎれてなくなっていたのである。
 亀裂はあっても人が通れるようなわき道はなかった。
 ここにきているはずだった。
 にもかかわらず、シャダーイルは答えなかった。
「デュバルはどうしたの?」
 かわってアリユスが問いかけたが、やはり反応はおなじだった。
 知っていて答えずにいる、ということも考えられないではないが、そういうふうに
も見えなかった。
 そしてそれは、奇しくも次の質問に対する応答で証されたのである。
「エレアはどこにいるの?」
 アリユスがそう問うとシャダーイルは無言のまま、背後を指さしてみせたのである。
 巨大な、石柱を。
 距離があってさだかではないが、成人男子が十人ほどよってたかって囲むことがで
きるほどの太さを、その石柱はもっているように見える。
 内部に、何かがあるのかもしれない。
 が、近くによって確認するためには、少なくとも二匹の妖魔を撃退する必要があり
そうだった。
 そうと見てとってか――ツノある妖魔はにたりと笑って口にした。
「どうした、魔道士。おまえたちは、おれたちの調伏を依頼されてこの山にきたので
あろう。そんなところにつったっているだけでは、それはかなわぬぞ。それとも、こ
のおれのほうからそちらにいってやろうか」
 いって、ゆらりと立ちあがった。
 これだけの距離をへだてていても、立ちあがったシャダーイルには圧倒的な量感が
みなぎっている。
 ぞぶりと、無造作に青い水をわって湖に分け入り、ゆったりとした動作で横断をは
じめた。
 ふ、と、アリユスがため息をつく。
「背中を見せるわけにはいかないわね」
 つぶやくように口にして、シェラと視線を見かわし――懐中から、小袋をとりだし
て口をあけた。
 炭塊のごとき黒いかたまりをとりだすと、自分たち二人の周囲を大きな円でかこっ
た。
 レトア文字を無造作に書きなぐりはじめる。
 簡易だが、魔法陣の一種である。
 シャダーイルが湖をわたりきるまでに手ばやく呪言を書きおえると、アリユスはシ
ェラを背後にして魔法陣のまんなかに陣取り、結跏趺坐して印形を結んだ。
 呪文を口にする。
 背後に立つシェラがそれに唱和した。
 淡い、暖色の光が描かれた線をなぞるようにしておぼろにうかびあがりはじめた。

「マラク、マラク」
 荒れ狂い“息子たち”を蹂躙しまくる赤い妖魔に、頭上からうめきの合間に声が呼
びかけた。
 ガレンヴァールである。
「わたしはここにいるぞ、マラク」
 うめきながら、そういった。
 左手を支点に、巨大な釘様の岩で石柱に打ちこまれた状態であった。
 右肩を完全に砕かれ、半身をだらりとたれさがらせた姿勢である。
 顔面は紙のように白くなりはて、呼吸さえもよわよわしく、いまにもとぎれそうな
までに力をうしなっていた。が、その双の目にはいまだ炎が宿っている。
「マラク、きこえぬのか、マラク」
「うるさい、この腐れ魔道士めが!」
 癇癪をおこしたていで、ずだんと地面を蹴りつけながらマラクが頭上を睨めあげた。
「きさまは、わたしに恥をかかせたのだ!」
 逃げまどう異生物を力まかせに打ち砕きながら、わめいた。
「気の毒になあ、マラク」
 と、ガレンヴァールはうめきながらそう口にした。
「おまえさんとわたしとは、単に相性が悪かっただけなのになあ。実際、あのシャダ
ーイルよりもおまえさんと闘っているときのほうが、わたしはよっぽど冷や汗のかき
どおしだったのだよ、マラク。あの黒山羊のできそこないなどより、わたしにはおま
えさんのほうがよっぽどおそろしいのだ」
 ぎろりと、剣呑な視線をマラクは頭上に向けた。
 ふたつのこぶしを握りしめ、ぎりぎりと歯をならす。
「おまえ、わたしを嘲弄するのか?」
「そんなつもりはないとも、マラク」
 と、太った邪法師はへらへらと笑いながらいう。
「だが、わたしはおまえさんがあのシャダーイルを打ち負かすところをぜひ見たいと、
こう思っているだけなのだよ」
「うまいことをいう」
 歯をむき出して凶暴な笑顔をつくりつつ、マラクはいった。
「わたしとシャダーイルをあらそわせれば、おまえたちには助けになるからな」
「とんだ誤解だ、マラク」
 ふるふるとガレンヴァールは力なく首を左右にふってみせた。
「わたしとあの連中とは仲間でもなんでもない。目的はまるでちがうんだ。それに、
わたしだってこんな状態にされてしまってはもう手も足も出ないではないか。とんだ
誤解だ、マラク。ただわたしは、わたしをこんなひどい目にあわせたあの黒山羊ので
きそこないが地面にはいつくばる姿なりと、せめて見てみたいとそう思っているだけ
なのだよ」
 ふん、と鼻をならしてマラクは顔をそむけた。
 憎々しげにシャダーイルに視線をとばし、吐き捨てるように口にする。
「わたしとて、このからだがまともであったならば、獲物を横取りされたうっぷん、
晴らさせてもらう。だが、あいにくとおまえに打たれて半身をもっていかれてしもう
た」
 ぎろりと、ガレンヴァールを睨めあげた。
「もとどおり生えそろうまでには時間がかかる。それまでは、腹わた煮えるがあれと
互角にわたりあえるだけの力は、わたしにはない」
「そこだよ、マラク」
 と、異国の道士は小ずるそうな追従笑いを顔面にはりつけて力説する。
「見たところ、おまえさんがたの不死身の秘密はその青い水にあると見た。どうだい
?」
 マラクはうたがわしげな視線で道士を見あげたが、否定はしなかった。
「その水につかりでもすれば、回復はずいぶんはやくなるのではないか?」
「そのとおりだが、それにしてもいますぐ、というわけにはいかん」
 赤い妖魔は仏頂面で答えた。
「ならば」
 とガレンヴァールはいった。
「まずはそうしたがよかろう。そこで、取引だ。おおっと、そんなうさんくさげな顔
をしてくれるな、マラク。この期におよんでわたしがまだ何か悪さをするとでも思っ
ているのか? わたしはただ、このような苦しい状態から、どんな形でもいい、一刻
でもはやく解放されたいとただそれだけを思っているだけなんだ。
 そこでだ、マラク。このわたしをここから降ろしてくれれば、わたしはおまえさん
に回復呪文をほどこしてあげよう。妖魔であるおまえさんにわたしの呪文がどれほど
の効果をおよぼすかはわからんが――うまくすれば、おまえさんの肉体をすみやかに
もとどおりにすることができるかもしれん。そうではないかね、マラク? おまえさ
んがたの回復力のはやさときたら、これはもう夢を見るようなものすごさだからねえ」
 どうだい、と媚びるようにながめやり、すぐに苦痛にか顔をしかめてうめきをあげ
る。
 そんなガレンヴァールを、マラクはいかにも疑わしげにながめあげていたが――や
がていった。
「だまされてやるよ、魔道士。おまえの言葉どおりわたしの肉体が回復するのなら、
おまえごときが何をたくらんでいようとどうにでもできるしねえ。それに、その薄汚
いたくらみによっておまえ自身もなんらかの形で力をよみがえらせるんなら、この半
身を裂かれた屈辱を晴らす機会もわたしは得ることになる。よかろう。だまされてや
るよ」
 いいおえるや、赤い巨体がとん、と地を蹴った。
 巨体の倍以上もある高さまでマラクは軽々と跳躍し、ガレンヴァールを岩柱に固定
した石釘をいとも無造作にひきぬいて、たぷたぷと肉ののった襟首を猫のようにわし




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