AWC ヴォールの紅玉(26)       青木無常


        
#3482/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  96/10/ 6  18: 9  (200)
ヴォールの紅玉(26)       青木無常
★内容
 ダルガはあとずさり――
 吼えた。
 吼えながら、剣士の首筋めがけて剣をふりおろした。
 異様な感触とともにいともあっさりと首は分離して地にころがった。
 断面からのぞく赤黒い肉瘤が、ひくひくとうごめいた。
 と見る間に――その断面からむくむくと肉が盛り上がり、戯画めいた二本の手を形
成しはじめた。
 生まれたばかりの赤黒いその手をたどたどしく駆使しながら、剣士の首はまるで独
立した生き物ででもあるかのようにずるり、ずるりと地上を這いはじめた。
「もっと切れ」
 と、赤黒い肉の手にひきずられながら剣士の首がいって――にたりとうつろな表情
で笑った。
「くそが」
 悪態というよりはうめくようにダルガは口にし、めったやたらに剣をふりまわした。
 かつて剣士であったものの肉体も妖魔のそれもおかまいなしに、めくらめっぽうに
切り刻み、こまぎれにした端から剣先ではね上げるようにしてどうどうと落下する大
瀑布の波うつ滝壷にたたきこんだ。
 ぷかりとうかんだ肉片が汚物塊のようにゆらゆらとゆれながら一点をめざし、つぎ
つぎに融合していくのを見て吐き気をおぼえた。
 一定の大きさを回復すると、妖魔はいくつもの手足の生えた肉塊となってゆらめき
ながら岸に這いより、立ちあがってよたよたと歩きはじめる。
「もっと切れ。もっと切れ」
 うわ言のようにくりかえしていた。
 文字どおり、切りがなかった。
「逃げるぞ、エレア――」
 歯がみしながらふりかえり――たたらをふんだ。
 血のように赤い均整のとれた巨体が、四本の腕のうち左上の一本をエレアの腰にま
わして、肩にかつぎあげていた。
 野性的で凶悪な美貌が、にたりと大きな笑みをうかべる。
 マラクであった。
「くそ」
 うめきざまダルガは地を蹴り、マラクの脚めがけて銀の弧を描かせた。
 ふわり、と、重力をうしなったかのようにマラクの巨体が舞いあがり、ず、ずん、
と地響きをならしながら大きく前方に着地する。
「また遊んであげるよ」
 マラクが満面に獰猛な笑みをたたえながらそういった。
「だが、またあとでだ。まちがいを正しに戻らなきゃならない。おまえは好きだ、坊
や。あとでゆっくり、心ゆくまで遊んであげるよ」
 いって、くるりと背をむけた。
 滝をまわりこむ方向に走り出す。
「待て!」
 叫んで、ダルガがあとを追った。
「もうおわりか」
 その背後から、がっかりしたような口調でレブラスがいった。
「ならばおれの中に入れ。ひとつになろう」
 いいながらよたよたと寄り集まりつつダルガの後を追う。
 先頭をいくマラクが滝壷をまわりこんで岩場を軽々と飛びうつりはじめる。
 あとを追うダルガは、リーチのちがいでみるみる差をつけられはじめた。
 ひょいひょいと岩をわたって水上をいくマラクに比して、ダルガは滝壷を大きく迂
回する形となっていた。
 それでも、懸命に追いつづけた。
 が、それもなかばほどまで走ったときに、唐突におわった。
 垂直に切り立つ岩の崖までたどりついたマラクが、まるで無造作にひょいと、岩壁
にはりついたからだった。
 エレアを肩にかつぎあげた赤い巨体が、包帯をぐるぐる巻きにした一臂をふくめた
三本の腕で器用に岩のでっぱりをとらえながら、するすると岩壁をのぼりはじめる。
 筋肉の躍動につれて赤い均整のとれた巨体は垂直の壁を着実に踏破し、またたく間
に崖上に這いあがってその姿を消した。
 人間にはとうてい真似のできない、超絶の行為であった。
「くそ」
 とうめくダルガの背後に、赤黒いこぶだらけの巨体がべちゃり、べちゃりと音を立
てながら追いついてきた。
「おまえ、おれの中に入れ」
 ぐつぐつとはじける声がそういった。
 ダルガはぎろりとふりかえり、
「うるせえ」
 不機嫌にいいはなちざま、すでに人間の原型をものみこんでしまったらしい化物の
胴に向けて剣弧を先に飛びこんだ。
 どん、と肉塊がふたつに裂けて宙にとんだ。
 上半身が、ざぶりと派手に水しぶきをあげてふたたび滝壷に落下する。
 下半身は視覚をうしなってよたよたと歩きまわりはじめた。
「くそが」
 吐き捨てるように口にして、ダルガは崖へののぼり口をさがしはじめた。

    22 ガレンヴァール

 迂回して崖上に歩をすすめるまでに、ずいぶんとながい時間がかかった。
 気がつくと、東の空に曙光がさし染めている。
 うめき、ダルガは唇をかみしめた。
 全身を傷におおわれた上に、疲労もひどく重くのしかかっている。
 足どりも力なく、いましもたおれこんで眠ってしまいそうなまでにもうろうとして
いた。
 だが、先にとらわれたシェラのことはもちろん、生け贄として名ざされていたエレ
アがとらわれた以上、一刻の猶予もならないはずだった。
 幾度も足をとられて転倒しながらダルガは、ほとんど機械的に足を動かしつづけて
いた。
 背後からときおり、レブラスの不気味な声音が呼びかけてくる。
 追いつかれはしないが、ひき離すこともできないようだった。
 ぶつぶつと、だれにともなく悪罵を吐きすて、よろよろとのぼりつづけた。
 ふと、気配に気づいて立ちどまった。
 よろりとたおれかかる身体をむりに直立させ、もうろうとかすむ視線をこらす。
 新手の妖物らしかった。
 金属質に鈍色の光沢を放つ、渦巻きキャンディのような姿をした妖怪だった。
 子どもか蛙のような華奢な手足が、戯画のように胴の横から生え出ている。
 それが、ちょこまかとした足どりで円をちぢめるようにして、ダルガのまわりをう
ごめいているのである。
 一匹や二匹ではなかった。
 視線をめぐらすと、無数のその小妖怪がダルガをとりまいていた。
 うつろな視線に敵意をもたげて、ダルガは舌をならした。
 革帯からぬいた剣をかまえる。
 手近の一匹にうちかかろうとした、まさにそのとき――
「待って、ダルガ!」
 声が、間一髪でダルガの攻撃をおしとどめさせた。
 うさんくさげにダルガは視線をめぐらせ――驚愕に、目を見ひらいた。
 やけに手足の短い、丸々とした小柄な肉体をよちよちと運ばせる異様な人物を背後
にしたがえて、シェラは息を切らしながらかけ降りてきた。
「待って、ダルガ」
 ようようダルガのもとにたどりついて、息をととのえる合間にシェラはもう一度口
にし、ふうふうといかにも大儀そうにしつつ降りてくる背後の人物にちらりと視線を
走らせ、
「味方よ」
 一瞬のためらいを見せてから、そう口にした。
 ためらったのは、男がほんとうに自分たちに益する側に立っているのかどうか、シ
ェラにも自信がなかったからだった。
 ともあれ、ちょこちょこと四囲をうごめく異様な小生物は丸顔の初老の人物に手を
払われるや潮がひくようにして樹間に姿を消した。
 いまだ警戒と驚愕とをその面貌にとどめつつも、ひとまずはダルガもぬいた剣を革
帯にたばさんだ。
 うさんくさげに、にこやかに笑う丸顔の男に視線をむけ、問うた。
「このおっさんは」
「ガレンヴァールよ」
 即座に、シェラはこたえた。
「ザナールの海の向こうからきたっていう、異境の魔道士。わたしを助けてくれたん
です」
「助けてくれた?」
 ダルガはなおもうたがわしげにガレンヴァールをながめやる。
「ええ」
 とシェラは深々とうなずいてみせた。
「その話はあとでくわしくさせてもらいます。でもいまは、お知らせしておきたいこ
とがひとつ、あるの」
 なんだ、と片眉をつりあげてダルガは問うた。
 シェラは、どこから説明していいのやら、といった風情で一瞬言葉をとぎらせた。
 援軍をおくるように、口をひらいたのはガレンヴァールであった。
「おまえさんがた、だまされているんだよ」
 開口一番、そういった。
 わけがわからず、ダルガは目をむいた。
 そうなんです、といいながらシェラはうなずいてみせた。
「だまされてるって、だれに? あのじいさんにか」
 シェラはうなずいた。
「そのとおりです。老タグリは、わたしたちに大事なことを話さずにいたらしいの。
不死の玉にまつわる伝説を」

 シェラとガレンヴァールがかわるがわる口にしはじめた説明を要約すると、以下の
ようなことになる。
 すなわち、ツビシの町に伝わるひとつの伝説について。
 そも、ヴァラヒダの魔はなぜユスフェラの山に棲みついていたのか。
 すなわち、不死の宝石たる“ヴォールの紅玉”を求めてなのだという。
 イシュール神話にいう。
 かつてこのバレースをおさめし十二の偉大な神々がいたと。
 そして暗黒神の狂乱により神々のおさめし黄金時代はおわりを告げ、十一の神は力
を喪失して打たれ、引き裂かれ、世界の表舞台から去ったのだと。
 ヴォールはそのうちの一神であり、大地をつかさどるがゆえにバレースの維持とひ
きかえにみずからの肉体を暗黒神の前にさしだしたのである。
 以上はイシュールに住む者ならだれでも知っている神話のひとつだが、そのヴォー
ルの引き裂かれた肉体の一部が、宝石と化してこのユスフェラの山中のどこかに、う
ずもれているのだという。
 それが“ヴォールの紅玉”と呼ばれるものである。
 ごくローカルな伝説に過ぎないが、一部の賢者や魔道士のあいだにはひろく流布さ
れた伝説でもあるらしい。
 昏い、黒魔道に属する知識であるがゆえに、アリユスはそのことを知らなかったの
だろう、とシェラはいった。
 ともあれ、その紅玉を手に入れた者は不死を実現できる、というのが伝説の白眉で
あった。
 古来、ヴァラヒダの魔の脅威をもかえりみずいくたびも深山深くわけいる者があと
を断たなかったのは、山向こうの街との往還やひとびとの難儀のためなどではなく、
不死という生あるものにとっての、誘蛾灯のごとき甘露を求めてのことだったのであ
ろう。
 また、ヴァラヒダと三匹の眷属がこの山に棲みついたそもそもの理由も“ヴォール
の紅玉”を手に入れることにより、神にもひとしい力を手に入れようとしてのことで
あろう、と伝説は語っているのであった。
「つまりそれは」
 と、ダルガは不機嫌もあらわに口にした。
「あのじいさんもその“紅玉”を手に入れるために息子を山に入らせたと、そういう
ことだったわけか」
「そのあたりは、わたしにはよくわからないのだけれど……」
 と、老タグリに同情的なシェラは口ごもった。
 が、ガレンヴァールが愛嬌たっぷりのその丸顔を左右にふってみせた。
「まさにあの老タグリが、あらゆる権力を手中にしたあげくにただひとつ手に入れる
ことができなかったのが不死そのものさ」
 シェラの見解を吹き飛ばすようにしてそういった。
「そもそも、あの男がツビシの町を牛耳ったその手段からして、あまりおおやけには
できぬ汚いものばかりであったらしい。息子をいかせたのも、いわば偵察と人身御供
とをかねた決死隊のようなものよ。息子のサドラはサドラで、これがまた親父に輪を
かけた悪党でな。ヴァラヒダの魔に殺されることよりは親父に“紅玉”を先取りされ
ることをおそれて遠征を承知した、と、まあまるで化かしあいのようなものだ」
 その途上でどのようなことがあったのかは、ガレンヴァールもよくはしらない、と
口にした。
 が、最終的にヴァラヒダがサドラをくったのかその逆なのかはさだかではないが、
サドラはユスフェラの最大の魔と融合してひとつの意志を抱くようになり、魂魄をと
ばして老タグリの屋敷に出入りするようになった、ということらしい。
「なぜやつは、エレアを生け贄に要求しているんだ?」
「それはわたしにもわからんことのひとつだよ」
 とガレンヴァールはうんうんと何度も自分でうなずきながらいった。
 うさんくさげに眉宇をよせるダルガにはまるで頓着する様子もなく、つづける。
「だが、まあ、やつが“紅玉”を手に入れるためには、あれの娘がなんらかの形で必
要である、ということらしいな。ま、これはやつ自身が老タグリにむかって吐いたセ
リフから得た知識にすぎないが、な」
 ダルガは腕を組んで考えこんだ。
 どうします? とシェラが問う。
 ダルガはちらりと視線をあげて、真摯に真正面から自分を見つめる素朴な少女の顔




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