AWC そばにいるだけで 2−8   寺嶋公香


        
#3446/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 9/17  20:59  (200)
そばにいるだけで 2−8   寺嶋公香
★内容
「うん。なあに、母さん?」
 部屋の中から小さい返事があった。
「お友達よ。涼原さん。いいでしょう?」
「ええっ? お、あ、あっと、ちょっと待ってもらって」
 部屋の中から、物をひっくり返すような音が。慌てる様が脳裏に浮かぶよう。
 つい、笑い声をこぼすと、相羽の母親−−おばさんが小さくうなずく。
「信一は学校ではどうだか知らないけど、家ではこんなものよ。そうだわ。あ
の子、クラスで浮いていないかしら。転校が多いと、気になるものなの」
「全然。すぐ、溶け込んじゃって。相羽君、とても人気あるんですよ。女の子
から」
「そうなんだ? 私に似たのかな」
 事実、相羽は母親似のようだ。部分部分を取り出せばさほど似てないかもし
れないが、全体の顔立ちや雰囲気がどことなく、しかし間違いなく似ている。
「あの、これ」
 いつまでも持っているのもおかしいかなと思い、純子は花束を差し出す。
「みんなで買ったお見舞いです」
「信一も幸せ者だわ。ありがとうね。みなさんにもお礼を言っておいてね。だ
けど、手渡すのは、信一にしてやって」
「あ、はい」
 花を包むビニールが、かさかさ音を立てた。
「いいよ! 入ってもらって」
 相羽の声がした。おばさんの顔を見やると、いいわよとばかりにうなずき返
してきた。黙って会釈し、目の前の扉のノブに手をかける。
「こんにちは」
 開けた扉のすき間から顔を覗かせると、部屋の主はベッドの上で、ぎょっと
した表情を見せた。
「な……もう上がってたんだ?」
「そうよ」
「てっきり、まだ玄関にいるんだと」
「相羽君のお母さんに上げてもらっちゃった。きれいな人ね」
 中に入り込む。急いで片付けた気配があったにしては、整理整頓された部屋
だ。純子から見て左手に、漫画ばかりの本棚と色々な種類の分厚い本が詰まっ
た本棚が一つずつあって、脇に虫捕り網が立てかけられている。本棚のすぐ近
くに勉強机。その机に頭を向ける格好で、ベッドが配されていた。全体的に、
青系統の装飾が目立つようだ。
「若作りだよ。それより、普通、お見舞いと言ったら先生が来るものだと思っ
てたけど」
「先生は昨日の学芸会の関係で、用事が詰まっていて、忙しいんだって。その
代わりに副委員長の私がクラスを代表して、来たわけ。本当だったら、みんな
で来てもよかったんだけど、今日はお休みでしょう? 学芸会の代休」
「そうか。今日、学校は休みなんだ。日付の感覚がなくなってる」
「−−よかった」
 相手の様子を見て、そんな感想が自然にこぼれ出た。
「何が?」
「もっと重い風邪じゃないかって、心配してた。でも、相羽君、元気そうだか
ら、ほっとして」
「元気に決まってる。そうじゃなかったら、君を部屋に入れやしない。うつし
たらまずいだろ」
「これ、みんなから」
 改めて花束を渡す。
「凄いな、こりゃ。鼻づまり気味なんだけど、それでも香りが」
「花粉症じゃないわよね」
「あ? そんなことないよ。ありがとう。母さんっ」
 呼ばれるのを待っていたかのごとく、いそいそと入ってきたおばさん。手に
はお茶とお菓子を載せた木製のトレイ。ふかふかの絨毯の上に、慎重な手つき
で置く。
「これ、もらったから、生けといて」
「はいはい。お茶をどうぞ、涼原さん」
「ありがとうございます。あの、お構いなく」
「子供は遠慮なんかしちゃだめよ」
 そう言い残すと、おばさんは手に花束を持ち、立ち上がった。部屋を出て行
くとき、ドアを閉めた。
(えー? ドア、閉めちゃうの? 寒いから当然かもしれないけど、二人きり
にして何とも思ってないのかな、おばさま)
 変に意識してしまう。
「何で、下に置くかなあ」
 見ると、相羽はベッドから出ようとしている。
「待って。取ってあげるわよ」
「それぐらい」
「いいから。病人らしく、寝てっ」
 半ば強引に相羽を押し戻すと、紅茶の入ったカップとお菓子を渡した。カッ
プや小皿にもうさぎの絵が入っていた。こちらはどうやら、『不思議の国のア
リス』関係のようだ。
「平気なんだけどな」
「じゃあ、熱はもう下がった?」
「ん……まだ、ちょっと。声は戻って来ただろ?」
「そうみたいね。電話もらったときはびっくりした」
「涼原さんも食べてよ。一人じゃ何だか」
 口を着けにくそうな相羽。
「太りたくないもの」
「そんなに細いのに? もっと食べなきゃいけないんじゃない?」
「ど、どうせ、私は胸がないわよ」
 相手の視線を感じて、服の上から胸を両腕で覆い隠す純子。意識過剰かもし
れない。
「そんなこと言ってないよ。どうしてこうなるのかな」
「ふんっ。男に間違われるぐらいだもんね」
 半分、やけになって、純子はお菓子に手を着けた。
「−−あ、おいし」
 クッキーを一口かじって、手で口を押さえる。
「それ、母さんの前で言ってやってよ。手作りなんだ」
「ほんと? 凄く香ばしくて、おいしいわ。喫茶店やお菓子屋さんで出せそう」
「はは、泣いて喜ぶかも」
「これなら、太っても悔いなし」
「あ、さっきのこと……男に間違われたって、まじ? とてもじゃないけど、
信じられない」
「元はと言えば、あなたも関係してるんだから」
 意地悪く言って、相手を指さす。
 相羽は怪訝な顔をした。
「僕が? どういうことさ」
「劇で私、相羽君の代わりに探偵役をやったでしょ。劇が終わって、舞台上で
紹介されたのよ。司会の人がプログラム見ながら聞いて来るんだけど、そのプ
ログラム、探偵はあなたの名前になったままだったのっ」
「……それだけで間違えるか?」
「格好だって、着物に袴だったわ。喋り方も男っぽくしたつもりよ。そのせい
で、体育館を出たら、知らない女の子達に囲まれて、もう大変だったんだから。
付き合ってくださいだなんて、とんでもないわ」
「付き合って? はははっ! それはいいや」
 肩を震わせ、笑いをこらえようとする相羽。まだ喉に不安があるのと、紅茶
カップを手にしているせいだ。
「笑い事じゃないわよ。口で言っても納得してくれなくて、スカートに着替え
て、やっと信じてもらえたんだから」
「将来、宝塚に入れば」
「もう! 怒るわよ」
「冗談だって。でも、まだ分からないよ。その髪で、どうして間違えるのか」
 手を斜め前に軽く上げ、純子の髪を示す相羽。
「かつらをかぶったんじゃないよね?」
「そんな余裕なかったから、前の日に相羽君から言われた通りにした。こうや
って、ひとくくりにしたの」
 両手で自分の髪を後ろに流し、きゅっと束ねてみせる。
「……」
 相羽が見つめてきた。
「な、何よ。気持ち悪い」
「分かった。袴にその髪型なら、少年剣士のイメージだ」
「少年剣士ぃ?」
「なあ、劇はどうだった?」
 あ然とする純子に対し、相羽は話題を換えてきた。
 言葉に詰まった純子だったが、すぐに切り替える。
「それが凄いのよ。聞いて聞いて。始める直前まで胸が痛いくらいにどきどき
だったのに、始まったら何だか知らないけどうまく行って、もう信じられなか
ったわ。そんな状態だったから、観てる人の反応なんて、ほとんど分からなか
ったんだけど、終わってから拍手が鳴りやまないの。あれ、うれしかったなあ」
「よかったね。こっちもやっと安心できた。自分で作った話が面白いのかどう
か、その反応を間近で見るのもつらいだろうけど、全然分からずにいるっての
も、疲れるんだ」
「大好評と言っていいんじゃないかしら」
「こりごりしてたんだよ、本当は。書くのって案外、難しかった。でも、反応
がよかったみたいで、助かった気分」
「あの拍手、聞かせたかったわ。そもそも、話を作った人に向けられるべきよ」
「何を言ってんの。探偵役を始め、演技する人が頑張ったからでしょ」
「それは」
 一瞬、迷う。−−肯定することにした。
「あ、何だか思い出してきちゃった。目が回るほど、大変だったんだから! 
一日で台詞覚えて、演技は形だけで精一杯だし」
「男に間違われるし?」
「そうよ、全く!」
 言ってから、純子と相羽は互いに見合って、大笑いした。
「−−あははは。ほーんと、新しく女子の友達、いっぱいできたわ」
「その人達、紹介してよ。本物の相羽信一と言うか古羽相一郎を見せてやろう」
「だめ。幻滅するから」
「そりゃないよ。ひどい言われ方。……ありがとう」
「いきなり、何?」
 口に運び運びかけたカップを止め、純子はきょとんとした。
「代わりにやってくれて」
「そのことなら、もう」
「嫌になる。どうして、涼原さんにばっかり、迷惑かけてしまうのかなって」
 相羽の口調が不意に、しかもあまりに真剣味を帯びたものだから、純子は言
葉を探すのに手間取った。
「……気にしなくていいわよ。私、もう慣れた。今日だって、副委員長だから
来ただけで、別に」
 言いかけて、止まった。言い切ろうとしてできなかった、とするのが正しい
かもしれない。
「涼原さん?」
「……嘘ついちゃった。あなたが何て言ったって、風邪ひかせたのは私のせい
よ。大事な日に、遠回りさせて」
「涼原さんこそ、古いことを持ち出して」
「どこが古いのよ。私の気が済まないのっ。電話で謝ったぐらいじゃ、全然足
りない」
 純子はベッドのすぐ側まで寄り、正座した。
「ごめんなさい。あなたにも、おばさまにも迷惑かけてしまって」
 頭を下げる。
 すると何故か、相羽が笑い出した。
「くっ、くくく」
「何かおかしなこと、言った?」
 顔を上げて、にらむように相羽を見る純子。
「ううん、言ってない。だけど、笑えてさ。何か、似たようなことしてるなっ
て思ったら、おかしくなってきた」
「似たような? 私とあなたが?」
「きちんと謝らないと気が済まないってところが」
「……言えてる」
 純子も知らず、口元をほころばせる。片えくぼができていた。
「お互い様ってことで、もう言いっこなしだよ」
「分かったわ。ね、いつから出て来れそう? 明日?」
「多分、明日」
「そう、よかった。でも、無理しないで」
「四日も寝てられないさ。母さんにも迷惑だろうから」
 ドアの方を見やる相羽。もちろん、閉じられたままだ。
「そう言えば、相羽君のお母さん、お仕事しているの? あのスーツ……」
「うん。今日はどうしても外せない仕事があって、午前中、出ていたんだ。昼
に帰って来て、僕の調子がよかったらまた出て行くつもりなんだってさ」
「ちょっと意外。優しそうな人だから、つきっきりで看病されてるのかと思っ
たわ」
「すでに一昨日と昨日、つきっきりにさせてしまったもんな」
 相羽の表情が、ふと曇った。申し訳なく感じているのかもしれない。純子に
はそう見えた。
(そんな顔しないでよ……。私、また責任、感じちゃう)
「いい加減、甘えてばかりいられないよ」
「あ、あの、お父さんは?」
「ん。亡くなったんだ」

−−つづく




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE