AWC ヴォールの紅玉(2)       青木無常


        
#3458/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  96/10/ 6  16:42  (200)
ヴォールの紅玉(2)       青木無常
★内容
げた。
 燃えさかるたいまつの炎にゆらゆらとゆれながら、裂けたような化物の両眼がかな
しげにトーラを見おろしていた。
 ――トーラァァァ……
 ――トーラァァァ……
 イーズの首が、せいせいと苦しげに喉をならしながらうつろにうめいている。
 それが、ずずずと、化物の腹の内部に――ゆっくりと、のみこまれはじめた。
「もうおわりか」
 化物がくりかえした。
「なら、おまえもおれの中に入れ」
 戦慄すべき言葉を口にした。

    2 螺旋の怪魔

 悲鳴をあげて、トーラは地を蹴った。
 はじかれたように跳躍して逃亡にうつろうとしたトーラのからだを――だが化物は
はるかにすばやい動作で、がばと抱きしめていた。
 悪寒が背筋をかけぬけた。
 ぺたりと冷たい、じゅくじゅくとした感触のものがトーラの頬につけられた。
 化物の、頬だった。
「おれの中に入れ。ひとつになろう」
 煮しめた泥のような声が、接触した頬を媒介にして頭蓋内部に共鳴した。
 つきあげる恐怖と嫌悪にわめきあげた悲鳴でトーラはこたえた。
 は、は、は、は、と化物は笑いだした。
 おぞましい笑い声が闇の中にひろがった。
 同時に、なにか得体のしれないものがぞわぞわと、化物と接触したトーラの頬にう
ごめいた。
 のみこまれる。イーズのように。化物の肉の中に、のみこまれてしまう!
 恐怖に脳内を赤く焼かれて、トーラは血をしぼりだすようにわめきつづけた。
 永遠のようにはてしれない絶望を声にのせながら、必死に手足をばたばたさせた。
 動作と絶叫とに夢中になりすぎて、気がつくまでに時間がかかった。
 が、ふいに我にかえった。
 化物の笑い声がとだえている。
 頬にはりついた異様な感触も。
 あえぎ、身をもがかせながらトーラは見ひらいた目で側方に視線をやった。
 化物が、そのずんぐりとした血管だらけの赤黒い首をたてていた。
 トーラを抱えこんだまま、警戒の視線を四囲にはしらせている。
 その視線を追って、トーラもおそるおそる周囲を見まわした。
 たいまつの炎にゆらめく闇の中に、なにか無数の異物がひそんでいるのに、トーラ
も気がついた。
 がさがさと草むらが鳴っている。
 右にも。左にも。
 あらゆる方角から、何かが近づいてきていた。
 化物の喉が異様な音をたててふるえた。
 野獣が、接近する脅威に対してたてるたぐいの威嚇音だ。
 呼応するように、草むらの中を移動する何かの動きも速度を増した。
 そしてふいに――先兵が姿をあらわした。
 拍子ぬけする思いだった。
 その全長はせいぜいが――直立した子犬ほどしかない。
 研磨した剣のように鈍いかがやきをその表面は放ってはいたが、刃のように鋭利な
部分はどこにもなかった。
 金属でできた小動物という印象だ。
 野草のぜんまいを野太くして、きつくまきつけたような外見をしている。鉄色の表
面はやはり金属のようになめらかで硬そうだが、そこにはなんの危険もふくまれては
いないようにしか見えなかった。
 異様さだけが際だっていた。
 肉塊の化物もまた、その奇妙な闖入者をどうあつかっていいか決めかねたらしい。
 惚けたような顔をしてひょいとトーラを投げだし、金属製の異様な生物にむきなお
る。
 がさがさと下生えをならして、おなじ丈かっこうの異生物があちこちから姿をあら
わした。
 よく見ると、縦方向に渦をまいた奇妙な金属の身体の下部から、人のものとも蛙の
ものともつかぬ奇妙な形をした脚が生えでている。
 腕の生えているべきあたりにも、やはり両生類めいた二肢がぶらさがっていた。
 その奇妙に生白い脚を駆使して、生物は器用に二足歩行でひょこひょこと、肉塊の
化物めがけて近づいてくる。
「おまえ……おまえ」
 当惑したように化物が呼びかけたが、知性があるとも思えない機械じみた足どりで
異生物は、ひょこひょこと肉塊めがけて近づいてくるだけだ。
 化物はひょいと上体をかがめて、生物に視線をやった。
 ふいにぴょん、と、もっとも間近にいた金属生物が化物の顔にむけて飛びついてい
た。
 おう、と叫んで肉塊は反射的に生物をはたき落とした。
 が、無数の生物はそんな化物の当惑や動作にはまったくかかわりなげに、つぎつぎ
に血管のうきでた醜悪な肉のかたまりにむけて群がりはじめた。
 半分以上融合しはてたイーズの顔にも、生物はわらわらとたかっていった。
 そこまで見てとり、トーラは我にかえった。
 逃げるなら、いまのうちだった。
 尻でいざり、樹幹から背をはなした。
 化物の注意が小生物にむけられたままなのを確認しつつ、および腰でたちあがった。
 足もとはさだまらないが、どうにか姿勢を維持できる。
 斜面にそうようにして歩きはじめた。
「おまえ」
 背後から泥のような声が呼びかけたとき、トーラはびくりと飛びあがった。
「逃げるな。おまえ」
 言葉とともに、巨大な肉塊がのそりと起きあがる気配があった。
 わあ、と叫びをあげてトーラは走りだした。
 やみくもに走りつづけた。
 下生えや樹の幹や地面の応突に幾度も足をとられて転倒し、起きあがってはまた走
りつづけた。
 はるか背後に、どうやら化物のものらしい耳ざわりな絶叫を聞いたような気がした。
 ふりかえりもせず、走りつづけた。
 ふいに草むらがとぎれて砂利の上に出た。
 いきおいのまま走りつづけて、水の中にまでかけこんでいた。
 ばしばしと派手に水を蹴たてながらつんのめり、刺すような冷たい液体の中にたお
れこんだ。
 川だった。
 山中をつらぬいて下の町まで流れている川の、中流あたりにふみこんだらしい。
 水を噴きながらトーラは身をもがき、腰をついてへたりこんだ。
 刺すような冷気の痛みが下半身を流れ過ぎる。
 それ以上動く気力もしぼりだせないまま、トーラはせわしく全身を上下させながら
荒い息をついた。
 どうやら化物の追撃はなさそうだ、と思いあたったのはそれからずいぶん経ってか
らのことだった。
 なおも青白い光を冴えざえと投げかける月の面を眺めあげながらトーラは川原であ
えぎつづけ、呼気がようようのことでおさまりはじめてからようやく、起きあがって
水の面から逃れ出た。
 かわいた丸石に腰をおろしてがっくりと肩をおとし、立てた両膝の間に顔をおとし
た。
 そうして、どれだけの時が過ぎただろう。
 ふと気づくと、眼前に異様なものがたたずんでいた。
 喉の奥を鳴らしてトーラは腰をうかせ――それが、あの化物に無数にたかっていっ
た異様な生物であると気づいた。
 ほっと安堵しかけ――はたして警戒をといていいものかどうか思案することになっ
た。
 結果的にトーラを救うことになったとはいえ、いずれ尋常な生物であるとはどうに
も思えない。
 なにより――トーラは腰をうかせて立ちあがりかけた姿勢のままあたりを見まわし
て、思わず背筋をふるわせていた。
 なにより、先刻とおなじくその異生物は無数に、トーラをとりかこんでいたのだ。
 まるであの肉塊の化物に対して、そうしていたように。
 どうすればいいのかわからず困惑と不安にさいなまれながらトーラは立ちつくした。
「生き延びたのはおまえさんひとりかい」
 ふいに、背後からはっきりとした人語があびせかけられた。
 びくりとしてトーラはふりかえり――小柄な、肉づきのいい人物が小生物にかこま
れるようにしてひっそりとたたずんでいるのに気がついた。
「あ――あんたは……」
 安堵と不安とが同時にわきあがった。魔のひそむ山中でようやくのことでまともな
人間に再会できた安堵と、魔のひそむ山中になぜまともな人間がいるのかという不審。
 しかもよくよく見れば、どうやらその人物は老人といってもいいほどの歳格好をし
ている。
 好々爺然とした表情で柔和に微笑んでいたが、そのことさえもが深山の妖魅である
証左のように思えてならなかった。
「あんたは……あんたも、ヴァラヒダの魔物のひとりなのか……?」
 トーラは問うた。
 老人はにこにこと笑いながら首を左右にふってみせた。
「わたしは人間だよ。魔物ではない。人間だ」
 力づけるようにして何度も、うなずいてみせた。
 トーラはながい息をつきながらへたりと、再度岩に腰をおろした。
「たすかった……」
 泣きたいような気分で、そうつぶやいた。
 ――まちがっていた。
「“ヴォールの紅玉”を手にするために、ここにいるのだ」
 老人はつづけてそういった。
「あんたがヴァラヒダの洞窟でなにを見たのか、話してもらおう。ひとつのこらず、
な」
 にこにこと笑う老人にあきれたような視線をあげ、トーラは力なく首を左右にふっ
てみせた。
「それは……じいさん、もうしわけないがそれはできんのだ。おれは――」
「ツビシの豪族である老タグリに、忠誠を誓っているのであろう?」
 知っているとでもいいたげに、いかにも気安い口調で老人はトーラの言葉をひきと
った。
「老タグリ以外に、ここで知り得たことどもを話すわけにはいかない――そういうわ
けであろう?」
 にこにこと笑いながら問うた。
「あ……ああ。そのとおりだ。よく知っているな。あんたは何者だ? ヴォールの紅
玉……」
 そこまで口にして、トーラはふいに小柄な、丸々と太ったその老人の正体に思いあ
たった。
「そのとおり」
 丸顔の老人はなおも柔和に笑いながら何度も何度もうなずいてみせた。
「知りたいことはむりにでも聞き出す。見てのとおりわたしは無力な老人だが――幸
いなことにこれらの、忠実で有能な息子たちがいてくれる」
 背筋を、恐怖がはしりぬけた。
 逃走の途上で背後に聞いた、化物のあげた絶叫を思い出していた。
「そうとも。そうとも。わが息子たちは拷問にもたけているぞ。さ、話してもらおう。
気がちがう前にすべてを口にしてしまったほうがあんたの身のためだと、あらかじめ
いっておく」
 にこにこと笑いながら老人は、ちいさく手を前後にふってみせた。
 トーラをとりかこんだ異生物がいっせいに、ひょこひょこと前進を開始した。
 こみあげてくるものをのみこんだ。
 逃走経路をさがす。
 見つけたのは、絶望だけだった。
 絶叫を闇がのむ。

  第1部 発端

    3 アリユスとシェラ

 シェラが扉をひらいたとたん、酔いしれた笑声と熱気とが、破裂するように店内か
らおしよせてきた。
 店内に逆巻く、男たちの発散する熱気をアリユスは、ひそかに楽しんだ。
 さほどひろくもない酒場の中は凶暴なまでの生気にあふれかえっている。
 十ほど配されたテーブルのうち、人がついているのはおよそ半数ほどではあったが、
無人のそれのうちのほとんどにも、酒やら杯やらが乱雑に立ちならんでいる。
 そこにすわるべき人間がどこにいるかというと――どうやら店奥中央の人だかりが、
それであるらしい。
 威勢のいいかけ声や笑い声、野次などが飛びかったと思いきや、ふいにそれがしん
と静まりかえる。
 つぎの瞬間、ため息と歓声、そして罵声と笑声とが交錯し、金貨のかきあつめられ
る黄金色のひびきがその底を移動する。
 どうやら賭場がそこで開帳されているらしい。
 シェラは入口で立ちすくんだまま、思わず背後をふりかえっていた。
 ながい髪を背中でたばねた、どこか幼さののこる人のよさそうな顔立ちの娘の視線
をうけ、アリユスは静かに微笑んでみせる。
「場所をかえる?」
 背丈はシェラよりすこしだけ小柄なものの、女としての魅力もふくめてそのほかの
すべての点で、アリユスはシェラに勝っていた。
 だが決めるのはいつでも、シェラだった。
 シェラはふたたび店内に視線をもどし――二度、三度、その視線を賭博場の危険な




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