AWC ヴォールの紅玉(34)       青木無常


        
#3490/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  96/10/ 6  18:39  (200)
ヴォールの紅玉(34)       青木無常
★内容
 ヴァラヒダの第四の魔にふさわしい、変容ぶりであった。
 ダルガへの憎悪と妄執がこの変容をもたらしたのである。
「気持ちがいい……」
 異様な変態をとげながら、デュバルは全身を痙攣させて恍惚とうめいた。
「決着を……つけよう」
 言葉の意味さえさだかならぬほど恍惚とした口調で、そうつぶやいた。
 ぎろりとダルガを見つめ、にたりと笑う。
 そして――弾丸と化した。
 もとは二本の腕にすぎなかった骨刀が、猛悪な武器と化して空気を裂いた。
 長剣でかろうじて猛撃を受けたが――いとも簡単にはね飛ばされた。
 ど、と洞窟の壁に背を打たれてずるりと落ちる。
 立ちあがり――あわてて、ころがった。
 急襲が岸壁に突き立った。
 おびただしい数の骨角が、一瞬のうちに無数の穴を岩壁にうがった。
「デュバル!」
 その背後からふいに、叫びが妖魔の名を呼んだ。
 アリユスだった。
 ふりむくツノだらけの妖魔に向けて、結ばれた印形がつき出された。
「デュバル! イア・イア・トオラの名において“風の刃”をうけよ!」
 打ちだされた無数の白光が、鋭利な短刀と化して妖魔の全身を強襲する。
 ばきばきと音を立てて、針鼠のように突き立ったツノのうちの幾本かが折れて砕け
た。
 砕けた端から、青白い燐光が発した。
 復元する。
 く、と唇をかみしめながらアリユスは、新たに印を結びなおした。
 その眼前に――
 ぬう、と黒い巨体が立ちはだかった。
 ながい獣の顔が、あきらかな笑いの表情をうかべていた。
 邪悪きわまりない笑顔であった。
「邪魔は、せぬがよい」
 シャダーイルは重く、無機質な声音で宣言し、大きく両手をひろげた。
 すばやく印形を変化させて、アリユスは光の刃をシャダーイルの巨体に打ちこんだ。
 まるで効かぬかのごとく、身じろぎひとつせぬまま黒光りする巨影は、おお、と短
く吼えた。
 音声にのって――ごう、と、台風のような衝撃がたたずむ一同に向けてたたきこま
れた。
 洞奥深くにむけて、見えぬ手にでも運ばれるかのようにして吹き飛ばされた。
 追ってシャダーイルの巨体が、ずしり、ずしりと、重々しい足どりでふみだしてい
った。
 ダルガと、そしてデュバルだけがそこに残された。
「つけよう」
 全身を青い燐光にかがやかせながら、うわ言のようにデュバルはくりかえした。
「決着を」
 無数に生え出た白い刀身が、きりきりと音を立ててふるえた。
 変容をおえた全身が痙攣するようにわなわなとふるえ――わずかに人間の名残をと
どめたその顔が、歓喜の笑みを満面にはりつけたままはらはらと落涙していた。
 ダルガは無言のまま、剣をかまえて腰を落とした。

    28 暗黒の顎

 打ちつけられた壁の足下に、暗黒が巨大な顎をひらいていた。
「浮遊呪文!」
 すばやく印を組みかえる。
 左右につづけざまにたたきつけられたシェラとガレンヴァールにも呪法の作用界を
拡大した。
 その一瞬のみ、敵から注意がそれていた。
 気がついたとき、永劫の過去よりそこに佇立していたのだとでもいいたげに、シャ
ダーイルの巨体が眼前にたたずんでいた。
「第二の生がほしくはないか」
 無機質な重い声音が、奇妙なセリフを口にした。
 巨大な手のひらを上にむけて、鉤型に曲げながらつきだした。
 五指の端から、とろとろと青い異様な粘液がこぼれ落ちる。
「飲めば、新しい階梯がひらける」
「どうかしら」
 とアリユスは浮遊呪文のリズムをくずさぬよう言葉を口にのせる。
「デュバルのようにはなりたくはないわ」
「われらの仲間になるには」
 答えて巨魔は、獣の口もとにかすかな笑みのようなものをきざみながら口にした。
 嘲笑のようにも見えた。
「妄執が必要だぞ」
 すると、反論をうしなったアリユスにかわって、ガレンヴァールが口をひらいた。
「それならば、わたしなどは資格ありだな」
 にたりと笑い、か、と口を大きくあけた。
 吐き出された闇が、暗黒の球と化して回転しながらシャダーイルに襲いかかる。
 巨魔が、笑った。
 笑いながら、さしだした手をさえぎるようにしてあげた。
 とろとろとこぼれ落ちる青い粘液が――意志あるもののように、ぐわりと八方にひ
ろがった。
 暗黒球をのみこんだ。
 のみこんだまま、びゅるびゅると収縮する。
 またたく間にこぶしほどの大きさにちぢまって――巨大な手のひらの上に帰還した。
「仲間になるか」
 黒い獣の顔が笑いながら邪法師に問うた。
 ふん、と短躯の道士は鼻をならしてせせら笑う。
「おまえたちとて、大いなる存在の残滓をあびてかりそめの不死身を手にいれただけ
の卑小な妖物にすぎまい。わたしはおことわりだな。“ヴォールの紅玉”のほうがい
い。――息子たちよ!」
 叫びに呼応して、闇中から渦をまいた奇怪な金属生物がわらわらと出現した。
 黒い巨体にむけて殺到し、あっという間にすきまもないほど密集した。
「どうだ、妖物めが!」
 ガレンヴァールは哄笑した。
「わが息子たちは、不快であろう! 肉の内から腐っていくのはそういう感覚だぞ!
生きながら臓物をかきまわされる感覚、存分に味わうがよいわ!」
 わめきながら太鼓腹を抱えて笑いつづけた。
 そのまま、すうと宙を移動してうごめく“息子たち”のかたわらに浮遊する。
 すでにアリユスの呪法圏内からは離れていた。自力で浮遊しているらしい。
「さて、それでは」
 と、ふいに笑いやんでじろりと魔道士を見やり、口にした。
「さっきのつづきといこうか。“紅玉”を――」
 そこまでいいかけて――眼前のアリユスとシェラの顔にうかんだ、あっけにとられ
た表情を見て口をつぐみ、側方に横目をむける。
 丸顔にうかんだいぶかしげな表情が、あけっぴろげな驚愕にとってかわった。
「ばかげている……」
 呆然と口にした。
 硬質に渦をまいた金属製の異生物のちいさなからだを、まるで貝料理かなにかのよ
うにつまみあげて丸飲みにしたツノある獣の顔が、ガレンヴァールの驚愕の表情を見
てにたりと笑った。
「悪くはない」
 うっそりと、そう口にした。
「おまえ……」
 あんぐりと口をひらきながらガレンヴァールは、ぽちゃぽちゃとした指で呆然とシ
ャダーイルを指さした。
「そんなことをして……発狂せずにいられるのはなぜだ……?」
「答えよう」
 また一匹を巨体からひきはがして口もとに運び、ぺろりとのみこんでからシャダー
イルはいった。
「レブラスは感覚の権化だが、おれにはいっさいの感覚が欠如している。不快も、恐
怖も、快楽も」
 ぎろりと、青白い光を放つ黒目のない両の眼が、無機的な視線をガレンヴァールに
すえた。
「教えてもらいたいものだ。不快とは、どういうものなのだ?」
 口にしながら、無造作に黒い手をのばした。
 あっけにとられていた一瞬のすきを、ガレンヴァールはとらえられていた。
 我にかえったときは肩口をその巨大な黒い手のひらに捕縛されていた。
「お……この妖物めが!」
 叫びながら、か、と暗黒を吐きかけた。
 瞬時にして青白い液体がその黒い皮膚から沁みだし、黒球をのみこんで消滅した。
「ほかに手品はできるか?」
 黒い巨魔が、抑揚を欠いた口調でそうきいた。
 同時に、絶叫が闇を裂いた。
 めきばきと骨の砕ける音が、その基底にはひそんでいた。
 捕縛した肩を黒い巨大な手が、いとも無造作に握りつぶしていくのである。
 口もとをおさえて顔をそむけるシェラをかばうように背後によせながら、アリユス
は刺すような視線を黒い巨魔に向けた。
「シャダーイル!」
 凛と、呼びかけた。
 獣の顔が、鼻先から息を吐く。
「名を本質として呼びかけ、応答を得たことにより攻撃呪術を打ちこむか」
 ガレンヴァールの肩口をぎりぎりとしめつけたまま、淡々と口にした。
 身がまえるアリユスの美貌に、苦渋がはしりぬける。
 にい、と、妖魔は笑った。
「図星をさされてかえす言葉もない、か。よかろう。のぞみどおり応えてやろう。わ
が名はシャダーイル。獣の王なり」
 嘲弄するごとく、名乗りあげながらずいと一歩をふみだし、胸をそらしてみせた。
 唇をかみしめて印形を組みかえたアリユスが――ふいに、硬直する。
 表情が、変化していた。
 単純な事実にふと気づいた、とでもいいたげな顔だった。
「そうよね」
 と、つぶやいた。
 いぶかしげに目をすがめる獣面を前に、にっこりと笑ってみせる。
 それがふいに、真顔に戻った。
「シャダーイル!」
 もう一度叫んだ。
 にたりと笑って、おお、と化物が答えると――
「さようなら」
 にこりと愛想笑いをうかべて、そういった。
 瞬間――浮遊する魔道士とその弟子の像が、無数に増幅した。
 おお、と目をむく漆黒の妖魔の周囲をうめつくすようにして幻像がいっせいに、さ
ようなら、と口にする。
「待て!」
 叫びつつのばした黒い手の先で――瞬間、すべての像が消失した。
 とり残された青い闇の底に、間の抜けた沈黙がどっしりとのしかかった。
 ぐ、ぐうと、獣の黒い喉が異様な音を発してうめき上げ、同時に捕縛されたままの
ガレンヴァールが再度絶叫を口にのせて闇に吐き出す。
「嘲弄された」
 渦状の巨大なツノをふりたてながらシャダーイルはうめくように口にし、そしてに
たりと笑った。
「逃げたわけでもあるまい。逃げても無駄だが」
 そして、邪法師を捕縛したまま、ずしりと歩をふみだした。
 奈落に口をひらいた巨大な穴に向けて無造作に足をふみだし――落下した。

 寸時をおいて、おなじ場所にアリユスとシェラの吐息がひびいた。
 す、と、青い闇の中におなじ姿勢で浮遊したままの二人の姿が復元する。
「消身呪術――相手がこまかいことにこだわってくれなくて、助かったわ。気配をさ
ぐられたら、一発で見つかってたはずだから」
 感嘆の視線で自分を見るシェラに、アリユスは苦笑しながらいって、足場のある位
置へと移動する。
 どうする、と視線で見かわし、シェラがもと来た方角に視線をむけた。
 やはり、ガレンヴァールよりはダルガのほうが気にかかるらしい。
 アリユスはかすかに微笑んでからうなずいてみせ、二人は立ちあがった。

 死闘の場にはダルガの姿も、デュバルの姿も見あたらなかった。
 骨格を鋭利にとぎすましたがごとき異様な刃が無数に折れ砕けてちらばっているば
かりだった。
「どうしたのかしら」
 と心配げにつぶやくシェラのかたわらで、アリユスは冷徹な視線で床上を追った。
 点々と、血の跡がつづいていた。
「これは――」
 と、アリユスの視線に気づいて目を向けたシェラが絶句する。
 二人は顔を見あわせ、うなずきあってその血痕を追跡することに決めた。
 が、いくばくも進まぬうちにその背後から――巨大な影が音もなく接近した。
 いちはやく気づいたのは、やはりアリユスだった。
 くるりとふりかえり、身がまえる。
 その美貌に、驚愕がうかぶ。
「マラク――」
 呆然とつぶやいた言葉に答えるように、赤い巨体がぎろりと白い凝視をむけた。
 マラクの巨躯は、どす黒く染まっていた。
 力にあふれた筋肉に鎧われた肉体が、どす黒い妖魔の血にまみれていたのである。
 そして、おどろいたことに――左半身が、えぐられたようにしてなくなっていた。
 四臂のうちの二本もなくなっている。




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