AWC 「春愁」(4)        悠歩


        
#3451/5495 長編
★タイトル (RAD     )  96/ 9/23  23:43  (196)
「春愁」(4)        悠歩
★内容

 いつもの喫茶店。
 僕の家からも彼女の家からも、ほぼ十五分ほどの距離。
 僕たちの学校からは離れていて、同級生や先生が利用する事もほとんどない。少
なくとも、今まで鉢合わせた事はない。
 だから学校では秘密の交際をしている僕たちには、うってつけの場所。
 半地下のため、外から店内は見にくい。十ほどあるボックスになった席は、煉瓦
ふうのブロックで仕切られ、その上には観葉植物が植えられている。そのため、個
々の席からは通路を挟んだ反対側がいくつか見えるものの、前後の席からは完全に
独立。
 先に着いたのは僕のほう。
 五分ほど待って、彼女が到着。座る席はいつも決まっているから、迷うことなく
僕の元へやって来る。
 砂糖は入れず、ミルクをほんの少し垂らしたアメリカンコーヒーが僕の前。
 向かい合った僕のところまで、甘い匂いの漂ってくるミルクティーが彼女の前に
ある。
「由香里ちゃん、何か怒っているの?」
 切り出したのは僕から。
「ううん、そうじゃないの」
 そう答えて、目の前のミルクティーを口元へ運ぶ。
 いやな予感。
 彼女のその動作は、これから伝える重大な事柄へのインターバルのように思える。
 決して大音量というわけではない、音楽がやけにうるさく感じるのは、半地下の
店内で反響しているためか。
 彼女がミルクティーのカップをソーサーに戻す。いよいよ本題に入るのかと思っ
たら、そのカップをもう一度手に取る。
「由香里ちゃん」
 じれた僕の口調は、少し荒くなったかも知れない。
「ごめんなさい、なんだか喉が………乾いちゃって」
 そう言って、ミルクティーを一気に飲み干す。
「ママに、ね」
「え?」
 一瞬、戸惑う。間を置いて、本題に入っているのだと知る。
「土曜日のこと、ママに気づかれたみたいなの………」
 女の子というものは、母親にそんな事まで報告するものなのか。
「まさか、話したの」
 しばらくして、ようやくその質問が口から出る。
「ち、違うのよ。誤解しないでね」
 彼女は慌てて否定する。
「私も注意していたんだけど………その………ばれちゃったの」
 恥ずかしそうに声が小さくなっていく。ほとんど店内の音楽にかき消され、聞き
取るのがやっとだ。
「ばれたって………どうして」
「………」
 この問いに対して、彼女はただ顔を紅くするだけで、何も答えない。
 どうにも納得いかないけれど、女性の事情と言うことなのだろうか。そう納得す
る事にしよう。
 それに彼女が僕の部屋で美里の匂いに気づいたように、彼女の母親も彼女から僕
の匂いを感じたのかも知れない。
 だとしたら、彼女が帰宅した時間からも勘のいい母親なら、ある程度のことは想
像も出来よう。
「あっ」
 そんな事を考えながら、ある事に気がついた。
「まさか、お父さんにも」
 その不安は、すぐに否定される。
 彼女が首を横に振る。
「それはだいじょうぶ。パパには秘密にしてくれるって」
 とりあえず、最大の不安は払われた。
 けれどまだ疑問は残ったまま。彼女が僕を避けていた理由。
 でもこれは推測する事が容易。
 高校生の娘と男友達との、特別な関係を知った母親が、その事を注意するのは別
に不思議でもない。
「で、お父さんに秘密にする代わりに、何か言われたわけ?」
 こくんと、頷く彼女。
「そういう事は、まだ………早いって。おつき合いするなら、ちゃんと高校生らし
いおつき合いをしなさい、って」
 思った通り。
「別に由香里ちゃんのお母さんは、僕とつき合うなって、言ったわけじゃないんだ
ね」
「うん………」
「それじゃあ、どうして学校で僕を避けるの?」
「それは………今までだって、そうしてたじゃない。友だちに気がつかれないよう
にって」
「でも普通の話しは、してたじゃないか。昨日からの由香里ちゃんは、露骨に僕を
無視しているみたいだった」
「それは………」
 彼女はしばらく、考え込む様子を見せる。一生懸命、言い訳を探すように。
「恥ずかしかったから」
「恥ずかしかった?」
「うん、真之くんとああいうふうになって………やっぱり、その後顔を会わせるのっ
て、てれくさいもの。しかも、お母さんに注意されて、なおさら意識しちゃって」
「ほんとに、それだけ?」
「え、ええ」
 頷く彼女の語尾は、どこか頼りない。僕にはどうしても、それだけでない他の理
由があるように思えてならない。学校での彼女の態度は、絶対にてれなんてものじゃ
ない。
 でも、これ以上深く追求はしない。
 少なくとも、僕を嫌いになった訳ではないみたいだから。
 本心から僕を嫌っているなら、こんなふうに取り繕う必要はないはず。
「じゃあ、僕たちこれまで通りにつき合って行けるんだね」
 僕の問いかけに、彼女は頷く。

 今まで通り。
 むしろ後戻りしたような、僕と彼女の関係。
 肉体的な関係を持ったことが、まるで夢だったかのように感じる。
 僕の方にも、彼女の両親に対して気兼ねしているところもある。だぶん彼女の母
親の、僕に対する印象は先日の事で良くはないはず。
 彼女に対して注意したその口も乾かないうちに、もう一度関係をしてそれが知れ
て、これ以上印象を下げるのもまずいだろう。
 いやもしかすると、今度こそ父親に報告されてしまうかも。
 そうなれば全ては終わり。しばらくは大人しくしていた方が利口。
 そう思っていても、僕らは若い。
 もしそう言う雰囲気になれば、理性で衝動を抑える自信はない。けれどまだ、そ
んな雰囲気にはならない。
 やはり、あれから彼女の様子はおかしい。
 あの後、何度か放課後二人で会ったし、二度の週末にはデート。
 どうも盛り上がらない。
 何か彼女が僕との距離をおいているように感じる。
 具体的に僕を避けたりはしないのだけど、雰囲気が盛り上がりそうになると、急
に話題を変えたりしてしまう。
 僕以上に、彼女の方が両親の事を意識しているのかも知れない。
 それとも、よく肉体関係を持った後、男の方が冷めてしまう、なんて事を聞いた
ことがあるけれど、まさか彼女の方が冷めてしまったのか。
 いや、それはない。たぶん。
 もし僕のことが嫌いになったり、冷めてしまったのなら、あの半地下の喫茶店で、
取り繕うな事を言う娘じゃない。
 そんな状態で、デートの誘いに乗ったりして、会うことを続けられる訳はない。
 いまは少し時間をおいた方がいいのかも知れない。
 別に会えなくなってしまった訳ではないのだから。そのうちまた、自然にお互い
の気持ちの盛り上がって来る事もある。
 それに僕には解決しなければならない、もう一つの問題もある。
 彼女との関係が再び盛り上がるまでに、解決してしまおう。そうすれば、僕にとっ
ての憂いはなくなる………

 もう一つの問題。美里とのこと。
 解決するとは言っても、別に何をするでもない。しいてする事と言えば、何もし
ない事。
 誘わない、誘いに乗らない。そうして、美里の気持ちが冷めるのを待つだけ。
 木の葉の裏で、雨が過ぎるのを持つ虫のように。
 幸い、前に誘いを拒んでから、美里は大人しくしている。気になる捨て台詞はあっ
たけれど、あれはほんの悔しまぎれだったらしい。
 美里だって馬鹿じゃない。
 僕の言っている事が、間違いではないことは分かっているんだ。ただそれを、最
初にきっかけを作った僕の方から言い出したのが、気に入らないだけ。
 ひっとすると、もう美里のほうにも好きな男の子がいるのかも知れない。
 もしそうだとすれば、これほど有り難い事はない。
 身勝手なようだけれど、結局はそれが美里のためにも、彼女のために良い事なの
だから。
 とにかく全ては、僕にとっていい方向に向かっている。そう思う事にする。
 美里と僕は、普通の兄妹になる。
 僕と彼女は、普通の恋人になる。
 ここ数日、ほとんど美里とは話しをしていない。僕が意識しすぎているせいもあ
るだろう。美里もまだ少し、反撥しているのかも知れない。
 彼女との違和感もある。
 でもそれは、これまでの間違った関係を、正しい物へと戻すための反動。あと少
し、ほんの少し時が経てば………

 時は過ぎて行く。確実に。
 別に努力する必要なんてない。
 その時々の自分のおかれた立場によって遅く感じたり、逆に早く感じたりはする
が、時間はいつでも同じ早さで過ぎて行く。
 けれども状況が好転する兆しは見られない。
 彼女との交際は続いているが、相変わらず二人の間には距離が置かれている。一
度は身体を重ねあった事がまるで夢のよう。むしろ、それ以前の方が親密だったよ
うに思われる。
 美里は大人しい。
 最後に僕が関係を拒んだ日から、一ヶ月が過ぎたけれど、まだ一言の会話も交わ
していない。僕には、そういう関係になった原因を作っておきながら、その関係に
終わらせようと言い出した気まずさもある。
 だけど美里だって、分かっているはず。
 いつまでもそんな関係を続けて行ける訳がないことは。
 多少不満はあっても、頭が冷えれば納得行くこと。
 なのに未だ僕を見る美里の目は冷たい。憎しみが込められているようにさえ思え
る。
 一ヶ月では、頭を冷やすのにまだ不足なのだろうか………。
 苛立つ。
 ほとんど両親が居ることのない家の中では、いつも美里と二人きり。
 その美里はいつまでもこんな調子。
 出来ればあまり家には居たくないのだけれど、周りの者たちに秘密にしている彼
女と会うことの出来る場所は限られている。
 しかも前以上に門限を気にする彼女と過ごせる時間は短い。
 かと言って、気の合う男友達もいない。少し遊ぶ程度の連中とも、彼女との付き
合いが始まってからは縁も切れている。
 一人でゲームセンターに行ったところで、いくらも時間を潰す事が出来ない。特
に好んでゲームをしたことのない僕には、どのゲームも百円玉一枚が一分と保たな
い。
 仕方ないので家に帰る。
 玄関に入って美里の靴を確認する。思った通り、美里は家に居る。
 美里にだって、友だちの一人や二人はいるだろうに、どうしてこんな時間に家に
帰ってきて居るんだ。僕は自分の事を棚に上げ、そう思う。
 美里の存在が鬱陶しい………
 正しい兄妹関係なんて、どうでもいいように思えてくる。
 一ヶ月間も妹の視線を気にし、気遣って来たことが腹ただしくなって来た。
 彼女との事も、美里のせいかも知れない。そんな事を考える。
 何か破壊的な欲求が沸き上がる………が、いま馬鹿な真似は出来ない。自分の部
屋に入ると、無作為に一番手近な所に置いて有ったCDを再生する。
 彼女が訪ねて来た時に聴いた曲だった。
 パブロフの犬………。
 教科書で見た、条件反射の実験の事を思い出す。
 彼女と聴いた曲が流れ出した途端、彼女の肌の感触が頭の中に蘇り、僕の下半身
には大量の血液が流れ込む。
 肥大化したそれは、行き場のないズボンの中で、肌に密着をする。そのたぎるよ
うな熱さに、僕自身驚く。
 思えばあの時、彼女と一つになって以来、それを解放していない。
 一人で処理する事すら、なんとなく美里に気づかれる事を恐れて出来ない。





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