AWC ヴォールの紅玉(31)       青木無常


        
#3487/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  96/10/ 6  18:28  (200)
ヴォールの紅玉(31)       青木無常
★内容
 古い神話によれば、神蛇ファンドラに炎を放ち、世界に太陽の光の恵みをもたらし
た大いなる力もつ神。そしてまた――暴虐の炎によって神々と世界の崩壊を約束する、
おそるべき荒ぶる神でもあった。
 その神を、ダルガはその内部に眠らせている、というのである。
「思い当たるところはあります」
 シェラがそういうのへ、ダルガのほうがいぶかしげに眉根をよせてみせた。
 そうかい、とけげんそうな顔で問いかける。
「おれ自身は、夢の声以外に自覚があるわけじゃないんだがね」
 いいながらしきりに首をかしげてみせる少年に、少女は笑いながらいった。
「たぶん、この先すこしずつわかってくるような気がするわ」
 そんなものかね、となおも釈然としないままダルガはあいまいにうなずき、そして
つづけた。
「そしてクロナエヤはさらにいったんだ。その神がおれの内部にいすわっているのは、
忘れ去られたものたちの復権のためであり、そしてさらに――いま、この世界を不安
の帳で眠りのうちに支配している存在に対峙するためである、と」
「暗黒神に――」
 と、シェラは受けて答える。
 ダルガは無言で、うなずいてみせた。
 だれでも知っている。
 その名をとなえてはならぬこと。
 呼ばれるたびにそれは深き眠りの淵より浮上し、やがてそれが完全に目覚めるとき
は世界がほろびるときなのだ、と。
 バレースを簒奪した神々を引き裂き、吹き飛ばし、世界のかたすみへと追いやった
猛悪にして最強の神。
 それに対峙する存在が、ダルガの内に眠る、というのである。
「そしておれがそれを目覚めさせるためには、その神の炎で鍛えられた“ヴァルディ
スの神剣”を手に入れなければならないらしい」
「それをさがして、旅をしているのですね?」
 ああ、と、ダルガはうなずいてみせた。
 そのまま、青い沈黙の底でふたりはそれぞれの思いにしずみこんでいた。
 が、やがてぽつりと、シェラがつぶやくようにして口にした。
「うらやましいわ」
 いぶかしげに、ダルガは視線を向けた。
 そのまま答えがかえってこないと知ると、少し唇をとがらせて少年はいった。
「うらやまれるようなことはなさそうだぜ。なにしろ、ヴァルディスの炎ってのは滅
亡の日に世界と己自身とを焼きつくしてしまう、終焉の炎なのだといわれているんだ
そうだ。このおれだって、いつ自分自身を焼きほろぼしてしまうかわからないから気
をつけろと託宣を受けているしな。パランも、それにさっきシェラも似たようなこと
をいっていたよな」
 うん、といってひとりうなずく少年を、少女は微笑みながらながめやる。
 そして、くりかえした。
「それでも、うらやましいわ。あなたがそれを求めるのは、いわば未生の自分を求め
るようなものなのだもの」
 なぞめいたシェラの言葉に、ダルガはいぶかしげに眉宇をよせてみせる。
 そんなダルガに、シェラはさらに笑いかけてみせた。
 あの、かなしげな笑顔であった。
「どういうことだい?」
 釈然としないふうに問いかけるダルガに、シェラはふいに真顔になった。
 そして、上衣の胸もとに両の手をあてた。
 ぎょっと目をむくダルガの眼前で、ぐい、と着衣を左右にひいて胸もとをはだけさ
せる。
 淡いふくらみの乳房がこぼれ出る寸前まで、肌があらわになった。
 わっと顔をおおって目をそむけるダルガに、シェラは叱咤するようにして呼びかけ
た。
「見てください」
 と。
 わけがわからず、焦りまくったままそれでもダルガは、横目でシェラの胸もとに視
線を向けた。
 水色の宝玉が、ペンダントになってさげられていた。
 その下に――奇妙な、紋章めいたあざのようなものが刻印されていた。
 奴隷戦士であったダルガにも似たような焼き印が左肩のうしろに刻まれている。
 だが、そのような種類のものとは根本的に異なっているように見えた。
 闇よりも深い漆黒の紋章。
 鋭利な刃を組み合わせたもののようにも、また、可憐で危険な刺のある花のように
も見えた。
 ある意味で、様式美に満ちている。
 その造形が偶然の手になるものであるならば、それは奇跡の結晶といってもさしつ
かえあるまい。
 だがおそらくは、それは偶然に刻まれたものではないのであろう。
「それは――」
 ダルガは、まぶしげな顔をしてその紋章を見つめながらつぶやくように問いかけた。
 シェラはかなしげに微笑んでみせた。
「わたしに刻まれた、所有印のようなものです」
 そういった。
「所有印?」
 ダルガの言葉に、かすかないきどおりがこめられたのをきいてとって、シェラはわ
ずかに救われたような気分になった。
 淡く微笑み、そしていった。
「わたしは後継者争いにまきこまれて、ある邪悪な存在にささげられたことになって
いるのです」

    26 邪法師哄笑

 下降をつづけながらアリユスは、水が重くなりつつあるのを感じていた。
 奇妙な形容だが、ほかに表現のしようがない。
 たとえばたゆたいや波紋が、徐々にその速度を重くしていくような奇妙な印象を受
けたのだ。
 青く淡くかがやく壁際をつたって落ちる流水が、奇妙に、糸をひくようにそのねば
りをほんのすこしずつ、増していくように思えるのである。
 まといつく巨大な粘塊に向かって下降していくような印象がつきまとって離れなか
った。
 ヴォール、と心中で呼びかけてみた。
 呼びかけながら、懐中のかくしにしまった紅の珠に手をのばした。
 どくん、と、鼓動をうったような気がした。
「あなたの肉体の破片が――」
 思わずつぶやいた。
 先をいくダルガとシェラがふりかえる。
 けげんそうに見つめるそのさらに先から――
 呼び声を耳ざとくききつけたのかもしれない。
 幽鬼のごとき眼光が、まっすぐにアリユスをさしつらぬいていた。
 魔道士はあわてて懐中から手をぬいた。
 見られてはいない。
 だがアリユスは、その道士が見かけとは比較にならぬほど危険な存在であることを
知っていた。
 シェラの話から、彼が何を求めているのかもわかっていた。
「ガレンヴァール」
 呼びかける、というよりは思わずつぶやいてしまったように、アリユスは口にして
いた。
 ダルガとシェラが眉間によせたしわをいっそう深くしながら向きなおり――
 小太りの短躯がたたずむのを見て、ぎくりと歩みをとめた。
 ダルガは思わず剣をぬいて身がまえていた。
 錯覚だったのかもしれない、と、剣をかまえた瞬間にそう思った。
 敵意と憎悪にみちた眼光をザナールの彼方からきた太った道士がうかべていたよう
な気がしたのだが――ガレンヴァールはあの底知れない好々爺然とした笑みをその丸
顔にたたえているだけだった。
「やあ、おまえさんがた。どうやら無事にきりぬけたようだね」
「無事にきりぬけたもくそもあるか」
 憤然とした口調でダルガはいった。
「あんたはおれたちがいるのもかまわず、おそろしい攻撃をしかけてきたんだぞ」
 忘れたのか、といった。
 いやいや忘れるもんか、と丸顔の道士は笑いながらいった。
「なに、あれくらいのことで死んでしまうような者では、このユスフェラの山の胎内
深くまでわけいることはできなかったろうさ。わたしはそれがわかっていたから、お
まえさんがたの存在を気にすることなくあのおそろしいヴァラヒダの魔の一匹に攻撃
をしかけることができたということさね。事実、おまえさんがたは元気じゃないか」
 にこにこと笑いながら、ぽちゃぽちゃとした指でダルガとシェラとを指さしてみせ
る。
 け、と口にしながらもダルガは剣を革帯にもどした。警戒は解かなかったが、敵だ
という確信もあいかわらずもてなかった。
「マラクはどうした」
 一見無傷にしか見えない道士の全身をじろじろとながめわたしながら問う。
「逃げられたよ」
 とガレンヴァールはいかにもくやしげな顔をして首を左右にふってみせた。
「もっとも、あのまま闘いつづけていればわたしが勝っていたとも、いえないんだが
ね」
「謙遜だな。どう考えても、あの化物相手に一方的におしまくっていたとしか見えな
かったんだがね」
 うさんくさげにいうダルガに、ガレンヴァールはいやいやいやと手のひらをひらひ
らとふってみせる。
「まあ、わたしの“声”で切りとった空間にあやつめの肉体の半分をでもとりこめれ
ば、たしかにわたしの勝ちとみてまちがいはないんだがね。それでもあれは、あの巨
体に似合わずすばやいし、逆にあの膂力に抱えこまれでもしたらこのわたしのひ弱な
肉体など一瞬にして抱きつぶされてしまうことは確実だったからねえ。死の抱擁さ」
 いって、道士は太鼓腹を抱えて大笑した。
 あきれたような顔をしながらもダルガはとりあえずきくことがなくなって、一歩退
いた。
 かわって前に出たのは――アリユスだった。
「はじめまして、ガレンヴァール。話はふたりからきいているわ」
「ほうほう。これはご丁寧にどうも。おまえさんは、このふたりのお連れさんかね?」
「ええ。アリユスといいます。どうぞよろしく」
 笑いながらアリユスは手をさしだした。
 だが――目だけは笑っていなかった。
 ガレンヴァールと同様に。
 異国の魔道士もさしだされた手を気安げに握りかえしながら、目をまるくしてわざ
とらしい驚愕の表情をつくってみせる。
「おお、もしかして“風のアリユス”と呼ばれる道士さまかい? これはおどろいた。
イシュールでも一、二をあらそう有名なおんかたじゃないか。これはこれは、お会い
できて光栄至極」
 ぶんぶんと握った手を上下にふりまわす。
 されるがままにしながら、アリユスは視線から警戒を解こうとはしなかった。
 そしていった。
「あなたこそ、斯界ではずいぶんと名の売れたおかたでしょう?」
 刺すような視線を、正面からガレンヴァールの丸顔にすえた。
「不死の探求者。暗黒をふりまく者。“闇の邪法師”ガレンヴァール。イシュールに
いらしたのが半世紀ほど前――しかも、ユスフェラの山にこもられたのがずいぶんむ
かしの話、ということになると、現実に下界でご活躍なさった期間はごく短いはずな
のに、ご高名はフェリクスの向こう側までとどろいているように聞いていますわ。う
わさ半分だとしても――恐怖を禁じ得ませんわね」
 光る目をすえたまま、にっこりと笑う。
 一瞬――まるまるとした愛嬌たっぷりの顔に、凶猛な表情がうかんで消えた。
「さて、あまりよろしくないうわさばかりをお耳にされたようで」
 短躯の道士は、もとどおりの笑顔を満面にうかべて快活にいった。
「これも人徳のなさと恐縮するばかりですな、風のアリユスどの。ところで」
 と、ふいに真顔にもどって口にした。
 微笑みながら見かえすアリユスの全身をまじまじと見やり、
「道士さまは、この山でなにか特別なものを手に入れられましたかな?」
 きいた。
 アリユスはけげんそうな顔をして問いかえす。
「特別なもの? それはたとえば、どのような?」
「たとえばも何も」
 とガレンヴァールは、この男にしてはめずらしく何かにいらついてでもいるかのよ
うに、そのたぷたぷとした短躯を神経質にゆすりはじめる。
「“ヴォールの紅玉”です」
 ずばりといった。
「その名はシェラからききました」
 とアリユスはそしらぬていで答える。
「なんでも、この山のどこかに秘められた、引き裂かれた地神の肉の一部であるとか。
でも、わたしはそれがどういった形状をしているのかも知りませんし」
「それはわたしにしても同様ですがな、アリユスどの。しかし“紅玉”というからに
は、そのような色をして玉の形をしたものであるのでしょう。どうです? おぼえは
ございませんかな?」
 いって笑いながら――ぎろりと、異様な眼光をその目にたたえさせてアリユスをに
らみつけた。
 妄執に病みつかれた幽鬼の視線だった。
 思わずシェラは両手を口もとによせ、ダルガは剣の柄に手をあてていた。
 が、その眼光を向けられたアリユス自身は平然としたまま、すずしい顔をして逆に
問いかえした。
「道士さま。そのようなものをあなたはいったいどうなさるおつもりですの?」
 すると――ザナールの彼方からきた魔道士は、ぎ、と歯をむき出しにしてみせた。
 アリユスに向かってかみつきそうな表情だった。




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