AWC ヴォールの紅玉(4)       青木無常


        
#3460/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  96/10/ 6  16:50  (200)
ヴォールの紅玉(4)       青木無常
★内容
 その緊張をそぐようにして――
「さてさて、剣士どの」
 とぼけたような陽気な、しわがれた声が静寂をついてあがった。
 老人だった。
 いちはやく避難する体勢か、いつのまにかテーブルからはやや離れた位置に立って
いる。
 ひどい猫背だった。
 からだ全体がひん曲がって、ゆがんでいるような印象だ。
 アルビノの片目と禿頭、そしてその口もとにうかんだうろんな笑いとあいまって、
奇怪な雰囲気を発散する老人であった。
「いったいわしらになんのいいがかりですかな。おとなしゅう食事をしていただけの
つもりじゃったが」
 人のよさそうな笑顔をうかべてみせてはいたが、いかんせん老人のもっている雰囲
気と、その魁偉な容貌とがその効果を半減させていた。
 むしろ、巨漢をからかうようなひびきさえある。
 わざとかもしれない、とアリユスは心中考えていた。
 対して少年のほうは――まったく無言のまま、刃のような視線を巨漢と、そして周
囲の状況にむけてすばやくはしらせている。
「おいおい、ラガス。かんべんしてあげろよ。こちらのお嬢さんがいったことはたぶ
ん、冗談だったのさ」
 とりなすように優男が声をかけてみせたが、むろん本気ではない。
「そうはいくか、イーレン。おれたちゃ、この小僧より低く見られたんだぜ。だまっ
てられるかい。ええ?」
 わめき放ち、少年の胸ぐらに手をのばした。
 またもや、空をつかまされた。
 半歩とさがってはいまい。
 ほとんど姿勢さえかえぬまま、少年は冷徹な視線を眼前の巨漢に投げあげる。
「小僧!」
 癇癪をおこして巨漢が、拳を握りしめた。
 ぶん、と空気が重くうなる。
 よけた少年の片頬を、風圧がかすめすぎた。
 うたれれば壁まではじきとばされるだろう。
 頭蓋さえ砕けそうな膂力であった。
「よけるな!」
 無理な注文をわめきつつ、巨漢は少年につかみかかった。
 むろん要請が素直にうけいれられるはずもなく、身軽く強襲をかわされて巨漢はい
きおいのままテーブルにつっこんでいった。
 酒と料理が宙に舞い、めっかちの老人が「ああ」と芝居がかったしぐさで額に手を
あてて天をあおいだ。
「わしらの今宵の糧が、かくも無惨に」
「茶化すな、占爺パラン」
 そのとき初めて、少年が口をひらいた。
 占爺パラン、と少年に呼ばれためっかちの老人は大仰に全身で嘆きを表現しつつ、
「そうはいうがな、ダルガよ。わしらは決して裕福ではない」
 声高に、まるで四囲のひとびとに自慢してきかせでもするようにしていった。
 ち、と少年は舌をならして老人から視線をそらし――向きなおった。
 優男、イーレンに。
「あんたの連れ、どうにかしてくれないか」
 おちつきはらった声音で口にした。
 一瞬イーレンは目をむいたが、すぐにおもしろそうに腕を組んで首をかしげてみせ
た。
「そうしたいのは山々なんだけどね」
 馬鹿にするような口調でいう。
「逆上したラガスをどうにかするなんて、ぼくにはちょっとできかねるんだ」
 残念でした、とでもいいたげに肩をすくめてみせた。
 対して少年は――
「後悔するな」
 つぶやくように、口にした。
 目をむくイーレンの前で――
 馬鹿にされたと感じたのだろう、凶猛に吠えたけりながらラガスの巨体がのびあが
った。
 立ちはだかる巨獣のようであった。
 腕のひとなぎで、少年の華奢で繊細そうなからだは割れ果実のようにはじけとぶだ
ろう。
 凄惨な場面を、酒場内につどうだれもが想像した。
 ――二人をのぞいて。
 占爺パランはにやにや笑いをその口もとにうかべ――アリユスは期待に目を輝かせ
て少年の動向を追った。
 鉈のような一撃が、少年にむけてふりおろされた。
 いきおいのまま、血しぶきとともに黒い影が宙に舞った。
 だれもが、少年のからだがはねとばされたのだと思っていた。
 まちがいだった。
 歯をむき出しにして殺戮の歓喜に酔った巨漢ラガスの笑顔が――きょとんとした驚
きの表情をうかべる。
 眼前に、腰をおとした姿勢で巨体をにらみあげる少年の姿を目にして。
 まちがいなく、自分の腕でふきとばしたはずだった。
 ではなぜ、少年はまったく無傷で、もとの位置とほとんどかわらぬそこにいるのか。
 ――剣の柄に手をあてて。
 呆然とした面もちでラガスは、少年をはねとばしたはずの己の腕を見ようとして「
「さらに困惑した。
 肩から先が動かなかったからだ。
 肩口に視線をやり――
 腕がなくなっていることに、初めて気がついた。
 何が起こったのか、まるで理解できなかった。
 はじけたように赤い肉から、ぽたぽたと血流が床上に落下していく。
 切り口には白い骨の断面さえのぞいていた。
 切り落とされたのだ。
 肩口から――目にもとまらぬ少年の居合い斬りに、腕を切り落とされたのだ。
 ようやくそのことに思いいたり、宙を舞った黒い影の落下方向に呆然とした視線を
むけた。
 拳を握りしめたままの腕が、無造作にころがっていた。
「警告はしておいた」
 つ、と静かな動作であとずさりながら、冷徹な口調で少年がいった。
 のろのろと巨漢は視線を少年に戻し、あんぐりと口をひらいた。
 困ったようにイーレンに目をやり――絶叫しながら、腰を折って崩おれた。
 わめきながら、岩があばれまわるような壮烈さでせまい酒場内をころげまわった。
「ラガス、ラガス、おちつけ、あばれるな」
 追ってなだめにかかるイーレンのいうことさえろくさまきこうとせず、だだっ子の
ような調子で巨体をゆるがしながら泣き叫んだ。
 放っておくよりしかたがないと見さだめてイーレンは少年にむき直り――
 人のよさそうな笑いをすっかりひそめた無表情で、無言のままながいあいだただ、
少年を見つめていた。
 剣の柄から手をはなして少年もまた、無言のまま優男をながめやる。
 が、やがて――
「ぼくはイーレンという名だ」
 静かな口調で、優男がいった。
「きみは?」
 少年はなおも、警戒心をむきだしにした表情でイーレンを見つめていたが、やがて
答えた。
「ダルガ」
 と。
 イーレンは無表情のままうなずいてみせ、
「いずれあらためて、あいさつさせてもらう」
 抑揚をおさえた口調でいって少年に背をむけ、うめきながら巨体をおしもむラガス
を叱咤するようにうながして酒場を後にした。
「やれやれ、とんだ災難じゃったわい」
 なにごともなかったように帰り支度をはじめた少年のかたわらにすりよりながら、
占爺パランがおもしろい見世物じゃった、とでもいいたげな口調で楽しそうに愚痴を
こぼした。
 こたえてダルガは端正な顔を無表情に鎧ったまま、淡々と口にした。
「出よう。今夜は験が悪い」
「やれ、夜はこれからだというに、まったくおまえさんは堅物でこまるわい。まあ、
十五、六の子どもにいうても詮ないことではあろうがの」
 ぶつぶつと愚痴をならべたてる占爺を置きざるようにしてダルガはさっさと歩きだ
し――
「こんばんは」
 陽光のような微笑を満々と口もとにたたえつつ、ゆたかな胸の前で腕を組んで進路
をさえぎる美貌の女に、立ちどまっていぶかしげな視線をむけた。
「つきあってくれないかしら。このまま帰すわけにはいかないわ。なにしろあなたた
ちをまきこんだ騒乱の原因をつくったのは、ほかならぬこのわたしたちなんだから」
 アリユスの背後でシェラは、美貌の導師が本気でこの少年に声をかけようとしてい
るのをあらためて知って、意外感を懸命におしかくそうと努力していた。
 少年は刺すような鋭利な瞳を無言のままアリユスにむけていたが、やがて低くおさ
えたような口調でいった。
「責任を感じているのなら、台無しにされたおれたちの夕餉と破壊された酒場の備品
代、もってもらおうか。それですべてチャラ、だ」
 目をとじて手をあげ、どいてくれ、としぐさをする。
 アリユスは逆に、邪気のない微笑をうかべつつ、つ、とダルガに身をよせた。
「もちろんそのつもりよ。それに台無しにしてしまったあなたたちの晩酌のつづきも、
してもらわなければ」
 ほほ、と背後で歓声をあげる占爺パランに、ダルガはちらりと苦々しげに視線を投
げる。
 まるで頓着せず、パランは身をのりだしてしわがれた手でアリユスの手をとり、派
手に上下にふりまわしはじめた。
「それはそれは。美女ふたりにお相伴いただけるとは、まったくこちらから金を払っ
てお願いしたいくらいですわ。もちろん、わしもこの子もお申し出をこころよくうけ
ますとも。さあ、夜はながい。まずはどちらにまいりますかの」
 一気にまくしたて、自分よりも背の高い美女の背中に気やすく手をまわしてさっさ
と歩きだしていた。
 呆気にとられたように様子を見ていたダルガが、やや声を荒げて「おい、占爺」と
呼びとめる。
「冗談じゃない。おれはおまえの晩酌につきあう気はないぞ。それに今夜の宿だって
まだ決まってはいない。忘れたのか? 脳天気にもほどがある」
 冷徹の仮面の底から、少年らしいあせりといきどおりがほの見えるような様子だっ
た。
 そんなダルガの姿を好もしげに見やりながら、アリユスは肩に手をまわす老人から
さりげなくするりとぬけ出、いった。
「それだったら、わたしたちの泊まっている宿にくるといいわ。女ふたりで安心して
泊まれるところだから環境も設備も接客も万全だし、もちろん今夜のおわびに料金も
もたせてもらう。それに――」
 思わず抗議しかけたダルガの鼻先に、制止するようにして白い、ながい指をついと
もちあげ、つけ加えた。
「たのみたいこともあるのよ。きいたかもしれないけれど、わたしたちは剣士をさが
しているの」
「もちろん、このダルガはよろこんでおふたりのお役にたたせていただきますとも」
 と調子よくいったのはむろん占爺パランだ。
「なに、見てのとおり無愛想だがまだまだ子どものこととて、先の連中のようにおふ
たりに対してよからぬ妄想を抱くようなこともなし、腕は立つ上、無口でよけいなこ
とはなにもしゃべらない、と、これはもう理想の護衛じゃの」
 くすりと笑いながらアリユスはちらりと占爺にうなずいてみせ、どう? とでも問
いたげにダルガにむけて顔をかたむけてみせた。
 なにかいいかけてダルガはのみこみ、仏頂面のまま腕を組んだ。
「おれに何をさせたい」
 言葉に、アリユスは微笑みながらダルガにむけてうなずいてみせる。
「それはこれからゆっくり説明させていただくわ。でも手短にいうと――妖怪退治」
 言葉に呆然と、あけっぱなしの驚愕をうかべるダルガの顔を見てアリユスは声を立
てて短く笑い、くるりと背をむけた。
 あわてて後につづこうとするシェラと、ダルガの視線とが、一瞬間だけ交錯する。
 どちらの視線も、連れの態度とことのなりゆきに追随しきれず、困惑をあらわにし
ているばかりだった。

    5 魔の山の化生

 めんどう見のよさそうな老夫婦が手早く、それでいて丁寧にこしらえあげた料理の
数々をようやくといったていで平らげ、供された良質の酒をかたむけはじめたころに
なってやっと、アリユスは説明をはじめた。
「見えないでしょうけれど」
 とアリユスは、よくかがやく瞳で真正面からダルガを見つめながらいう。
「わたしは魔道士なの」
 そのときアリユスのかたわらで、からからと硬質の音がひかえめにわき起こった。
 シェラが、テーブルの上に小石をひろげたのだった。
 色とりどりの石がぜんぶで五つ。それぞれ、茶、青、赤、白、そして黒い色にあざ
やかに染めわけられている。
 ちらりとあげた視線を意味ありげにアリユスとからませ、シェラは目をとじた。
 そして、奇妙な動作をはじめた。
 小さな手のひらを五つの小石の上にかまえて、さまよわせるようにふりはじめたの
である。
 横目でその動作をしばらく見やっていたが、アリユスはやがてちいさくうなずき、
ふたたびダルガとパランに向きなおった。
 パランも、シェラの動作を無表情にながめやっていたが、あえて質問や意見を口に




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