AWC ヴォールの紅玉(25)       青木無常


        
#3481/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  96/10/ 6  18: 6  (200)
ヴォールの紅玉(25)       青木無常
★内容
「な、なんだそれは」
 ダルガに剣を奪われたほうの一人が、声をふるわせながら問うた。
 むろん、もう一人に答えられるはずもない。
 呆然としながら首を何度も左右にふってみせ、
「い、いこう」
 とうながしながら踵をかえしかけた。
 ぎょっと目をむいた。
 眼前に、たったいま切りつけたのと同じ種類の魔怪が、むくむくとのびあがるのを
発見したのだ。
 地に伏していたらしい。
 岩のたぐいであろうと思っていたそれが、肉塊と化して立ちあがったのである。
 大きさは、先の肉塊よりも小さいほどだった。
 が、今度のそれには、顔がついていた。
 腐臭のような異様な臭気が、ただよっていた。
 切れ込みを入れたかのような、その奇怪な口から吐き出されたものらしい。
 造作の崩れた、異様な顔であった。
 その顔が、口をひらいた。
「痛い」
 と、それはそういった。
「叩きつけられ、ばらばらになった」
 うめくようにごぼごぼとした異様な声音でいいながら、よたよたとした足どりで二
人に近づきはじめた。
 悲鳴をあげながら、一人が切りつけた。
 痛い、とそれはくりかえした。
 うれしそうなにたにた笑いをその醜貌の満面にうかべながら。
 身をもがかせながら、いささかのためらいも見せずに二人に向けてさらに詰め寄る。
 よく見ると、周囲からおなじような姿をした大小無数の肉塊が、それぞれ戯画のよ
うな手足をぎくしゃくと駆使しながら不気味な足どりで接近しつつあった。
「肉がたりぬ」
 それが、そういった。
「おまえたち、おれとひとつになれ」
 不気味なセリフを口にした。
 剣士たちはいやいやをしながら、あらがおうとした。
 剣をふるい、あるいは手で近づく魔怪をふり払いながら逃亡しようとこころみた。
 絶望的なこころみであった。
 剣に断ち切られた肉塊はほんの瞬時、快感にあえぐかのようにその全身をぶるると
ふるわせながら動きをとめるだけで、すぐに新たな手足をむくむくと生やして立ちあ
がり、よちよちとした異様な足どりでふたたび歩みよってくるのである。
 そして、手で払いのけようとした小妖魔は――
「ひ、ひい!」
 と、ダルガに剣を奪われた剣士がぶざまきわまる悲鳴をあげた。
 どうした、とふりむくもう一人に向けて、悲鳴をあげながら払いのけた手をかざし
てみせた。
 肉塊が、こびりついていた。
 ひとの頭ほどもある手足のついた肉塊が、じゅくじゅくと異臭を放つ粘液を分泌し
ながらこびりついているのである。
 必死になって手をふりまわし、地面にたたきつけて引きはがそうとしたが――でき
なかった。
 たたきつけるたびに肉塊はひくひくとうごめいたが、まるで腕の肉に融合でもして
しまったかのように、一向にはがすことはできなかったのである。
 悪寒をこらえてもう一方の手をかけ、ひきはがそうとしたが――肉塊がふたつに分
離して無事だったほうの手のひらにも付着しただけだった。
 パニックにおちいりながらあがいているうちに、もうひとりにもぺたりと、べつの
妖魔がこびりついた。
 そして、異様な触感が二人の剣士の嫌悪を逆なでた。
 接触した部位からぞわぞわと、無数の虫が皮膚をくい破って侵入してくるかのよう
な感触がつたわってきたのである。
 悲鳴が盛大にあげられた。
「おれの中に入れ。ひとつになろう」
 一人の剣士の頬に接触した落書きのような顔が、そう口にした。
「ひとつになろう。気持ちがいいぞ」
 化物の顔がぐふう、と、笑い声らしき異様な音を発した。
「おまえたちとおれはひとつになる」
 絶叫に同調するように、泥を煮しめるような不気味な声が頭蓋に反響する。
「苦痛も快楽も、倍になる。気持ちがいいぞ」
 全身に魔怪がたかった。
 視界さえふさがれ、悲鳴はおしよせる肉塊にふさがれて苦しげにくぐもった。
 接触した部位から、ぞろぞろと何か異様なものが盛り上がってくる。
 肉だった。
 赤黒い粘液をしたたらせた腐肉のようなものが、ぞわぞわと増殖して、二人の剣士
をつつみはじめているのだった。
 すでに声さえも出なくなっていた。
 小山のように盛り上がったふたつの肉山が、もぞもぞとうごめきながらよりそいは
じめた。
 よりそって、融合していく。
 どうどうと落下する瀑布を背にして、妖魔レブラスは以前にも倍する巨体を復元し
はじめた。

    21 レブラス

 その戦慄すべき光景をダルガとエレアは途中から、呆然とした面もちで凝視してい
た。
 悪夢だ、と思った。
 盛り上がる汚物塊のようなレブラスの肉体が復元するにつれ、のみこまれたはずの
二人の人間の上半身が、壁にぬりこめそこねた死体か何かのようにのぞきはじめた。
 二対の目がうつろに虚空をにらみやっている。
 生きているとはとうてい思えない惨状であるにもかかわらず、ときおりひくひくと
うごめいたりする。
 本体である肉塊の痙攣によるのか、とも考えられたが――ちがうようだった。
 うごめきながらときおり、二人の口がふるえてよわよわしくうめき声をあげるので
ある。
 そのうちのひとりが、呆然とたたずむ二人に向けて、おぼろに視線をあげた。
 ひくひくと頬をふるわせながら、口にした。
「や……みの……ほ……の……」
 エレアは耐えきれずに悲鳴をあげながら顔をそむけた。
 ダルガの上衣のすそを強くつかみながら、うずくまる。
 ダルガもまた、吐き気をこらえていた。
 知覚を、保持しているのだ。
 剣士たちは、このような状態におちいりながら。
 生きたままレブラスに融合し――なおかつ意識を保持しているのである。
「おまえ――」
 なおもびくりびくりと全身をはげしく痙攣させながら、その本体であるレブラスが
造作を無視した不気味な双眸をダルガにすえた。
 歓喜にふるえる。
「おまえか」
 ぶつぶつと毒泡がはじけるような声音でいった。
「剣をもっているな。おれを切れ」
 にたあ、と、肉を裂くような笑いをうかべた。
 ダルガは剣の柄に手をかけたまま、硬直した。
 最初に対峙したときからこの妖魔は、まるで隙だらけだった。
 打ちこもうと思えば、好きなように打ちこめた。
 望みの部位を望みの形に細かく切り刻むことさえできそうだった。
 実際にできるのだろう。
 この不気味な怪物は、痛覚に対する明確な嗜好をもっている。
 切り刻まれるのが好きなのだ。
 苦痛に快感をおぼえるのであろう。
 そしてさらにおぞましいことには、ばらばらに砕け飛び散ったとしてもみずからの
意志によってか寄せ集まり、復元してしまうのである。
 切りつけても、まったく無駄であった。
 じり、じり、とエレアをしがみつかせたまま後退しつつダルガは、途方にくれてい
た。
 打つ手を思いつかなかった。
 ひとまずは、逃げるしかなさそうだった。
「起きろ」
 悲鳴をあげながらうずくまるエレアの肩をつかんで、ダルガはいった。
「逃げるぞ。はやくしろ」
 ダルガの腕にしがみついたままエレアは、きっと顔をあげる。
「わたくしに命令するなといったはずよ」
 この期におよんで、憎々しげにそんなセリフを吐いた。
 ち、と舌をならしてむりやり立たせようとしたとき――
「おまえ……」
 妖魔が、割って入った。
「おまえ……ヴァラヒダの、贄だ」
 びくりとして、ふたりは妖魔を見あげた。
 刃で裂いてひらいたような不気味な双の目が、あたうかぎり大きく見ひらかれてい
た。
「失せろ、化物」
 ダルガは剣をかまえながら口にし――
「父様はどこ?」
 エレアは、恐怖も嫌悪も忘れはててダルガのもとを離れ、醜悪な妖魔につめよった。
「父様はどこ? あわせてちょうだい!」
 態度の急変といきおいとに、逆に気圧されて上体をそらせるようにしていたレブラ
スが、ぐふう、と異様な腐気を吐きながら笑った。
「あわせてやるとも。来い、洞窟へ」
 いいながら、すうとこぶだらけの汚怪な腕をつきだした。
 そのあまりの醜怪さに思わずあとずさりかけたエレアの鼻先に――銀閃がはしりぬ
けた。
 エレアの顔面をかすめるようにして走りすぎた剣尖が、のばされたレブラスの腕を
切り飛ばした。
 肉のかたまりのような醜怪な腕が宙にとび、どさりと地におちる。
「痛い」
 と、妖魔がにたりと笑いながら口にした。
「そうかよ」
 睨めあげつつエレアをおしのけるようにして前進しながら、ダルガは口にした。
 口にしながら、もう一度、剣をはねあげた。
 風とともに妖魔の肩口が裂けて飛んだ。
「痛い」
 ぶるるとその巨体をふるわせながらレブラスは口にした。
 同時に、腹部から生え出た二人の剣士の口からも――絶叫があがった。
 血色の叫びをはなちながら、妖魔にのまれた二人の人間はその上半身を激しいいき
おいでのたうたせた。
「痛い。もっと。もっと切れ」
 レブラスは歓喜にうつろな視線を宙にさまよわせつつ、絶叫する二体の人間の頭に
いとおしげに手をやってなでさすりはじめた。
 そして、ずい、とダルガにむかって一歩をふみだした。
「もっと切れ」
 ダルガは唇をかみしめた。
 憤怒の形相で妖魔をにらみあげ――
「いいだろう」
 いいざま、剣をふりおろした。
 だぐ、と刃は赤黒い肉山にくいこみ、首から胸にかけてを両断した。
 首と右腕をつないだ部分がぶちゃりと音を立てて滝壷のわきに落ち、ひくひくと痙
攣した。
 絶叫を放ちつづける二人の胴の接点に、つづけざまにダルガは刃をはしらせた。
 肉塊は断たれて二人の人間の上半身が分離し、それぞれ地に落ちる。
 ダルガはかけより、剣先で融合部分に切り込みを入れた。
 奇しくもダルガに剣を提供したことになる剣士は、おのれの剣の刃が赤黒い肉塊に
刺しこまれるたびに気が狂いそうな叫び声をあげた。
 融合部分の肉は、赤と白と黒に――まるでかきまぜたようにぐちゃぐちゃになって
いた。
 手術をでもするような気分で慎重に分離をこころみたが、すでに妖魔の肉塊と人間
の下半身との区別はまったくつかなくなっていた。
 ダルガは、うめきながら融合部分にむけて縦にうちこんだ。
 生え出た人間の上半身が、絶叫をあげながらごろりところがった。
 切断面を見て――ダルガは口もとをおさえた。
 異様な刺激臭を放つ粘液をじゅくじゅくと分泌する、肉塊そのものと化していた。
 背骨や内臓のたぐいなど、いっさいの区別がなくなっていた。
 すべてが溶けだし融合し、まるでべつの器官と化してしまったかのごとく、どろど
ろと異様な赤黒い渦をまいている。
 皮一枚をのぞいて剣士は――妖魔そのものと化しつつあるのだった。
 その剣士が、腕だけで上体をずるり、とダルガにむけて移動させながら、口にした。
「痛い」
 と。
 レブラスそのものの口調と、声音であった。
「痛い」
 うめきながら、レブラス本体もまたダルガにむけてずるりと前進した。
 痙攣しながらたたずむ巨大な妖魔の胴体も、ぎくしゃくとした足どりで一歩をふみ
だす。
「痛い」
 もうひとりの剣士も、また。




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