AWC ヴォールの紅玉(33)       青木無常


        
#3489/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  96/10/ 6  18:35  (200)
ヴォールの紅玉(33)       青木無常
★内容
たていでなにごとかを告げる。
 美貌の執事は、袖口を引かれながらあえて逆らおうとはせず、うめき声としかきこ
えない老タグリの言葉におとなしく耳をかたむけていたが、やがていった。
「エレアさまが連中の注意を引いてくれることは最初から計算の上だったはずです。
それに、あの妖魔の言によれば贄なくしては“紅玉”のゆくえをとらえることは、不
可能と」
 ふたたび老人のよわよわしい抗議のうめきがつづいたが、今度はソルヴェニウスは
とりあわなかった。
「とにもかくにも、事象は収束しつつあるのはまちがいありません。あの女魔道士が
われわれの予想をはるかにこえた力をもっていたのはあきらかに誤算ですが、いずれ
にせよヴァラヒダがエレアさまにあれだけ固執していた以上、かわりの贄などもとも
と見向きもされなかったでしょう。いいかえれば――いまこそ、絶好の機会にほかな
りますまい。いまなら三魔人の妨害なしに“青の洞窟”までたどりつくこともできそ
うです。タグリさま、ご決断を」
 むっとしたように、枯れ枝の老人はしばしだまりこんでいたが、やがてもごもごと
何事かを口にした。
 執事は満足したようにうなずき、衛兵に向けて指示を出す。
 老タグリの腰をおろした椅子が軽々ともちあげられた時点で、占爺パランはひっそ
りとその場を離れながらふたたびひとりごちた。
「そういうことかい。やれやれ。安寧の日々もたったの三日でおわり。この身に平穏
のおとずれるときは、死の暗黒まで待たねばならぬらしい。やれやれ」

 ずしりと、妖魔のかぐろい巨体がさらに一歩をふみだした。
 あわせたようにいっせいに、全員がひとしなみに一歩をすさった。
 あまりにも圧倒的なシャダーイルの存在感であった。
 最初に我にかえったのはダルガだった。
「……ふん」
 と、吐き捨てるように口にした。
「ヴァラヒダの魔物だかしらんが、おまえたちの首魁はとっくに死んだ。おまえもあ
きらめて、地獄へでもどこでも失せるがいい」
 剣の柄に手をかけたまま、いい放った。
 魔怪の反応を見るための言葉だった。
 対して巨体の妖物は――暴言に一瞥すらくれなかった。
 言葉の内容を理解していないのではないかとさえ疑わせるほど悠揚として、ただう
っそりと佇立している。
 だが知能がないわけではなさそうだった。
「紹介しよう」
 野太い無骨な、それでいてどこか無機的な声が、黒い獣の顔貌から発されたのであ
る。
 氷のような眼光を放つ双眸が、ちらりと背後をふりかえった。
 異様な――地獄の底からひびき上がってくるかのような、苦鳴を思わせるうめき声
がそこから上がっていた。
「ヴァラヒダの、第四の魔だ」
 シャダーイルが重々しい口調で宣告するようにしてつづけた。
 立ちこめるほこりのなかから、夜をさまよう影のようにそれは出てくる――と、だ
れもが思った。
 予想はうらぎられる。
 シャダーイルの巨体の背後で突如、空間にぎりぎりと、蜂の巣状に亀裂がはしった。
 そこから卵の殻を破ってひなが出てくるようにして、ばきりと、指があらわれた。
 人間の指だ。
 なんの変哲もない。数も五本。
 それでも、その指が異様な印象をともなっていたのは、先刻から不気味にうなりつ
づけている地獄の亡者の呪詛の詠唱を思わせる耳ざわりなうなり声が、その指があら
われたとたん一段とその音量を増したせいだろう。
 ずばりとべつの位置で亀裂が砕け、やはり五本の指が出現する。
 そして――砕けた空間からのぞく異様なまだらの渦をまく混沌を背にして、それは
亀裂の殻を破り、二本の足をふみだして――そう、“こちら側”へと降り立ったのだ。
 長身だが、シャダーイルをはじめとするほかの三魔怪ほどではない。
 ちょっと背の高い人間、といった程度だった。
 姿もまたヴァラヒダの魔と呼ぶにはまるでふさわしからぬ、尋常の人間としか思え
ない風体であった。
 異様なのは――腹の底が地獄に直結しているのではないかとさえ思わせるような不
気味なうめき声をのぞけば――その眼光、ただそれだけであっただろう。
 その眼光が、ひとりの人物の上でぴたりととまった。
「ダルガ」
 妄念にみちあふれた異様な声音が呼びかけた。
 剣をかまえて正対する少年の前に、左眼の潰えた髭面の剣士が、裂けるような笑み
をたたえつつ立ちはだかった。
 歯をむき出しにした野獣の顔をしていた。
「ダルガ」
 もう一度、口にした。
 まるで、ようやく会えた思い人を前にしたように、熱い口調で。
「デュバル……!」
 ダルガは、苦渋にみちた声音でこたえた。
 剣士デュバルは――あるいは、かつて剣士であったもの、デュバルは――たまらぬ
ように口を左右にひらいて笑いながら、いくども、いくどもうなずいてみせた。
「決着をつけよう、ダルガ」
 笑いながら、そういった。
 ダルガは、かなしげに眉をよせながら――かみしめた歯のあいだからしぼり出すよ
うにして答える。
「おまえ……剣はどうする」
 と。
 異様な鬼気に鎧われてどうでもいいことのようにも思えたが、たしかにデュバルは
丸腰だった。
 下帯をのぞけば、裸に近いようなかっこうをしている。
 身体にきざまれた無数の傷――とりわけ、山中でダルガにつけられた縦一文字の傷
の裂け目に、異様な青い燐光が走りぬけていた。
 四囲の壁を淡く光らせている燐光と同じ色をしている。
 通常なら死んでいてもおかしくない傷を受けて、こうして立って歩いていられるの
はその青い燐光の作用なのであろう。
 だが、それが第四の魔とは――
「剣は……」
 と、デュバルは裂けるような笑みをうかべたまま口にした。
「ここにもっている」
 と。
 意味がわからず目をむく一同の前で、かつての剣士はもう一度、夢遊病者のように
くりかえした。
「ここにもっている」
 いいながら、つ、と、右腕をさしあげた。
 何が起こるのかと一同見守る眼前で――腕は、青白い燐光を放ちはじめた。
 そしてふいに――その腕が、ず、ず、ず、とのびた。
 伸張したのである。
 ――真白き刃のように。
 まるで骨製の幅広の蛮刀を手にもたせ、そのまま融合させたかのようにして、その
片面を白い鋭利な刃状にとがらせながら――デュバルの右腕が剣と化して、みるみる
のび出ていくのである。
 やがて、長剣に匹敵する程度の充分な長さを獲得したところで、腕の伸張は停止し
た。
 まるで巨竜の肋骨からけずり出してきたかのような、異様な純白の刃であった。
「ここにもっている」
 妄執を眼光にためてデュバルはくりかえした。
 ごくりと、ダルガは唾をのんだ。
 そして気をとりなおし、身がまえた。
「つけよう」
 そんなダルガを真正面から見すえながらデュバルは口にした。
「決着を」
 ダルガは一度、後悔の念をかみしめるようにしてかたく両の目をとじた。
 それをもう一度ひらいたとき、そこにはすべての感情がおしころされていた。
「わかった」
 静かにそう答え――
 気合いとともに、打って出た。
 すさまじいいきおいで打ちおろされた剛剣が、デュバルの残像を縦に裂いた。
 瞬時にして側方に移動したデュバルが、その剣跡を横目ににたりと笑った。
「すさまじい」
 感嘆を、口にした。
「うれしいぞ。それでこそ“闇の炎”ダルガだ」
 声とともに吐き出された息が、ダルガの鼻腔を刺激した。
 腐臭がただよっていた。
 背筋を悪寒がかけぬける。
 ふり払うように、ダルガは横薙ぎに剣を打ちこんだ。
 デュバルの長身が、魔鳥のように宙を舞った。
 ふり広げた両の手が、翼のように空をかく。
 そして――刃と化した右腕が、虚空を裂いて降りくだった。
 地を蹴って、ダルガは後方に逃れた。
 剣の軌道は完全に見切っていた。
 避けたはずだった。
 が――軌道の延長上にあった肩口から、ぶば、と血がしぶいた。
「ぐ――」
 うめきつつさらに後退する。
 落下する刃のいきおいが、真空をつくりだしたらしい。
 刀身よりさらに長大な攻撃圏を、デュバルはつくり出していることになる。
 ダルガは身がまえ、歯がみした。
 対等の条件で対峙したとしても勝てるかどうかはまるで怪しい相手だった。
 それがいまは――人間であることさえ、超越してしまっている。
「くそ」
 落下する血流をわきに、ダルガはうめく。
「今度はそっちが反則する番、てわけか」
 いって、歯をむき出した。
 笑いを、口もとにきざんだのである。
 そのまま、きゅっと真顔にもどり――目をとじた。
 対峙するデュバルがいぶかしげに顔をしかめる。
 が、こまかいことはどうでもいい、とでもいうように笑いをうかべた。
 異様なうめき声を腹の底からしぼり出しながら、刃と化した右腕をふりあげて突進
した。
 打ちこんだ。
 同時に――ダルガの身体が、ゆらめくようにして横に動いた。
 剣の軌跡を側方にやり過ごし――下方から腰にのせた一撃を打ちあげる。
 横に逃れるデュバルの動きを追うように、その軌道がみるみる変化した。
 ずばりと、切りこんだ。
 わき腹から肩口へとぬける軌跡だが――デュバルの逃げ足のほうが寸毫の差ではや
かった。
 剣尖は横腹を裂いただけで、空にぬけた。
 委細気にかけず、ダルガは瞑目したままふたたび、もとの姿勢に復元していた。
 みごとな自然体だった。
 が――
 デュバルのしぼり出す地獄の詠唱が、一段とそのトーンをあげた。
 同時に――裂かれた傷口が、青い燐光を放ちはじめた。
 放ちながらむくむくと、盛り上がりはじめたのである。
 見る間にそれは、先の右腕とおなじく剣と化しはじめた。
 気配で察したか、ちらりとひらいた片目でダルガはその光景をながめやる。
 動揺の気配はない。
 ただ、小さくひとつ、舌打ちをした。
「ずるいぜ、デュバル」
 つぶやくようにいって――さらに一撃を打ちこんだ。
 激烈ないきおいに後押しされて大きくのびた突きが、デュバルの首筋に深く沈んだ。
 にたにた笑いが消えた。
 同時に、裂かれた首筋がまたもや燐光を放ちはじめる。
 ほとんど間をおかず、にゅるにゅるとそこからも刃が生えはじめた。
 眼前に剣をかまえ、ダルガは瞑目したままさらにデュバルに正対した。
「これこそ」
 言葉に腐臭をただよわせながら、デュバルは歓喜を満面にうかべつつ口にする。
「これこそ、おれの望んでいた闘いだ……」
 対してダルガは、瞑目したまま口もとだけで、フッと笑った。
 首筋と横腹から、刃状の真白い異物を生やした化物が口にするセリフではない、と
思ったのだ。
 意識だけがデュバルなのだろう。
 ああ、と、そのデュバルが感極まったようにため息をついた。
「昂揚する……気分が高揚する」
 うめき、うわ言のようにつぶやきながら、ぶるぶると全身をふるわせはじめた。
 左腕が、青い燐光を放ちはじめた。
 五指が融合して尖りだし、ずるずると膨張していく。
 見る間にそれは骨の剣と化した。
 背中からも燐光。
 恐竜の背びれのようにして、おびただしい量の骨白の鋭利な刃が、肋骨の林のよう
にしてのびだしていく。
 額からも、青白い光を放って無数の白いツノが生えでてきた。
 胸からも。
 肩からも。
 腰からも。
 身体中から、大小無数の骨刀が、針鼠のようにしておびただしく成長していった。




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