AWC ヴォールの紅玉(13)       青木無常


        
#3469/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  96/10/ 6  17:22  (200)
ヴォールの紅玉(13)       青木無常
★内容
笑んでみせる。
 その微笑が、ふいに――消えた。
「アリユス?」
 導師の変化に気づいてシェラは不思議そうに目を見はった。
 答えず、アリユスはさぐるようにして虚空に視線をさまよわせていた。
 やがて、ぽつりと口にした。
「妖気が近づいてる……!」

 しげみのやたらに多い場所でエレアがうろうろしてるのをダルガは見つけた。
 ち、と舌をうって声をかけ、生い茂る下生えをかきわけるようにして歩みよる。
「どこへいっていた」
 いらだちを言葉にこめて口にした。
 エレアはつん、と顎をあげ、
「なんでおまえにいちいち、そんなことを報告しなければならないの?」
 憎々しげにいった。
 ダルガもまた、むっとしたのを隠そうともせずいいかえす。
「勝手な行動をするな。命にかかわる」
「ソムラがいる。おまえなんかの世話になど、なる必要はないわ」
 鼻頭にしわをよせてエレアがいう。
「ソムラもふくめてだ。べつにおまえたちの身の安全まで保証すると、あのじいさん
に約束したわけじゃない。だが、ほうっとくわけにもいかないんだ」
 いらいらというダルガに、
「ほうっといていただいて、けっこう」
 ぴしゃりと、エレアはいい放った。
「ソルヴェニウスにも、わたくしたちはわたくしたちであの下賎の者どもとはまった
く無関係だといいふくめてあるわ」
「なら最初から同行などしないでほしかったな」
 吐き捨てるようにダルガはいい、エレアの反論をおさえるようにして言葉を重ねた。
「で、ソムラはどこに消えたんだ」
 痛烈なセリフをいいかえそうとしていたエレアがとたんに、言葉につまって目をそ
らせた。
「どうした? いっしょじゃなかったのか?」
 きつい口調で問うダルガに、ふたたびエレアは敵意をこめて視線を戻す。
「いっしょだったわよ。さっきまでは、ちゃんとそこにいました」
「そことはどこだ」
「そこよ」
 と、エレアはしげみの中ににょっきりと一本だけ生えている丈の高い樹を指さした。
「あのむこうで、立っていたはずよ」
「だが、いない」
 ダルガはいいつつその樹に歩みより、さらに四囲をぐるりと見まわした。
「見あたらないぞ」
 ちらりとエレアに視線をむけて口にし、ソムラ、と大きく名を呼んだ。
 ダルガ、と答えがかえってきた。
 ソムラからではなかった。
 たったいまダルガがおりてきた茂みの踏みわけ跡を追うようにして、アリユスとシ
ェラが下ってきたのであった。
「どうした?」
 眉をよせるダルガに、アリユスが説明する。
「妖気を感じたの。近いわ。この下のほう」
 いぶかしげだったダルガの面貌がきびしくひきしまる。
 わかった、とうなずいてダルガは先頭に立っておりはじめた。
 すぐにアリユスとシェラがあとを追い、エレアもしばし逡巡したものの、心細さに
は勝てなかったか最後につづいた。
「山牛は?」
 肩ごしにきくダルガに、シェラが答える。
「つないできました」
「上出来だ。こっちだな?」
 アリユスの指示をうけながら進む。
 ほどもなく、川原に出た。
 待望の水場をとらえて、だが四人の表情は暗かった。
 緑にうめつくされた山稜の川辺に、毒々しい色彩が点々とちりばめられていた。
 天上からほうり出されたようにしてごろんところがる大岩の上に、巨体は横たわっ
ている。
 死んでいることが一目でわかった。
 頚が、異様な角度におれ曲がっていたのだ。
「ソムラ……!」
 悲鳴とともにエレアはうめき、よろよろと崩おれた。
 あわててシェラが抱きとめ、手近の草むらの上に横たえた。
 きびしい表情のままダルガは大岩に歩みより、だらんと力なくたれたソムラの無骨
な手をとって脈をさぐった。どこにもなかった。巨漢の衛兵の血流は、完全にとだえ
ていたのだ。
 注意深く四囲に視線をとばし、危険な獣や妖魔のたぐいが見あたらないことを確認
する。
 血痕はたいして残ってはいなかった。
 頚をへし折られたのが死因か、と推定しつつ大岩によじ昇り――
 惨状に、思わず顔をそむけた。
「ダルガ、どうしたの?」
 アリユスの問いに、ダルガは目をとじたまま首を左右にふってみせた。
「心臓がない」
 口にした。
 意味がわからず、アリユスはシェラと顔を見あわせる。
 ダルガはかたく目をとじて呼吸をととのえ、あらためて死体に視線を戻した。
 巨大な血管が、はじけさせたようにしてたれ下がっていた。
 ひきちぎられたのだろう。
 左胸の皮膚をついて胸骨をこじ破り、心臓をわしづかみにして力まかせにひきちぎ
ったのだ。
 そうとしか思えない異様な穴が、ソムラの左胸には穿たれていたのだ。
 説明しながらダルガは、奇妙なことに気づいていた。
 心臓をむりやりひきずりだしたにしては、周囲を染める血の量があまりにもすくな
すぎるのだ。
 いやな想像をした。
 その想像をふりはらい、水の補給もかねて山牛をここまでおろすことに決めた。
 だれかが一人戻ってその役をうけおうことも検討したが、できるだけひとつに固ま
っていたほうがよいだろうとの判断で、エレアが醒めるのを待って四人いっしょにも
との場所に戻った。
 山牛は背負っていた荷物を四散させて地に伏していた。
 ソムラの死体と同様、あたりにはあまり血は飛び散っていなかった。
 そして心臓が、やはり消えていた。

 先に進むか、川辺で今夜の宿をはるかで意見がふたつにわかれた。が、アリユスの
見立てで妖魔はとりあえずは去ったらしいということで、殺害現場よりはかなり離れ
た上流の砂利場に天幕をはることとなった。
 陽がしずむころには火がおこされ、ダルガのとらえてきた山鳥がくべられた。
 携帯食料の量にはまだかなり余裕があったが、何者かによって山牛が二頭とも屠ら
れてしまった以上、負っていく荷の量をへらす意味でもこの近くに目印をやって食糧
のいくばくかを残していくことに決め、早めに床についた。
 天幕も、いままで大小三つのそれを山牛に運ばせていたが、明日からは一つに減ら
すことになっていた。文句をいうのは、エレアひとりだけだった。
 エレア、シェラとアリユス、ダルガ、とそれぞれの天幕にわかれて眠りについたが、
夜半前にダルガは目をさましてしまった。
 二日分の疲れがたまっているはずだが、目がさえてしまってどうしてもふたたび眠
ることができなくなった。
 気分をかえるために夜の底へと這い出し、川原の小岩の上に腰をおろして夜の山を
ながめわたした。
 雲がかかっているのか、月も星の輝きもなかった。
 のしかかるような黒い稜線に切り取られて深い闇が重くわだかまっていたが、せせ
らぎのほかにもさまざまな音が山にみちているのを、ダルガは聞くともなしに耳にし
ていた。
 すると、もうひとつの天幕から人が這い出す気配があった。
 エレアだった。
 完全な闇中であることを慮って、ダルガはおのれの所在を知らせるためにわざと音
を立てて砂利をふみしめた。
「だれ?」
 問いに、
「おれだ」
 と答えると、安堵の息が聞こえてきた。
 闇の中でダルガはひそかに苦笑する。
 自分のいる場所をさけるかと予想したが、意外なことにエレアはダルガのとなりに
腰をおろした。
「眠れないのか?」
 しかたがないので、そう問うた。
「ええ」
 と答えてエレアは、かすかに身をふるわせた。
 昼間見たソムラの死は、たしかに悪夢に現れるにはふさわしい代物だった。
 そうか、と答えてダルガはだまりこむ。
 エレアもまた、なにを話しかけるでもなくだまりこんだまま、腰をおろしていた。
「寒くはないか?」
 しばらくして、ふたたびダルガはきいた。
 しばしの間をおいてエレアは「すこし」とこたえた。
 ダルガは待っていろ、といいおいて自分の天幕から上掛けをとってきて、エレアに
わたした。
 ありがとう、と少女が口にするのへダルガはぎょっとして目をむいた。
 表情が伝わっていたら、これでまた一悶着おきたかもしれない。
 さいわいなことに、闇が緩衝役を果たしていた。
「どこから来たの?」
 やがてふいに、エレアがそうきいた。
 しばしとまどったような沈黙をおいて、ダルガは答える。
「東だ。バスラスという街からきた」
 ふうん、とエレアはうなずいた。
「聞いたことはないけど……フェリクスのほう?」
「もうすこし、こちらよりだな。国境にごく近いが、フェリクスではない」
 ふうん、とエレアはもう一度いう。
「大きな街?」
「そうだな」
 と言葉すくなに答え、ダルガは沈黙した。
 さらにエレアが問う。
「両親は、どうしているの?」
 ダルガは答えず、だまりこんだままだった。
 エレアもまた返答を強制しようとはしなかった。興味がなかったのかもしれない。
「父様は、どうなってしまったのかなあ」
 やがてぽつりと、そういった。
 ダルガは答えなかった。
「やさしい父様のままなのかなあ」
「そうは見えなかった」
 躊躇した上で、ダルガはそう答えた。
 沈黙がかえる。
「気の毒だがあれはもう……人間じゃない」
 ダルガは重ねていった。
 むきになった反論がかえってくるかと身がまえたが、沈んだような声音でエレアは
こういった。
「でも、わたくしにはまだ、やさしい父様だわ」
 なぜ、とダルガがきくと、エレアはふふ、と小さく笑った。
「夜、訪ねてきて、わたくしにいってくれたのよ。おまえを愛しているって。わたし
のもとへおいでって。仲良く、静かに暮らそうって。やさしく笑ってたわ」
 ダルガはしばらくのあいだ言葉を選んでだまりこんでいたが、やがていった。
「罠じゃないのか?」
 答えはなかった。
 あやめもわかたぬ闇の中で、エレアがどんな顔をしているのかダルガにはまるでわ
からなかった。
 ながい沈黙が夜にふりそそいだ。
「なぜ旅をしているの?」
 やがてエレアが、ふたたび口をひらいた。
 ダルガは口ごもり、やがていった。
「剣をさがしているんだ」
「剣を?」
 エレアが問いかえすのへ「ああ」とダルガは短く答え、つけ加えるようにしていっ
た。
「おれの、運命をな」
 どういう意味かを問おうとして――エレアは小さく悲鳴をあげた。
 ダルガの手が、肩にかかったからだった。
「なにを――」
 するの、下賎の者が、といいかける口を、大きな手のひらがふさいだ。
 くぐもった悲鳴をあげてあばれるエレアの耳もとに口をよせてダルガは、静かにし
ろ、と息だけで鋭くいった。
「何かが来る」
 そう告げられて、エレアもぴたりと抵抗をやめた。
 闇に気をこらす。
 何も見えなかった。
 だが、やがて聞こえた。
 異様な、獣のような息づかいが。




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 青木無常の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE