AWC ヴォールの紅玉(29)       青木無常


        
#3485/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  96/10/ 6  18:20  (200)
ヴォールの紅玉(29)       青木無常
★内容
の二匹の姿はなかった。
 そして、壁にめりこむようにしてその後頭部と下半身とを亀裂の奥に隠したユスフ
ェラ最大の魔――ヴァラヒダは、暗黒の荒い息を間断なく吐きつづけながら、おのれ
の肉体に炎の刻印をきざんだ三人を、憎悪にみちた目でにらみつけていた。
「きたか。ようやくきたか、下賎の者どもめが」
 娘とおなじセリフを吐いた。
 ダルガは抜刀して腰をおとした。
「エレアをどこにやった」
 問いに、妖魔はにたりと笑った。
 吐き出される暗黒の吐息のすきまからぞろりと十数枚の舌がのぞいて唇をなめあげ
る。
 そして、
「奥の間だ」
 と答えて、ふたたび意味ありげに笑って見せた。
「奥の間?」
「祭壇だよ」
 いって、さらなる質問をダルガが口にするよりはやく、ぞろりと、その身を前進さ
せた。
 後頭部と下半身をのみこんだ亀裂から、隠されていた部分が出現する。
 頭蓋をはじけさせてはみだしたかのような、巨大な脳髄のようなものがぶよぶよと
その後頭部からは生え出ていた。
 重力に耐えかねるようにその脳髄様の器官はだらりと背中側に扇型にたれさがって
いる。
 そしてその下半身は――
 ぞろりと、がにまたのやけにひょろ長い左足がまずふみだしてきた。
 昆虫の脚のような角度に生え出ているが、形だけは人間のそれだった。
 つづいて、右足が亀裂の向こう側の闇からふみだした。
 そして、巨大な――蜂のようにぷっくりと膨れあがった生白い異様な腹が、その二
本の足にささえられて出現した。
 否。
 足は、二本ではなかった。
 まさしく虫そのもののように、合計六本の足が腹の左右から生え出て、ぞろぞろと
あらわれた。
 虫のごとく配置されていながら、その形状は異様なひょろ長さをのぞけば人間その
ままだった。
 その六本の足がぞろぞろと交互に、規則的に地をふみしめながら這い出してくる。
 異様な光景であった。
 シェラは目をおおって顔をそむけ、アリユスはおぞましげに顔をゆがめながら目を
見ひらいた。
 ぐえ、とダルガはうめいてみせた。
 くくくく、と妖魔は笑った。
 裂けて焼け焦げた上腹に手をやり、歯をむきだしにして顎をそらしてみせた。
「わが肉体に傷をつけた人間は、いままでひとりとしていなかった。おまえたちはた
だものではない。たいしたものだ」
 傲慢に顎をそらしたまま、嘲りの口調でそういった。
「おかげで、わが命の灯は、いましもとぎれようとしている」
「めでたいことだわ」
 アリユスが顔をしかめたまま、口にした。
 妖魔は、にたりと笑った。そして、
「そのとおりだ」
 といった。
 眉をひそめる三人の前で、裂けるような笑みをうかべながらサドラ・ヴァラヒダは
つづけた。
「おかげで、わが魂の生への希求は凝縮し、あらたなる生への準備は期せずしてとと
のったのだ。感謝するぞ」
 意味がわからず顔を見あわせる三人に、ヴァラヒダはさらに宣言した。
「だが、それでわが怨みの炎が癒えるわけではない」
 と。
 くわ、と口をひらいた。
 吐き出された十数枚の舌がげく、と音をたてて黒い息を爆風のように吹きつけさせ
る。
 アリユスがいちはやく印を結んだ。
 間にあわなかった。
 風が黒い爆風をおし戻したとき、先頭に立っていたダルガはすでに妖魔の洗礼を全
身にあびたあとだった。
 苦鳴とともにダルガの身体がどさりと崩れ落ちた。
 手にした剣が、かららんと音をたてて床にころがる。
 蒼白の妖魔の顔が、哄笑を発した。
 身をよじらせて笑いながら妖魔は、狂った機関車が蒸気を吐き出すようにしてたて
つづけに黒煙を四方にむけてはじき出した。
「竜巻」
 つぶやきながらアリユスが印の形をすばやく組みかえると、風が渦をまいて吐き出
される黒雲を撹拌しはじめた。
 煙は強烈な気流にまきこまれて凝縮され――弾丸と化して妖魔の王に向けて打ちだ
される。
 おのれの吐き出した毒の煙をあびて――妖魔は笑った。
 黒い霧にまかれながら笑い、だだんと地を蹴った。
 六本の脚に打ちだされた巨大な蒼白の肉弾が、ふりそそぐように頭上からアリユス
とシェラを強襲する。
 ころがって、左右にわかれた。
「サドラ・ヴァラヒダ!」
 するどいアリユスの呼びかけに、妖魔王は、
「下賎の者が!」
 と答えた。
 アリユスは笑い、そして叫んだ。
「サドラ・ヴァラヒダ! イア・イア・トオラの名にかけて“風の槍”をうけよ!」
 ひょお、と風が鳴った。
 同時に、青い闇の底で白い閃光が矢と化して凝縮し、妖魔王を襲った。
「こざかしい!」
 叫びながら、かあ、とヴァラヒダは吼えた。
 たゆたっていた黒煙が収束して妖魔の肉体をつつみ、光の槍をうけて火花をちらす。
 ばばばばとスパークが四散して――“風の槍”が散った。
 アリユスが目をむく。
「こざかしい。こざかしいぞ、魔道士めが!」
 哄笑しながら、ずずずんと妖魔王は前進した。
 その背後から――
 よろめきながら、ダルガが立ちあがった。
 見てとって、アリユスはさらに呪文を口にしながらたてつづけに風の槍を放つ。
 閃光が黒雲に散らされる背後で、ひろいあげた剣をダルガはぐい、と真一文字にか
まえあげた。
「――おお!」
 気合い一閃――銀の弧が、肥大した脳髄のごときヴァラヒダの後頭部を、ぶちゃり
と裂いた。
 がぼ、と、妖魔が苦鳴を形にして吐いた。
 黒い血がげろげろと吐き出された。
 同時に生白い異様な器官が、汚物のように裂けた後頭部からどろどろと流れ落ちて
きた。
 くはあ、と毒息を吐きつつ憎悪にみちた視線がダルガをふりかえる。
 ダルガは唇を真一文字にむすびながら妖魔を睨めかえし、つぶやくように低い声で、
いった。
「おれには、これだけだよ」
 いって、かまえた剣を背後にふるい、横に弧を描かせながら打ちこんだ。
 痩せ枯れた胴に閃光が半月を描いてえぐりこむ。
 化物の上半身が、裂けた巨大な脳髄ごとぐじゃりと音を立てて地に落ちた。
 がふう、とヴァラヒダはどす黒い粘液を噴き出しながら床に顔を打ちつける。
 だが、視線が死んではいなかった。
 ダルガをにらみつけながら手を立てて上半身をおこす。
 びちびちと後頭部の裂け目から臓物があふれ出るのもかまわず、口もとから粘液を
吐き出しつづけた。
 びじゃぐじゃと鳴る合間から言葉らしき音がもれ出ている。
 怨念にみちた言葉を口にしているらしい。
 そして妖魔はにたりと笑い、ご、と黒い息を吐いた。
 ダルガがころがって身をそらすと同時に、化物の背後から風の矢が打ちつけられた。
 裂けた後頭部から閃光が侵入し――魔人の頭蓋が、どす黒い肉塊と化してはじけ飛
んだ。
 音を立ててはじけ飛んだ魔人の脳が、びちゃびちゃと奥殿の壁にふりかかる。
 腕を出して三人はそれを避け、顔をあげた。
 蒼白の上半身はいまだあがくようにずるずると手だけで這いまわり、下半身のほう
は規則性を喪失した六本の脚がてんでばらばらにぞろぞろとうごめきながら、こわれ
た機械のような不気味ででたらめな動きを展開していた。
 が、どうやら退治はできたらしい、と、ダルガとシェラはほっと息をつきながら立
ちあがった。
 が――アリユスが警戒の視線を宙にとばしているのを見て、ふたりは眉宇をよせた。
「どうした――」
 アリユス、とダルガは声をかけようとして、女魔道士が指さす方向に視線をむける。
 うっすらとした、黒いもやのようなものが宙をただよっていた。
 わけもわからず眉根をよせるダルガの前で、アリユスはすばやく印を結びかけたが
――呪力が打ちだされるよりはやく、もやは逃げるようにして壁に刻まれた亀裂の内
部に吸いこまれていった。
 ダルガもシェラもそれを、化物が盛大に吐き出していた黒煙の名残かと気にもとめ
ていなかったが――
「まさかあれは――」
 シェラの問いに、アリユスは無言でうなずいてみせた。

    25 黒い夢

 亀裂をぬけて、黒い霧状の物質はユスフェラの山の胎内でももっとも奥まった一角
へと、暗黒の旅を踏破した。
 青い燐光を放つゼリー状の奇怪な湖が、そこには静かにたゆたっていた。
 湖の中央の小島の上に、そそり立つ巨大な岩を背にして眠る乙女のもとへと霧はた
だよっていく。
 少女は静かにまぶたをひらき、ためらうようにして、眼前にうかぶ黒い霧に視線を
向ける。
 その瞳が、笑みに細められた。
「父様」
 至福の笑みをうかべながらエレアは霧に呼びかけ、両手をさしのべるようにしてひ
らいてみせた。
 そして、いった。
「いらっしゃい、父様。あなたの居場所はここよ」
 霧が、少女に向けて凝縮するように近づいていった。
 抱きしめるように、抱きしめられるように、少女と黒い霧がひとつになる。

 いつまでもうごめきをやめない妖魔王の胴と、頭を失ったままこれもとめどなく痙
攣をくりかえす上半身とを前に、アリユスはダルガを前面にすわらせた。
 何をはじめようってんだ、と、とまどいを隠せないダルガに魔道士は静かな微笑み
をうかべてみせる。
「あなたの力を貸してほしいの」
「おれの力?」
「そうよ」
 けげんそうにききかえす少年の肩にやわらかく手をのせながら、アリユスはうなず
く。
「炎の力。あなたの内部に眠る力。大いなる力」
 シェラが、おどろいたような顔をしてダルガとアリユスを交互に、まじまじと見や
った。
 おちつかなげに身じろぎをして何かいいかけるダルガを制するしぐさをして、アリ
ユスはさらに言葉を重ねる。
「占爺からきいたわ。あなたの暗黒の夢のこと。湖の底に眠るかつての神々の使者か
ら、託宣をうけたこと」
 いって、アリユスは静かな視線を正面からダルガに向けた。
 美貌からまぶしげに目をそらしながらダルガは、仏頂面でつぶやくようにいう。
「つまらないことをきいたな」
 そして、なおも無言のまま神秘をたたえた瞳が自分を見つめていることを知り、つ
け加えるようにして口にした。
「おれは、おれが何者であるのか知りたいだけだ」
 横手からけげんそうに自分を見つめるシェラにちらりと、ばつの悪そうな視線を投
げかけ、むっつりとだまりこんだ。
 アリユスは微笑みながらうなずき、いった。
「そのためには、あなたの内側に眠る力を有効に利用することが必要だとわたしは思
うわ。そしてその力が、凶暴であまりにも強力なために制御することが非常に困難で
ある、ということもパランからきいている。だからわたしが、その力をすこしでも制
御できるようにささやかながら手を貸してみよう、というの。――いいえ、ことわっ
ているヒマはなさそうよ」
 思わず抗議を口にしかけたダルガは、アリユスが指さす方向に視線を転じて――反
射的に身がまえていた。
 てんでばらばらの無秩序で無意味な動きをしていたはずの妖魔王の胴体が、むくり
とその巨体をおこしてその六本の脚を器用にあやつりながら、ダルガたちに向かって
前進を開始しようとしていたのである。
「いくわよ」
 身がまえたダルガの背に、タイミングよく声がかけられた。
 反応を抑えられて硬直したダルガの両肩を、背後からアリユスの両の手がつつむよ




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