#3445/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 9/17 20:57 (181)
そばにいるだけで 2−7 寺嶋公香
★内容
『−−今関さんに本を渡すことができた者。事件後にその本をすり替えること
ができた者。今関さんの死後−−ここが肝心です−−、カップに毒を入れるこ
とができた者。これらの条件を満たしているのは、日向律子(ひゅうがりつこ)
さん、あなた一人しかいません。つまり、犯人はあなたです』
抑えた口調で、探偵役の純子は言い切った。わざと低く、男の子の声のよう
に喋っている。
『ああ−−』
前田演じる日向律子が、その場にくずおれた。
警部役の立島が、純子へ視線をやる。タイミングを合わせて、うなずく純子。
『日向律子、あなたを逮捕します』
立島の台詞が終わると同時に、舞台の照明が落とされた。暗がりに各演者が
身じろぎ一つしない中、幕が降ろされていく。
拍手が起こった。大きく、しかも長く続く。
「はぁ、疲れたぁ」
「無事に終わって、よかった!」
「受けてたみたいだし」
幕の内側、きゃっきゃ言って騒いでいる間も、観客席の拍手は続いている。
「おーい。実行委員の人が、もう一度、顔見せできないか、だってさ」
幕の上げ下げを担当する清水らが、大声で言った。
「やろうやろう!」
すぐにまとまり、主な出演者が一列に横並びする。
幕が再び上がると、まだ続いていた拍手がいっそう大きくなった。
(こんなに受けるなんて、思ってなかったなあ。相羽君、凄いよ)
大げさでなしに、感動する。
「いやあ、面白かったですねえ」
マイクを通して、司会進行役の六年生が、にこやかに話しかけてきた。やや
漫才めいた調子だが、なかなか堂に入った司会ぶりだ。
「時間、短いんですけど、一人ずつ、紹介しましょう」
プログラム片手に、客席から見て左端から順に始める。
「最初は、被害者の今関こと勝馬重人君。どうでしたか、殺される気分は?」
「えー、『毒』よりも、椅子から転げ落ちて、肘を打ったのが痛かったです」
笑いが起こった。
「なるほど。二人目は、ああ、怪しげな宇崎を演じました、柴垣良介(しばが
きりょうすけ)君。どうしてこの役を?」
「僕が一番、犯人っぽい顔だからってことで選ばれました」
「みんなの判断は正しかったようで、僕も引っかかりました。では次。これも
容疑者役の一人、城島役の井口久仁香さん。どこが難しかったですか?」
「あの、カップを運んで配るときに震えるのが、わざとらしくならなかったか
なって、ちょっと心配です」
こんな風にして、どんどん聞いていく。
(時間、だいぶ取ってるみたいだけど、いいのかしら)
一番端で待つ純子は、目の前に時計が見えるせいもあって、ひょんなことが
気になり出した。
「警部の立島君。探偵に出し抜かれる、ちょっと損な役だと感じたんだけど、
正直なところ、どうだろう?」
「役自体は楽しかったです。けれど、台本で犯人が分かっているだけに、歯が
ゆかったのも事実です。ああ、こいつが犯人じゃないって分かってるのに、っ
て」
「ははは、なるほどね。次はその犯人だった、前田雪江さん。どう、犯罪者に
なった気持ちは?」
「お隣の名探偵がいなければ、逃げ切れたかと思うと、残念で残念で」
前田はそう言って、純子に笑いかけてきた。
「そうですねえ。では最後に、名探偵・古羽相一郎を演じた、相羽信一君」
(え?)
マイクを向けられ、一瞬、思考が中断される。
(相羽って……。あ、そうか。プログラムには相羽君の名前が載ってるんだわ)
司会役の手にあるプログラムを見て、思い当たった。
が、その訂正をする間もなく、ここでタイムアップ。
「素晴らしい推理で楽しませてもらいました。では、六年二組の皆さんに、も
う一度、拍手を」
何度目かの大歓声と拍手の中、出演者全員で、深くお辞儀をする。
(変なことになっちゃったな)
頭を下げながら、そんなことを思う純子。
(ま、いいか。楽しかったんだし)
困惑顔が笑みに変わった。
舞台を下り、着替えるために教室に向かった。このあとは自由だから、時間
的余裕はある。が、体育館を出たところで、純子達は思わぬ事態に出くわした。
「古羽さーん!」
「格好よかったわあ」
何人もの子が、純子達出演者が出て来るのを待ちかまえていたと見える。間
近で見たいということらしい。冗談なのだろうが、サインして!なんて声援ま
であって、ちょっとした騒ぎだ。
「凄い……」
口をぽかんと開けてしまいそうになる。
とにかく、みんなでひとかたまりになっていこうとしたら、純子は腕をつか
まれた。
「あ、あの」
焦って振り返ってみれば、女子が数人いる。学年はばらばらのようだ。六年
生から三年生ぐらいだろうか。
「素敵っ」
「最高でした」
「あ、ありがとう……ございます」
何と応じていいのか分からず、へどもどしてしまう。そこへ追い打ちをかけ
る声が来た。
「うちの学校に、こんな格好いい男の子がいるなんて、知らなかったわ」
「きれいな声してるし、見た目もいいし」
「ほんと。私と付き合ってくれませんか?」
「いいえ、私とよ」
今度は、本当にあ然となる純子。
「あははっ! もてもてね」
隣にいる町田や前田達が、声を上げて大笑いする。
「わ、笑い事じゃ」
クラスの女子らに向かって抗議しようとすると、話しかけてきた方の女子達
が一斉に騒ぎ立てる。
「いやーん、そんなに仲良くしないで」
「他のクラスの女子にも、目を向けてよぅ」
目が真剣である。
(こ、これは、本当のことを早く言わないと)
汗が出て来た。
「あ、あのね、私、これでも女なんだけど」
反応がまた凄まじい。
「えー、嘘ーっ。探偵役だからって嘘つかないでー」
「冗談ばっかり! 引っかけるのが好きなのね?」
「ごまかしてもだめよ。プログラムにちゃんとあるわ。相羽信一って」
他の女子も、揃ってプログラムを示してきた。
「あの、だからね。それは間違いで、昨日になって、急に配役が変更されたん
です。私の名前は涼原純子って言ってね」
「信じられなーい」
「ひょっとして、好きな女子がいるの? それで断るために、そんな風に……」
「優しいんだ。ますます好きになっちゃう」
誤解はなかなか解けそうにない。
「私達、先に行ってるからね。たっぷり、楽しんでちょうだい」
町田達は冷たいもので、そそくさと教室の方へ向かおうとする。その顔は、
明らかに面白がっていた。
「もうっ、助けてよー」
叫ぶと、一人、富井だけが戻って来てくれた。
「大変だわねえ」
「せ、説明して、みんなに」
「口で言うより、簡単な方法があるよ」
そっと耳打ちしてくる。
「何?」
「裸になったら?」
「−−郁江のばかあ!」
純子が怒鳴りつけるよりも早く、富井はきゃあきゃあ言いながら逃げてしま
った。
(きれいなマンション)
見上げ続けると首が痛くなりそうなぐらい、高い建物。クリーム色の壁に、
部屋の仕切りが等間隔に付いている。遠くから眺めれば、まるでチェック柄だ。
(建ってから、まだ一年も過ぎてないんだろうな)
純子はランドセルを背負い直した。手には花束、肘には手提げ鞄を引っかけ
ている。
(ここの五階、五〇三号室よね)
メモを取り出し、再確認する。
自動ドアの玄関を抜けると、エレベーターが二本、見えた。
(今日は人目を気にしなくていいから、その点は気楽なんだけど)
矢印のボタンを押して、箱が下りてくるのを待つ間、首を傾げる純子。
(訪ねる理由が理由だもんね。お見舞いかあ。気が重い)
形としてはクラス代表だが、純子個人の気持ちはまた別。
下りてきたエレベーターに一人で乗り込み、5のボタンを押した。
1、2、3……と順次、点灯する番号を見ていると、次第にどきどきしてく
るのが分かった。
「あはは、やだな。何、緊張してんだろ、私」
声に出してから、深呼吸。
ちょうど五階に到着した。
「五〇三、五〇三……。あった」
端から三つ目の部屋。表札にも「相羽」とある。間違いない。
(相羽君のご両親て、どんな感じの人なんだろ。運動会にも来てなかったわ、
そう言えば)
もう一度深呼吸して、ブザーのボタンを弱く押した。
「はい?」
インターフォンになっている。スピーカーから女の人の声が流れてきた。多
分、相羽の母親だろう。
「あの、六年二組の涼原と申します。クラスの代表で、お見舞いに来ました…
…」
「あら」
しばらく待っていると、ドアが開けられる。
パーマネントをあてた、細い目の奥に聡明そうな眼差しをたたえた女の人が
出て来た。自宅にいるというのに、淡いピンクのスーツを着こなしている。
「ありがとうね。どうぞ、上がってちょうだい」
「はい、お邪魔します……」
入ってすぐ、きょろきょろと中を見回した。初めて訪問する家なので、つい、
興味深く見てしまう。
用意されたスリッパに足を通す。
(くっ。かわいい!)
うさぎのアップリケが左右ともに施されており、その二羽がじゃんけんして
いる絵柄が楽しかった。
「お名前、聞いていいかしら? 『涼原』何て言うの?」
女の人が尋ねてきた。とても若い声に聞こえる。
「純子、です」
「そう」
平担だった口調が、少しだけ弾んだような気がした。
「あなたが純子ちゃん」
「えっ?」
純子が聞き返そうとする直前に、女の人はノックした。ドアには、大人の目
の高さに、デザイン化された文字で「SHINICHI」と入った木札がかか
っている。
「信一。起きてる?」
−−つづく