AWC ヴォールの紅玉(30)       青木無常


        
#3486/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  96/10/ 6  18:24  (200)
ヴォールの紅玉(30)       青木無常
★内容
うにして抱いた。
 吐息のように、音声を欠いた呪文がダルガの耳もとにささやかれはじめる。
 とまどうよりはやく――わきあがるような熱の感覚が、腹部から膨張した。
 背中が、焼けるように熱くなりはじめた。
 同時にシェラは幻視していた。
 肩を抱かれ、吹きかけるようにして呪文を投げかけられるダルガの背中に、異様な
炎の幻像がうかびあがるのを。
 赤から黄へ。そして青へ。
 おそるべきいきおいで燃え盛るまぼろしの炎は、みるみるそのいきおいを増し――
ついにその色を白熱にかえて、一気に収縮を開始した。
 老タグリの館で、シェラを媒介にしてヴァラヒダに打ちこまれたときの、白熱の火
球であった。
 その瞬間ダルガは、膨れあがり全身をかけめぐっていた獰猛な熱が、おのれの腹に
向けて太陽のように爆縮していくのを感じていた。
 それが――ぞろぞろと脚をうごめかせて前進してくる妖魔の胴体むけて、ゆらりと
打ちだされた。
 浮遊する白熱の火球が直線を描いて前進する妖魔の胴に吸いこまれ――
 光が、洞内を占拠した。
 それは――一瞬にして燃えつきる。
 ぬぐったように灼熱は去り、重い闇が痛いほどに帰還した。

 見ひらいた目がようよう暗黒の中に輪郭を見わけはじめる。
 青い淡光はあいかわらず闇中の陰影をきわだたせていたが、一瞬前に炸裂した白光
がすべてを奪い去っていた。
 そこに名残りひとつ、見出されることはなかった。
 六本の脚をうごめかす虫のような巨大な腹部をひきずる下半身も、頭部を破裂させ
て喪失した上半身も――アリユスの風の矢をうけて爆散したはずの、ヴァラヒダの頭
部の肉片さえもが、室の内部からは消え失せていた。
「すごい――」
 シェラは呆然とつぶやき、アリユスもまた目を見ひらいたまま、
「予想以上だわ……」
 と驚愕もあらわに口にしていた。
「浄火の役割をはたしたのね。でも……これは、考えていた以上に、制御するのがむ
つかしいわ……」
 みずからがこのすさまじい力の発し手であることを信じられずに、これも呆然と目
を見ひらいていたダルガが、その言葉をききとめてハッとふりかえった。
 眉宇をよせる黒髪の少年の面貌にうかんだ、かすかな不安とあきらめを見てとって、
アリユスは強いて微笑みをうかべた。
「太古の荒ぶる神の力だもの。制御がむつかしいのは、あたりまえね」
 でもだいじょうぶよ、とでもいいたげにダルガの背に手をまわし、軽く抱きよせた。
 ぎょっとしたように目をむいたダルガが、頬をあからめながら抱擁から逃れようと
立ちあがる。
「それはわかった」
 背中をむけたまま、あわてた口調でそういった。
「エレアをさがそう。奥の間、とかやつはいったな」
 そそくさと歩きはじめた。
「あ……」
 なりゆきを見つめていただけのシェラが、ようやく我にかえったようにあとを追っ
た。
「待ってください、ダルガ」
 そんなシェラの後ろ姿を微笑みながらながめやりつつ、アリユスも立ちあがった。
 その美貌はしかし――ダルガの背に向けて一抹の懸念をちらりとうかべた。

 奥の間、あるいは神殿とおぼしき場所には、なかなかたどりつけなかった。
 三人は青い闇の中をあてどもなくさまよいつづけた。
 アリユスの魔道力により幾度か、すすむべき方角をさぐってはみたが同じ種類の力
によって撹乱されているせいだろう、それはなかなかさだまらず、正しい方向を示す
こともなかった。
「パランに占ってもらえれば、かなり状況はちがっていたかもしれないわね」
 そう口にするアリユスの言葉も冗談や照れ隠しではなく真実のひびきがあったが、
だからといって老タグリの屋敷でレブラスの攻撃をうけて傷を負った老占師の助力を
この状況下であてにするわけにもいかない。
 幾度か、切れるほどつめたい水のわきだす泉に出くわした。
 シェラの水への親和性をとおしてアリユスが幻視したところでは、それらの泉や目
にはふれぬ水流がヴァラヒダのいう“祭壇”らしきところに直結していることが予測
された。
 が、水の底をのぞいてみても人が通れるほどの道はどこにも見あたらなかったし、
いずれにせよかすかな流れによってかろうじて氷結をまぬかれているだけのつめたい
水底を生きて泳ぎきるなどできる相談でもない。
 さんざうろつきまわったあげく、疲れきって三人はついに腰をおろした。
 実りのない探索だった。

 深い、暗黒だった。
 光界はもうろうと遠ざかり、四囲は闇一色にぬりつぶされていた。
 いつからそこにいるのかおぼえてはいない。
 永遠のむかしから封じられていたのかもしれない。
 ダルガは息をつく。
 これは夢だとわかっていた。
 幾度となく夜を訪なう夢告である。
 夢だとわかっていながら、しかしそれは、その闇は圧倒的な質感をともなってダル
ガの精神にのしかかってくるのだった。
 声はいつも、脳裏にひびく。
 ひびきながら、それがどのような声であるのかさだかではなかった。
 ささやきのようにも聞こえ、あるいは世界を震撼させる巨大な獣の咆哮のようにも
聞こえた。
 ――われを求めよ。
 それはそう呼びかけてきた。
 ――われを求め、手にとり、そしてふるえ。
 と。
 灯火のようにわき上がった言葉は、無明の中でなお濃密な闇のように、濃く、そし
て狂おしいほど熱く、意識のかけらをさえ燃やしつくしてしまいそうなまでに圧倒的
に、爆発した。
 ――われを求め、手にとり、ふるえ。
 狂気のように燃える意念は闇に満ち、そして、宣告するようにしてさらに言葉を重
ねる。
 ――世界を、焼きつくせ。
 と。
 同時に、呼応するかのごとく燃えあがる炎が、なお外部をつつみこむ熱い悪夢を圧
するようにして内部から、胸の、腹の、奥深い淵から、灼熱の溶岩が噴きあげるかの
ごとく膨れあがってくるのを覚えていた。
 恐怖と歓喜が魂から意識を、意志を、焼きあげる。
 自分の内部から抑えようもなくあふれかえる力と炎への、恐怖と歓喜。
 この炎に身をゆだねてしまいたい。
 この炎に身をゆだねてしまえば、おれはおれでなくなる。
 この力をふるいたい。
 おれがおれでなくなってしまっても。
 意識は混沌と渦まき、奔流に撹拌されて存在さえ虚ろにゆらめく。
 そしてまるで、混沌とした状況に意識を喪くすようにして逆まく闇にのまれ――目
をさます。
 静寂と冷気が、寝汗を不快に意識させる。
 ダルガは熱と冷気にしぼりあげられた全身からけだるく力をぬいて、ながいため息
をついた。
 寝返りをうち、薄目をひらく。
 ――ぎくりとした。
 黒い影を見た。
 見た、ような気が、した。
 気のせいだったのかもしれない。
 そうは思えなかった。
 影はひるがえされたマントが闇に吸われるようにして一瞬にして見えなくなったが、
その下にうずくまるようにして眠っていたはずのシェラが、立てたひざにうずめた顔
を静かにあげて目をひらいた。
 ひとのよさそうな、やさしさと愛らしさを同居させたシェラのやわらかな美貌が「
「氷のような表情をうかべていた。
 眠っていた者の顔ではなかった。
 伝説の氷の女王レレバ・セレセが、地界より浮上してきたときに見せるような顔だ
った。
 シェラの内部から、別人があらわれたのかと、ダルガは思った。
 ちがっていた。
 氷の双眸がダルガに向けられ――シェラは、笑った。
 かなしげに。
 その微笑は、いつものシェラのそれだった。
 淡い、ほのかな、素朴でやさしげな笑みだった。
 基底にかなしみさえたたえられていなければ、ダルガも笑いかえすことができたか
もしれない。
 かわりに、ダルガはほとんど反射的につぶやいていた。
「いまのは――」
 シェラの顔から、ぬぐい去るようにして一瞬に微笑が消える。
 ダルガは口にしてはならない問いを口にしてしまったことに気づき、深い後悔の念
にさいなまれた。
 知らぬふりを決めこもうと思ったが、シェラがそれを許さなかった。
「見たの?」
 青い燐光に照らされた闇の底で、少女は淡々とした口調でそうきいた。
 たすけを求めるように、なかば無意識にアリユスのほうに視線をむけたが、奇怪な
悪夢や黒い影の訪問には気づかなかったのか、あるいは何か理由があるためか、魔道
士はふたりには背を向けたまま横たわって身じろぎひとつしない。
 ダルガは観念して、うなずいてみせた。
「黒い影を」
 口にした。
 シェラは無言で顎をうなずかせ、底知れない視線でダルガをじっと見つめた。
 どう反応していいのかわからず途方にくれて、ダルガは視線をそらす。
 そのまま青い闇の底で、あらぬかたをながいあいだ見つめていた。
 どれほどの時間が経ったのかはよくわからない。
 ほんの短いあいだのちょっとした沈黙にすぎなかったのかもしれない。
 シェラがふいに、濃密な静寂をやぶって言葉を発した。
「夢を見ていたの?」
 と。
 逆襲をくらったか、とダルガは一瞬、苦虫をかみつぶした。
「ああ」
 と苦笑しながらうなずいてみせる。
「夢告らしい。定期的におとずれるんだ」
「夢告、ですか?」
 きょとんとした顔つきで、シェラはおうむがえしにくりかえした。小さくすぼめた
唇が意外にあつぼったく、愛嬌たっぷりにダルガの目にうつった。
 笑いながらうなずいてみせるダルガの様子には気づかぬげに、シェラは真剣な顔を
して質問を重ねる。
「アリユスのいっていた、大いなる力に関係すること?」
「そのとおりだ」
 真顔になってダルガはうなずいた。
 しばしためらい、すべてを吐露することに決めた。
「ずっとむかし、おれがものごころつきはじめたころからこの夢はおれにつきまとっ
てきたんだ。三年ほど前からはその頻度が徐々にふえはじめて、そのうちに毎晩のよ
うにおれの夜を悩ますようになってきていた」
 そういって、ダルガは夢の内容を語ってきかせた。
「何か神秘的な存在がおれに何事かを語りかけてきているのだ、と告げたのは、その
ころおれと寄宿舎で同室の同僚のひとりだった。そいつは、その夢の意味を解いてそ
れにしたがうべきだとおれにいったんだ。ずいぶんと迷信的なことをいう、とそのと
きは思ったんだが、あまりにも頻繁でしかも意味ありげな夢だったから、そのうちに
おれもそうしたほうがいいのだ、と思いはじめた。だがおれは奴隷戦士だったからな。
外出することさえ自由にはできなかった」
 だから無断で寄宿舎をあけた、と口にした。
 ダルガ自身はそのことが脱走、と即バラルカにとられるとは考えていなかったが、
事実もう死ととなりあわせの生活に戻るつもりはなくなっていた。
 バスラスの街でももっとも名高い占爺パランのもとを訪れたころには“闇の炎”の
異名をとるバラルカの奴隷戦士が脱走したといううわさは街中にかけめぐっていた。
 そんな状況下、ダルガはパランをしてさえ解ききれぬ深い存在が夢の裏側にひそん
でいると告げられ、バスラス郊外の湖に眠るクロナエヤという名の神秘的な存在に託
宣をうけることをすすめられて、夜を待ち街をぬけたのである。
 そして暗黒の湖の底で、滅びに瀕した大いなる存在から告げられる。
 太古の神が、おまえの内部に眠っている、と。
 シェラは驚愕を瞳の奥底にとどめたまま、静かにダルガを見つめながら問うた。
「その神は、なんという名?」
「ヴァルディス」
 ダルガの答えに、シェラは納得がいったとでもいいたげにうなずいてみせた。
「知っているのか?」
「古い神の名前です。一般には忘れられているけれど、魔道教程の古代神の項に出て
くるわ」
 そうなのか、と今度はダルガが感心したふうにうなずく。
 ヴァルディスは、バレースを十二の神々が簒奪支配するはるか以前の、地に封じら
れ忘れられた古代の神々のひとつである。
 神格は、炎。




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