#3475/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 96/10/ 6 17:44 (200)
ヴォールの紅玉(19) 青木無常
★内容
瞬時、デュバルの顔が惚けたようにぽかんとダルガを見かえす。
それが次の瞬間、屈辱に醜くゆがんだ。
バラルカの命によりダルガが手加減していたのだといううわさを思い出させられた
のだった。
おお、と呼応というよりは咆哮をはしらせて、デュバルは打ちこんだ。
銀弧が脳天をねらう。
わきに身をかわして斬撃を流し、大剣を力まかせに横薙ぎにふるった。
ぶん、と空気が重くふたつに割れ、その軌跡上からデュバルはかろうじておのれの
胴を後退させた。
流された大剣がつぎの動作へと反転するまでに、一瞬の間があった。
その間を逃さず、デュバルはずばりと下からダルガの腹をねらって打ちあげた。
ダルガは水を蹴る。
しぶきとともに少年の体が後方に跳んだ。
おお! と吼えながらデュバルの剣尖が逃げるダルガを追った。
一撃必殺。
デュバルの剣は、技法をこえていた。
急所を打たれれば人は苦痛を感じる。
ゆえに、致命的な攻撃に対しては人間の身体は反射的に反応するようになっている。
簡単に急所を打たせたりは、させてもらえないものということだ。
したがって、対峙する敵手に致命傷を負わせるための手順としてさまざまな技巧が
こらされ、磨かれてきた。
それが剣技を生み、流派を生み、奥義を、そして達人を生みつづけてきたのである。
が――すべての技巧はたった一点を目ざす。
すなわち、一撃必殺。
相手がかわすよりはやく、相手が打ちこむよりはやく、必殺の一撃をたたきこむこ
と。
ダルガは、抜き打ちによってその境地に近づいていた。
デュバルの場合は、突きだった。
いっさいの技巧の欠落した、まるで単純な突きだ。
猪突猛進、という言葉がまさにふさわしかった。
それを、さばききれない。
デュバルの異様な体さばきが、ダルガの防御の動きをわずかに上まわっているため
だった。
闘技場で対戦したときは、デュバルの動きはいまよりもさらに直線的だった。
なみのさばき技ではかわしきれぬほど鋭い剣尖ではあったが、期せずして無我の境
地にたどりついていたダルガの円の動きにより、その獰猛な突きは相殺されていた。
が、その後の二年の月日をかけてデュバルは、ダルガの動きに対応できるだけのす
ばやさを、身につけていた。
あいかわらず動作は直線的なままだったが、それを連結する体勢の立て直しがなみ
の速さではないのである。
そして奇しくも、その立て直しの動作そのものが、円の動きとなってダルガの防御
に対応していたのであった。
受け、さばき、流し、かわしつづけたが、ほどもなくダルガの息があがりはじめた。
足場も悪い。
なによりも、手にした得物がダルガの体力をふだん以上に消耗させていた。
死ぬか、と、どすぐろい諦念が胸奥にわきだした。
死ねない、と狂おしい想いが後頭部を圧搾する。
両者がともに、ダルガの手足の枷となった。
足下の水苔におおわれた小岩が、とどめとばかりにダルガの足をすくった。
水しぶきをあげて転倒する。
がぼ、と大量の水塊が顔面になだれこんで視界を奪った。
もがくように、身を反転させた。
無意味な行動だったが、デュバルの攻撃をかわす役にたった。
がば、と水を割って侵入してきた凶刃が、がちりと小岩にかみこまれながら無数の
気泡を吐きあげる。
背筋をふるわせつつ水中を二転三転、どうにか立ちあがった。
と思ったとたん――足場の小岩がごろりところがった。
足をとられて倒れこんだ。
それがまたしても僥倖だった。
瞬間前までダルガの頭が位置した場所を、デュバルの凶悪な突きが走りぬける。
ぶざまな闘いだった。
いつの間にか急流をなす川のなかばまでふみこみ、立ちあがっても胸近くまで水が
きている。
いかに修練をつんだといっても、まともな剣戟にふさわしい環境ではなかった。
それでも、立ちどまれなかった。
動作を中断したとたんに、敵手の致命的な一撃がとびこんでくることを、ダルガも
デュバルも熟知していた。
どうどうと荒れ騒ぐ水流のただなかで、両者はぶざまにまろび、飲んだ水を吐き出
しながら夢中になって剣を交えつづけた。
切りがない。
想いはおなじだったが、見切りをつけたのはダルガのほうがはやかった。
いまだに鋭さだけはいささかも失わぬデュバルの凶猛な一撃を大きくかわして逃げ
るやいなや、マラクの大剣をデュバルの顔面めがけて投げつけた。
お、と驚愕にうめきつつ飛来する大剣を横にさばいたデュバルがつぎの瞬間、呆然
と目を見はる。
ダルガが、背中を向けていたのだ。
急流にのるようにして、抜き手を切っている。
逃げにかかったのだ。
信じられぬ思いでデュバルは呆然と遠ざかるダルガの背中をながめやり、ついで「
「咆哮した。
怒りの咆哮であった。
二年。ダルガを打ち破るためだけに剣をふるいつづけた。
そして半歳。すべてを捨てて、ダルガを追いつづけてきた。
そのすべてが結実すべき瞬間に、標的は唾棄すべき口先を弄し、逃げ腰で剣を受け、
あまつさえ受けるべき剣さえ投げ捨てて背を向け、一目散に遁走しようとしているの
である。
「卑怯!」
血を吐くほど喉をふるわせて、デュバルは腹の底から叫んだ。
叫び、ダルガを追って急流に身をおどらせた。
彼我の距離はかなり離れてしまっている。
その距離を執念のみでちぢめた。
ようやく追いつこうかと思われる寸前に、ダルガが立ちあがった。
地に足がつくほど岸によっていたらしい。
ばしゃばしゃと水を蹴立てて走り出した。
しぶきが顔にふりかかる。
冷静であれば、そのまま抜き手を切ってすこしでも距離を詰めていただろう。
あいにく、デュバルの頭には血がのぼりきっていた。
追跡しようと立ちあがり、同じように水しぶきを立てて走りはじめた。
とたん――白い閃光が、眼前で弾けとぶのを目撃した。
輝くかたまりが風とともに打ちつけてきたような衝撃を感じて、後方に吹き飛ばさ
れた。
どばん、と派手に水柱をあげて水中に没する。
飲んだ水を噴きながら立ちあがり、顔面をぬぐいつつ視線をとばした。
ダルガの姿は、あと二人の連れとともに樹間に消えつつあった。
残った部下二人が追跡にかかってはいたが、距離はずいぶん離されている。
「卑怯者!」
デュバルはたまらず叫んだ。
「おれと剣を交えるのが、それほど恐ろしいか! きさまはそれほどの腰抜けであっ
たのか! おれが追いつづけてきた剣士は、そのようなくだらぬ男でしかなかったの
か! 答えろ! 答えろ“闇の炎”!」
やり場のない怒りは反響もなく暗黒に吸われて消え、ずぶ濡れの肉体と荒れた息だ
けが耳に残った。
「……許せぬ……!」
たたずんだままデュバルは、しぼり出すようにしてつぶやいた。
16 スティレイシャの徴
牢、ときいてシェラは鉄格子にかこまれた小室を想像した。
現実はかなりちがっていた。
ひと一人寝ころべばそれでいっぱいなほどの狭空間を思い描いていた目には、その
岩場は奇妙に広い印象があった。
むろん、広いとはいってもたかが知れている。
子どもが五人、夢中になってかけまわるにはまるで不足なほどの空間である。
まして、その半面近くを、泉が占めていた。
水はすんでいたが、かすかなさざ波がたえず波紋を描いてもいた。
地下のあたりでどこかの水流とつながっているのかもしれない。
ともあれ、レブラスに背中をこづかれながらおしこまれた空間はそんなところだっ
た。
泉端によろよろと崩おれたシェラを確認するやいなや、肉塊のごとき妖魔はまるで
無頓着に少女に背を向けていずこかへ立ち去ってしまっている。
室への入口に扉ひとつ立てられているわけではなかった。
疑問に思い、シェラはさっそく立ちあがって今きた途をたどりかえそうと歩をふみ
だした。
入口に達したところで、猛烈な目眩におそわれてよろめいた。
後方に、おしかえされるようにして倒れこむ。
呆然と、視線をあげた。
入口の空間にはたしかに何もない。
だが、もう一度くりかえしてみても結果は同じだった。
異様な悪寒に襲われてよろめいているうちに、無意識に洞奥へとあとずさってしま
っているのだ。
アリユスの鍛錬を思い出しつつ、印を結び、幻視をはたらかせて視線をめぐらせて
みた。
たしかに、出入口のところの空間がゆがんで、ゆらめいているように見えた。
だがシェラの霊眼ではその程度のことしかわからなかった。
泉に手をひたして水をすくい、呪文で圧縮してつぶてにして飛ばしてみる。
なみの人間相手なら切り傷くらいは負わせられる威力があるはずだった。
が、異様なことに水つぶては、問題の空間に達するやびちりと不気味な音をさせな
がらひらべったくつぶれ、ずるずると吸いだされるようにして八方にひろがり、そし
て四散し果ててしまったのだ。
悪寒をがまんしてむりやり通ってみようかとも考えていたのだが、それはやめにし
たほうがよさそうだった。
しかたがないので泉の水で喉をうるおし、横になってしばらく休憩してから、泉の
水面を水鏡にして呪法をおこなった。
奇しくもすこし前にアリユスが川辺でおこなった呪法と同様のものであった。
水はシェラの属性である。
したがって、水系の魔道はシェラには比較的あつかいやすかった。
ほどもなく、広大な水面に映像がひろがる。
見えた。
襲撃をうけた、あの川辺であった。
アリユスとエレアが、たたずんでいる。
そして、急流の中で水を激しく蹴立てながら二つの人影が剣を交えていた。
ダルガと、そしてもうひとり、見覚えのない男。
アリユスとエレアからはかなり距離をおいて、さらに二人の剣士が水中の闘いを見
やっているようだった。
形成は、どう見てもダルガのほうが不利だった。
シェラは、首もとにさげた宝石をきつく握りしめた。
青い、水を象徴する宝石だった。
宝飾品としての価値はさほど高くもないしろものだが、シェラの内包する力をよく
引き出すことのできるものでもあった。
「ダルガ……!」
つぶやき、シェラは握りしめた宝石に念をこめる。
あやういところで幾度か、ダルガに打ちかかる男の顔面で水が弾けとんだ。
半分がた無意識に、シェラは水の魔法をくりだしていたのである。
ダルガはともかく、アリユスはそのことに気づいているようであった。
シェラは必死の思いで、アリユスに向けて念を送ってみた。
(逃げて……!)
と。
どうひいき目に見ても、ダルガが殺されかかっているようにしか見えなかった。
ダルガ自身がどう思っていようと、逃げるよりほかに何もできることはないとしか
思えなかった。
おなじ思いでいたか、ほどもなくシェラはアリユスの思念が返ってきたように感じ
た。
承諾をあらわす思念だった。
意をくんだわけでもあるまいが、ダルガもまた大剣を捨てて逃げにかかっていた。
(そうよ、ダルガ。逃げて……)
祈る思いで、シェラは映像の中のダルガに呼びかける。
呼応するごとく、アリユスの放った風の矢がダルガを追う剣士の胸前で弾けとんだ。
はらはらと見守るうちに、ようようのことで三人は樹間にまぎれて闇に消えた。
追手が二人、あとにつづいたが、距離はかなり離れているように思える。
ひとまず息をつき、シェラは印をといて腰をおろし、岩壁に背をあずけて目をとじ
た。
どれだけの時間をすごしたのかはよくわからない。
うとうととしていたようだ。
ハッと気がつくと、眼前に黒い影が、おおいかぶさるようにしてたたずんでいた。
悲鳴をあげてシェラはあとずさった。
青い燐光につつまれた薄闇の中にうっそりとたたずんでいたのは――マラクであっ
た。
無言のまま、異様な眼光がつらぬくようにしてシェラをながめおろしている。
憎悪を、その眼光の中に見たような気がした。
そしてもうひとつ。