#3483/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 96/10/ 6 18:13 (200)
ヴォールの紅玉(27) 青木無常
★内容
を見つめた。
すでに少女自身は、答えを出しているようだった。
ダルガは苦笑し、それでもきいてみた。
「あんたはどうするつもりだ? 契約違反で、このまま山をあとにしてどこかへいっ
ちまうのが常道だろうと、おれは思うんだがな」
むろん、前金をかえす義理はない、とダルガはつけ加えてシェラを見つめた。
シェラはかなしそうに顔をゆがませながら目をそらし、それはそうでしょうけれど、
とよわよわしい口調でいった。
「わたしはできれば……。このまま放っておくのは、どうしても納得できないから」
いって、うるんだ目つきでダルガを見つめた。
苦笑しながらダルガは目をそらし、ふいに真顔になってぽつりと口にした。
「おれもだ。ひとりでも襲撃をかけるつもりだ。義理はないが……あのお嬢さんを、
マラクにつれ去られた」
それは、といってシェラは息をのみ、ガレンヴァールもまたうさんくさげなにやに
や笑いを瞬時にしてひっこめた。
「サドラの娘が、連中の手に落ちたと、そういうことかい?」
丸顔の魔道士に問われてダルガは無言でうなずいてみせる。
それはまずいな、と陽気な魔道士が真顔でつぶやいてだまりこむ。
なにかを考えこむようにして口をつぐんでしまった魔道士をわきに、ダルガとシェ
ラはそれぞれがわかれわかれになってから何が起こったのかを交互に話して聞かせた。
そのあいだにもダルガは、背後を気にしていたのだがレブラスは一向に追いついて
こない。
立ちどまればすぐに追いつかれそうなペースで、妖魔はついてきていたはずだった。
その疑問を口にすると、いままでむっつりとだまりこんでいたガレンヴァールがと
たんに破顔しながら自慢げに口をひらいた。
「ああ、それは、あの肉の化物めはわたしの息子たちを恐れているからだよ」
「あんたの息子たち?」
と、ダルガはうさんくさげに問いかえす。
そうとも、とガレンヴァールは肉のたっぷりとした顎をたぷたぷとうなずかせた。
ほい、と樹間に声をかけると、すっかり明け染めた深山の木漏れ日の中にひょこひ
ょこと先の小妖物の一匹がまろび出てきた。
「わが息子さ」
いって、ちょこまかとした足どりで一同のかたわらに立った妖怪の肩、とおぼしき
部分にひょいと手をのばしてみせた。
まるで人間の戯画のように、妖物はちょこんとその奇妙な生白い足を折ってあいさ
つめいたしぐさをしてみせる。
鼻頭にしわをよせて上体を逃げるようにそらしながらダルガは、
「それが息子?」
といかにもいやそうな口調でいった。
「じゃ、あんたの女房は妖怪か」
はっはっはっはっ、おもしろい冗談をいう、とガレンヴァールは快活に笑いながら
いった。
冗談をいったつもりはないダルガは憮然とした面もちで笑いはじける小太りの魔道
士を見やる。
「息子といっても、まあ、血のつながりはない。これはわたしの故郷でおこなわれて
いた、まあ、おまえさんがたのいうところの魔道の結実の一種でな。一言でいえば、
無から生み出した生物のようなものさ」
無から生み出した? とおうむがえしにいうダルガに、さよう、とガレンヴァール
は得意げにうなずいてみせる。
そして、まずは壷にうんたらの液をひたして何日間、そののちに何やらを加えてか
きまぜ動物の臓物を核にしてどうたらこうたら、とまるで理解不可能な異様な言語ま
じりの説明を延々とはじめた。
要はガレンヴァールが魔道の術を媒介にして生み出した、いわば肉をもった精霊の
ようなものなのだろうが、それがなぜあの猛悪で始末におえないレブラスを撃退する
役に立つのかがダルガにはさっぱりわからない。
延々とつづきそうなうんちくをさえぎってダルガがそのことを問うと、魔道士は一
瞬口をつぐんだあとに――にやりと笑った。
「おまえさん、ためしてみるかい?」
にやにやと笑いながらそういった。
警戒心もあらわにダルガは問う。
「ためしてみるって、なにを」
「なに、心配することはない。ちょっとだけなら命に別状はないとも」
にこにこと笑いながらそういって、たぶんな、と小声でつけ加えた。
つぶやきが聞こえなかったわけでもないが、ダルガはしばし考えたあとに、どうす
ればいい? ときいてみた。
「なに、簡単だよ」
と魔道士はうんうんうなずきながらいった。
「わたしの息子の、肩でも腹でもどこでもいい。ただ触れてみさえすれば、納得がい
くはずだ」
ダルガはなおもうさんくさそうに道士の笑い顔をながめやり、ついでちょこんとた
たずむ異様な生物を警戒心まるだしで見やったが。
やがて小さくひとつ、うなずいてみせると、人間の戯画めいたその肩口につ、と手
をのばした。
触れる場所として金属光沢を放つ本体部分ではなく、すこしでも人間に近い肩を選
んだのはむろん、警戒心のなせるわざだが――まるで意味はなかった。
効果のあらわれは、触れる箇所をえらばないらしい。
ダルガは、悲鳴をあげながら手をはなして、ころげるように妖物から飛びはなれて
両肩を抱きながらうずくまった。
「ダルガ!」
シェラが叫びながらダルガにかけより、その背に手をかけた。
とたん――ふたたびダルガが身も背もない絶叫をはなちながら、恐怖に目をまるく
見ひらいてシェラからも飛びはなれる。
それでも、呆然と自分を見やるのが妖物ではなく美貌の少女と気づいたか、呆然と
した表情でシェラを見かえしつつ立ちどまった。
「……ダルガ? だいじょうぶですか……?」
気づかわしげな口調で、それでも触れることにはためらいを感じつつシェラはダル
ガに歩みよりながら問いかけた。
ダルガはなおも呆然とシェラを見つめかえしていたが、やがてようやく我にかえっ
たように「あ、ああ……」と頼りない返事をかえしながらうなずいてみせた。
「いったい、どうしたというの?」
もうだいじょうぶらしい、と見てシェラはそう声をかけながらダルガの肩に手をの
ばした。
手が触れる一瞬、ダルガの全身がふたたびびくりと派手にふるえたが、今度は飛び
すさるようなことはしなかった。
だが――妖物の肩に触れたとたんに感じた悪寒は、いまだに生々しくダルガの全身
をかけめぐっていた。
悪寒だ。
痛みではない。
内臓の内部でろくでもないものが荒れ狂うような、悪酔いしたときの悪寒を、数万
倍にも増幅して爆発させたもの、とでもいえばあの一瞬に感じたものの正体にいくば
くかでも近いだろう。
払えぬ不快感が全身の肉と化してこびりついてしまった感覚、とでもいえばいいの
か。
いずれにせよ、たった一匹が相手でもあれほど激烈な反応を起こさせるのであれば、
それが無数の小妖物にたかられたことを想像するだけで気が狂いそうになる。
「なるほどな」
と、なおもふるえながらダルガは口にした。
「痛覚には快感をおぼえても、不快にはやつも弱いってことか」
そのとおり、と自慢げにガレンヴァールはうなずいてみせた。
そしてふいに顔をくもらせる。
「しかしなあ、弱い、とはいうても、せいぜいが撃退することぐらいしかできぬ。わ
たしにもあの始末におえない化物を退治する方法はわからないんだ。まあ、近よせぬ
ことができただけでも、この山に入って以来の大進歩ではあるのだがなあ」
その言葉でダルガは、ふたたび忘れていた警戒心を思い起こして真顔になった。
好々爺然とにこやかに笑う丸顔の男をまじまじと見やり、口にする。
「あんたがこの山にいる理由はわかった。それにあの化物どもを向こうにまわしてい
ままで無事にいられたどころか、意趣返しまでしてのけた実力はたいしたものだとも
思う。だが」
言葉をとぎらせたダルガに、ガレンヴァールは満面に笑みをたたえたまま片眉をつ
い、とあげて視線で問いかける。
シェラもまた、息をのんでダルガのつぎの言葉を待ちうけた。
ダルガは、樹幹に背をもたせかけて腕を組みながら、問いかけた。
「あんたの目的がまだよくわからない。“ヴォールの紅玉”を手に入れて――あんた
はどうするつもりなんだ? 不死を手に入れたいだけなのか、それとも――神にもひ
としい脅威の存在になりたいのか?」
じっと、魔道士の顔を見つめた。
対するガレンヴァールは――ダルガの質問を耳にするや心底おどろいた、とでもい
いたげに丸々と目を見ひらいて口をあんぐりとあけていたのだが――ふいに、はじけ
るように笑いはじめた。
手足の短い短躯がいましもころげまわりそうなほど腹をかかえて身をよじりながら、
楽しくてたまらぬとでもいうようにして魔道士は笑いころげた。
あまりの反応にダルガはしばし呆然としていたが、やがて仏頂面もあからさまにひ
とりごとのように口にした。
「おれはまじめにきいているんだ。あんたにもまじめに答えてほしいんだがな」
言葉をききながらガレンヴァールはなおも笑いころげていたが、やがてひいひい腹
を抱えながらもわかったわかったと何度もうなずいてみせ、むりやりのように笑いの
衝動をのみこんでわざとらしく威儀を正してみせ――そして真顔でいった。
「神になりたいとは思わんよ。ただわたしは――神のみわざを解明したい、と思って
おるだけさ。神秘を、そして真理を、わが手中にしたい、とね」
いって、口もとにかすかな笑いをきざんでみせた。
陽気で気のよさそうな印象をどこかうらぎる、奇妙に底のしれない笑顔だった。
23 青の洞窟
わだかまる闇の底に蒼白くうかぶ顔を見て、エレアは思わず声をあげた。
「父様!」
歓喜を満面にうかべながらも、かけよって抱きつこうとしなかったのは、やはりお
ぼろにうかぶ裸体の上半身をもふくめた父の像の全体に、なにか異様なものをみとめ
ていたからなのかもしれない。
脳裏のかたすみに、横柄で無愛想な黒髪の少年や、痩身の美貌の青年の姿がうかん
でいたこともその理由の一端ではあっただろう。
だが、胸の奥底でうずくものの大部分は、眼前でしろく微笑む父のもとへと捧げら
れていた。
「エレア」
父は静かに微笑みながら愛し子の名を慈愛に満ちた口調で、口にする。
「会いたかったよ。おまえを愛している。もう二度とはなさない。静かに、ともに暮
らそう。――永遠に」
いって、両の手をさしのべるようにしてあげた。
「父様」
なおもためらいながらも、少女は魅入られたようにたよりなげな足どりでふみだし
た。
さしだされた手に、ためらいがちに白い小さな手を重ねる。
つつみこむようにやさしい力が、エレアをひきよせた。
「愛している、わが娘よ」
抱きよせられた。
山にわけいった時より異常に痩せこけた、と思われた父の胸はやはりエレアにとっ
てはむかしどおりに大きいままだった。
そして、においが幼いころに甘えた存在の記憶を思い起こさせた。
安心感が、増殖する眠りのように全身をつつみこんだ。
ああ、と、少女は恍惚の吐息をついた。
重ねられた手が、頭と背中をゆっくりと上下になでさすった。
「おまえを愛している」
耳もとにささやかれた言葉が、全身から力をうばって甘い感覚にしずみこませた。
顎に、手がかかる。
上むかされた唇に、唇が重なった。
驚愕は官能に一気におし流された。
もがきは強い力に抱きすくめられて脱力し、強烈な刺激にぐったりと身をゆだねて
いた。
無数の舌が、嵐のように口腔内を荒れ狂った。
異常に対する恐怖より加えられる刺激に、脳内が嵐と化して荒れ狂った。
うめき、身をよじりながら少女は奔流にのみこまれていった。
無数の腕が、全身を愛撫する。
巨大な存在にのみこまれたようだった。
不快ではなかった。
脳裏に、ちらりとべつの顔がよぎったが、気にもならなかった。
現実感覚は完全に失せ、官能がすべてとなった。
嵐は、下腹部の一点から拡大して苦痛とも快楽ともつかぬまま全世界を荒れ狂い、
支配した。
夕景はまたたく間に盛り上がる巨大な影にのまれて没し、深い闇が山間に降りくだ
った。
そしてのしかかる暗黒の一点にその青いおぼろな光は、音もなくうかびあがってい
た。
「あれだな」
ダルガはつぶやくように口にした。
シェラが無言でうなずいてみせる。
“青の洞窟”。
ヴァラヒダの魔が巣くう、地獄への入口である。
意志を確認するようにしてダルガはシェラとガレンヴァールに交互に視線をはしら
せた。