AWC ヴォールの紅玉(28)       青木無常


        
#3484/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  96/10/ 6  18:17  (200)
ヴォールの紅玉(28)       青木無常
★内容
 シェラは真顔でもう一度うなずいてみせ、ガレンヴァールはあいもかわらぬ底知れ
ぬ笑顔でうんうんと、何度もでっぷりとした顎をうなずかせる。
 ダルガはふりかえり、迷いのない足どりでふたたびのぼりはじめた。
 やがて、洞窟を前にした。
 裂け目のように、そそり立つ巨大な岩のあいだにそれはあった。
 鋭角の亀裂は刃で裂いてぱっくりとひらいたかのように口をあけ、内部から青い微
光を放っている。
 歩みより、目をこらしてみると、光は壁から発されているようだった。
 発光するコケの一種か、と子細に観察してみるが、岩壁そのものが淡い光を放って
いるようにしか見えない。
 理屈をつけるのはあきらめて、洞窟内部に一歩をふみこんだ。
 青い割れ目は下方、山の深奥をめざすようにして深く、どこまでもつづいていた。
 ふりかえり、うなずきあってから、降りはじめた。
 魔道士の背後から、無数の“ガレンヴァールの息子たち”がちょこまかとした足ど
りでつづく。
 奇妙な兵隊をひきつれて一行は、無言のままおりつづけた。
 奇妙におれまがり、いくつもの枝道や罠のように垂直にひらいた穴、壁のあちこち
に不規則にはしる亀裂をやりすごした。
 暗がりから得体のしれぬ妖物が奇声とともにおどり出てきそうにも思えたが、なん
の妨害も入らなかった。
 ひんやりとした空気はやがてあきらかな冷気となって四囲をつつみ、吐く息が白く
凍る。
 どれだけの時間をおりつづけたのか。
 ふいに、天上が地下の大聖堂とでもいったおもむきでひろくなった一角に出た。
 青い燐光が雨のようにふりそそぐ。
 その大広間の中心に、ひとつの影がうっそりとたたずんでいた。
 四本の腕をそれぞれ胸の上で組んでいた。
 はみ出した乳房がもりあがっている。
 はりきった腰からのび出たしなやかな長い足が、ふみしめるようにしてひらかれて
いた。
 獰猛な獣を思わせる熱い美貌は満面に笑みをたたえ、まっすぐにダルガをにらみす
える。
「待っていたよ、坊や。待っていた。あたしはあんたが好きだよ」
 マラクは、歓喜を口調にのせて投げかけた。
 ダルガは立ちどまり、無言のまま腰の剣をぬいた。
 ふふふ、ふふ、と、妖魔はいかにもうれしげに声を立てて笑った。
「遊ぼうか」
 いった。
 いって――弾丸と化した。
 四臂が愛しいものを抱きしめるようにしてのびた。
 身をしずめてすばやくかわし、ダルガは剣をはしらせた。
 銀閃が、マラクの横わき腹から背中へむかって走る。
 皮一枚だった。
 すばやくふりむきつつ、妖魔はつけられた傷に指をはしらせ、いとおしげに口もと
によせて舌をはわせた。
 とろりとした青黒い液体をなめあげ、たまらない笑みを満面にうかべる。
 ダルガは、二撃めをみずから打ちこもうと腰を落とした。
 機先を制するように、
「わたしにもためさせてもらうぞ、ダルガ」
 丸顔の魔道士が妖魔の背後で、にこやかに笑ったまま宣言した。
 うるさげにふりかえるマラクに――
 銀の鉄柱を縦の螺旋状にうずまかせたような異影が、わらわらとたかりはじめた。
「お――」
 とマラクはとまどったような声をあげ――
 その声がふいに、おぞましげな悲鳴とかわった。
 鈍色の異生物が、あっという間にマラクの巨体をおおいつくした。
 苦しげな悲鳴があげられ――
 竜巻のようないきおいで、つぎつぎに“息子たち”ははね飛ばされた。
 がん、ごん、とにぶい音を立てながらあちこちの岩壁にはね飛ばされて小妖物は地
に落ちる。
 狂気のように四本の腕をふりまわしながら死にものぐるいで異生物をはね飛ばした
マラクは、憎悪とおびえとをひとしく視線にのせて、周囲をとりかこんだ不気味な妖
物をながめやった。
 ぎ、と、音を立てながら歯をかみしめ、咆哮した。
 咆哮しながら、拳を握りしめて手近の小妖物の頭上からたたきおろした。
 ぐしゃりと音が聞こえてきそうだった。
 異生物はいびつな形にねじれてひしゃげ、尻にあたる部分からどろどろとした不気
味な粘土状のまだらの物体をひり出しながら倒れこんだ。
 戯画のような四肢をひくひくと痙攣させたまま、立ちあがらない。
 そんな様子を確認しようともせずマラクは、絶叫しながらやみくもに四臂をふりま
わし、つぎつぎに“息子たち”をたたきつぶしはじめた。
「これはいかん」
 ガレンヴァールの笑顔が一瞬にして情けなげな泣き顔にかわった。
「いかん。これはいかん。まるで圧倒的ではないか。いかん、戻れ、逃げろ、息子た
ちよ。この化物が相手では、発狂させるひまもないではないか。逃げろ。逃げろ、息
子たちよ」
 命令一下“ガレンヴァールの息子たち”は従順に、潮がひくようにしてマラクを避
けてちょこまかと退避を開始した。
 狂乱したマラクは逃げる異生物を追いまわしてたたきつぶしつづけたが、その姿が
あっという間に視野から消えると、激しく肩を上下させながら歯を獰猛にむき出した
まま、四囲をながめわたした。
「おぞましい」
 口にした。
 そして、むき出しにした両の眼を、ぎろりとガレンヴァールにすえた。
「おぞましい生き物だ。あれはまともな生物ではない。この世に出るべきではない異
端の生き物だ。あれを生み出した邪法師は、おまえだな」
 く、く、く、く、と、ガレンヴァールは愛嬌のある丸顔に異様な表情をうかべて笑
った。
「おまえさんのような化物に、この世の道理を説かれても説得力はまるでないな。そ
れに、わが息子たちをそのように悪しざまにいわれたのでは、温厚なわたしもさすが
に腹が立つ」
 立腹したというよりはいかにも楽しげな口調で、ザナールの彼方からきた魔道士は
口にした。
 そしてそのユーモラスな短躯をずい、と前進させた。
 かなしげに眉根にしわをよせて、汚物をしたたらせながらひきつぶされた“息子た
ち”をながめやる。
「かたきは、討たせてもらうよ」
 いって――か、と、口をひらいた。

    24 奥殿

 大きくひらかれたガレンヴァールの口内から――うずまく闇が、吐き出された。
 ごう、と音を立てて襲いかかる闇からすばやくマラクが身を避ける。
 闇は壮絶な振動をまき起こしながら広間の岩壁にたたきつけ――
 えぐりとった。
 青い微光にみたされた洞窟の内部に、火球が溶かしたような巨大な半球状のえぐれ
が、真っ黒にうがたれた。
 なめらかな表面はガラスのように光をくろぐろと反射している。
 マラクのみならず、ダルガもシェラも目をむいた。
 異様な力であった。
 ほほ、と、その力を発揮した人物が笑った。
「すばやいな、化物」
 いって――ふたたび、闇を吐いた。
 ご、と宙をえぐるようにうずまく闇が妖魔と――その射線上に偶然位置していたシ
ェラにむかって、牙をむいた。
 妖魔は身軽く飛びのき――
 ダルガは、体当たりをするようにしてシェラに飛びつき、小柄なからだを抱きかか
えてころがった。
 暗黒の穴がまたひとつ、壁にうがたれた。
「ガレンヴァール!」
 非難の口調で、ダルガは叫んだ。
 答えは――哄笑であった。
 か、か、か、か、と喉をならしながらガレンヴァールは、腹をそらして笑った。
「運というものがある」
 笑いながらガレンヴァールは、傲然といい放った。
「おまえさんがた、それを試すいい機会だよ」
 いって、か、か、か、か、と笑い――みたび、闇を吐いた。
 マラクはころがりながらそれを避け――怒りのうなりをあげながら、ガレンヴァー
ルのころころとした短躯にむけて、突進した。
 小柄な丸いからだが弾き飛ばされた――と見えた瞬間。
 まるで――糸につりあげられるようにして、ガレンヴァールの短躯が、すうと宙に
うきあがった。
 すうう、と音もなく大空間のなかばまで浮遊していった。
 そして、太鼓のような腹をそらして笑いながらガレンヴァールは、空中からうそぶ
いた。
「このわたしを甘く見るのは勝手だよ、諸君。グラクラドでも最大の法師と崇められ、
尊敬と畏怖とを一身にあつめた“闇のガレンヴァール”の名もこのイシュールでは知
られてはいないしねえ。甘く見るのは自由さ。しかしその代償は――消滅だ」
 いって、哄笑し――そして、目をむき出しながら、か、と闇を下方にむけて吐き出
した。
 ころがり避ける三者の中心に黒い穴がごりごりときざまれ――岩の床に、ふいに亀
裂がはしった。
「お?」
 予想外の現象に空中でガレンヴァールが目をむいた。
 床がうがたれた黒穴を中心にみるみる陥没し――崩れ出した。
 底がぬけたのである。
 これは意外、といかにもおかしげにガレンヴァールが口にした。
 そのけたたましい笑い声が、頭上はるかに遠ざかっていくのをダルガとシェラはき
いた。
 のみこまれた無数の瓦礫とともに二人は抱きあったまま落下する。
 轟音が四囲をつつみ、三半規管が撹拌されて意識が混濁した。
 どれだけの時が経ったのかはさだかではない。
 ふと気がつくと、静寂が周囲にあった。
 おそるおそる目を見ひらく。
 瓦礫の山にのまれて地に横たわる自分たちを想像したが、ダルガもシェラも、抱き
あった姿勢のままだった。
 青い光の中にもうもうとほこりが立ちのぼっている。
 その光景が――まるでガラス一枚へだてた向こう側のように見えていた。
 ある意味で、それはまさしく言葉どおりであった。
 すなわち――目に見えない壁のようなものが、ダルガとシェラの周囲に球状に配さ
れて、衝撃と落下する岩塊からふたりを救っていたのである。
 ガレンヴァールのしわざか? と思わず頭上を見あげたが、浮遊する太った魔道士
の姿はどこにも見あたらなかった。
 ダルガとシェラは抱きあったまま顔を見あわせ、とまどいもあらわに周囲に視線を
はしらせた。
 瓦礫とほこりのむこうにうっすらと、青い燐光が空間にひろがっている。
 頭上の、マラクとガレンヴァールの異様な決戦のおこなわれた大広間ほどのひろさ
の空間であるようだった。
 か、か、か、か、と、ガレンヴァールの哄笑が遠くからひびいてきた。
 視線をこらすが、見あたらない。
 ときおり何かが崩れるような底ひびく音がきこえてくるところを見ると、どうやら
マラクとの異様な戦闘はまだつづいているらしい。
 ダルガは、立ちあがった。
 瞬間に、見えない壁がはじけたようだった。
 立ちこめるほこりがどっと吹きかかり、ふたりは咳こんだ。
 たがいの背中をさすりつつ、涙でかすむ視線をあげた。
 その視界に、ひとつの人影が映る。
「だれ?」
 とシェラは叫び、ダルガは剣の柄に手をあてた。
「それはないわ、ダルガ」
 笑いをふくんだ心地いいひびきの声音がいった。
「感動の再会じゃない? 刃の洗礼よりも熱い涙の抱擁のほうが、わたしの好みなん
だけど」
 笑いながらゆたかな胸の下で手を組んで歩みよってきたのは――むろん、アリユス
である。

 シェラがそれぞれの身にどのようなできごとが起こったのかを簡潔に話しおえると、
アリユスは無言のままうなずいてみせた。
 ガレンヴァールとマラクの決戦場をめざそうとするダルガを制して、まるでべつの
方向を指さしてみせる。
「あちらの方角に、強い妖気を感じるのよ。マラクはガレンヴァールとやらにまかせ
ておいていいと思うわ。それよりも、さらわれたエレアをさがすほうが重要だわ。経
緯からして、彼女はサドラ・ヴァラヒダとともにいると考えるのが自然じゃなくて?」
 アリユスの問いにダルガもシェラも一も二もなく同意し、三人はアリユスの先導す
る方向に洞窟をたどりはじめた。
 さほども進む必要はなかった。
 奥殿はしばらく降りたところにあった。
 裂けた亀裂の底の小さな広間は、マラクにかつがれてシェラが一度おとずれたこと
のある場所であった。
 そのときにはシャダーイル、そしてレブラスもその場につどうていたが、いまはそ




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