#3488/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 96/10/ 6 18:32 (200)
ヴォールの紅玉(32) 青木無常
★内容
「アリユスどのには、関係ございますまい」
獣のように歯をむき出しにしたまま、ガレンヴァールはそう答えた。
アリユスはひかなかった。
「そうとも思えませんわね、ガレンヴァール――闇の邪法師」
つ、と、一歩身を退かせながら、ことさらに高慢な口調で呼びかけた。
「きくところによると、法師さまは仕える神をもたぬ真実の探求者である、とか。そ
してその目的は――永遠の闇に世界をつつみこむこと」
ほほう、と、ガレンヴァールは大げさにのけぞってみせた。
にい、と裂けるような笑みをうかべる。
その笑みの奥底から――黒い闇がのぞいていた。
「それはつまり、どういうことですかな?」
と、問うた。
アリユスは笑いながら答える。
「この世界を統べるものから――バレースを奪うこと。すなわち――暗黒神をも凌駕
してひとり、世界を手中にすること。と――そのようにおうかがいしたのですが?」
くくく、くく、と、短躯の道士は喉をならして笑った。
「世界などわたしはいりませんよ」
そしていった。
「わたしが欲しいのはただ、真実。誤解が横行しておるようだ。わたしは神になどな
りたいと思っているわけでもないし、このような世界など欲しいとも思わない。ただ
真実を知りたい、それだけです」
「真実を知ること」
とりあわず、アリユスはいいつのる。
「すなわち神になること――ではありません?」
「哲学問答などどうでもよいことではございませんかな、アリユスどの」
いらいらとした口調で、ガレンヴァールはアリユスをさえぎった。
「それよりも、答えをまだいただいていないような気がするのですがな。“ヴォール
の紅玉”を、あなたはごらんにはなりませんでしたか? ん?」
ずい、とつめよった。
アリユスはさらに一歩を退きながら、幽鬼のごとき表情で前進してくる奇怪な道士
に向けて、にっこりと微笑んで見せた。
「見ましたとも」
そしていった。
ほほう、と、ガレンヴァールは妄執にみちた目をまるくした。
からかうように笑いながら、アリユスはさらに言葉を重ねた。
「それも、ここに」
いって――ふところに入れた手をさしだした。
白い手のひらの上に、紅の珠。
瞬間――
“闇の道士”が奇声を発した。
歓声とも、悲鳴ともつかぬ声であった。
わめきながら、やけに短い腕をさし出した。
舞いのような動作で優雅に、アリユスはさし出された手から身をひいた。
短躯が宙をつかんであたふたと泳ぐ。
いきおいあまって壁によりかかり、ふりむいた。
憎悪が、そして妄執が、その顔貌いっぱいにひろがっていた。
「それをわたせ」
口にした。
「おことわりしますわ」
笑いながらアリユスが応える。
ガレンヴァールは怒気を満面にうかべて、歯をむき出した。
「では、おまえはわたしの敵だね」
いって、大口をあけた。
「あぶない!」
ダルガとシェラが異口同音に叫ぶよりはやく――
ガレンヴァールの口腔内から、闇が吐き出された。
ごう、と異様な音とともに壁の一部がアリユスごと暗黒にのまれた。
「アリユス!」
シェラが悲鳴を発し、ダルガも目をむきつつ剣をぬいた。
半球状にえぐられた壁の内部には、アリユスの痕跡もなかった。
――そして“紅玉”も。
「おのれ」
と歯をむき出してふりかえるガレンヴァールの眼前に――
美貌が、微笑んだ。
無数に。
「“紅玉”はここですわ」
微笑みながら宙にうかんだ、いくつものアリユスの幻像。
それが、からかうようなしぐさで無数の珠をさしだしてみせた。
おのれ、とうめきながら、ぎちぎちと歯をかみしめる音がきこえてきそうな顔をし
てガレンヴァールはいった。
「幻術使いめが!」
わめきながら、ごうと闇を吐いた。
吐きかけられて幻は瞬時ゆらめき、ふたたび無数にうかびあがる。
微笑みながら、無数に珠をさしだしていた。
アリユスは無事と見てダルガは剣を革帯にもどし、シェラとともに闇黒の襲撃から
身を避けることだけに専念した。
が、ガレンヴァールはやみくもに攻撃をくりかえすのをやめ、瞑目した。
「そこだ!」
ふいに、くわ、と眼を見ひらき、指さした。
待っていたように、洞内からわらわらと“息子たち”が出現し、三人からは死角に
なっていた曲がり角の向こう側に殺到した。
避けるように、アリユスが身軽い動作であらわれた。
追って螺旋状の銀色の小妖物がちょこまかとあらわれたが、アリユスの身にふれる
寸前、見えない壁にはじかれるようにしてころころと地にころがる。
「さすがは“闇のガレンヴァール”」
不敵に笑いながらアリユスはいった。
「なかなかすなおには、だまされてはくれないわね」
にたりと笑って太った魔道士も答える。
「アリユスどのもまた、風評以上に剣呑なおかたのようですなあ」
妄執を顔面にはりつけたまま、笑いながら腕を組んでみせた。
「さて、おたがいにとりあえずは手詰まりのようだが?」
「ためしてみましょうか?」
口にして、アリユスは真顔にもどり――印をむすんだ。
笑いながらも、ガレンヴァールも身がまえる。
だが、アリユスが呪文を口にしはじめるよりはやく――
かたわらの壁が、爆発した。
瞬間アリユスは、すばやく珠をふところに隠す。
ぎくりとしてふりかえったガレンヴァールは、短い足をよちよちと駆使して距離を
とり、身がまえた。
もうもうと立ちこめるほこりの向こう側から、地獄の亡者がうめき上げるような不
気味な声音があがっていた。
苦鳴とも、呪詛の詠唱ともとれる異様な声だった。
「これはなんだ?」
身がまえたまま、ガレンヴァールがだれにともなく問いかける。
むろん、アリユスをはじめだれひとりとして答えることのできる者はいなかった。
そして――
もうもうと吹き上がるほこりの向こうから、黒い巨影がうかびあがりはじめた。
圧倒的な量感。
吹きつける熱風のごとき猛悪な存在感。
むっとした野獣の臭いが、ただよってきた。
のそりと、その巨大な影が歩をふみだす。
全員が、反射的にあとずさっていた。
その中へ、まるで従者が迎える城へ凱旋する王のような足どりで、巨影はさらに一
歩をふみだした。
異様な光沢を放つ黒い皮膚。
馬科の獣のながい顔。
青白い光を放つ光彩のない双の眼。
そして、頭頂の両わきに、螺旋状に渦をまいた異様に太い巨大なツノ。
「シャダーイル……」
呆然と目を見ひらいたまま、魅入られたような口調でアリユスがつぶやいた。
蒼白の眼光が礼をとる臣下に対するようにして、鷹揚にうなずいてみせた。
ぶあつい胸の上で腕を組み、一同を睥睨する。
シャダーイル。
ヴァラヒダの、第三の魔。
第4部 不死なる者ども
27 第四の魔
ユスフェラの山の端に陽光の最後の一片が吸いこまれて消える数時間前の記憶を、
寝台に仰臥したままパランは無言で反芻していた。
ダルガたちが深山奥ふかくわけいってから三度めの、ティグル・ファンドラの死で
あった。
ふう、と深い息をつき――ふいに占爺は、その両の目を見ひらいた。
違和感を感じたのだった。
奇妙な気配が、宙を流れたのである。
寝台から首だけをもたげて、占爺は注意深く四囲の気をさぐった。
たしかにある。
「どうやら」
とパランはひとりつぶやいた。
「時間がきたらしいの」
とじたアルビノの右眼の幻視で、一行が核心に近づきつつあることは感知していた。
自分がなんらかの理由で最初から同道するあたわぬことは占術により予期していた
が、運命がなんらかの形でふたたび交わるであろうこともまた知っていた。
どうやら、その時がおとずれたらしい。
サドラ・ヴァラヒダが一行を魔域にまねき、エレアが屋敷を離れたときから妖体の
屋敷への訪問はぴたりととぎれていた。
あの夜にほぼ完璧に破られてしまった結界も、とうぜんずたぼろのまま修復される
気配はない。なにより、ソルヴェニウスの言によれば結界を構築した法師はヴァラヒ
ダの襲撃に耐えきれず、その命脈をたたれているということになっている。
ゆえに、同じ種類の霊力の流れを感知することなど、考え難い事態であった。
その流れを、パランは感知したのである。
ふ、ふう、と占爺はしわがれた醜貌をひょっとこにして深い息を落ちた深い闇に向
かって吐きかけ、どっこらしょ、とかけ声をかけて身を起こす。
本調子ではないが、短期の旅にならどうにか出られそうなほどには、回復している
ようだと自己診断した。
「やれやれ、この老体に休暇をやれる日がはたしてくるのやらこないのやら」
つぶやきつつ、意外に身軽な動作で床におりたち、おちついた足どりで歩きはじめ
た。
客用の寝室を出て、霊気の発現点へと歩をすすめる。
広大な館だったが、パランはまるで我が家のようにあぶなげない足どりで迷いもせ
ずに歩きつづけた。
まるで往来をでもいくような顔をしている。
就寝前の気怠げなあわただしさをふりまきながら行き交う何人もの召使いや衛兵と
すれちがったが、だれもとがめようとする者はいなかった。
どころか、客室に仰臥しているはずの半死人がすずしい顔をして屋敷内をうろつい
ているというのに、気にとめる者さえひとりとしていない。
まるで、そこにパランの姿など見えないとでもいいたげに。
「ふむふむ。まだまだわしも捨てたもんではなさそうじゃて。見せてやりたいものだ
の、ダルガに。あの小僧よりもわしのほうが格段に気配の制御は上だからなあ」
いいたいほうだいのひとりごとを口にする。
隠行、であった。
外界を認識するのに人は視覚、聴覚の二大感覚に多くを負っているように思われが
ちだが実はそうではない。
見れども見えず、聞けども聞かず――存在の認知にもっとも重要とまではいかない
が、気配を断つことにより存在はおどろくほど希薄になる。
むろん、パランが行っているように堂々と人前をうろつきながら何の違和感も抱か
せないほどの境地には通常はいたれない。その意味で、パランはたしかに自賛するご
とく達人の域に達しているといってよかった。
ともあれ、目的の場所をさぐり当てて占爺はするすると、歩をすすめていった。
最初の訪問のときに、ヴァラヒダの魔その他についての説明をソルヴェニウスから
受け、また霊体として出現したヴァラヒダの襲撃を受けたあの室であった。
山側に面した方角は吹きぬけになっていると同時に、いくつかある部屋への入口に
も扉のたぐいは通常使われず、あけっぱなしになっている。
立ち聞きには最適の環境、といっていいかもしれない。
パランは入口わきに立って部屋の内部に意識を向けた。
霊気は、テーブルの一角からただよっていた。
そこにはソルヴェニウスと巨漢の衛兵、それにあいもかわらず起きているのやら居
眠っているのやら判然としない老タグリの、枯れ枝のような姿があった。
瞑目しているのは、ソルヴェニウスであった。
胸もとに手をやり、ペンダントを握りしめている。
あの紫色の宝玉であろう。
「ふむ。やはりな」
その様子を見ながら占爺はひとりごちた。
やがてふいに、ソルヴェニウスが握りしめていた手をひらいて顔をあげた。
「やはりとらえきれませぬ」
疲れたような口調で、老タグリに向かってそういった。
「どうやらエレアさまが敵にとりこまれてしまったことは、まちがいなさそうです」
驚嘆すべき言葉を、淡々とした口調で口にした。
枯れ木のような老タグリのからだがひらひらとふるえ、痰のからんだ声音が興奮し