AWC ヴォールの紅玉(3)       青木無常


        
#3459/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  96/10/ 6  16:46  (200)
ヴォールの紅玉(3)       青木無常
★内容
活気と連れの女性とのあいだを往復させたあと、意を決したようにひとつ、大きくう
なずいてみせた。
「いきましょう。こういうところのほうが、よい剣士のかたが見つかると思います」
 いって、自分でひとつ、こくんとうなずいてみせ、騒然とした店の中に歩をふみだ
した。
 笑いながらアリユスがあとにつづく。
 あいたテーブルにおちつき、ものめずらしく思っているのを隠そうともせず、あけ
っぴろげに賭場に視線をはしらせるシェラの横顔を、アリユスは好もしく笑いながら
ながめやる。
「なんにします?」
 いかにもあばずれた外見をした給仕がやる気のない声をかけてきたのは、二人が店
内に足をふみいれてからたっぷり五分以上もたってからのことだ。
 ハッとしたように賭場から視線を戻したシェラを制するようにしてアリユスが、地
元でももっともありふれた地酒の名と肴とをてきとうに口にする。
 かしこまりました、と気のない口調でいって二人に背をむける給仕の後ろ姿に、ま
あ、あのかたずいぶんお疲れになっているのねと、シェラはごくすなおな感想を口に
した。アリユスは笑みを向けただけだった。
 そして二人はゆっくりと、まるで品さだめをするようにして店内を見まわす。
 シェラは危険な活気の充満した賭博場のあたりを中心に。
 が、アリユスのほうは陣取った席のほぼ背面にあたる卓に腰をおろした二人づれに
目をとめ、熱心に観察をはじめた。
 老人と、おそらくは十代もなかばあたりの、剣士とおぼしき少年の二人づれだった。
 陽気な口調でなにやら無駄話を少年にむけてしきりに話しかけている老人は、テー
ブルひとつをへだてた位置からはさだかにはわからないものの、奇妙な特徴をもって
いるようだった。
 目である。
 左右の色がちがうように見える。左の目はふつうの、黒か褐色の瞳だが――その右
目はかなり色素がうすいようだ。ここからではさだかには見えないが、もしかすると
ほとんど白目の部分と色に変わりはないのかもしれない。
 でも――と、アリユスは考えた。一種独特の雰囲気を、あの老人は発散している。
 ちいさく呪文を口にして幻視をはたらかせてみる。
 老人の、枯れ枝のような四肢をもったひどい猫背の小柄な体躯が瞬間、かげろうの
ようにゆらめいた。
 ゆらめきながらその像が、鏡にうつしでもしたかのようにいくつもの幻にわかれて
まわりはじめる。
 力のつよい道士か占い師を幻視で視ると、こういうふうに見える。
 アリユスはひそかに感嘆のため息をついた。陽気に笑うめっかち禿頭のその老人は、
自分などは足もとにもおよばぬほどの神秘的な力の持ち主であることはまちがいなか
った。
 が、アリユスの興味はすぐにもうひとりの、少年のほうに移動していた。
 黒い髪をみじかく無造作にざん切りにしている。
 見える位置がななめ後ろの方向になるためさだかにはわからないが、ととのった冷
たい印象の顔にはあまり表情らしきものはうかがえない。
 老人の話を真剣に聞く気もどうやらなさそうだ。杯をかたむけながらやたらと話し
かける老人のことなど、無視しているにひとしい。
 さらに――幻視をはたらかせるまでもなく、少年の四囲に抜き身の刃のような酷薄
な雰囲気がただよっていることをアリユスは看破していた。
 腰に長剣。
 静かに食事を口にはこんではいるが、背後から見ても隙はなさそうだった。
 かなりの使い手、とアリユスはふんだ。
 年齢的にはともかく、条件にぴったりといってよさそうだ。
 が――ひとつだけ気になることがあった。
 少年の背中。
 そこに――炎のような幻像が、ゆらめいているような気がするのだ。
 アリユスは幻視をはたらかせようと目をほそめた。
 が、その気をそぐように、
「アリユス、あの人などは、どう?」
 シェラが賭場の一角を指さしながらアリユスにささやきかけた。
 集中しかけていた気が一瞬にして散じ、アリユスはため息をおしころしつつシェラ
の指さす先に視線をとばす。
 群れた男たちの背中にうもれるようにして、中心にほど近い位置に巨大で無骨な男
が立っている。
「からだは大きいわね」
 気のなさそうなアリユスの感想にシェラは意外そうな顔をしてみせた。
「それだけじゃないわ。顔つきもいいし、腰に剣だってさげてるわ」
 アリユスは、おちついた雰囲気のある美しい顔にあいまいな微笑をうかべて、肩を
すくめてみせただけだった。
「じゃ、あっちの人は? ほら、むこうがわで拳をにぎって、やたらとふりまわして
る人。なかなか目立った雰囲気があると思うのだけれど」
「シェラ」
 なだめる――というよりは、どこかたしなめるような口調で、アリユスはいった。
「まだよくわかってない? 雰囲気を視る、というのは見せかけにまどわされるとい
うこととはちがうのよ」
「……わたしは、見せかけにまどわされているの?」
 がっかりしたようにシェラがいうのへ、
「そう、とまではいわないけれど。でも、あなたのえらんだ二人はどちらも、それほ
どでもないわ。並以上ではあるけれどね」
「並以上ではだめ?」
 目をまるくしていうのへ、アリユスは無言でじっと見かえすだけだ。
 思わず、すねたような口調が口をついてでた。
「じゃ、お師匠さまはどんなひとをえらんだのですか?」
 そんなシェラの口調をとがめるでもなくアリユスは、神秘的な美貌になんの表情も
うかべないままなおしばらくのあいだ、無言でシェラを見つめるだけだった。
 が、やがて背後を指さしてみせる。
 シェラは目をむき、声をひそめていった。
「おじいちゃんよ。剣士には見えないわ」
「もうひとりのほうよ」
 思わず笑いながらアリユスはいう。
 するとシェラはますます目をまるくして、信じられないとでもいいたげに首を左右
にふってみせた。
「だって、どう見ても十五、六にしか見えないわ。――子どもです」
 そんなシェラのいいように、アリユスは声をたててみじかく笑う。口にしたシェラ
自身が、先日十五になったばかりの子どもなのだ。
「年齢は関係ないわ」
「あの子がそんなにすごい剣士?」
 驚嘆を隠そうともせず、シェラは目をまるくして少年の後ろ姿をまじまじと見る。
 アリユスは笑みを口もとにとどめたまま首を左右にふってみせた。
「かなりの使い手だと思うわ。でも――」
 それだけじゃない、というセリフは口にはしなかった。
「じゃ、声をかける?」
 なおも信じられぬとでもいいたげに、それでもシェラがそう口にしたとき――
「やあ、おふたりさん。女づれでこんなところに、ぶっそうじゃないか」
 笑いをふくんだ声が、二人のうしろからかけられた。
 視線をむけると、すずしげな風貌をした優男が口もとに微笑をたたえながらたたず
んでいる。
 背後には、さっきシェラが最初にえらんだ巨漢が立っていた。こちらも微笑をうか
べてはいるが、さすがにすずしげとはいえずどちらかというと類人猿のにやにや笑い
といった感じだ。
 シェラはどう反応していいのかわからず、きょとんとした視線を二人の男にむけた。
アリユスはあからさまに眉間にしわをよせる。
「旅の途上かい? 見たところ、いいとこのお嬢さまだけど。供の者はいるの?」
 優男はなれなれしい口調で話しながら許可を得ようともせず椅子をひいて二人の前
に腰をおろした。
「いいえ」
 しかたなく、といった感じで返答するアリユスにかぶせるようにして、
「わたしたち、剣士をさがしているのです」
 無邪気な口調でシェラがいった。
「ほう?」
 と、さも興味をひかれたふうをよそおって男がうなずいてみせる。巨漢のほうはう
っそりと突っ立っているままだ。
「どこか、この近くのひとなのかな?」
 親切そうに見せかけていたが、視線に獲物をさぐるような色がはしりぬけたのをア
リユスは見逃さなかった。
 名家の娘であれば、人質にとって身代金でもせしめようと考えているのかもしれな
い。強引に関係をむすんで家そのものにとりいろうとたくらんでいることも考えられ
る。いずれにせよ、男の視線は、さりげなくではあるけれども、アリユスの肉体を品
定めているのはまちがいなかった。
「近くではありませんよ。もうずいぶん長いあいだ、旅をしてきましたから」
 自慢げに胸をそらしてシェラが答える。その胸のかすかなふくらみにあからさまに
目を光らせたのは、巨漢のほうだ。どちらにせよ、歓迎すべからざる相手であること
は明白だった。
 にもかかわらずシェラがこれほどまでに無防備なのは、つい先まで少年と見まがう
ほどに未発達なままだったからだ。事実、特別な場合をのぞいてはシェラを少年とい
うことでおしとおしてきたし、それでなんの問題もなかった。男どもの性的な関心は
ほとんどアリユスがひきうけてきた形だったのだ。
 それがここのところ、シェラの性徴がいよいよ目立ちはじめるにつれて、事情がか
わりはじめていた。ただし本人はまだ、おぼろげにしか自覚してはいない。
「それはよくないな」
 優男は、効果をあからさまに意識した微笑みをうかべながら、何度も首を左右にふ
ってみせた。
「いままで無事にすんできたとしたら、それは運以外のなにものでもないよ。剣士を
さがすことにしたのは正しいね。よかったら、ぼくらではどうかな」
 おっしゃるとおりですね、と好もしそうに男をながめやるシェラに、アリユスは心
中もどかしさをおぼえつつ首を左右にふった。
「残念だけど、もう目星はつけてあるの。もうしわけないけれど、必要ないと思う」
 あたりさわりのない口調でいう。
 が、男は執拗だった。
「そういわずに、ひとつぼくたちの腕のほどを見てくれないかな。自分でいうのもな
んだけど、捨てたものでもないと思うよ。それとも、その目星をつけたという剣士は、
それほどすごい使い手なの?」
 うーん、とシェラが馬鹿正直に首をかしげて、制止する間もなく視線をとばした。
 老人と少年の二人づれにむけて。
 優男と巨漢とは顔を見あわせ、目をまるくする。
「あのおじいさんが?」
 冗談だろう、とでもいいたげな顔をして優男がきいた。
「それとも、あの少年が?」
 アリユスは眉をひそめてシェラの軽挙を非難したが、とりつくろいようもない、と
見て肩をすくめてみせた。
「少年のほう。たいした腕だと思うわ。わからない?」
 敵意をわざとあからさまにして、挑発するようにいった。
 案の定、こわい光をはしらせたのは優男のほうだった。
「へえ、そうなの」
 つめたい一瞥をあらためて少年のうしろ姿に投げかける。
 かぶせるように、
「そいつァ、どうかしてるぜ。あのガキのどこがそんなにすごいってんだ。あ?」
 巨漢のほうが、はじめて口をひらいた。吠えるような声だ。聞こえよがしに口にし
たのか、あるいはもともと気使いなどとは無縁の性格なのか、アリユスには判断がつ
かなかった。
 いかにもまずい状況だったが――好機でもあった。
「おいおいラガス、もうちょっと声をちいさくしろよ。それじゃ聞こえてしまうだろ
う」
 言葉の内容とはうらはらに、優男の声音にはあきらかにおもしろがっているひびき
がある。
 打てばひびくように、ラガスと呼ばれた巨漢もふん、と鼻をならし、
「聞こえたからどうだってんだ、イーレン。おれはちょっともかまやしねえぜ」
 侮蔑をのせていい放った。

    4 ダルガ

 聞こえているのだろうが、少年はふりむかなかった。
 禿頭めっかちの老人だけが、きょとんとしたような視線をこちらのテーブルにむけ
ている。
 が――アリユスは舌をまいていた。老人は、いかにも害のなさそうな顔つきをよそ
おってはいたが、かすかに口の端が笑っていた。
 状況を、ひそかに楽しんでいるらしい。
 少年が反応しないのを怯懦とふんで、いよいよ巨漢はかさにかかって攻めたてはじ
めた。
「あ? そうだろ、小僧。なんとかいっちゃあどうだい。その腰にぶらさげた剣は飾
りものだろ? どこの戦場でひろってきたんだ? 死武者の祟りがこわくはねえのか
?」
 吠えるようにいいたてながら、のしのしと歩みよって肩に手をのばした。
 空をつかんだ。
 なにが起こったのか理解できず、巨漢はぽかんと目を見ひらいた。
 動いた、とは巨漢のみならず優男もシェラも――そしてアリユスにも見えなかった。
 が、少年はたしかに移動していた。
 巨漢と、対峙する形で。
 両手はだらりとさげ、足も心もちひらいた無造作な姿勢だ。が、見るものが見れば、
いつ、どんな攻撃に対してさえ瞬時に反応できるみごとな姿勢だとわかる。
 喧噪がしずまりかえっていた。
 はりつめたものが酒場内を蹂躙する。




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